小石原焼 | 古代文化研究所:第2室

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ブログ「古代文化研究所」で、書き切れなかったものを書き継いでいます。

○英彦山に登るのに、小石原の『アクアクレタ小石原』に泊まった。流石、小石原は焼き物の町である。『アクアクレタ小石原』の食器は、全て、小石原焼だった。

○昔々、何かの旅行で、小石原に立ち寄ったことがある。その時は、甘木から入って、秋月経由で行ったので、小石原へ行くのには、そういうふうに行くものだとばかり、思っていた。しかし、現在、普通には、杷木や日田から行く。

○その時は、陶器に興味のある方が居て、それで小石原まで行った。小石原焼と言う名も、その時知った。わざわざ宮崎から出掛けるくらい有名な焼き物らしい。

○今回、小石原焼を見に出掛けたわけではない。『アクアクレタ小石原』の食器で、十分、小石原焼を堪能することができた。朝食も小石原焼の食器でいただいたが、食べた後もきれいなのがこういう陶器の食器である。和食のおいしさはここまで徹底している。

○インターネット検索すると、次のページがヒットした。

      小石原焼

小石原焼(こいしわらやき)は、福岡県朝倉郡東峰村にて焼かれる陶器。主に生活雑器が焼かれる。

江戸時代前期の1662年寛文2年)に、福岡藩3代藩主・黒田光之肥前国伊万里から陶工を招いて窯場を開いたのが始まりである。1669年(寛文9年)から同地で茶陶を手がけていた高取焼との交流により発展し、陶器が作られるようになった。

  小石原焼 - Wikipedia

○別に、次のページもある。

      天空の窯郷 こいしわら

森閑たる山々、美しいせせらぎ、 澄んだ空に瞬く星と地上でやさしく光るホタル
福岡県東峰村の小石原地区は内陸に位置し、標高1000m級の山々に囲まれ、 自然の生命力に満ち溢れています。
茅葺き屋根の家屋、様々な作物が育つ田園など、のどかな日本の原風景が広がっています。

そんな小石原地区は陶器に適した土と登り窯の燃料となる木々に 恵まれており、長きにわたり、焼き物が作られ続けてきました。
「用の美」を確立した小石原焼。 遠州七窯の風格を今に伝え、「綺麗さび」の世界を確立した高取焼。
この2つの陶器の流れを汲む50軒ほどの窯元が、今も伝統の技を 大切に受け継いでいます。

  天空の窯郷|小石原焼・髙取焼公式サイト【福岡県東峰村】 (tenku-koishiwara.com)

○次のページも詳しい。

      小石原焼 KOISHIWARAYAKI 

      どこか素朴なデザインと風合い一目で分かる小石原焼の“らしさ”。

1682年に筑前福岡藩・3代目藩主が、磁器の生産が盛んだった伊万里にならい、焼物を作り始めたのが起源とされる小石原焼。開窯当初、磁器が作られていた時期もありましたが、1669年から同地で茶陶を手がけていた高取焼との交流により発展し、陶器が作られるようになりました。小石原焼の大きな特徴は、器をろくろで回しながら刃先やハケなどを使い規則的に入れる模様です。「飛び鉋」や「刷毛目」と呼ばれる技法により、整然としながらも温かみのある柄が生まれます。どの時代も日用雑器を作り続けてきたこともあり、今なお日本全国で愛され続けています。

  小石原焼 | 旅の特集 | 【公式】福岡県の観光/旅行情報サイト「クロスロードふくおか」 (crossroadfukuoka.jp)