ヒロコさんが、「先生のブログおもしろい。2時間くらい、ずっと遡って読んでしまいました」と伝えてくれました。
 「なんと、珍しい方もいるもんだ」と嬉しくなります。
 当院から発行している通信も読んでくれて、「旦那が転職活動中なのですが、『迷ったらヤバイ方へ行けばいい』という考え方を採用しようと話していました。実はそんなところにも影響を与えてもらってます」ともお話ししてくれました。

 ブログを書いたり、通信を発行していると、時にお叱りを受けることもあります。
 以前、「お前の考えはおかしい。間違ってる」とか、「いつもいつも自意識過剰な写真がキモイです。もう二度と行くこともありませんから、二度と送らないで下さい」と受け取り拒否で返ってきたことがあります。
 たしかにその通りで、考え方はおかしいし、間違っていることだらけであります。
 さらに、自意識は過剰ではなく、「かなり過剰」ですから、間違いなく大正解なのであります。
 真摯に受け止めております。
 「申し訳ない」というよりは、「今までお付き合い頂きありがとうございます」という気持ちでいます。

 そんな中、「今までのすべてをファイルして取ってあります」とか、「いつも影響を受けています」なんて声も頂くことがあります。
 私が勝手にご縁を感じ、私が勝手に送っているにもかかわらずです。
 今回も、わざわざお手紙を下さった方がいました。
 毎度毎度、本当に在り難いことだと感じております。
 というのも、五反田でやっていなかったら、一人として出会えていません。
 それに、皆さんが来なければ、私は無職です。
 お金だってありません。
 他の仕事を探す以外にないわけです。
 私の場合、この仕事ができなければ、おそらく、結構なレベルで、何もできないと思います。
 冗談抜きで。
 整体の仕事をして、稼いだお金で生活ができ、毎日スタバで本を読むことができ、今までずっとセミナーに出て勉強ができ、おもいっきり遊びながら、時に無駄遣いをし、その中で教養も深めることができ、その結果として今の私があるのです。
 ですから、私にとってみれば、どんなに「エゲツナイお叱り」を受けたとしても、それは在り難いことの一部として受け止めるのです。
 一度でも関わったことがあるということは、やはり感謝なのです。

 そんな気持ちがありながらも、実際の私は「そこまでできた人間」ではありません。
 お叱りを受ければ、少なくとも数時間は落ち込むのです。
 「こんなエゲツナイ文章を送りつけてるお前もなかなかのキモさだな」とツブヤキながら、「でもさ、考えてみたらさ」と結局はそこに行きつくのです。
 ヨーガで学んだ、「感情(想念)の観察」をすることで、素早く落ち着くのです。
 自ずと湧き上がる感情を観察すると、最終的には「すべて在り難いことだった」ということに気づきます。
 だから自分から湧き上がる感情は、どんなものでも無視をしないことです。
 ドス黒くていい。
 ドス黒い方が良いのです。
 ドス黒さを止めようとするから、ツラくなるのです。
 嘘をつかずに、一度ドス黒さを全て出すことです。
 自分にしかわからないのですから。
 それも大切な自分の一部なのだと受け止めることで、そこからまた一歩前に進むことができるからです。
 
 よく自分から湧き上がる感情に対して罪悪感を感じてしまう人もいます。
 必要ないですよ。
 罪悪感は毒でしかありません。
 感じていても事態が好転することなどありません。
 実際、叱られてしまったことで、そこまで罪で、そこまで悪意を持ってとりおこなったことなんてないでしょ。
 だから罪悪感は持たなくて良いのです。
 怒っているのは相手であり、その人の問題でしかなく、こちらとしてはもうどうすることもできないのです。
 「申し訳ございません」と言ってみたところで、「申し訳ございません」では済む話でもないのですから。
 そんなことより、これからに向けて、今自分のできることをしていくことの方が重要なのです。

 先日、ヒロコさんと話していて、あらためてそんなことを考えました。
 
 今日も今回の通信の話題でいっぱいでした。
 「先生も泥酔するのですね。安心しました。」「はい。5年に1度大潰れがあります。」
 「先生、どこの駅で瞑想したのですか。」「新橋駅だそうです。」
 「先生、あの体勢はどうやってるの?」「こうやるの。」
 「先生、あの本難しそうですね。」「わかるとこだけ読めば大丈夫。」
 「先生はクラゲと一体化できるのですね。」「できません。」
などなど。
 こういう会話は、楽しいですね。

■今日から姿勢を変えるために87
「アンチ」も「愛」の一部であると、気づこう。


 P.S.
 「先生は嫌われることが嫌じゃないんですか?」と聞かれました。
 嫌ですよ。
 好き好んで嫌われる人はいないでしょう。
 それでも一定の割合で嫌われるのは仕方がないことです。
 自分だってそんなもんじゃないですか。
 お互いさまなのですよ。
 好きも嫌いも、紙一重です。
 1分後には、好きかもしれませんから。
 そんなものだと思います。

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