狗奴国を代表する風景 | 古代文化研究所:第2室

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ブログ「古代文化研究所」で、書き切れなかったものを書き継いでいます。

○前に、邪馬台国を代表する風景として、ブログ『邪馬台国の風景』を書いている。

  ・テーマ「台州・天台山」;ブログ邪馬台国の風景』

  https://ameblo.jp/sisiza1949-2/entry-12600931757.html?frm=theme

○つまり、邪馬台国を代表する風景は邪馬台国三山の風景であって、それは次のようになる。

  ・畝傍山=霧島山(1700m)

  ・香具山=桜島山(1111m)

  ・耳成山=開聞岳(924m)

○邪馬台国を訪れていただければ判ることだが、それは実に壮大な風景である。香具山=桜島山は活火山で登ることはできないが、畝傍山=霧島山や耳成山=開聞岳は、いつでも自由に登ることができる。実際、当古代文化研究所では、毎年、畝傍山=霧島山にも耳成山=開聞岳にも、登っている。

○それに対して、狗奴国を代表する風景は、どういうふうになるのだろうか? 誰もが気になるところである。狗奴国を代表する風景は、どう考えても、神代三山陵の風景と言うことになるのではないだろうか。

○具体的には、それは次のように案内される。

  初代・彦火瓊々杵尊の御陵=可愛山陵=鹿児島県肝属町内之浦甫与志岳(叶岳)
  二代・彦火火出見尊の御陵=高屋山陵=鹿児島県肝属町内之浦国見山
  三代・彦波瀲武鸕鷀草葺不合尊の御陵=吾平山陵=鹿児島県鹿屋市吾平町上名の吾平山陵

○いまどき、神代三山陵と言ったところで、何のことか、ご存じ無い方が多いのかも知れない。日向神話で、天孫降臨なさった彦火瓊々杵尊から、次の彦火火出見尊と続き、最初の天皇である神武天皇の父である彦波瀲武鸕鷀草葺不合尊の三代の御陵を神代三山陵と申し上げる。

○つまり、日本神話のうち、地上神話の部分である日向神話の主人公が神代三代と言うことになる。その次が神武東征した最初の天皇である神武天皇になる。したがって、神代三山陵の所在地が天皇家の故郷だと言うことになる。

○現在、宮内庁が神代三山陵として管轄しているのは、次の御陵になる。

  初代・彦火瓊々杵尊の御陵=可愛山陵=鹿児島県薩摩川内市の新田神社
  二代・彦火火出見尊の御陵=高屋山陵=鹿児島県霧島市溝辺町麓の高屋山陵
  三代・彦波瀲武鸕鷀草葺不合尊の御陵=吾平山陵=鹿児島県鹿屋市吾平町上名の吾平山陵

○しかし、これらが神代三山陵比定地ではないことは、明らかなことである。こんなにバラバラに神代三山陵が存在すること自体がおかしい。親子孫の三代の御陵が神代三山陵なのだから。当然、それらは近在するし、何らかの関連性があると考える方が自然だろう。

○当古代文化研究所では、これまで、長い間、そのことについて、研究してきた。結果、真実の神代三山陵を確認し、証明できる方法を見付けた。その話をしたいのだが、ブログの字数制限が気になる。詳しくは、次回に述べるしかない。