日常間断ない緊張感
 
 筆名かと思いますが、聞風坊(もんぷうぼう)さんという方が、ご自身のひきこもるという体験を本にしておられます。(「こもって、よし!~ひきこもる僕、自立する私」鉱脈社2005年刊)
 
 『気がつけば引きこもっていたのである。部屋の外にも出られず、ただ布団の中で震えおののき、いつの間にか世界から遮断された生活を送るようになっていたのである。いったい何が起きたのか、自分がどうなってしまったのか、まったく分からないまま、いたずらに時だけが過ぎていった。』
 
 聞風坊さんは、身体・心などの面からひきこもっていた体験を整理し、次のように項目に分けています。

●『硬直する身体』
1.布団から起きあがれない  2.言葉が出ない  3.全身が重い幕に覆われている4.昼も夜も寝ている  5.腹は減るけど食べたくない  6.尿意はあるが、トイレに行きたくない  7.寝るも起きるも苦痛  8.悪夢、夢と現実が分からない   9.光が苦手  10.気配に敏感。音や影に緊張が走る  11.激しい耳鳴り
12.手足の血の気が引く  13.脳内は充満  14.体が震える。冷たい指先
15.叫ぶ  16.落ち着きがない  17.獣の顔つき  18.風呂に入らない
19.昼夜逆転
 
●『硬直する心』
1.不意に襲ってくる恐怖。虚無と不安感  2.日常間断ない緊張感
3.流れ出るエネルギー  4.遮断  5.記憶が暴れる  6.自分は大悪人
7.怒り  8.気配を消す
 
 紙幅の限界上、項目だけの紹介ですが、それでもひきこもっていた体験が具体的に想像できるものです。
 
 「身体」と「心」の状態に分けている項目のなかにいくつか共通項が見えます。その一つに、「気配に敏感。音や影に緊張が走る」(身体10)と「日常間断ない緊張感」(心2)があります。身体でも、心でも緊張しているということです。それも、日常間断なく。
 
 聞風坊さんの説明をみてみます。 
 『光に敏感なように、窓に映る影にも敏感になる。とにかく、周囲にセンサーを張り巡らせてしまうのだ。何が起きているのか、何を仕掛けてくるのか一秒でも早く察知するためだ。』(身体10)
 
 『親や、なんとか力になろうとやってくる介入者、または恐怖、不安、怒り、暴力衝動がいつ、どうやって襲ってくるのか分からないので、常に気を張りつめとかないとイケない。』(心2)
 
 身体と心に共通する「日常間断ない緊張感」は、社会的自己と存在論的自己(芹沢俊介氏による)との分離によるものです。「する自己」と「あるがままの自己」との分離とも言えるし、世間・社会に船出する「母船」が見失われている状態だとも言えると思います。
 
 聞風坊さんの説明のなかに「親や・・・介入者」という言葉が使われていることに注意を向ける必要があると思います。なぜ、「介入」と見えてしまうのか。その機微がわからずに「支援が必要」と考えてしまう傾向が、世間・社会に根強いからです。