見えなくても「ある」こと 
 
 
 体調不良、その他で投稿の間が空いてしまいました。2018年の「どこでもドア」投稿を開始します。
 
 漫画「君たちはどう生きるか」が好評で、売り上げ部数も伸びているようです。この作品は岩波書店の月刊誌「世界」初代編集長の吉野源三郎氏が1937年に出版し、長く読み継がれてきたものを羽賀翔一氏が漫画化したものです。
 
 漫画といっても読み応えある素晴らしい作品になっています。もともと原作がすでに80年以上読み継がれてきたものであり、現在でも少しも色褪せていません。名作中の名作と言って良いでしょう。歴史的名著とも言えると思います。
 
 主人公は、コペル君という少年。コペル君が体験すること、考え、悩むことを軸に、叔父さん(母の弟)との対話を通じて成長していく物語です。
 
  とても有名な場面として、コペル君と叔父さんが銀座のビルの屋上から景色を見ていて、見おろす人が「分子みたいに、ちっぽけだ…」と考える場面があります。
 
 そのきっかけは、コペル君が叔父さんの書棚から「分子の構造」という本を見つけ、考えはじめることからです。
『いまこうして見えているものはなんだって、どんどん拡大していくと最終的に分子ってものにたどりつくらしいってこと。この目では見えないのに「ある」なんて……なんだかとっても不思議だ……』
 
 屋上から見る人びとはまるでちっぽけで、ふだん目の前で見ている人の姿とはまったく想像もつかないものです。その俯瞰の視点から、コペル君は考えます。
『目をこらしても見えないような遠くにいる人たちだって、世の中という大きな流れをつくってる一部なんだ……』
 
 コペル君の述懐を聞いて、叔父さんから手紙が来ます。この手紙が素晴らしくて、全文紹介したいのですが紙幅の関係で一部のみにします。
『日常僕たちは太陽がのぼるとか、沈むとかいっている。そして、日常のことには、それで一向さしつかえない。しかし、宇宙の大きな真理を知るためには、その考え方を捨てなければならない。それと同じようなことが、世の中のことについてもあるのだ。だから今日、君がしみじみと、自分を広い広い世の中の一分子だと感じたということは、ほんとうに大きなことだと、僕は思う。僕は、君の心の中に、今日の経験が深く痕を残してくれることを、ひそかに願っている。』
 
  見えなくても「ある」ことを発見したことからはじまるコペル君と叔父さんとの対話、どんな風に進んでいくのでしょうか。(つづく)