白い狐 

白い狐 

車好き・音楽好き・
車歴は47年、音楽はバンド含めて50年。
気がつけば・・・おやじ? 
不良少年、健在です。 
自分の分析・文献によると、
地に足がついているが想像力豊か・
感情的だが現実的・愛情豊か・
伝統を重んじる・現実的な理想主義者・

あ~、汗お盆もひと段落です(笑)

 

山下達郎「Fragile」は、


“壊れやすさ(fragile)”を抱えた二人が、
愛によって再び心を
開いていく過程を描いた、
達郎作品の中でも最も
“内面に降りていく”英語詞バラードです。  

 

テーマは 感謝・再生・脆さの共有。
達郎さんの作品では珍しく、
主人公の弱さが前面に出る構造になっています。

 

歌詞の中心にあるのは、
繰り返される “Thank you for your love”。

これは単なる感謝ではなく、
「壊れかけていた心が、
     誰かの愛によって再び動き始めた」  
という“再生の証言”です。

 

この曲をね♪

夜・家に帰る時に

屋根開けて走りながら

かけると、

心が整うんですよ(笑)

 

お盆のお墓参り・
今年はあちこちに
行くので大変です。(笑)

みんな高齢化してくると
お墓参りも命がけ(笑)
他人事じゃありません。

それに・
街中の空き家を見るように
朽ちたお墓を見るのも
辛いものです。・・

 

年々こういう光景が

増えてくるのは

既にお亡くなりに

なったか・

 

病院へ入院されたか・

事情は様々でしょうね。

時代は先へ・です。

 

宗派によってお樒だったり
仏花だったり榊だったり・

たいていはお墓一番で
行くと・雑草・ゴミ・
最近は鹿のフンとか
あります。

まずは掃除ですね・

 

お墓のあちこちに
ゴミ箱が用意されていて
ゴミを捨てるのに
並ばないといけない

混雑・

でもね・それも一瞬なんです。
みなさん、
お墓参りすんだら
さっさと帰ってしまう。

まぁ、お孫さんや子供たちは
その後の行事の方が
大事なんでしょう(笑)

 

先週は金沢・

今日は実家と叔父のお墓・

 

ダブルはキツイです(笑)

 

全て完了したら
最後にお墓の写真を
撮って親戚にLINE報告です。

ん・お墓参りは
終わるとスッキリ
するんですよね(笑)

ここはお墓の休憩所・

 

私はちゃんとご祈念
しますから唱題・
題目は唱えます。

 

一般的に

日蓮系(法華経中心)か

浄土系(阿弥陀仏中心)か

なので
救いの構造がまったく異なります

「南無妙法蓮華経」と

「南無阿弥陀仏」は同じではないのです。

 

今日もどなたか来てましたね(笑)

カゲロウ・ですか。汗

 

 

 

「Fragile」は
山下達郎の1998年アルバム
『COZY』の3曲目に収録された、
達郎自身が
編曲・プロデュースした英語詞バラードで、
透明な音像と繊細なミックスが特徴
の“内面に降りていく”作品です。 
 
制作スタッフは豪華で、
録音・ミックス・マスタリングまで
極めて丁寧に作り込まれています。

I used to play at love /
 Love became an empty game  

過去の主人公は、愛を深く信じられず、
「空虚なゲーム」として扱っていた。

その結果、
I hid my fragile dreams away  
自分の“壊れやすい夢”を隠し、
心を閉ざしてしまった。

ここでの fragile は「夢」「心」「希望」のこと。
I watched the world go by /
 Lovers hand in hand  
恋人たちが手をつないで歩く世界を、
自分はただ“外側”から見ている。

達郎の歌詞には珍しい、
都市の孤独の描写。


When you fell for me /
 I never had a clue  
相手が自分を愛してくれた時、
主人公はそれに気づけなかった。

しかし、
My heart already knew  
心はすでに動いていた。

ここがこの曲の最も美しい部分。
「心が先に未来を知っていた」
という達郎さんらしいロマンティシズム。


I'll never be afraid to share 
my dreams again  

愛によって、
「夢を語ることへの恐れ」が消えていく。 
 これは達郎作品の中でも非常に珍しい
“内面の告白”。


「Fragile」は、
壊れやすい心を抱えた二人が、
愛によって再び夢を
見る力を取り戻す物語。 
 
達郎作品の中でも
最も内面に寄り添う曲であり、

その透明なメロディは、
心の脆さをそっと照らす
“静かな光”として機能している。

 

帰ってきて

お気に入りのお店で

ランチ・

 

貧乏暇なし・

とはよく言った

ものです(笑)

 

あっという間の

お盆休みでした。

はは・

 

 

お盆たけなわ(笑)

 

チューリップの安部俊幸さんが

身罷れて12年となります。

2014年7月7日・

 

本当に大切なものは見えない・

 

そういうものを持った方だったと

私は思います。

 

「千鳥橋渋滞」は
チューリップの1972年デビューアルバム
『魔法の黄色い靴』に収録された曲

福岡市の“千鳥橋”周辺の

当時の渋滞風景を背景に、
若者の停滞感・喪失感・

心の転換を象徴的に描いた作品です。  

 

中学生の頃に
この曲を聴いた私は

何故か安倍さんの
詩の世界に
男の硬派を感じました。

「九州男子の硬派」
「無骨さ」「甘えの無さ」

これこそが安部俊幸という
人物の“核”を突いています。

そして、その性質こそが 
彼の詞の美学を形づくっている
本質でもあると思いました。

この硬派な感じは

初期の井上陽水・
吉田拓郎の静かな曲・
大瀧詠一の影の部分・
初期の佐野元春・
面白いことに
中島みゆきも・
海援隊時代の
武田鉄矢・にも共通します。

 

同じチューリップのメンバーで
比較してみると、
同じテーマを扱っても、

財津=理知と構築、

姫野=情感と温度、

安部=硬派と沈黙  

という三者の“人格そのもの”が
作品に反映されるため、
まったく違う世界が立ち上がります。

 

安部さんは
九州男子の硬派さを、
静かな詞の世界で昇華した作詞家。

無骨
甘えない
語らない
未練を引きずらない
都市の孤独を静かに抱える
余白で語る

その美学が、
「千鳥橋渋滞」や
「博多っ子純情」に結晶している。

 

安部さんの詞は、状況説明をほとんどしない。
心情も語らない。

ただ、象徴的な物だけが置かれる。

壊れた傘
時計屋の窓
渋滞
雨の街
青白い顔

これらは「説明」ではなく、
聴き手の心の中で
物語が勝手に生まれるための“種”。

安部俊幸の詞には、叫びがない。
怒りもない。

ただ、静かに沈んでいく心がある。

「千鳥橋渋滞」もそう。

「博多っ子純情」もそう。

明るい曲調の裏に、
どうしようもない孤独が潜んでいる。

彼は絶望をドラマチックに描かない。
日常の中にそっと置く。

その静けさが、逆に深い。

安部俊幸は、物語を語らない。

結末も語らない。

心情も語らない。

しかし、語らないことで、
逆に強烈な物語が生まれる。

これは、
“余白が物語を生む”
という日本的美学の極致。

そういう人なんですよ(笑)

たとえば、
財津和夫さんは、

言葉を緻密に選ぶ
心情を構造化して語る
都会的で洗練された抒情
メロディと詞の整合性を重視

つまり 「理知的な感性」。

一方、安部俊幸さんは、

説明しない
感情を語らない
余白で語る
都会の孤独を象徴で描く
無骨で硬派な言葉選び

つまり 「沈黙の感性」。

財津さんが「語る抒情」なら、

安部さんは 「語らない抒情」。

財津さんが「繊細なガラス細工」なら、

安部さんは 「無骨な鉄の塊」。

しかしその鉄は、触れると温度がある。

姫野達也さんは、

温かい
人懐っこい
感情を素直に歌う
声に“柔らかさ”がある
曲に「人間味」が滲む

つまり 「情感の人」。

一方、安部俊幸さんは、

感情を表に出さない
甘えない
未練を引きずらない
男の静かな孤独
言葉を削ぎ落とす

つまり 「硬派の人」。

姫野さんが「心を開いて歌う」なら、

安部さんは 「心を閉じたまま、行間で語る」。

姫野さんが「柔らかい風」なら、

安部さんは 「雨の中で立つ男の背中」。

こういうイメージ・

 

安部さんの硬派さが際立つ理由・
「甘えない」
財津さんは繊細に語る。
姫野さんは温かく歌う。
安部さんは語らない。

語らないことで、逆に強さが出る。
 

「無骨」

財津さんは構築美。
姫野さんは情感美。
安部さんは無骨な象徴。

壊れた傘、渋滞、青白い顔――
どれも硬派な男の心象。

「未練を引きずらない」

財津さんは過去を詩的に描く。
姫野さんは感情を抱きしめる。
安部さんは切る。

「髪を切ってしまおう」

この潔さは九州男子の美学。

「都市の孤独を静かに抱える」

財津さんは孤独を語る。
姫野さんは孤独を歌う。
安部さんは孤独を黙って抱える。

その沈黙が深い。

 

そして優しさも深い・

 

今年もご冥福を祈ります。

合掌・

 

知らない街・博多

コレに触れることで

九州に思いをはせます。

 

一日も早い復興を

祈っています。

 

「千鳥橋渋滞」は現代の仏教詩である・

 

「千鳥橋渋滞」は、

仏教的に読むと “無常・苦・空・中道・寂静” がすべて揃った、

極めて稀な“悟りの構造を持つポップソング”になります。

 

 安部俊幸の硬派さ・沈黙・余白は、

仏教の核心と驚くほど一致しており、

 この曲は 「都市の渋滞=心の渋滞=人生の苦」

を象徴として描く、 まさに 現代の仏教詩 

と言えるほど深い作品です。

 

Nantes : Prêt d'instrument de musique à la médiathèque


 

お盆ですね・

皆さん、帰ってきています。

阪神淡路震災後・・

いつからか、この曲は

私の心のBGMとなりました。

 

過去の出来事や

故人への思いや

様々な場面で

この曲が流れます。

 

インスツルメントは

聴き手の心に様々な

想いを蘇らせて

くれますね。

 

ゴンチチの 「放課後の音楽室」 は、

クラシックギターとフォークギターの

柔らかな音色が重なり

ノスタルジックで少し切ない情緒を

呼び起こすインスト曲です

 

世に、「聴かせてやろう」とか

「魅せてやろう」とかという

俗な思いの曲の多い中で・

 

ゴンザレス三上(クラシックギター)

とチチ松村(フォークギター)のデュオ構成。

 

ナイロン弦の丸く透明な音色

がメロディを担当し、

スチール弦のフォークギターが

柔らかく支えることで、

夕方の音楽室に差し込む光

のような静けさと温かさが

生まれています。

 

想いは様々・

あなたが抱いた感情は、

この曲の構造と音色から

自然に生まれるものです。

 

お盆のこの時期は

想いを大切にしてあげて

下さい。

 

思い出してあげることで

言葉にしてあげることで

供養になります。・・

合掌・

 

 

 

 

金沢・行ってきましたぁ。(笑)

何処までも水平線・

って感じの金沢・大好きです。

 

太平洋の荒々しい波と音も

ワクワクするのですが・

穏やかで静かな日本海も

好きです。

 

この情感はこの土地に

根ずいているものだと

思います。

この動画の風景に似ていると

思います。

アンドレ・ギャニオンの 

「L’amour rêvé(愛につつまれて)」 は、

彼の代表的な抒情ピアノ曲のひとつ

 

透明感のある旋律と静かな幸福感を湛えた、

ギャニオンらしい“夢見るような愛”を描いた楽曲です。

(こういうの好きなんでパチリ・)

 

いつか・

機会があれば行こうと

思っていたお墓参り・

 

果たされぬまま数十年・

機会があれば・なんて

ダメですね、

果たされない約束の

代表みたいなものです。

 

一度口にした「機会があれば」は、

風に放った羽のように、

どこかへ消えていくことが多い。

 

果たされない約束の象徴

みたいな言葉だと思う

 

その理由は単純で、 

「今は決断したくないけれど、

拒絶もしたくない」 という

心の曖昧さを包むための表現だから。

 

言葉としては前向きなのに、

実質的には“保留”であり、

 その保留はたいてい

永遠のまま時の底に沈む。

 

ただ、

こういう言葉って人間の弱さの

表れでもある。

 

 断る勇気がないとき、

未来に逃げる。

 

 約束する覚悟がないとき、

曖昧さで濁す。 

 

誰もが一度は使ったことがあるし、

使われたこともある。

 

これじゃダメだ・と

真剣に思ったのは親の逝去後・

 

若かりし頃

仲間たちと話していて

そのままのノリで金沢へ

 

夜中にクルマを飛ばして

行きました・

 

何の計画性もなく

適当に・遊んで

叔母の家に突然・訪問です。

 

いくら親戚でも迷惑な話です。

 

ある早朝・突然、大阪から

数台の改造車がやってきて

クルマの中で仮眠してる。

 

住民にすればビックリですね汗

 

クルマは箱スカ・ローレル・

フェアレディZだったか・

完全な環状仕様(笑)

 

それでも叔父さん叔母さんは

ちゃんと対応してくれて

お風呂も寝床も用意して

くれました。

 

おいしいごはんも用意して

いただいて・

じわじわと

申し訳ない気持ちが沸いて

きました。

 

でも

近所に嫁いでいた従兄弟は

そんな傍若無人さを怒って

私の親父に電話して「○○が

家を民宿代わりにしとる・」

と訴えてました。

 

まぁ当然・大阪に戻って

親父には怒られましたが・

 

親父は親父なりに

妹のお家にお詫びの

フォローはしてくれて

ました。

 

あれから40年・

何度か会う機会も

ありましたが・

ちゃんとした

お礼はできなかったと

思っていました。

 

叔父も叔母も無くなり・

落ち着いたらお墓参りに

行こうと言ってましたが

果たされず・

 

お墓参りは無事終了・

長年の約束がようやく果たされ

ました。

 

ナビで検索すれば

三時間半くらいの行程・

これなら日帰りも大丈夫と

ナメテてましたね汗 はは・汗

 

確かに若い頃は

仲間と話のついでに

そのまま高速乗って

ぶっ飛ばす・

 

なんてこともありましたが・・

 

あれから数十年・

道路事情も自分の体力も

大きく変わります。

 

8月3日は大阪市内も

大きな雨が降りました・

 

でも仕事終わって

高速に乗ろうとしたら

まさかの大雨です。

夜の8時過ぎ・

 

静かに、しかし強く、 

「この旅はただの移動ではない」

 と空が告げている。

 

行きしなの雨は、

旅が平坦ではないことを

暗示することがある。

 

 ただし、

それは“困難がある”というより、

“その旅は本物になる”

という意味に近い。

 

日本の古い感性では、

出発時の雨は「雨降って地固まる」

と同じで、 

最初に揺さぶられることで、

後の道が安定すると考えられる。

 

旅立つときの不安、期待、決意

――そうした揺れが、

空に反映されることがある。 

自分の内側の天気が、

外側に現れたようなもの。

 

旅に出る前の心の埃や迷いを、

雨が洗い流してくれる。

 まるで

「ここから新しい章が始まる」

と告げるように。

 

実際には道路の劣化・

そのため、シーズン前から

道を守るためかどうか、

片側一車線を通行禁止にして

一車線のみの走行・これを峠付近は

多数ヵ所で実施・

 

この区間は渋滞します汗

従って三時間半では絶対に

行けません(笑)

 

なんだかんだで5時間くらい

かかりました・

 

金沢バイパス沿いに

話題のイオンが

複数あるのには

驚きました。

 

イオンモールではなく

イオンなんですね。

 

ちょうど、万代とかライフ

関西スーパーくらいの

大きさのモノ・

 

大阪から来た私は

イオンを過ぎて左・

と言われても

イオンはいわゆる

イオン・モールと

思っているので

とんだ勘違いでした。

ここは従兄弟の嫁ぎ先・

またもや夜中の訪問で

恐縮致しました。

 

和室にお布団を用意して

くれたのですが・

実家あるあるで、

歴代のお姑さんたちの

写真が飾られています・

 

中には法事の時に

お見かけしたお顔も・・

 

なんとも恐縮した

仮眠です(笑)

 

少し仮眠して

翌朝にお墓参り・

 

今回はお墓の場所も

分家の位置も把握できたので

次回からは直接行けそうです。

 

従兄弟さんのご主人に

畑で獲れたメロンとトマトを

頂いたのでこれは実家の両親へ・

ありがたいです。

 

 

お墓参りに出発する時・

大きなトンボが従兄弟の

クルマのフロントガラスの上を

左から右へ中を覗くように

飛んでいったので・

叔父さんが来てくれたと思います。

 

 

帰りに従兄弟に連れて行かれた

お寿司屋さん・

 

スシローとかとは違うんですね・

手軽に金沢を味わえるところです。

美味しかった(笑)

 

今回の旅は

若かりし頃のお礼と

自分のけじめの為に

走りましたが・

 

やはり諸行無常・

金沢でも連日の猛暑・

かつての子供の頃の

あの夏でも少し涼しい

金沢はありませんでした。

 

今回は強行軍でしたが・

またゆっくり来たいです(笑)

 

 

 

 


 

八月になりました。

今月は鎮魂のレクイエム(安息を)

3ヶ月ほど入院していたコペン・

ようやく退院したので・

金沢までお墓参りに行きます。

 

お墓は叔母さんのお墓です。

生前はお世話になりました。

亡くなった親父の妹さん・

 

日帰りの予定でしたが・

叔母の娘(いとこ)が

「泊まっていきなさい。」

と言うので・

急遽・予定を変えて

出発です。(笑)

 

コペンの

タービンとスロットル

バルブを交換しているので

試走も兼ねています。

 

 

アンドレ・ギャニオンの 

「Un An Déjà(アン・アン・デジャ)」 は、

  1983年のアルバム Impressions に収録されたピアノ作品で、

 彼の代表的な叙情的スタイルを象徴する

 “静かな別れ” をテーマにした名曲です。

 

Un an déjà(もう一年)

少し陰影を帯びる。

 “もう一年が経った”という追憶。

 朝の光の中に、

ふと差し込む 時間の重さと静かな痛み

「風が止んだあとの余韻」に近い気配。

 

両親が亡くなって一年・

2回目の「お盆」です。

 

このころになると、

やたらと誰かさんが

やって来ます。(笑)

お盆も近いので・

 

これだけ入庫車の出入りが

激しい中でPIT内を悠然と飛び

床面を低空飛行するとんぼは

そうはいません。

心の中で「どちらさんかな?」

なんて話しかけてます(笑)

 

写真はあらかじめ・

「写真撮ってええかな?」って

思ってからパチリ・

撮り終わるまでじっとしてましたよ・

 

毎年のことなので・・・

この時期は多いですね。

やれやれ・(笑)

 

猛暑の中で地震災害の熊本・

こういうパターンは

初めてですね汗

 

車中泊と言っても

とても過ごせる

ものではないでしょう。

 

イベント用の大型テントか

なにかに、作業場などで使う

移動式のエアコンなどで

冷房のドームのような

ものを作らないと

熱中症の方が多くなるような

気もします。

 

お亡くなりになられた方々の

ご冥福と・

一日も早い復興を願います。

合掌。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人生の扉は、

竹内まりやが50代に差しかかった時期に

書いた「年齢を重ねることの美しさ」を

真正面から歌った名曲です。

 

  • リリース:2007年

  • 収録アルバム:『Denim』(アルバムのラスト曲)

  • シングル:『チャンスの前髪/人生の扉』として両A面で発売

  • 作詞・作曲:竹内まりや

  • 編曲:山下達郎 & センチメンタル・シティ・ロマンス

  • タイアップ:協和発酵(現・協和発酵キリン)CMソング

  • ドラマ主題歌:テレビ東京『娘の結婚』

これは語らずとも
曲を聴けばお判りだと
思います。
 
最後の英訳もありますので
合わせて聴いていただければ
良いかと思います。
 
過日・
新聞に平安時代の仏像から
多くの書簡が発見されたと
ありました。
 
数百年前の記録・
和紙と墨で書かれた記録は
数百年を経てもそのまま
保存されていたわけです。
 
対して今の記憶媒体・
磁気テープなどのVHS等ビデオは
全滅・
 
ご記憶の方も多いかと思います。
 
  • 磁気テープ:磁性体の劣化、湿度、カビ

  • カセット・VHS:磁力の減衰、テープの伸び

  • CD/DVD:樹脂層の劣化、ピットの読み取り不良

  • ハードディスク:機械部品の摩耗、磁気の揮発

  • SSD:電荷の保持が数十年単位で不安定(書き込み回数にも限界)

どれも「情報を保持するための状態」が時間とともに崩れやすい。

 

結論から言うと、

現代の記憶媒体は

便利で高速だが、

 

長期保存という一点では

平安の和紙や墨にすら及ばない

ということであります。

 

何とも情けない・

悲しい現実ですね。

 

日々の私たちの生活や

歴史や政治やあらゆることは

数百年後には「無かったこと」

になりえるわけです。(笑)

 

原始人たちが石碑を掘ったり

広大な地に地上の絵を残したり

海底に石のオブジェを残して

いるのがいかに偉大なことか・

 

改めて思うことです。

 

例えば、

レシートの印刷は「感熱紙」という、

熱で黒くなる薬品を使っている。

 

 これは光・熱・湿度に弱く、数年で消える。

 

一方、墨は炭素の粒子。

 炭素は自然界でもっとも

安定した物質のひとつで、

千年単位で変質しない。

 

技術が進んだように見えても、

「長く残す」という意味では

古代の方が優れていたという

事実があります。

 

記録という視点だけでも、

私たちの技術というものは

古代に及ばないものなのか?

 

現代の技術は「長く残す」

 

よりも、大量に・速く・広く伝える・

ことに価値を置いている。

 

一人の書き手が一生で書ける量 → 数千枚

 

一台のサーバーが一秒で処理する量 → 数百万件

 

人類は「記録の寿命」よりも

「記録の流通速度」を選んだ。 

これは文明の方向性の違いであって、

優劣ではない。

 

それでも、私は問いたい・

 

私たちの技術って本当に価値のあるもの

なのか?って。

 

この問いは、

単なる保存媒体の話ではなく、

 

「人は何を未来に残したいのか?」

という哲学に触れている。

 

 平安の人々は、

祈りや願いを仏像の中にそっと忍ばせた。

 

 それは「誰かに読まれるかもしれない未来」

への静かな贈り物だった。

 

現代の私たちは、膨大なデータを残すが、 

そのほとんどは数十年後には読まれない。

 

もしかすると、価値を決めるのは技術ではなく、

残そうとする「心」のほうなのかも

しれません。

 

そこで、私が考えたのは

千年後に何を遺せるか?

(笑)

 

レーザーを使って石に

文字を掘るか・

 

では何と書く?

 

それは「諸行無常」(笑)・・

 

未来人の評価は如何に・・

(笑)・・

 

 

 

 

この曲が生まれたのは1984年・

私はバリバリの20代・

当時はAE86乗りでした(笑)

 

アレッサ・クイゾン

動画の主人公アレッサ・クイゾンが

生まれたのが1994年・10年後です。

 

彼女が初めて海に出たのは7歳・

つまり2001年ですから

彼女がプロのサーファーとして

君臨するのは2010年以降・

 

それでも動画の中でシンクロしていく

のは、達郎さんが歌うサーファー像・

 

孤独なスポーツであり、

社会生活に馴染めない心

にとって波の上が安住の地に

なるという観念・

 

彼女のキャリアは2010年代以降で、

達郎さんの『BIG WAVE』(1984年)

とは時代が大きく離れています。

 

達郎さんの『BIG WAVE』が描いたのは、

 

波を待つ時間

自由を求める心

砕けた夢の破片を拾い集める孤独

 

これは、

プロ・サーファーが

日々向き合う精神世界と驚くほど近い。

 

アレッサ・クイゾンのサーフィンもまた、

波を読む

自然と対話する

孤独の中で自分と向き合う

 

 という達郎さんの

描いたサーファー像と重なります。

 

1960年代からサーフィンは

既にありました。

その頃はロング・ボードで

今のサーフィンとは少し違いますが・

 

私が高校生の頃に

いわゆるサーファーという文化が

広く流行してきた時期・

 

丘ではクルマ・バイク・

海ではサーフィン・

冬にはスキー・だったんです。

 

スケボーも流行りましたね(笑)

 

ヤンキーかサーファー・

どちらも懐かしい

ファッションでした。

 

そんな80年代のものが

現在のサーフィンと

意味のある偶然=共時性

(シンクロニシティ)

を起こす。

 

これは、禅でいう 

風が吹けば、

風の音が聞こえる・

という境地に近い。

 

私が感じた「因縁」は、

 妄想でも偶然でもなく、

縁起の働きが心の中で

形を取ったもの・

 

仏教的には、

その感覚を大切に

と答えるでしょう。

 

古きものが、新しいものに

繋がっていく必然は

仏教の核心である「縁起」

そのものです。

 

そしてその感覚は、

時代や文化を超えて流れる

“波”を正しく捉えています。

 

仏教では、

すべては流れであり、

固定した実体はない(無常)

と説きます。

 

だからこそ、

 古いものは消えるのではなく、

形を変えて新しいものへと

受け渡されていく。

 

これは「必然」ではなく、

世界の仕組みそのもの。 

 

 その仕組みが一瞬だけ

“見えてしまった”瞬間です。

 

海の波は、

 ひとつの波が終わると同時に、

 次の波が生まれます。

 

古い波が新しい波を生む

 

新しい波はまた次の波へとつながる・

 

この連続性は、仏教でいう 

因が縁を呼び、

縁が果を生む・

という流れそのものですね。

 

にしても女性も

サーフィン上手いですね。

 

80年代よりも

進化しています。

 

彼女は現在32歳・

ご結婚されてお幸せなんですね・

アレッサ・クイゾンの身長

アレッサの身長は5フィート3インチ(160cm)です。

彼女は健康的な体重で約119ポンド(54kg)を維持しています。

 

アレッサは美しいダークブラウンの髪が

彼女の鮮やかな個性を引き立てています。

 

彼女の瞳は魅力的な濃い茶色です。

 

アレッサはそばかすのある鼻を持ち、

右側の鼻にスタッドピアス、

左側の鼻にリング型の鼻ピアスをしています。

 

長年にわたり、

アレッサは着実にパフォーマンスを向上させ、

ワールドサーフリーグ女子QS2020で

称賛に値するランキングを獲得しています。

 

彼女の最高成績は2019年で、1位を獲得しました。

 

アレッサのキャリア成績は彼女の献身と技術の証であり、

平均ヒートスコアは12.80、平均ウェーブスコアは4.38です。

 

今日、彼女は世界中のサーファー志望者たちにとって、

スポーツの精神と情熱を生む喜びを体現する

インスピレーションの灯台となっています。

 

日本ではあまり聞かなくなったサーフィン・

でも、この季節はまたやってきます(笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Billy Gilman(ビリー・ギルマン)は、

2001年の
マイケル・ジャクソン30周年記念公演で
「Ben」を歌い、
世界中に強烈な印象を残した
“奇跡の13歳”の少年シンガーです。

彼の「Ben」は、
マイケル本人が客席で見守る中で披露され、
今なお語り継がれる
名パフォーマンスとなっています。


生年月日:
1988年5月24日
(ロードアイランド州出身)

ジャンル:カントリー/ポップ
デビュー:1999年
代表作:
1stアルバム One Voice(2000年)

全米でミリオンセラー
“米国音楽史上
最年少のプラチナ・アーティスト”となる

子どもの頃から
驚異的な歌唱力で注目され、
透明感のある高い声と
繊細な表現力が特徴でした。

かつて14歳だったマイケルが
歌った曲を、ほぼ同じ年齢の少年が継承・
ここにひとつの因縁を感じざる負えません

マイケルが歌った頃
自分がまだ
世界の重さを知らなかった時に歌った曲。

その曲が、何十年の時を経て、
別の少年の声で蘇る。

それは単なる“カバー”ではなく、
自分の過去が、
別の魂を通してもう一度息をする瞬間だったはず。

14歳のマイケルが初めて
“ソロとして世界に立った証”
子どもでありながら孤独を知る者の歌

彼自身の人生の原点のような曲
その曲を、同じ年頃の少年が、

あの青い照明の中で、震えるほど真っ直ぐに歌う。
マイケルはただ微笑んでいたけれど、

その目の奥には、
自分が歩いてきた時間の長さと、
音楽が世代を越えて受け継がれる不思議さが
静かに流れていたように思えます。

Billy Gilman - Ben (Live) - video Dailymotion

 

令和になり、刺青を入れている
人をよく見かけるように
なりました。

 

この季節ですから

なおさらですね。(笑)

刺青を入れるという行為の
仏教的な意味の核心は
「身体という無常の場に、
何を刻み、どのように向き合うか」
という一点にあります。

残念ながら、現在の社会においての
刺青には昭和の空気がつくった
「刺青=親不孝」という感覚が
強く残っています。

しかし、現代の若者が
刺青を入れる理由は、
昭和とはまったく違います。

彼らにとって刺青は「反社会」ではなく、
自分の内面を形にする行為になっています。

昭和の「外への反抗」ではなく、
令和の「内なる物語の表現」なのです。

自分の弱さを刻む
喪失や痛みの記憶
自分を守る象徴
芸術としての身体表現
海外文化の影響
自分の物語を可視化するため・


仏教は刺青そのものを
一律に禁じてはいませんが、
身体観・戒律・象徴性・
他者への配慮という
複数の文脈から
慎重に扱われてきました。

 

行為の結果(業)を刻む場としての身体・
身体は無常であり、執着すべきではない

誓願・戒め・守護の象徴を身に帯びること
仏尊やシンボルを扱う際は敬意と配置が重要
(上下・清浄・視線の問題) 

仏教では身体は
 無常・不浄・執着の
対象になりやすいもの とされます。

そのため、
身体に刻印を入れる行為は
「執着」になり得る一方で、
心の状態・戒め・誓いを
可視化する行為 として
理解されることもあります。

これは「身体は行為(業)が
現れる場である」という
仏教の基本的な考え方と
響き合います。

 

 

マイケルが「Ben」を聴いた時・

それは若き日の自分の刺青を

他の若者の身体に観たような

感覚ではなかったか?

 

そのようにも感じました。

 

刺青というのは、

 

若い頃の衝動

その時の痛み

その時だけの純粋さ

そして消えない痕跡

そういうものが全部、皮膚の奥に沈んでいる。

 

マイケルにとって「Ben」はまさにそれだった。

 14歳の自分が、

世界の孤独と優しさを初めて歌に刻みつけた瞬間。 

 

それは彼の人生の“初めての痕跡”であり、

 どれほど時が流れても

消えない刺青のようなものだった。

 

そんな風に感じていました。

 

ビリー・ギルマンが歌った「Ben」は、

 まるで自分と同じ場所に、

 別の少年が同じ刺青を刻んでいるのを

見ているような感覚だったはず。

 

同じ年頃

同じ透明な声

同じ孤独の温度

同じ純粋さ

同じ痛みを知らないまま歌う強さ

 

マイケルはそれを見て、

 懐かしさと誇りと、

少しの切なさを

同時に感じたのではないかと・

 

刺青は消えない。 

だからこそ、

刻んだ理由は時間とともに変質する。 

 

最初は反骨心だったものが、

後に人生の支えになることもある。

 

風がふと頬を撫でるような静かな時間に、

 「なぜこれを刻んだのか」

 「今の自分にとって何を意味しているのか」

 を見つめ直すと、

刺青は“過去の傷”ではなく“現在の羅針盤”になる。

 

刺青は身体への負荷を伴う行為。

 だからこそ、

刺青を入れた人ほど身体を丁寧に扱う必要がある。

  • 皮膚のケア

  • 体調管理

  • 血流や免疫への配慮

「業を刻む」ことは、

身体と心の両方を背負うこと。 

 

背負うなら、

せめてその身体を労わることが、

刺青への敬意になる。

 

刺青は他人の評価のためにあるものではない。

 むしろ、

人生の岐路で自分を支える“符号”のようなもの。

 

怒りや悲しみの象徴として刻んだものでも、

 年月が経てば「乗り越えた証」へと変わる。

 

刺青は、

あなたの人生の物語を静かに語る

“第二の声”になる。

 

 その声を、

他人ではなく自分自身のために使うことが大切。

 

刺青を入れる人は、

しばしば「痛みを選んだ人」でもある。

 

 痛みを選んだ人は、他人の痛みにも敏感になれる。

 

もしあなたが刺青を入れた人に言葉を届けたいなら、

 その人の“刻んだ痛み”を尊重しながら、 

「その痛みが、

あなたの人生をより深くする力になりますように」

 

 という願いを込めて伝えると、きっと心に届く。

 

昭和の悪しき偏見が残る刺青ですが、

私は刺青を入れている人を

見かけると、そんな風にも

思います。・・

 

刺青に飲まれませんように・

 

 


 

良く聴いてみると凄い・

収録:アルバム『PEARL PIERCE』(1982年)

作詞・作曲:松任谷由実

初披露:前作ツアーで「土用波」という仮タイトルで演奏

タイアップ:1984年

 富士フイルム「ビデオテープスーパーHG HiFi」CMソング

テーマ:失恋の痛みと、
その中で立ち上がろうとする心の動き

特徴:ドラマティックな展開、
ブリッジからサビへの戻りが印象的

 

この曲の注目すべきところ・
他の曲では見られない
特徴的なコード進行・

 

全体構造を「波」でまとめると・


「Aメロ」
Fを中心にした 
水平な波(B♭onFの揺らぎ)

「Bメロ」
A7→Dm7→D7→Gm7→C7→F
二段階の大きなうねり

「サビ」
F7→F7onG→F7onA
波が盛り上がって砕ける瞬間

「ブリッジ」
E♭M7
突然の異国の風

この曲は、
コード進行そのものが 
“海の気配” を描いている


ユーミンの曲は
常に下りてくる曲と
言われます。

前ツアーのステージで、
「土用波」という仮題で
演奏された同曲・

この時は下りてきた曲
だったんだろうと
思うのですが、

その後に正隆さんが、
このようなコード進行の
アレンジをされて

仕上げてこられたのには
驚きとリスペクトしか
ありません・

凄い方です。・・汗

会社のレクリエーション企画で
ミスタードーナツを
頂きましたが・

かなり大量でした。汗

賞味期限も短く

ショートニングは

年寄りにとって

やっかいなものです。

 

そもそも

マーガリンやショートニングは、

  油脂を加工して固形化する技術

(部分水素添加油脂) によって作られます。

 

この技術は20世紀前半から存在し、

  パン・ケーキ・ドーナツなどの洋菓子に

広く使われてきました

 

若い時は良いのですが・

歳をとるとコイツは身体で分解しにくく

なります。

 

同世代の方々のポッコリお腹・

が典型的な例となります。

 

バターとは異なり

マーガリンは本来 “バターの代用品” 

として生まれたものです。

 

しかもその誕生は「戦争」と「貧困」

という、かなり切実な背景からでした。

 

マーガリンは 1869年、

フランスで誕生 しました。

 

背景は

ナポレオン3世が

「安くて保存が効くバターの代用品を作れ」

と命じた

 

軍隊と貧困層のための食糧確保が目的

 

つまり、マーガリンは最初から 

「本物のバターが高くて

手に入らない人のための代用品」

として作られたものです。

 

バター

天然の乳脂肪

体温で溶けやすく消化しやすい

風味が自然

高齢者でも比較的負担が少ない

 

マーガリン/ショートニング

植物油を加工して固形化

融点が高く体温で溶けにくい

消化に時間がかかる

高齢者には“重く感じやすい”

昔はトランス脂肪酸が多かった(現在は低減)

 

ブドウ糖よりも砂糖・

もしくは砂糖不使用・

 

減塩よりも塩・

 

歳を重ねると

口に入れるものは

厳選しなければ

なりません。

 

身体は正直なので

すぐに判ります。

 

皆さまも気をつけてくださいね(笑)

 

 

 

いろいろですね(笑)

「欲しかった♪」

というだけの

心ではないんです。

 

子どもが
(子供だけに限らず)

犬や猫をプレゼントされて
号泣するのは、
仏教でいう「縁起」と「慈悲」が
一気に立ち上がる瞬間だからです。

 

仏教では、
世界はすべて「縁」によって
成り立つと説きます。

 

子どもにとって、
犬や猫は単なる物ではなく 
“自分の存在を変えてしまう縁” です。

自分を必要としてくれる存在
自分が守るべき命
自分の行動が
相手の幸福を左右する関係

この「縁」が
突然目の前に現れると、
子どもの心は一気に揺れ動きます。

それは、仏教でいう 
“自己が拡張する瞬間” です。

涙は、
その圧倒的な変化を
受け止めきれない心の反応。

 

仏教の慈悲は
「苦を抜き、楽を与えたい」という心。


犬や猫を目の前にした瞬間、
子どもの中に自然と
この感情が湧きます。

この子を守りたい
幸せにしてあげたい
怖い思いをさせたくない

こうした感情は、仏教的には 
“本来誰もが持っている
「仏性」が表に出た状態” とされます。

涙は、慈悲があふれた証。

そして、
仏教は
「すべては移り変わる」と説きます。

子どもにとって、
犬や猫を迎えることは 
生活の無常が一気に動く瞬間。

今日までの自分
今日からの自分

その境界線が
急に目の前に現れたとき、
心は揺れ、涙となって溢れます。

 

唯識では、
心は対象を「自分の一部」
として取り込むと説明します。

犬や猫を見た瞬間、
子どもの心はその存在を
自分の世界に取り込みます。

そのとき起きるのは、
“自分の中に新しい命が
宿るような感覚”。

涙は、
その心の動きが
身体に表れたもの。

 

つまりは、

「縁起・慈悲・無常・愛着」が
一度に立ち上がるから

子どもが号泣するのは弱さではなく、
心が大きく開く瞬間。

仏教的に言えば、
その涙は「仏性があふれた証」であり、

新しい命との縁が
結ばれた瞬間の尊い反応です。

 

誰もが心に
持っている「仏性」
これに
気がつかなければ
いけません。


悲しいかな・

犬や猫の寿命は

子どもたちよりも

長くはありません・

 

彼らはいつか

悲しいお別れも

経験するのです。

 

「生き物を飼うことは

悲しい別れがあるから嫌だ」

 

という人がいます。

 

でも、

それは生きていく上で

必ず必要なこと

 

クルマにタイヤが

付いているのと

同じくらい

なくてはならないこと

なんです。

 

自分も同じ命の存在だから

 

動物との出会いは「縁起」

の最も優しい形

 

動物を飼うということは

「責任」と「慈悲」を学ぶこと

 

そしていつか訪れる

「別れ」は、「無常」を学ぶ瞬間

 

その時、人は初めて 

 

「命とは何か」

「自分とは何か」 

「心とは何か」 を深く考える。

 

 これは仏性

──本来の心の清らかさ

──を学ぶ体験。

 

動物との別れは、

仏教でいう「心が磨かれる」出来事

 

仏教では、

悲しみは心を曇らせるのではなく、

 むしろ心を磨くと説きます。

 

犬や猫との別れは、

  • 自分の弱さ

  • 自分の優しさ

  • 自分の執着

  • 自分の孤独

  • 自分の愛情

これらをすべて照らし出す。

 

そして、 

その痛みを通して心は静かに深くなる。

 

「犬・猫との出会いと別れは、

 

     命と自分の仏性を学ぶこと」

 

です。(笑)

 

 

 

いろいろありますが・

今こうしている瞬間は

 

あなたにとって

とても幸せな瞬間だと

思いますよ(笑)