世界は暗い。

誰も見ない、気付かない、オレ達のこと。


マサトは自分さえも見ない。


自分がパーキンソン病だと言うこと、見て見ぬ振り。

難病だから。決定的な治療法も、薬も無いから。


何より、世界で一番愛したメグミさんは、もう死んでしまった。



途方にくれ、世界は色づいて見えない。

マサトが大好きな近所の野良猫たちは、そんなマサトに優しかったという。


「人間様」とい言う「他人」と書いて「モノ」と読む、虫けらども。



「あの目」はマサトの抱える悲しみから作られた

脆い自分を守るための、黒い冷たいガラスの瞳。





メグミさんの命日に、声にならない声を上げて泣き続けるマサトを見た時

この世界の終わりのような冷たい気持ちになった。


なんで?このヒトは、独りなの?



ぽつり、ぽつり、マサトはオレに話してくれた。

自分が昔、15の時、少年院に入った話。



雨の日だった。

濡れる事が嫌いじゃなかったマサトはずぶ濡れになり、家の前に突っ立ってたんだって。

夜までずっと。


台所に灯りがついて、やがて夕飯のにおいがする。

マサトは「オレも食おう」と思い、ずるずるズボンのすそを引きずって家の中へ入った。


妹さん、お母さん、お父さん、笑いながら食卓を囲む。

マサトが台所へ入ってきても何の変化も無い。


あの人たちは、何故だろう。マサトを家族として受け入れなかった。




マサトの席も、お茶碗も、おはしもない。

居場所なんか、マサトにとってこの世界の何処にも無い。


「そこ」に居ないような、扱い。


マサトは振り返った。



ドアの向こう側をカリカリ引掻く猫が見える。

マサトについて来たらしい。


マサトは少し微笑んで、にぼしでもやろうか、と冷蔵庫を開け、棚を探っていると・・・


お父さんがとても嫌そうに「動物臭くて折角の飯がまずくなるなぁ」と言う。

妹さんが「誰かさんのあとを付いてきたんだね、さみしー」とくすくす笑う。

お母さんも笑う。


マサトは、動物だけには優しい。

愛しそうに自分に甘える動物を見る、あの目がオレは好きだ。



「保健所にでも来て貰うか?」お父さんは電話を手に取る。




マサトを、挑発しているように、オレは聞こえる。




マサトは、得に何を言う事も無く、ドアを開けた。

子猫だった。

小さな声で鳴きながらマサトに寄って来る。

両手で抱き上げて、自分の胸のところにさばらせた。


片手で子猫のお尻を支え、

キッチンへ歩き出すマサト。



まな板の上にある、包丁。


静かに手にとって、実の父に向ける。




ぎょっと顔を青くするお父さん。

お母さんが悲鳴をあげる。妹さんは、お父さんの後ろに隠れる。



「・・・・この子は、オレを必要としてくれるよ?・・・少なくとも今は」



マサトは無表情に言う。

子猫はにゃぁーと返事をするように。



「保健所?・・・殺すの?まだ生まれて少ししか経ってないのに?・・・・まだ世界を知らないのに?」



マサトは、包丁の刃を斜めに傾け、お父さんの首元へ持っていく。



「なぁ?・・・・・・・本当に死ねばいいのは、誰だろう?」



マサトは初めてその時、にんまり笑う。

トンッと子猫がマサトの手から飛び降り、床に着地した瞬間。



マサトは素早く包丁を持ち替え、こん身の力でお父さんの右太ももに突き刺し、

蹴り飛ばしたと、言う。






そして、少年院に入った、と。











まるで、他人事のように言う。

暗い部屋。人工的な灯りは嫌いだと言って、電機には電球が入っていない。




メグミさんの「死」に囚われ、身動きがとれず、ただ、泣き続けるばかりだった

オレを居候として自分の家へ連れて行ってくれた、あの頃のマサト。








マサトは言うんだ。



「やっぱり、お前も、メグミも最高だよなぁ」



って満面の笑みで、白い歯を見せて。

マサトを変えたのは、メグミさん。そのマサトをどん底へ突き落としたのもメグミさんが死んだから。



そしてその、暗闇に蝕まれるマサトの道案内をするのが、きっと、オレなんだ。









世界は暗い。

誰も見ない、気付かない、オレ達のこと。










それでも

遠い歌う君の背中に幸あれと、アナタは今日も動かない右手をピアノの鍵盤にすべらせる。

となりに居るオレに、小さく微笑みながら。