白い狐 

白い狐 

車好き・音楽好き・
車歴は47年、音楽はバンド含めて50年。
気がつけば・・・おやじ? 
不良少年、健在です。 
自分の分析・文献によると、
地に足がついているが想像力豊か・
感情的だが現実的・愛情豊か・
伝統を重んじる・現実的な理想主義者・

 

1950年・メレディス・ウィルソンに

よって書かれた

ブロードウェイの劇中歌・

 

当初の名前はTill I Met You・

1957年の「ミュージック・マン」

上演の劇中歌・

1962年の同名の映画でも紹介・

 

ポールは1961年のペギー・リーの

カバーで同曲を知り

デビュー前のレパートリーとして

使用していた。

 

1962年になってようやく

ビートルズとしてカバーを

果たしたが、長年、この曲が

劇中歌だとは知らなかったらしい。

 

それでも、デビュー前に

この曲を録音したデモ・音源を

マネージャーだったB・エプスタインが

ジョージ・マーティンに渡していた。

 

後にこのデモ・レコードは

2016年・オークションで

77500ポンド・

約1250万円で落札された。

さて・

「幸せ」とはなんでしょう?

 

少なくともポールの演奏を

聴いている瞬間・

観客は束の間の「幸せ」を

実感したはず・

 

私はそれが全てだと思います。

 

幸せは“状態”ではなく“瞬間”として現れる

 

多くの人は「幸せ=安定した良い状態」と考えがちですが、
実際には幸せは“固定した状態”ではなく、
ふと訪れる瞬間の質感に近いものです。

  • 朝の光がきれいに見えた瞬間
  • 誰かの言葉が胸に染みた瞬間
  • 黒猫がそっと寄り添ってきた瞬間
  • 仕事や家事の合間にふっと心が軽くなる瞬間

幸せは「なるもの」ではなく、
気づくものに近い。

 

幸せは“比較”を手放したときに現れる

 

不思議なことに、
人は比較をしている間は幸せを感じにくい。

  • 他人と比べる
  • 過去の自分と比べる
  • 理想と比べる

比較が止まったとき、
今あるものがそのまま価値を持ち始める。

 

釈迦が説いた「中道」も、
極端な期待や失望から自由になることで、
心が静かに整うという意味で“幸せの土台”に近い。

 

幸せは“つながり”の中で生まれる

 

縁起の視点で見ると、
幸せは単独で存在するものではなく、
関係性の中で生まれる現象です。

  • 誰かとの会話
  • 動物とのまなざしの交換
  • 自然との調和
  • 仕事や役割を通じた貢献

「私は幸せだ」ではなく、
「幸せが生じている」という捉え方が近い。

 

幸せは“苦しみの対極”ではなく、その中に芽生える

 

釈迦は、苦しみを避けることではなく、
苦しみの構造を理解することを重視しました。

 

その視点で見ると、
幸せは“苦しみがない状態”ではなく、

  • 苦しみの中にも意味を見いだせたとき
  • 悲しみが静かに受け入れられたとき
  • 無常を恐れずに抱きしめられたとき

に、そっと芽生えるものです。

 

過酷な労働条件の中での

与えられた休日とか・

 

厳しい状況の中でかけられた

ねぎらいの言葉とか・

 

前に進もうとする姿勢は、
まさにその“深い幸せ”の気配に近い。

 

幸せとは“心が自由であること”

 

釈迦が最後にたどり着いたのは、
外側の条件ではなく、
心の自由こそが幸せの本質だという洞察でした。

  • 執着から自由
  • 比較から自由
  • 過去や未来の重荷から自由
  • 自分を責める心から自由

心が軽くなると、
世界の見え方が変わり、
同じ日常が“幸せの風景”に変わっていく。

 

幸せとは、心が今この瞬間に触れ、
比較や執着から自由になったときに、
そっと立ち上がる静かな感覚。

 

それは大きな出来事ではなく、
日常の中の小さな光のようなもの。

 

悪事を行う人は

誰一人・幸せな人は

いない。

 

ささやかな幸せも

お金では買えない。

 

あくまでも欲を満たすだけ

 

本当の幸せが実感できたら

もう悪いことはできません。

 

そういうものです。

 

ちなみに和訳・・

 

ジョンが生ギター・ギブソンJ‐160E

ポールがベース・へフナー500‐1

ジョージがクラッシック・ギター(ホセ・ラミレス)

リンゴがボンゴ・

 

70年以上も前の曲ですが良い曲です。

 

 

この動画を観て・
何を思われましたか?

1歳から100歳まで・

AIのシミュレーション
とはいえ、
かなりの精度ですね。

各年齢ごとに
多少の違和感はある
かもしれませんが・

人は笑顔を絶やさない・
笑顔で過すことの
大切さを感じた次第です。

笑顔だからいくつになっても
美しいんですよ・
大事なことだと思います。

老いていくこと・
死に近づいていくこと・
100年なんてあっと言う間
なんですよ・

 

観ていて

切なくなるかも

しれませんが・

いろいろな意味で
しっかりと観てほしい
動画です。

例え世界平和が叶えられても・

 

理想の社会が実現できても・

 

犯罪というものは無くならない

でしょうし、

悪人というものがいなくなる

ことも無いと思います。

 

何故なら、善人半分・悪人半分が

人間の本質だからです。

 

それはまるで光と影・

表と裏の関係で表裏一体・

 

お互いに存在するために

必要不可欠なもの

 

従って善人だけの世界・

悪人だけの世界もありえない訳です。

 

それを自分で認めることから

始めなくてはなりません。

 

子どもの頃に

テレビで観た

正義の味方と

悪の組織・(笑)

 

本当の意味での

正義とは?

 

何故・

悪は組織なのか?

 

思えば思うほど

世の中は単純ではない。

 

でも正義と悪の対比は

半々なのは同じ・

 

理想の社会となることが

「幸せ」という訳では

ありません。

 

そもそも「幸せ」とは?

 

次回は誰もが望む

「幸せ」について

お話したいと思います。



 

 

冷たさと暖かさ、孤独と優しさが同時に

存在する「冬の心の風景」のような曲

 

刺すような痛みと、そっと寄り添う灯りが

共存している。

解散総選挙・

直前からなにやら

混沌とした状況です。

 

新しいものが生まれてくる

産みの苦しみ・

という感じでしょうか・

 

若い人はまだまだ

仕事ができない人が多い・

若い故だから

構わない。

 

でも中には

できるのにやらない人がいる。

賢い選択だと信じている。

 

汚れてみないと

汗をかいてみないと

 

見えてこない世界が

あることを彼らは

知らない・

 

転職も大いに結構ですが

将来・両者は大きく差が

ついてしまうことを

彼らは判っていない。

 

やりたくない事を

やってみることで

開けてくる道が

あることを・・・

 

人生とは無情です。

 

 

 

 

1967年7月29日、Billboard Hot 100で1位を獲得・

バンド初の全米No.1ヒット

代表曲として世界的に最も知られる。

 

歌詞は約7分間の曲の中ではじめと終わりだけ

中心はひたすらにキーボード・ギターの

アドリブが続きます。

ブルースバンドでもあり、サイケデリックバンドでもあります。

 

バンドの特徴は

ロックの形式を借りた“詩と儀式の音楽”

 

•     オルガン主導の独特のサウンド
•     ジャズ的なドラム
•     多文化的なギター
•     詩的で神秘的なボーカル
•     ブルースとサイケデリアの融合
•     儀式的な曲構造


これらが重なり、
**唯一無二の“ドアーズの世界”**が生まれました。

 

バンド名「The Doors」は、
ウィリアム・ブレイクの詩に由来し、
「知覚の扉を開く」という意味を持ちます。


仏教でも、悟りとは
“世界の見え方が変わる瞬間”
であり、まさに“扉を開く”体験です。

 

このバンド以降・

登場するパンク・オルタナティブロックは

影響をかなり受けていますし、

メジャーなバンドでも影響を受けていると

判るようなリフなど耳にすることも多いです。

 

大きな存在のバンドであったと思います。

 

1960年代のヒッピー文化・

 

ドアーズは

「愛」「平和」「自然回帰」「ユートピア」

という楽観的な理想主義のヒッピー文化に

疑問符を投げかけたバンド。

  • ヒッピーの“愛と平和”の裏にある暴力性
  • 自由の名の下に起きる混乱
  • 理想主義の危うさ
  • 集団心理の危険性

こうした“60年代の影”を、ドアーズは音楽と詩で表現しました。

 

このヒッピー文化と現在のグローバリズムが

よく似ているような感覚を感じます。

 

「過ぎたるは猶及ばざるが如し」

 

グローバリズムは
「国境を越えた経済・文化・人の交流を促進する考え方」
主な特徴
•     自由貿易・規制緩和
•     国際協調(WTO・EU・TPPなど)
•     多文化共生
•     技術・情報の国際共有
メリットもありますが、同時にデメリットもあります。

 

その昔・愛と自由の名のもとに

行われた過剰な行動が、

奔放な性格・薬物依存という

ヒッピー文化・

 

協調・共生という名のもとに

地域格差や文化の否定へと

今も続いているグローバルリズム・

 

遅ればせながら、現政権が

取り組んでいる現実があります。

 

志(こころざし)には共感しても

過度な行き過ぎは

様々な問題を起こします。

 

これが世界が現実に抱える問題・

なんですね。

 

少しまとめてみました。

 

日本における反グローバリズムの歴史的流れ(冷戦後〜現在)

 

第1期:冷戦後の“開国ムード”と違和感(1990年代)
■ 背景
•     冷戦終結で「世界は自由化・市場化へ」という空気が強まる
•     WTO、自由貿易、規制緩和、民営化が世界的潮流
•     日本でも「構造改革」「国際競争力」がキーワードに


■ しかし同時に生まれた違和感
•     産業の空洞化(工場の海外移転)
•     非正規雇用の増加
•     地方経済の衰退
•     文化的均質化への不安


この頃はまだ“反グローバリズム”という言葉は

一般的ではなかったものの、
「なんとなくおかしい」「何かが失われている」

という感覚が社会に広がり始めた時期です。

 

 

 第2期:格差拡大と反発の芽生え(2000年代)


■ 小泉構造改革(2001〜)
•     規制緩和・市場原理・競争促進
•     郵政民営化
•     労働市場の流動化


これらはグローバリズム的政策でしたが、
同時に格差拡大・地方衰退が顕著になり、反発が強まります。


■ 反グローバリズムの萌芽
•     「格差社会」という言葉が定着
•     派遣切り問題
•     地方の人口減少が加速
•     農業の衰退とTPPへの反対運動


この頃から、
「グローバル化は本当に日本を豊かにしたのか?」
という問いが社会に浮上します。

 

 第3期:リーマンショックと世界的反グローバリズム(2008〜2010年代)


■ 世界で反グローバリズムが台頭
•     アメリカ:ラストベルトの衰退
•     イギリス:EU離脱(Brexit)
•     EU:移民問題で社会が分断


日本も例外ではなく、
グローバル市場の不安定さが強く意識されるようになります。


■ 日本国内の動き
•     TPP反対運動
•     農業・漁業団体の反発
•     地方自治体の“地域主義”の台頭
•     「ナショナルアイデンティティ」への関心の高まり


この頃から、
「グローバル化 vs ローカル(地域)」
という構図が明確になります。

 

 第4期:コロナ禍と“過度なグローバル化”への疑問(2020年代)


コロナは世界中で、
グローバル化の脆弱性を露呈させました。


■ 日本で顕在化した問題
•     サプライチェーンの寸断(マスク・半導体不足)
•     外国人労働者依存のリスク
•     観光立国モデルの限界
•     国境管理の重要性の再認識


これにより、
「自国でできることは自国で」
という考えが強まりました。


■ 新しい反グローバリズムの形
•     経済安全保障(半導体・エネルギー)
•     食料安全保障
•     地域経済の再生
•     文化的アイデンティティの再評価
•     デジタル主権(データの扱い)


これは単なる“閉じたナショナリズム”ではなく、
「必要な部分は国際協調、守るべき部分は守る」
という“選択的グローバリズム”の時代に入ったと言えます。

 

日本の反グローバリズムは“拒絶”ではなく“調整”の歴史


日本の反グローバリズムは、
欧米のような急進的な反発とは違い、
「グローバル化の恩恵を受けつつ、

    失われたものを取り戻すための調整」
という形で進んできました。


その根底には、
•     地域社会の崩壊への危機感
•     文化的アイデンティティの喪失への不安
•     経済安全保障の必要性
•     格差拡大への反発
といった、非常に人間的で現実的な理由があります。

 

「日本の反グローバリズム」を

“歴史的事件”と結びつけて読むと、

単なる経済政策の話ではなく、

日本社会が何に傷つき、何を失い、

何を守ろうとしてきたのかが浮かび上がります。

 

 1. バブル崩壊(1991)──“豊かさの崩壊”が始まりの合図


バブル崩壊は、単なる経済事件ではなく、
「日本はこのままではいけない」という強烈な不安を生みました。


•     終身雇用の揺らぎ
•     地方銀行の破綻
•     不良債権処理
•     若者の就職難(就職氷河期)


この不安の中で、
「グローバル競争に勝つための改革」が正義のように語られ、
同時にその反動として、
“守るべきものが壊れていく”という痛みが生まれました。
これが反グローバリズムの最初の土壌です。

 

 2. 阪神・淡路大震災(1995)──共同体の価値の再発見

 

  この震災は、日本社会にとって決定的な転換点でした。

 

震災は、「国家の効率性」ではなく「地域のつながり」が人を救う
という事実を突きつけました。


•     自衛隊の初動の遅れ
•     行政の混乱
•     住民同士の助け合い
•     ボランティア元年


この経験は、
“グローバル化の効率性”よりも“地域の共同体”の価値を強く意識させました。
反グローバリズムの根底にある
「地域を守りたい」という感情は、ここで大きく育ちます。

 

 3. 小泉構造改革(2001〜)──市場原理の急進化と格差の顕在化


郵政民営化や規制緩和は、
グローバリズムの象徴のような政策でした。


しかしその裏で、
•     地方の衰退
•     非正規雇用の増加
•     若者の貧困
•     農業の弱体化


こうした“痛み”が広がり、
「このままでは日本が壊れる」という声が強まりました。


この時期に、反グローバリズムは
“社会の叫び”として形を持ち始めます。

 

 4. リーマンショック(2008)──世界市場の脆さが露呈


世界的な金融危機は、
「市場に任せればすべてうまくいく」

 という幻想を壊しました。


•     大企業の派遣切り
•     若者の大量失業
•     地方経済のさらなる疲弊


ここで日本社会は、
“グローバル市場は日本を守ってくれない”
という現実を突きつけられます。
反グローバリズムは、
単なる感情ではなく“現実的な危機感”へと変わりました。

 

 5. 東日本大震災(2011)──国家の脆弱性と共同体の再評価


阪神淡路と同じく、
この震災も反グローバリズムの流れを強めました。


•     サプライチェーンの寸断
•     原発事故
•     地域コミュニティの重要性
•     自給・自立への関心の高まり


特に原発事故は、
「国際競争力のためのエネルギー政策」がいかに脆いか
を示しました。


ここから、
•     地産地消
•     地域エネルギー
•     地方自治
といった“ローカル回帰”が強まります。

 

 6. コロナ禍(2020〜)──過度なグローバル化の限界が決定的に


コロナは、反グローバリズムを世界規模で加速させました。


日本でも、
•     マスク不足
•     医薬品の海外依存
•     観光立国モデルの崩壊
•     国境管理の重要性
•     食料・エネルギーの自給の必要性


こうした問題が一気に表面化しました。
ここで反グローバリズムは、
“感情”ではなく“国家戦略”としての意味を持ち始めます。

 

日本の反グローバリズムは、
単なる思想ではなく、
歴史的事件が積み重なって生まれた“社会の深層心理”です。


•     バブル崩壊 → 豊かさの喪失
•     阪神淡路 → 共同体の価値
•     構造改革 → 格差と痛み
•     リーマン → 市場の脆さ
•     東日本大震災 → 自立と地域
•     コロナ → 過度な依存の危険性


これらが重なり、
「守るべきものを守りたい」

という日本的な反グローバリズムが形成されました。

 

仏教的には

「グローバル化も反グローバル化も、

時代の流れの中で生じては消える波のようなもの」

ということになります。

 

ここで「中道」という言葉が出てきます。

 

 中道(ちゅうどう)──極端を避け、バランスを取り戻す動き


中道とは、
「偏りすぎた状態を修正し、調和へ向かう働き」
のことです。


日本の反グローバリズムは、
“閉じる”ことを目的としたものではなく、
行き過ぎたグローバル化を調整するための揺り戻しです。


■ 歴史的事件と中道の関係
•     市場原理が強すぎた → 格差拡大
•     国際競争を優先しすぎた → 地方が疲弊
•     外国依存が強すぎた → コロナで脆弱性が露呈


これらの“偏り”に対して、
社会が自然にバランスを取り戻そうとする。
仏教的に言えば、

「反グローバリズムは、中道へ戻ろうとする社会の自己調整作用」

ということになります。

 

仏教思想で読み解くと、日本の反グローバリズムはこう見えます。

  • 縁起:歴史的事件が積み重なって自然に生じた
  • 無常:グローバル化も反グローバル化も永遠ではない
  • 中道:行き過ぎた市場原理を調整し、バランスを取り戻す動き

つまりこれは、
社会全体の“心の働き”が現象として表れたものです。

 

これが日本の凄いところ・ですね。

 

結局・ヒッピー文化は

ユートピアへ行き着く事なく

70年代に姿を消します。

 

愛と平和は支持されても

薬物依存は受け入れ

られない。

 

でも、この頃から

ジェンダーレスやビーガンという

取り組みはありました。

 

これは今でも残っていますね。

 

ヒッピー文化に受け入れられた

ビートルズの曲・

ジャケットの色とりどりが

狙ってますね。(笑)

 

ヒッピー文化の総本山・

サンフランシスコの

ヘイト・アシュベリー地区は

初期こそ理想郷となっていたが

 

次第に若者が溢れ・環境が悪化

薬物LSDが違法となり犯罪も増加・

J・ハリソンはこの地を訪れて

ココは逃げ場所でしかないと

若者たちにLSDを諦めるように

諭した。・・

 

愛と平和の為に・

繰り返される過ち・

 

心の中にある

光と影を

人は認めることから

始めなくてはいけない。

 

大きく変革していこうと

する時には

「中道」という精神が

必ず必要となります。

 

変革というエンジンに

中道というブレーキは

前に進むためには

大事なこと・

 

運転するのは人間ですから。

 

・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

インストゥルメンタルで初めて

オリコン一位になった曲・

 

1998年・CMの曲として

誕生したのにあまりの人気で

急遽シングル化発売。

 

何故?一位になったのかは

坂本さんも判らないようでした。

 

私には壊れた心に少しずつ温度が戻るような音。
“再生”という言葉が自然に浮かぶ。

そんな感じがするんですよね。

 

「あの日」から3年後の頃・

当時の日本人の心の中にあったキズに

寄り添うようなものがあったのかも

しれません。

 

坂本さんは日本の誇りです。

合掌・

さて・「あの日」から

31年が経ちました。

 

大きく人生観が変わった日

です。

 

そしてその暮れに

インターネットが始まり

Windows95が発売されました。

 

世界も社会も会社の仕事も

ここから大きく変わって

いったんです。

 

でも、まだ31年しか経って

いないとも言えます。

 

犠牲になられた方々の

ご冥福を心より

お祈り申し上げます。

 

 

 

数あるストリート・ピアノ

の中で、みやけんさんの

ピアノがお気に入り

なんです。(笑)

 

何が良いんだろう?

考えてみたのですが

たぶん
鍵盤に触れる指のタッチが
好きなんでしょうね。

 

私はギターは弾きますが

ピアノは弾きません。

そんなに詳しくもないのに

 

たくさんの方のピアノ演奏を

聴いている内に、

気がついてきたのだと

思います。

 

いろいろと調べてみたのですが・

ピアノの「タッチ」というものは、

単に“鍵盤を押す強さ”ではなく、
弾く人の身体・感覚・思想が

そのまま音に現れる不思議な領域なんです。


同じ楽器、同じ曲、同じテンポでも、

まるで別の作品のように変わる理由はここにあります。

 

「指先の速度と加速度」


鍵盤は「どれだけ速く沈んだか」で音量が決まります。


しかし、速さの“作り方”が人によって違う。
•     指だけで速く押す人
•     腕の重さを乗せてゆっくり沈める人
•     肩から落とすように打鍵する人
同じ音量でも、立ち上がりの形が違うため音色が変わる。

 

「 鍵盤に触れる“時間”」


鍵盤に触れている時間が長いと、音は丸く、深くなる。
逆に、触れた瞬間に離すと、硬く、明るく、乾いた音になる。
これは「押す」よりも
“触れる”という感覚の違いが音に出る。

 

「腕の重さの使い方」


ピアノは打楽器的でもあり、弦楽器的でもあります。
腕の重さをどう伝えるかで音が変わる。
•     重さを“落とす” → 太く、深い音
•     重さを“支える” → 軽く、透明な音
•     重さを“流す” → 歌うような音
同じ鍵盤でも、重さの方向と質感で別物になる。

 

「身体の“構造”の違い」


指の長さ、手の大きさ、筋肉のつき方、骨格。
これらは人によって全く違うため、
同じ動作をしても同じ音にはならない。

 

「音に対する“イメージ”の違い」


実はこれが最も大きい。
•     柔らかい音を出したい人
•     透明な音を出したい人
•     歌うように弾きたい人
•     打楽器のように鋭く弾きたい人
頭の中の音のイメージが、身体の動きを変え、

結果として音が変わる。


ピアニストの個性は、技術よりも
「どんな音を求めているか」で

決まると言ってもいい。

 

「なぜ同じ曲でも“別の作品”のように聞こえるのか?」


ピアノは構造上、
音色を直接コントロールできない楽器です。
(弦楽器のように弓の角度や速さで

   音色を変えることはできない)


にもかかわらず、
ピアニストによって音が劇的に変わる。


これは、
•     微細な打鍵速度の違い
•     鍵盤に触れる角度
•     離鍵のタイミング
•     ペダルの深さと速さ
•     音のイメージ
•     身体の使い方
こうした“無数の小さな差”が積み重なって
巨大な違いとして耳に届くから。


結論
ピアノのタッチとは、
「身体と心の使い方がそのまま音になる現象」
であり、
同じ曲でも弾く人によって大きく変わるのは当然なんです。

 

世に著名なピアニストは

たくさんおられますが

それぞれの「センス」が

それを決定ずけている

ということです。

 

私がみやけんさんの

ピアノが好きなのは、

私の好きなタッチが

みやけんさんだったと

いうことですね(笑)

ストリート・ピアノは

とても良いものですが、

 

これを仏教的に表現すると・

「色即是空・空即是色」


ピアノの音は、鍵盤を押すという

「形ある行為」から生まれますが、
その音色は固定された実体を持たず、

弾く人の心・身体・意図によって無限に変わる。


•     同じ鍵盤
•     同じ楽器
•     同じ曲
なのに、音はまったく同じにはならない。


これはまさに、
「形あるもの(色)は空であり、空は形として現れる」
という現象そのもの。


タッチという“空なるもの”が、

音という“色”として立ち上がる。

「縁起」— すべては関係性で成り立つ


ピアノの音は、単独の原因で決まらない。
•     指の角度
•     腕の重さ
•     呼吸
•     心の状態
•     その日の身体の調子
•     楽器の状態
•     空間の響き
これらがすべて関係し合って、

はじめて一つの音が生まれる。


つまり音は、
「無数の縁が集まって一瞬だけ現れる現象」
であり、仏教でいう「縁起」の典型例。

「無我」— 固定した“私の音”は存在しない


ピアニストは「自分の音」

を持っているように見えますが、
実際には固定した“我”としての音は存在しない。


•     心が変われば音が変わる
•     身体が変われば音が変わる
•     空間が変われば音が変わる
音は常に流動し、変化し続ける。


これはまさに仏教のいう
「固定した自我は存在しない(無我)」
という真理に近い。

「一音成仏」— 一音にすべてが宿る


禅僧が鐘を一打するとき、
その一音に心のすべてが現れると言われます。


ピアノのタッチも同じで、
一音に、その人の生き方・呼吸・思想・感性が宿る。
これは密教的な「一音成仏」にも通じる考え方。

「心が音をつくる」— 心即音(しんそくおん)


仏教では「心が世界をつくる」と説かれます。


ピアノも同じで、
心の状態がそのまま音になる。


怒りの音
祈りの音
静けさの音
慈しみの音
タッチとは、

心が外界に触れたときの“現れ”にすぎない。

仏教的に言えば…


ピアノのタッチとは、
「縁起によって生じ、空であり、

無我であり、心の働きが音として顕れる現象」
と言えます。


もっと詩的に言えば、
「心が鍵盤に触れた瞬間、音として世界に姿を現す」
そんな仏教的な美しさを持っています。

 

聴かせてやろう

魅せてやろうではなく

 

聴いて頂こう

観て頂こう・

という心が自然と伝わる

 

その心が

多くのオーディエンスの

心を救っているんですね。

 

素晴らしいと思います。

・・・

 


 






 

 


 




 

 

 

久米宏さんの訃報に

謹んでご冥福をお祈りします。

昭和~平成とテレビと共に

ありがとうございました。

 

ふだん・見なくなった

テレビをチラ見していたら

彼の訃報を告げる

ニュースが流れた。

 

驚きと共に

悲しみが込み上げた・

 

1985年 日航123便墜落事故・
1995年の阪神淡路・

そしてその暮れに

インターネットが始まり

Windows95が発売された・

 

あの衝撃な時代を

テレビを通じて

共に生きた人だから

だと思います。

 

ネットの時代となり

テレビの顔であった

彼は去りましたが・

今は静かに送りたいと

思います。 合掌・

 

 

 

 

時々・聴いている曲
シャンディ・

1980年・画像は粗いけど
この映像が好きで
お気に入りです。

1月20日はポールの
誕生日・
今年で73歳になります。

生涯・右耳の聴こえない人
それでもKISSのMCとして
大活躍でした。

バンドの看板・でしたね。
メイクに隠された心の見えるKISS

青春のバンドですね。

 

当時・あのコスチュームと

メイク・音楽を聴いて

育った子供たちは

 

面白いもので

スキンヘッド・

全身タトゥーのメタルファンに

なっています(笑)

 

全米で47位だったこの曲・

何故かオーストラリアでは

5位までランク・アップ

お国柄は判りませんが・

広く支持されたようです。

 

ポール・スタンレイのモデル

ギターも当時は話題でした。

 

このオリジナルはさすがに

ポール以外は似合わない(笑)

年も明け・

世間も騒がしく

なっています。

 

何があっても

覚悟はできてますが・・

 

3カウント・?

「ワン・ツゥー・スリー。」

「いち、にの、さん・」

「スリー・ツゥー・ワン!」

何事か?というと、

三拍子・

同じことを3回繰り返す行為
というのは古来から
誰にでも伝承されてきている
所作なんですよね。(笑)

 

三度繰り返す──?


この習慣には、仏教でも神道でも
「偶然ではない深い意味」があります。
形を通して心を整える”ための数・

三回という回数は、
人の心が「雑念 → 集中 → 定着」
という流れを作りやすいとされます。


 一度目:形をなぞる

 二度目:意味を感じ始める

 三度目:心と行為が一致する


儀礼は心の状態を作るための技法なので、
三回というのは“心が整う最小単位”
と考えられています。

普段の生活において
何気に行われている三回の儀式・

仏教における三の意味

● 三宝(仏・法・僧)

仏教では「三」が最も重要な数のひとつ。

三宝に帰依する際も「三帰依」として三度唱えます。

● 三毒(貪・瞋・痴)を浄化する

三度の礼拝や読経は、

三毒を鎮める象徴的な行為とされることがあります。

● 三世(過去・現在・未来)

三度の行為は、

時間を超えた功徳の広がりを表すとも言われます。



 神道における三の意味

● 三拝三拍手一拝

神社の作法にも「三」が組み込まれています。

•     三拝:敬意を深める段階

•     三拍手:神と人の調和を整える

•     一拝:最後に心を結ぶ

神道では「三」は“調和・完成・吉祥”を象徴する数。

● 三は“結び”の数

古代日本では「三」は物事が形になる数とされ、

一(始まり)→ 二(対立)→ 三(調和)

という世界観がありました。

「人間は三回で“意味”を感じる」

 

・・・
もちろん、神道には八百万の神が
いますから、地域の祭祀の集合体・

他の宗教のように
教義を統一する中央組織は
存在しません。

過去に明治政府も統一させようと
した経緯はあるものの
統一はされませんでした。

従って三拝三拍手一拝とは
違う神道も当然あります。

地域の風習・歴史・氏族によって
異なる訳ですが、
それこそが
「神道は“多様性そのものが本質」
と言われる所以であるとも
思います。

 

私は個人的に仏教徒ですから、
他の宗教に対しては信仰はしませんが・
敬意は持っています。

神道と言うのは、日本人の基本であり
仏教というのはそこから自分の人生を
切り開いていく
地図・指標・教科書のようなものでしょうか・
心の基本とも言えます。

不思議というか、人生のあらゆる困難に
対して仏教では該当しないものが
無いんですよね・
全て当てはまります。

つまりは過去においては、全て解決済み
なんですね。

 

先人の教えです。

 

文学でも、落語でも、
日常会話でも
「三回繰り返すと落ち着く」構造があります。


これは人間の認知構造に深く根ざしたリズム。
 儀礼は“心のリズム”を作る

三度繰り返すことで、
行為が単なる動作から「儀式」へと変わります。

仏教でも神道でも、三という数は
「心を整え、世界と調和するための最小の単位」
として扱われています。

だからこそ、
三度繰り返す行為は、
宗教を超えて人間の深層に響くのだと思います。

 

三という数には深い意味があります。

•     始まり・対立・調和の完成(1→2→3)

•     天・地・人の三界

•     身・口・意の三業

•     過去・現在・未来の三世

神道でも仏教でも、三は“調和と完成”を象徴する数。
ということです。


人生・どのような事があっても、
まずは心を落ち着かせること・

心の中で題目を三度唱えましょう。

私はこうやって乗り越えて
来ましたよ(笑)

死にかけたとき・
やらかした時・
理不尽に動揺したとき・
怒りが頂点になり
抑えられなくなるとき

様々なことがあると
思いますが、
まずは自分の心を
整えることが大事です。

人生のリセット・
スタートはここから・
です。

おそまつ・・(笑)

 









 



 

 

 



 

 

朝・出勤の時に

ラジオから流れてきた曲・

 

1980年代に制作されていましたが

「スリラー」のヒットで

未発表となっていた曲・

 

その後・遺作として

11年前に発表されていたけれど,

 

マイケルの死後5年も経過して

追悼モードも落ち着き

 

既にアメリカでは80年代の

軽快なディスコ調ポップは

主流ではなかった。

 

当時はIggy Azalea「Fancy」や

Ariana Grande「Problem」が

主流を占めており、

何よりも本人がいないので

TV出演も無し・

ライブも無し・

インタビューも無し・

正直・ちゃんと伝わって

こなかったような気がします。

 

今回は改めて映画が公開される

ので、今度はちゃんと伝わるのでは?

とも思います。

 

最近のアメリカを思うと

マイケルが生きていた頃の

アメリカとはもう違うんだなと

つくづく思います。・・

お金や資産・財産は

あの世に持っては

行けない。

 

持って行けるのは

心ひとつ・

 

あたりまえの事

なんですが

 

そう考えれば・

もう少しそういうことに

執着するのも

 

改めて

考えてみることも

大事なことかもしれません。

 

今になって

物が壊れたり

無駄になったり

 

そんなことが

世の中あちこちに

散見されます。

 

振り返れば

当時は大がかりな

プロジェクトだったのに・

 

今思えば・

その時だけの利益追求だったのか

真剣に次世代のことを考えていたのか

結果はあきらかです。

 

目先の事しか目に見えない

私利私欲しかない

そんな人たちの行く末を

私たちは見てきたのかも

しれません

 

2026年・丙午。

世界は何処へ行こうと

しているのか・

 

マイケルが歌っていた

世界平和ではない事は

確かです。

 

でも、今マイケルの

歌を聴いていて

やはり、元気を貰うのは

まちがいのないこと・

 

考えを改めないといけないこと

そして忘れてはいけないこと

いろんなことを

もう一度考える時

だと思います。

映画がヒットしてくれたら

いいですね♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1972年12月20日・
この曲でデビュー・

楽器屋さんの店先に
バンド募集の張り紙を
矢沢永吉さんが書いて結成・

僅か同年4月のこと・
8か月後のレコード
デビューとなった。

演奏を聴いていて
日本語のロックンロールは
斬新で唯一無二のものだった。

 

メジャーデビュー前のビートルズ・

革ジャンにリーゼントは

ハンブルグ時代の不良少年たち・

これがキャロルのスタイルと

なった。

 

(この頃・ジョージはまだ未成年だった汗

 

面白いもので、

同じことを日本人が

やると白人と同じようで

異質なものになる。(笑)

 

例えば

アメリカの西海岸の

景色に似た風景を

日本の海岸の景色に

求めた時に、

何故か磯の香りが

してくるようなもの・

 

下手をすれば

お笑いのネタに

なってしまうような

ことを彼らは

唯一無二なものに

やってのけました。

 

リバプールではない

ヨコハマのヤンキーという

文化ですね(笑)

 

これがその頃の

私たち子どもには

衝撃だったわけです。

 

以降・ヤンキーブーム

不良の少年・少女たちの

基本スタイルとなるわけです。

 

お心あたりのある

還暦前後の方も

多いのでは?(笑)

 

同年8月・
横浜伊勢佐木町の
ディスコ「ピーナッツ」で
専属バンドとして活動・

ビートルズのコピーや
オールディーズを演奏・
ゴーゴーホールや
ナイト・クラブで活動する。

メンバーの送り迎え
セッティング・
店との交渉などの
マネジメントは全て
矢沢さんが行っていた。

深夜から明け方まで
荒くれの駐日米軍兵や

夜の商売女・酔っ払い
演歌やれと言うヤクザ・

ビール瓶や火のついた
煙草が飛んでくる中

演奏する過酷な
下積みを経験・

鍛え上げられるも
それは数か月の事・
 

当時・ネットは無いものの

テレビがあった。

 

クリスマス・キャロルから

インスピレーションを受けた

バンド名・

革ジャン等のイメージは

ジョニー大倉さんの発案というが

当時から薬物使用があったという

ことでホントのことは

よくわからない。

 

コンプライアンスなどは

その言葉も無い時代・

どっぷりと昭和の時代です。

 

フジテレビのビバヤングという

番組で一気に全国へ・

 

毎月一曲ずつ新曲を出して

ついにあの名曲が生まれます。

7曲目・

作曲・矢沢永吉さん

作詞・ジョニー大倉さん

 

時代が代わって

世代が代わっていっても

 

これだけは変わらない・

いろいろとありましたが

これが全て・これが集大成・

 

これが歴史に残ります。