さいあくの夜・さいこうの夜
 
  絵本「あらしのよるに」シリーズ(木村裕一作・あべ弘士絵)がロングセラーを記録しているようですが、なんと歌舞伎の舞台に上がるようです。出演者の名前に、「中村獅童」とあるのを見て、思わず顔がほころびました。うってつけの適役ではないですか。彼の野性味と優しさは、「あらしのよるに」のオオカミにぴったりこの上ないと思います。
 
  お話の出だしが詩的で見事、すぅっと入り込めます。
『あれくるった よるの あらしは、その つぶたちを、ちっぽけな ヤギの からだに、みぎから ひだりから、ちからまかせに ぶつけてくる。しろい ヤギは、やっとの おもいで おかを すべりおり、こわれかけた ちいさな こやに もぐりこんだ。』
 
 ところが、ヤギが避難した小屋には先客がいました。オオカミです。真っ暗闇のなかで、二匹は互いの正体がわかりません。そして、稲妻と雷の襲来。
 
『「ひゃあ!」おもわず 二ひきは、しっかりと からだを よせあってしまう。』
 
 本来は敵味方であるはずの互いの正体がわからないまま、二匹がキャッチボールしているものは、嵐の夜に出会った相手への気遣い、稲妻と雷鳴に思わず叫んでしまった悲鳴と、そして思わず寄せ合ってしまった相手のからだの温もりとです。
 
 それは、ここのところ「哲学のさんぽみち」で取り上げていることで言えば、「ど真ん中」の交流です。気遣いのコトバ、おなかからの声(悲鳴)、からだの温もり・・・二匹にとっての「ど真ん中」の交流であり、出会いであり、友情のはじまりでしょう。
 
『「ひどい あらしで さいあくの よるだと おもってたんすけど、いい ともだちに であって、こいつは さいこうの よるかも しんねえす。」』
 
 二匹は、再会を約束して別れます。シリーズのはじまりです。
 
 最悪の夜が、最高の夜に! けれども、立場としての敵味方はどうなる??

 ドキドキ、ハラハラ、ホッ、ウーム・・・中村獅童が、眉を吊り上げたり、デへへと頬を崩したり、そんな歌舞伎の舞台を想像して居ても立っても居られません。