蘇軾:寒食雨(其一) | 古代文化研究所:第2室

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ブログ「古代文化研究所」で、書き切れなかったものを書き継いでいます。

○前回、蘇軾の『行書黄州寒食詩巻(寒食帖)』を案内した。ただ、蘇軾の『行書黄州寒食詩巻(寒食帖)』と言えば、書だけが喧伝されているばかりで、肝心の蘇軾の寒食雨詩二首が顧みられることはほとんどない。それはあまりにも不謹慎な話と言うしかない。

○特に、日本では、そういう傾向が強い気がしてならない。詩はあくまで内容だろう。書は付録でしかない。そう思うのは私だけだろうか? 蘇軾の『行書黄州寒食詩巻(寒食帖)』や王羲之『蘭亭集序』、王勃『秋日登洪府滕王閣餞別序』などの日本での扱いを見ると、しみじみ、そう思う。

○当古代文化研究所では、王羲之『蘭亭集序』も全訳し、付随して王羲之の蘭亭詩六首や孫綽の蘭亭詩二首も訳している。同じように、王勃『秋日登洪府滕王閣餞別序』も、8回に分けて全訳している。そういうふうに、王羲之『蘭亭集序』や王勃『秋日登洪府滕王閣餞別序』を読むと、中国の序文文化の面白さを知ることができる。王羲之も王勃も、まるで書に頓着していないことに、驚く。

○蘇軾の『行書黄州寒食詩巻(寒食帖)』にしたところで、同じだろう。蘇軾の『行書黄州寒食詩巻(寒食帖)』の書を珍重しているのは、後世の人々であって、蘇軾ではない。蘇軾は『行書黄州寒食詩巻(寒食帖)』をある意味、気楽に伸び伸びと書いている。

○閑話休題、今回案内するのは、蘇軾の『寒食雨(其一)』詩である。もっとも、前に載せているので、それを再掲する形になる。前後の案内文が違うだけである。以前のブログは、次のものである。

   ・テーマ「寒食・清明・立春」:ブログ『蘇軾:寒食雨(其一)』

  https://ameblo.jp/sisiza1949/entry-12519970072.html

○蘇軾の『寒食雨(其一)』詩は、次の通り。

 

  【原文】
      寒食雨(其一)
         蘇軾
    自我來黄州
    已過三寒食
    年年欲惜春
    春去不容惜
    今年又苦雨
    兩月秋蕭瑟
    臥聞海棠花
    泥汚燕脂雪
    暗中秘負去
    夜半真有力
    何殊病少年
    病起頭已白

  【書き下し文】
      寒食雨(其一)
         蘇軾
    我の黄州に來りしより、
    已に三の寒食を過せり。
    年年、春を惜しまんと欲すれども、
    春去りて惜しむを容れず。
    今年、又雨に苦しみ、
    兩月、秋蕭瑟たり。
    臥して聞く、海棠の花、
    泥に燕脂の雪を汚すを。
    暗中、秘かに負ひ去る
    夜半、真に力有り。
    何ぞ殊ならんや、病める少年の、
    病より起きれば、頭已に白きに。

  【我が儘勝手な私訳】
    私が黄州に来てから、
    今年ですでに三度目の寒食節を過ごしたことになる。
    毎年、今年こそ春を存分に楽しみたいと願っているのだが、
    春はさっさと過ぎ去るだけで、春を思うように楽しむことが出来ない。
    今年の春も、何とも雨ばかりが続き、
    春になって二カ月間、まるで秋風が寂しく吹いているような寒さだった。
    寝ながら耳を澄ましていると、咲いた海棠の花に雨が降り注ぐのが聞こえ、
    濃い紅色の花弁の清らかさがむなしく泥にまみれるさまを想像するしかない。
    真っ暗闇の中、何処からか、突然、大力持ちが現れて、
    夜半に、海棠の花を悉く持ち去ってしまったかのような呆気無さである。
    病気で長らく寝ていた少年が、病気が何とか快復し、
    起き上がってみたら白髪頭になっていたと言うことと同じことではないか。