1975年・でした。
スネアの「タン・」
ここからこの曲の世界に
引き込まれていく・
誰もが知る名曲ですね。
いつからか、このスネアの
音が好きになって
ドラムの林さんは
当時・何のドラムを使って
いたんだろうと
あれこれ調べた頃も
ありました(笑)
林さんはヤマハのセットを
使っていたとか・
スタジオ常備のラディックを
使っていたとか
いろんな話がありますが
確かな記録はありません。
しかし曲の所々で要となる
この一撃はアナログの特権
であり、これに勝るものは
ありません。
参加ミュージシャンは
当時の日本音楽界の精鋭。
細野晴臣(ベース)
鈴木茂(ギター)
林立夫(ドラム)
松任谷正隆(キーボード)
山本潤子・吉田美奈子らのコーラス
発売:1975年10月5日、
荒井由実6枚目のシングル
編曲:松任谷正隆(のちの夫)
ドラマ『家庭の秘密』主題歌として制作
ここで重要なのは、
最初に書かれた歌詞がドラマに合わず
“ボツ” になった という事実。
ユーミンはメロディを捨てず、
歌詞を一から書き直して
完成させたのが現在の
「あの日にかえりたい」
さらに驚くべきことに、
ボツになった元の歌詞は
ハイ・ファイ・セットの
「スカイレストラン」
へと生まれ変わった。
つまりこの曲は、
“双子のように分かれた
二つの物語の片割れ”
でもあります。
発売から3か月で爆発的に売れ、
オリコン35週連続チャートイン、
週間1位を獲得
これが ユーミン初の
オリコン1位曲 となり、
彼女が「国民的アーティスト」
へ駆け上がる起点となった。
この曲が今も受け入れられる理由・
「ユーミンは世界そのものを作る作家」
という感性にぴったりで、
この曲はまさに
“都会の記憶を音にした作品” と言える。
恋ではなく “人生” を歌っている
失恋ソングではなく、
人生の歌 として響く。
「青春の後ろ姿を 人はみな忘れてしまう♪」
(日本ポップス史に残る名句)
ここで歌われているのは、
「人」ではなく
“自分自身の後ろ姿” を見つめる視点。
ユーミンは「個人の記憶」を歌いながら、
“日本人の集団的記憶” に触れてしまった。
誰の心にも “帰りたいあの日” がある
ということですね。
1975年はユーミンにとって奇跡の年で、
「卒業写真」「いちご白書をもう一度」
「あの日にかえりたい」という
3つの名曲が同じ年に誕生しました。
~1970年代のレコーディングは
「ワンテイクで決める」文化が強かった。
特にユーミン作品は
“生演奏のグルーヴを重視する”
松任谷正隆の方針が強かったため、
多少のハプニングは“味”
として残されている。
ここで、
「あの日にかえりたい」という
曲の伝説的なエピソード・
歌詞の・「今愛を捨ててしまえば~♪」
の後、ドラムの林さんは
スティックを落としてしまう・
しかし、そこはプロ・
何事もなくリズムを刻み、
一発録りのテイクをOKさせて
います。
2:34ぐらいのところ・
さすがです。
複数のミュージシャンが語っているのは、
林さんはスティックを落としても、
そのまま演奏を続けてしまう。
という“異常な安定感”です。
なぜ崩れないのか?
彼は 左手のリズムが異常に強い
グルーヴの芯が「右手のスネア」
ではなく「左手のハイハット」にある
右手が一瞬止まっても、
ビートの骨格が揺れない
これは日本のドラマーの中でも
極めて珍しいタイプ・
細野晴臣・松任谷正隆・鈴木茂らが
「林のドラムは“落ちても揺れない”」
と語る理由でもある。
まぁ、そうは言っても
林さんにすれば悔いの残るところ
ですよね・
あの日に帰りたいのは
ユーミンではなく
林さんだったのか・・
おそまつ・(笑)

(何回も鳴ってました
)
さて、それは過日・
東京から関西へ
久々に帰ってこられた方に
お聞きした話でした。
数十年の間に
すっかり変貌して
しまった大阪を
嘆いておられましたが・
まだ残っている名店の
お話です。
その方が伊丹空港に着いて
その足で直接・行かれたくらい
思い出深いお店なんですね。
北大阪・千里中央駅
千里のセルシーは消滅・
しかし駅の中にそのお店は
残っていました。
時は1970年・
大阪万国博覧会
いわゆる「万博」が
開催された年・
今から56年前です。
創業はこの年から、
千里中央と同じく誕生した
お店でした。

後日に行ってみました。
私は初めてだったのですが
隠れファンの方は多いようです。
営業時間が短いですが
お店は常に満員状態・
お店の前には5~6人の列
しかし、それほど長く待たされません
知る人ぞ知る・なのですが
このお店はシニアの男性が4人
働いています。
カウンターの中で常にサンドウィッチを
作り続けています。
一人が店内に居て・商品を運んだり
お会計から注文を確認しています。
凄いのは全て注文を暗記している・
お店の外でオーダーを聞いて、
直ぐにオーダーを伝えている。
食べ終わるとお客様は皆・そそくさと
お店を出ていきます。
私がテーブルに着くころには
オーダーした品がテーブルに
置かれる・という感じでした。
今はやりのタブレットも無し・
何か昭和の雰囲気なんですよね(笑)
カツ・サンドは野菜入りか無しか・
私はミックス・サンドとカツサンドを
頼みましたが直ぐに出てきました。

しかも同じお皿に分けて入ってる(笑)
食べやすく、小さくカットされています。
ハッキリ言って「美味しい♪」
お店もとてもキレイに清掃されていて
よけいなものは何もありません。

お店を出れば直ぐに改札口がある
下に降りれば駅のホーム・
まさに通勤途中で利用できるお店
ですね。
見ればお店の外に5~6人の列が
出来ていましたが、それ以上には
なりません。
食べ終えたお客様がどんどん出ていく
のでお店の回転が速いんですね。
常連さんはよく判っているのでしょう
こんなスマートなお店・
初めてでした♪また行きたいです。
この先何年あるだろう?
もし行ったことのない方がおられたら是非・
おすすめです。

私は初めてだったので
少し調べてみました。
店の正体:千里中央の名物「ニューアストリア」
住所:大阪府豊中市新千里東町1丁目3
せんちゅうパル専門店街 B1階
電話:06-6831-2537
営業時間:朝8時から
価格帯:1〜1,000円ほど(モーニング中心)
ジャンル:喫茶店・カフェ
評価:★4.6(480件)と非常に高評価
“千里中央のソウルフード”
と呼ばれるほど有名なカツサンド。
厚めのカツ
ふわふわのパン
甘すぎないソース
そして喫茶店らしい素朴な味わい
口コミでも
「これを食べずに千里中央は語れない」
と言われるほど、
地域に根付いた名物になっています。
昭和の喫茶店の“気配”が残る場所
地下街の少し薄暗い照明
朝の通勤客がひっそりと
コーヒーを飲む空気
カツを揚げる音ではなく、
パンを温める控えめな音
せんちゅうパルの古いタイル
の匂いと混じるコーヒーの香り
ミスドの
「揚げたての気配」
が消えていった近年の大阪において、
ニューアストリアはまだ
“昭和の喫茶店の残り香”
を保っている店だと言えます。
どんな人が訪れる店か?
千里中央で働く人の朝食
北摂の住民の「昔からの定番」
カツサンド目当ての遠征客
地下街の静けさを好む常連
特に朝は、
「コーヒーとカツサンドで一日を始める」
という儀式のような時間を
過ごす人が多いのが特徴です。
1970年、大阪万博とともに始まった店
創業:1970年(昭和45年)
大阪万博が開催された年、
千里中央駅が開業した年と同じ。
→ つまり 千里ニュータウンの誕生と
歩調を合わせて生まれた店。
50年以上の歴史
地元の人々に「千里中央の顔」
として愛され続け、
食べログの 喫茶店百名店
にも選出される実力店。
創業者の背景
かつて
高島屋のサンドイッチパーラーで
修業したオーナー が、
自らの技術を活かして
カツサンドを編み出した。
ニューアストリアは
「カツサンドの店」と思われがちですが、
実は 飲み物の完成度が
非常に高い喫茶店 でもあります。
ミルクセーキ
素朴な甘さで、カツサンドとの相性が抜群。
昭和の喫茶店らしい“やさしい甘み”が特徴。
ミックスジュース
常連からの人気が高い。
夏場に特におすすめ
とされる爽やかな味わい。
ミックスサンド
カツサンドに比べて軽やかで、
パンのふわふわ感が際立つ。
複数人で訪れた際に
「味の対比」として選ばれることが多い。
スタッフのこだわり:
職人技と“無駄のない動き”
注文ごとに揚げるヒレカツ
カツは注文が入ってから揚げる。
カクテルソース、タルタル、
ブラックペッパーなど
洋食店仕込みの技術が光る。
カウンター越しに見える“職人の連携”
限られたスペースで、
パンを焼き、カツを揚げ、
サンドを仕上げる動きが
「無駄がない」と評判。
清掃が行き届いた店内
老舗でありながら、店内は常に清潔。
年配スタッフがテキパキと持ち場を回し、
温かい接客をする。
“長居をさせない”ではなく、
“食事の場としての最適化”
喫茶店というより
「食事処」に近い運営方針。
回転を意識しつつも、
混雑時以外はゆっくりできる。
ここには、
昭和の喫茶店が持っていた
「仕事の美しさ」 がそのまま残っています。
もっとも重要な事実は、
創業者は
“高島屋のサンドイッチパーラー”
で修業していた職人である という点です。
修業の背景
高島屋のサンドイッチパーラーは、
昭和期の百貨店文化の象徴。
洋食と喫茶の境界にある
「サンドイッチ」という料理を、
“手仕事の技術”
として体系的に学べる数少ない場 だった。
そこで培われたのは、
パンの焼き加減
カツの揚げ方
野菜の水分処理
ソースの味のまとめ方
といった、
喫茶店のサンドイッチを超えた“洋食的精度”。
~私は自動車通勤族でしたから、
このお店の存在を長く知りませんでした。
凄く残念だったのと
新たに知る事が出来て、嬉しい気持ちが
いっぱいです(笑)
東京から帰ってこられた方の縁で
このお店との縁に触れることが
出来て、感謝しています。
今度行く時はミックスジュースを
飲んでみたいです。
