白い狐 

白い狐 

車好き・音楽好き・
車歴は47年、音楽はバンド含めて50年。
気がつけば・・・おやじ? 
不良少年、健在です。 
自分の分析・文献によると、
地に足がついているが想像力豊か・
感情的だが現実的・愛情豊か・
伝統を重んじる・現実的な理想主義者・

過日の投稿の一部・

この曲の映像が好きで

再び投稿(笑)・

収録アルバム:『Wings of Winter, Shades of Summer』(2002)

作詞・作曲:松任谷由実

編曲:松任谷正隆

テーマ:四季・無常・時間・静かな悟り

 

“雪月花”は日本の古典語で、
「自然の美しさの象徴」であると同時に、
「無常を受け入れる心」を表す言葉。

雪 → 消える

月 → 満ち欠ける

花 → 散る

すべて“移ろうもの”。
ユーミンはこの言葉を、
人生の移ろいを受け入れる

象徴として使っている。

 

若い頃のユーミンは、
変化=痛み
別れ=喪失
時間=残酷
として描くことが多かった。

しかし『雪月花』では、
変化そのものを美として受け入れている。

これは明らかに“悟り”の境地。

 

・・・

 

若い頃・結婚の報告に

よく行ってた喫茶店に

挨拶に行ったことが

あります。

 

お店のママさんは昔・

某自動車メーカーの

ショールームで

セールス・レディを

していた綺麗な方

でした。

 

美人のママさんがいる

お店・

 

小さなお店でしたが

人気のお店だったと

思います。

 

お店に行った時・

ママさんが言った言葉

 

「綺麗な奥さんもらったら

    苦労するよ~♪」って

 

あれから40年以上・

私は

正直・苦労したと

思います。(笑)

 

今にして思えば・

単なる「昔の冗談」ではなく、

私の人生の核心に触れる

予言めいた一言だったと

思うんです。

 

ただの軽口のようでいて、

実はとても“職人の勘”に近い。

 

喫茶店のママさんって、

 毎日いろんな人の人生を見て、

 夫婦の空気、会話の癖、

表情の奥の影まで読み取る人が多い。

 

奥さんが綺麗だったというだけでなく、 

その美しさの裏にある気質や、

私との関係性のバランスを

一瞬で感じ取ったのかもしれない。

 

そして何より、

 そのママさん自身も綺麗な人

だったという点が大きい。

 

綺麗な人は、 

「綺麗であることが周囲にどう作用するか」

 を自分の人生で嫌というほど経験している。

 

だからこそ、 軽く笑いながらも、

少しだけ深い真実を含んだ言葉を

私に残したのだと思います。

 

「正直・苦労した」

 

この一言には、
長い年月の重さがある。

守るための苦労

気を遣う苦労

期待に応える苦労

すれ違いを埋める苦労

自分を押し殺す苦労

綺麗な人と生きるというのは、
ただ外見の話ではなく、
その人が持つ光と影の両方を背負うことでもある。

 

私が思うに、彼女はこう感じていた可能性がある。

 

私が“人のために頑張りすぎる性質”であること

奥さんが“人に影響を与える存在”であること

二人の間に、私が背負う側に回りやすい構図があること

そして、私がその苦労を「愛情として受け入れる人」であること

 

つまり、

私の優しさと、奥さんの魅力が生む

宿命的なバランスを彼女は直感で

見抜いていたかもしれない。

 

  喫茶店のママさんの言葉は、

 私の人生を否定したものではなく、

 むしろ 

「あなたはそれでもその人を選ぶだろうね」

という少し切なくて・温かい人生の先読み

だったのかもしれない。

 

私が今でもその言葉を思い出すのは、 

その一言が、 私の人生の真実に触れていたから。

 

時は流れて

 

苦労した人生だったとしても、

 その選択を後悔していない。

これは、 誰にでも言える言葉ではない。

 

人生は、 苦労と同じだけ、

 深い愛情と意味があったということ。

宿命は向き合う事で変えられる。

 

諸行無常・人生は大きく移ろいだ・

平均寿命まであと数十年・

ここからが正念場とも思います。

 

前を向いて生きます。

 

 

日本でも税金をめぐる

戦いが続いていますが・

 

いつの時代にも

高額納税の時代は

あるんです。

「Taxman(タックスマン)」は、

ジョージ・ハリスンが“95%課税”という

当時の英国の超重税に対する怒りを、

鋭いユーモアとファンク的なサウンドで叩きつけた、

ビートルズ初の“政治的メッセージ曲”です。

 

ビートルズの音楽世界がラブソング中心から

“社会への眼差し”へと

一歩踏み出した象徴的な作品でもあります。

 

1966年『Revolver』の1曲目として収録

作詞作曲:ジョージ・ハリスン(一部ジョン・レノンが協力)

テーマ:英国の超高額課税(最高税率95%)への抗議

ビートルズ初の政治的声明を含む楽曲とされる

ポール・マッカートニーが弾くインド音楽風ギターソロが特徴

 

1960年代の英国では、

富裕層に対して 所得税+不労所得追加税(surtax)

=最高95% という超高税率が課されていました。

つまり、 20ポンド稼いでも19ポンドは税金で消える 

という状況です。

 

歌詞の

“There’s one for you, nineteen for me” 

(君に1、俺に19) は、この税制をそのまま歌ったもの。

 

1966年、会計事務所から 

「4人のうち2人は破産寸前」

と告げられたことが、

ジョージの怒りに火をつけました。

 

歌詞には当時の首相ハロルド・ウィルソンと、

野党党首エドワード・ヒースが登場。

 

 政治的バランスを取るため、

両者を並べて皮肉っています。

 

Dメジャー、4/4拍子のタイトなロック

ポールのジェームス・ジェマーソン風

ベースラインが曲を強烈にドライブ

ポールが弾いたインド風ギターソロがスパイスに

冒頭の「ワン、ツー、スリー、フォー」は

ジョージの咳とカウントが混ざった独特の入り

 

それまで恋愛中心だったビートルズが、

  社会問題に踏み込んだ最初の曲とされます。

ジョージのソングライターとしての台頭

『Revolver』の1曲目にジョージの曲が置かれたのは初めてで、

 彼の存在感が一気に増した瞬間でした。

 後のパンクにも影響

攻撃的なギターリフと政治的姿勢は、

  パンクロックの前身のひとつとも評価されています。

 

“タックスマン”=徴税人が 

「車に乗れば道路税」「座れば椅子に税」「歩けば足に税」

 と、あらゆる行動に課税する“暴君”として描かれます。

 

これは単なる税金批判ではなく、 

「義務(税)と権利(社会的恩恵)のアンバランス」 

への怒りを象徴しています。

 

ローリング・ストーンズなど

多くの英国ミュージシャンが 

“タックス・エグザイル(税金亡命)”

として国外移住する流れの象徴にも

なりました。

 

しかし・ここで思います。

 

「Taxman」は本当に“税金の歌”なのか?

 

結論から言うと、

  これは税金の歌を借りた“存在の危機”の歌です。

 

ジョージは税金に怒っていた。

 しかし、彼が本当に恐れていたのは、

 

自分の努力が吸い取られること

自分の存在価値が他者に決められること

自分の人生の主導権を奪われること

 

つまり、 

「自分の人生が自分のものではなくなる」

という恐怖です。

税金はその象徴にすぎない。

 

“There’s one for you, nineteen for me”

表面的には「95%課税」の話。

 

 しかし、ジョージの心の奥ではこう響いていた。

 

「僕が生み出したもののほとんどが、

      僕以外の誰かのものになる」

 

これは芸能界の構造そのものでもある。

  • レコード会社

  • マネージャー

  • 政治

  • 社会制度

  • ファンの期待

若いジョージは、

  自分の創造物が“自分の手を離れていく”感覚を 

ずっと抱えていた。

 

この一行は、 その喪失感の核心に触れている。

 

“If you drive a car, I’ll tax the street”

 

「車を運転すれば道路税」 

「座れば椅子に税」 

「歩けば足に税」

 

これは単なる皮肉ではなく、

  “存在そのものに課税される”

という恐怖の比喩。

 

ジョージはこう感じていた。

  • 音楽を作れば税

  • 働けば税

  • 生きているだけで税

 

つまり、 

「僕の存在は、

    誰かの利益のために利用されている」

という感覚。

これは、

若くして巨大な成功を得た人間が 

必ず直面する“アイデンティティの危機”でもある。

 

“Don’t ask me what I want it for”

 

この一行は、

 ジョージの“怒り”ではなく“諦め”が滲む部分。

 

「僕が何を望んでいるかなんて、

           誰も気にしていない」

 

税務署だけではない。

 社会も、業界も、ファンも、

 ジョージ個人の願いには興味がない。

 

彼はビートルズの一員として扱われ、

 “個人”としては見られていなかった。

この一行は、

  ジョージの孤独の叫びでもある。

 

“I’m the taxman” は誰の声か?

 

表面的には徴税人の声。

 しかし深読みすると、

  ジョージ自身の内なる声でもある。

 

成功した自分が、 成功した自分を“搾取している”。

  • 名声が自由を奪う

  • 成功が創造性を縛る

  • 富が精神を蝕む

ジョージは、

  自分の中に“タックスマン”がいる

ことに気づいていた。

 

この曲は、

 外側の敵を批判する歌ではなく、

  内側の敵を暴く歌でもある。

 

“Taxman”はジョージの“影”の歌

ユング心理学でいう“シャドウ(影)”。

 ジョージはこの曲で、自分の影を歌っている。

  • 奪われる恐怖

  • 自分の価値が他者に決められる不安

  • 成功の裏にある虚無

  • 自分の人生が自分のものではない感覚

“Taxman”は、

  ジョージが自分の影と向き合った最初の歌だった。

 

これは“税金の歌”ではなく、

“自分の人生を取り戻したい”という魂の叫び。

 

ジョージは税金を通して、

 自分の存在の危機、孤独、影、恐怖を歌っていた。

 

健全な対価の税金は

健全な国家の象徴・

健全な企業の姿・

 

道路に突然・陥没が起き、

街中をクマが動き

人を襲う・

 

山火事はなかなか

消えない・

 

石油不足とデマが流れ

ナフサの値上げで

便乗値上げする企業

 

ペットボトルも不足

してないのに変な話と

思っていましたが・

 

やはりこの国は

おかしな事に

なってますね。

 

それでも健全にしようと

している人たちがいるのは

ありがたいこと・

 

私たちもしっかりと

見守っていかなければ

なりません。

 

自分の影を見つめながら・

 

 

 

 

「眠れぬ夜は君のせい」は

 MISIA の“恋愛バラードの完成形”のひとつで、 

 

「会いたいのに会えない夜の切なさ」を、

壮大なストリングスと柔らかい歌声で描いた名曲です。

 

発売日:2002年8月8日 
形態:10thシングル
作詞:MISIA
作曲・編曲:松原憲 
タイアップ:
フジテレビ系ドラマ 『恋愛偏差値』主題歌 
キリンビバレッジ 「RAKUDA」CMソング(本人出演) 
チャート:オリコン週間1位(「Everything」以来2作目) 
収録アルバム:『KISS IN THE SKY』

 

この曲の核心は、
「会いたいのに会えない夜、眠れないほど募る想い」  
という普遍的な恋の痛み。

歌詞の構造は次のように読めます。

● “君のせい”という優しい告白
タイトルの「君のせい」は責めではなく、
“あなたを想いすぎて眠れない”という甘い依存と切なさ。

● 夢の中で会いたいという願い
公式解説にもあるように、

「夢の中にも会いに来てほしいとあふれる愛を歌う」  
とされており、
現実では届かない距離を

“夢”で埋めようとする心が描かれています。

● 夜という時間の象徴性
夜は MISIA の作品でしばしば

“内面の真実”を照らす象徴。
この曲でも、
夜=抑えていた感情が溢れ出す時間  
として機能しています。

 

この曲は、
仏教的に読むと 
“愛による執着” の歌ではなく、
「縁が動き、心が揺れ、
愛が深まるときの
“心の働き”を描いた歌」 になります。

 

仏教では、夜は
心の奥底(阿頼耶識)
がもっとも表に出る時間  
とされます。

昼間は雑念が多く、心は波立っている。
しかし夜になると、心が静まり、
本当に大切な縁だけが浮かび上がる。

だからこそ、
眠れないほど“君”を思う
という状態は、
縁が深く働いている証  
と解釈できます。

 

仏教では、愛には二つの側面があります。
執着(煩悩)としての愛
縁によって自然に生まれる愛(慈・悲)

この曲の「君のせい」は、
相手を責める言葉ではなく、
“あなたという縁が私の心を動かしている”  
という意味に近い。

つまり、

あなたがいるから、心が動く
あなたがいるから、夜が深くなる

これは執着ではなく、

縁が心に触れたときの自然な反応。

 

仏教では、愛の苦しみの根源は
無常(変わり続けること) にあります。

会いたいのに会えない
触れられない
距離がある

これらはすべて、
無常を感じたときに生まれる痛み。

しかしこの曲では、
その痛みを否定せず、
そのまま抱きしめている。

これは仏教的に非常に成熟した態度です。

 

仏教では、夢は
心が縁を整理する場所  
とされます。

夢で会いたいという願いは、
相手を支配したい
相手を独占したい
という欲ではなく、

“縁を確かめたい”

という心の自然な動き。

夢は、現実では届かない距離を
心が埋めようとする働き。

 

仏教的に見ると、この曲は
縁起
(すべては関係性によって生まれる)  
をそのまま歌っています。

“君”がいるから

“私”の心が揺れる

その揺れが夜を深くする

眠れないほど心が動く

これはまさに縁起そのもの。

君がいなければ、この心の動きは生まれない。
私がいなければ、この夜の深さも生まれない。

二人の関係性が、

心の世界を作っている。

まとめると、この曲は仏教的に

“縁が心を動かすときの、

静かで深い苦しみと美しさ”

を描いた歌。

無常の痛み
縁の重力
心の揺れ
夜の象徴性
夢という心の働き

これらがすべて仏教的なテーマと重なっている。

だからこそ、この曲は
ただの恋愛バラードではなく、
心の深層を描いた精神的な歌  
として響くのです。

仏教では、夢は単なる脳の反応ではなく、

“縁が心に触れたときに起こる現象” と考えます。

特に愛する人が夢に出るときは、

あなたの心がその人に向いている

その人との縁が強く働いている

心の奥でその人を必要としている

こうした“縁の動き”が夢に現れます。
 

「愛する人が夢に出るときの仏教的な意味」

仏教では、
愛する人が夢に現れる理由は大きく3つあります。

① あなたの心がその人を求めている

愛する人は、心の深い層に強く刻まれています。
そのため、心が静かになったとき(眠りの中)、
その人の姿が自然に浮かび上がる。

これは執着ではなく、
“縁が深い人ほど起こる自然な現象”。

② その人との縁が“今、動いている”

仏教では、縁は常に変化し続けるもの。
愛する人が夢に出るのは、

その人との関係が変わろうとしている

あなたの心の中で位置が変わっている

新しい段階に入ろうとしている

こうした“縁の転換点”で起こりやすい。

③ あなたの心がその人を通して何かを整理している

夢は心の浄化の場。
愛する人が出てくるのは、

寂しさ

安心

愛情

不安

希望

こうした感情を
その人を象徴として

整理している という意味もある。

「夢」というのは

縁を知る事のできる

モニターのようですね。

 

では、愛する人が

亡くなっている場合は

どうでしょうか?

 

私の場合は両親ですが、

やはり夢に出てきます。

 

仏教的には、亡くなった人が夢に現れるとき、
“姿そのもの”よりも“縁の働き”が前面に出る 
 と考えます。

つまり、
顔=形ではなく、気配=縁が現れている
という状態。

理由①:形は“執着”を生むから
仏教では、亡くなった人を“形”で捉えようとすると、
こちら側の心が執着に引っ張られるとされます。

だから夢では、
形をぼかし、気配だけを残す  
という現れ方をすることが多い。

理由②:あなたの心が
“まだ受け止めきれない”部分を守っている

亡くなった人の顔をはっきり見ることは、
心に強い衝撃を与えることがあります。

そのため、心は無意識に
“守るためにぼかす”  
という働きをします。
 

 

これは弱さではなく、
心の知恵です。


声は“直接的なメッセージ”です。
仏教では、亡くなった人が声を発するのは
非常に強い縁が働くときだけ  
とされます。

多くの場合は、

声ではなく、気配・距離・温度で伝える

という形をとります。

 声がない=“言葉ではない領域”のメッセージ
仏教では、
言葉は最も粗いコミュニケーション  
とされます。

亡くなった人は、
言葉よりも深いレベルで
「ただそこにいる」  
という形で縁を示すことが多い。

仏教では、
“縁は形を持たず、働きとして現れる”  
と説かれます。

つまり、

姿は見えない

声も聞こえない

でも“確かにいる”と感じる

これはまさに
縁そのものが働いている状態。


亡くなった人は、
“存在”ではなく“働き”として近くにいる。

 

亡くなった人が夢に出る意味(仏教的解釈)
仏教では、亡くなった人が夢に現れる理由は大きく3つ。

① あなたの心が整理を進めている
夢は心の浄化の場。
亡くなった人が出るのは、
あなたの中で縁が新しい形に変わろうとしている  
というサイン。

② 相手が“あなたの心に触れた”
仏教では、亡くなった人は
思い出されることで現れる  
とされます。

あなたがその人を思った瞬間、
縁が動き、夢に現れることがある。

③ 伝えたいことがあるが、まだ“言葉”にできない
声が聞こえないのは、
まだメッセージが形になっていない  
という状態。

これは悪いことではなく、
縁が静かに動き始めた段階。


顔が見えない

声が聞こえない

でも近くにいるのはわかる

これは、仏教でいうところの
「縁起の働きだけが現れている状態」  
に非常に近い。

亡くなった人が
“形”ではなく“働き”として現れている。

これはむしろ、
深い縁を持つ人ほど起こりやすい現象。


私の場合は
“安心・温かさ・ただそこにいる感じ”
でしたが・


これは、亡くなった人が夢に現れるときの
 最も穏やかで、最も深い形 です。

仏教的にも心理的にも、
「縁が静かに寄り添っている状態」

 と解釈できます。

そういう夢を見た・

 

という時は「縁」を

 

感じて下さいね・







 

 


 




 



 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

今朝・アレクサに

教えてもらいましたが・

今日はアメリカから

ペルーがやってきた日・

上陸する時・

音楽隊が「アルプス一万尺」

を演奏したそうです。

当時の日本人はどんな気持ち

だったのか・・

 

歌い方も真っ直ぐ・

詩も真っ直ぐ・

メロディーも真っ直ぐ・

 

これが昭和にありました。

これがあの頃はあたりまえ

だったのに・

 

今は失われています。

失って初めて判る

ありがたさ・

心に染みますね。

 

世界的に観ても音楽

レベルは落ちています。

あの頃は「歌謡曲なんて」

思ってたのも事実。

 

この歳になってよく判る

現実ですね。

 

何も無い時代に

コレを作りあげた

先人の方たちに

頭が下がる思いです。

発売日:1977年1月25日
シングル番号:8枚目
作詞:阿久悠
作曲・編曲:筒美京平
レーベル:ビクター音楽産業
オリコン最高位:7位
収録アルバム:『ウィズ・ベスト・フレンズ』

 

岩崎宏美「想い出の樹の下で」は、
阿久悠 × 筒美京平という

黄金コンビが生んだ1977年の名曲で、
“誓いの記憶を抱きしめ続ける女性”を描いた、
岩崎宏美の初期代表作のひとつです。

 

この曲には、

実はタイトルをめぐる小さな対立がありました。

阿久悠案:「想い出の樹の下で」

ディレクター笹井一臣案:「想い出の樹の下を」

最終的に、阿久悠の意見が採用され、
現在のタイトルになったことが記録されています。

このエピソードは、
阿久悠が“詩の情緒”を

非常に大切にしていたことを示す象徴的な話です。

当時の人たちはほんとうに日本語を大事にしていた・

 

歌詞は、
「誓いの場所を一生忘れない女性」  
を描いた、

非常に純度の高いラブソング。

歌詞の要点:
“私は忘れない”という反復
樹の下で交わした誓い
その記憶だけを生きがいにしている
たとえ相手が忘れていても、

彼女は覚えている

いつか奇跡のように再会できると信じている

歌詞全体が、
「記憶を抱きしめて生きる女性の強さと儚さ」  
で構成されている。

阿久悠らしい“情念の純度”が非常に高い作品。

 

筒美京平はこの曲で、
明るい長調
しかしどこか切ない下降メロディ
岩崎宏美の声の伸びを最大限に活かす構造
を採用している。

結果として、

「明るいのに泣ける」  
という、京平メロディの真骨頂が出ている。

 

1977年の岩崎宏美は、
デビュー3年目で歌唱力が一気に成熟した時期。

この曲では、
透明感
正確なピッチ
感情を抑えた品のある表現
が際立ち、
“清純派の頂点”のような

存在感を放っている。

当時の歌謡曲シーンでも、
“誓い”“記憶”“再会”

といったテーマは人気だったが、
この曲はその中でも特に純度が高い。

 

この曲が時代を超えて愛される理由は、
「記憶を信じる」

という普遍的なテーマにある。

恋は終わっているかもしれない
でも記憶は消えない
その記憶が生きる力になる

この“静かな強さ”が、
現代のリスナーにも深く響く。

 

「想い出の樹の下で」は、
岩崎宏美 × 筒美京平 × 阿久悠の

“純愛の頂点”に位置する作品です。

 

この曲の持つ力・

この力こそが

今の私たちに

必要な力だと

思います。

 

お待たせしました。

「ダンデライオン」

一見、軽やかなポップソング。
しかしユーミンは後年、こう言っています。

 

「あの頃は、夫婦としての距離をどう取るか悩んでいた」
 

『ダンデライオン』の裏にある夫婦の距離・

 

“風に吹かれて飛んでいく綿毛”は、
自分自身の心の不安定さの象徴。

正隆さんとの距離感が、
そのまま曲の“軽さと不安定さ”に反映されています。


ユーミンの作品は

「夫婦の緊張」と「天才の孤独」でできている

ユーミンの歌は単なる恋愛ソングではない。

天才ゆえの孤独

夫婦ゆえの摩擦

創作ゆえの狂気

愛と憎しみの同居

自分自身との闘い

これらすべてが、
ユーミンの作品の“深さ”を作っている。

だから彼女の曲は、
人生の痛みを知っている人の歌になっています。

「創作上の緊張関係」


 1. 正隆さんは“最初のリスナー”であり“最初の敵”
ユーミンは何度もこう語っています。

「正隆は、私の曲を最初に聴く人であり、最初に批判する人」

これは夫婦としては相当きつい。


ユーミンは天才肌で、感覚で曲を降ろしてくるタイプ。
一方、正隆さんはロジックと構築の人。

ユーミン:直感・情緒・物語

正隆:構造・音響・完成度

この“水と油”のような組み合わせが、
名作を生みながらも、

常に摩擦を生んできた。

 2. 正隆さんの「容赦ないダメ出し」
ユーミンは曲を持っていくと、
正隆さんは遠慮なく言うそうです。

「これは弱い」

「このメロディは甘い」

「歌詞が逃げてる」

夫婦だからこそ遠慮がない。
そしてユーミンは、天才でありながら

“傷つきやすい人”でもある。

だからこそ、
創作のたびに小さな衝突が起きる。

 3. しかしその緊張が、

ユーミンの作品を“名作”にしてきた
ユーミンはこうも言っています。

「正隆がいなかったら、

   私はもっと甘い曲ばかり書いていたと思う」

つまり、
正隆さんの“厳しさ”がユーミンの作品を鋭くし、
ユーミンの“感性”が正隆さんの音楽を豊かにした。

この緊張関係こそが、
松任谷夫妻の“創作の奇跡”なんです。

 

『ノーサイド』 ― 孤独が“祈り”に変わった瞬間
この曲は、ユーミンの孤独が“最も美しい形”で昇華された作品。
 

勝者と敗者

栄光と挫折

夢と現実

そして、誰にも届かない孤独

それらすべてを包み込んで、
「それでも人生は続いていく」  
という静かな祈りに変えている。

ユーミン自身が、
「これは“人生の歌”」
と語ったほど。
 

孤独を抱えたまま、それでも前に進む。
その姿が、

ラグビーの試合を借りて描かれている。

そんな二人にも年齢と共に

穏やかな時が訪れる。

 

 

50代となり

人生の折り返しに・

 

松任谷夫妻は、

この時期を境に

“緊張”が“信頼”に変わる。

 

収録アルバム:『Wings of Winter, Shades of Summer』(2002)

作詞・作曲:松任谷由実

編曲:松任谷正隆

テーマ:四季・無常・時間・静かな悟り

 
正隆さんは、
ユーミンのデビュー初期から
アレンジに関わっていますが、
最初に曲を聴いたとき、
こう感じたと言われています。

「この人は“作ろうとして作っている”んじゃない。
何かが“降りてきている”タイプだ」

つまり、
理屈で作る自分とはまったく違う
“天才型”の作曲家だと悟った瞬間。

正隆さんは職人肌で、
構造を積み上げていくタイプ。
ユーミンは、
感性が突然“形”になって出てくるタイプ。

この“異質さ”に、
正隆さんは最初から畏怖を抱いていた。
 
正隆さんが恐れたのは、
ユーミンの才能の“異質さ”

創作の神に連れて行かれる瞬間

夫婦であっても届かない孤独

自分が必要なくなる可能性

これらすべてが混ざった“畏怖”です。

そしてその恐れこそが、
松任谷夫妻の創作の緊張を生み、
ユーミンの作品を
唯一無二のものにしてきた。
 
諸行無常・
 
向き合ってきたからこそ
時が解決してくれる。
 
特に『雪月花』の透明感は、
“争いのない夫婦の呼吸”そのもの。
 
“雪月花”は日本の古典語で、
「自然の美しさの象徴」であると同時に、
「無常を受け入れる心」を表す言葉。

雪 → 消える

月 → 満ち欠ける

花 → 散る

すべて“移ろうもの”。
ユーミンはこの言葉を、
人生の移ろいを受け入れる
象徴として使っている。
 
若い頃のユーミンは、
変化=痛み
別れ=喪失
時間=残酷
として描くことが多かった。

しかし『雪月花』では、
変化そのものを美として受け入れている。

これは明らかに“悟り”の境地。


松任谷正隆のアレンジは、
ユーミンの声を
包み込むように設計されている。

過剰な装飾がない

ピアノとストリングスが“呼吸”するように動く

音の隙間が多い

冬の空気のような透明感

これは、
夫婦の緊張が完全に溶けた後の音。


正隆さんは“導く”のではなく、
ユーミンの世界を
“支える”役に徹している。


歌詞の核心はこうまとめられる。

すべては移ろう

だからこそ美しい

変わらないものはない

でもその中に“永遠”がある

私はその流れの中に静かに立っている

これは、
ユーミンが
人生の“無常”を受け入れた瞬間の歌。
 
夫婦で信仰はしていなくとも
人はやがてその境地へと
たどり着きます・
 
それはお二人が真摯に
向き合い・尽力されてきた
結果であると思います。
 
それは誰にでも
言える事ではないでしょうか・
 
私たちにも学ぶべきは
あると思います。
 


大事な事は逃げない事・
ごまかさないこと・
やがて空は晴れます・
 
 
雲ひとつない空・
 
 

今回・孤独をテーマに

ユーミンの曲を紹介・

する前にご報告です。

(ユーミンは次回・)

3月に2回目のエンジン交換を

した私のコペンですが、

4月に不調が出まして入院して

おりました。

 

従って代車はコペンGR・

MT車です♪

 

前回の代車はAT車だったので

ドライバーも体調不調に

なりましたので(笑)

 

今回はMT車にしてもらい

ました。

 

年寄りはめんどくさいですね(笑)

月が明けて6月・

今日はダイハツへ行く日・
4月下旬からコペン不調で
入院・原因不明でそのまま・

代車はコペンのGR・
おかげさまで今回は
体調は良好です。(笑)

 

3月に2機目のエンジン
載せ替えを完了したところ

4月から不調が・・
他にもOHを控えたコペンが
ある中で気長に待つつもり
でしたが、

正直・不安もありました。

「ブーストが上がらない?」
電気系?燃料系?補器類系?
~結論は至ってシンプルでした。

写真のタービン・

ウエイスト・ゲート・バルブ・

コイツのタービン側の
小さなクラック・


ダイハツのメーカーが
一番・近くにあるので、
メーカーの人に来てもらって
解析していただきました。

このタービン・二機目で
まだ数年しか使ってないのに・・


やはり最近の夏の猛暑は
深刻なのかなぁと思うばかり
です。

(いやいや、飛ばし過ぎ)汗

 

最初は僅かなもんでした・
コーナーの立ち上がり等
ここぞ・という時に
ブーストが微妙に上がらない・

コペンとは一心同体ですから
すぐに判りました。

まもなく30万㌔に手が届く
相棒に自身と同じく「老い」を
感じます(笑)

19年連れ添ってますからね
もう少し代車生活が続きます。

 

私事で恐縮です。汗

気分を代えてScatman

 

初めは奥さんが

偶然・エージェントに

渡した一本のカセット・テープ

 

ここから世界が変わって

いきました。

 

当時、ジョンはホテルのロビーで

演奏する無名のジャズピアニスト。


そのロビーにいた

エージェント 

マンフレッド・ザリンガー に、
妻ジュディが 

ジョンのスキャットを

録音したカセットテープ を手渡した。 

ザリンガーは帰りの車で

そのテープを再生し、
「こんな音楽は聴いたことがない」

 と衝撃を受ける。

この瞬間が、

スキャットマン誕生の“ゼロ地点”。

 

良い奥様ですね♪

 

彼は生まれつきの

重度の吃音(どもり)

でした。

 

でも吃音は彼にとって

宝物だったんです。

 

“弱点を長所に転換した” という事実

  • 幼少期から重度の吃音に苦しむ

  • いじめ・劣等感・アルコール依存・薬物依存に陥る

  • しかし更生後、吃音を「スキャット」という表現に変換

  • 52歳で世界的ヒット(600万枚以上)を達成

吃音という「苦」を否定せず、

  そのまま音楽へと昇華したことが成功の本質

 

スキャットマンの成功物語は、

仏教でいう

 “苦の受容・縁起・転換” を体現した人生であり、

彼の生涯そのものが仏教的プロセス

(苦 → 覚知 → 解放 → 他者救済)に重なる。

 

仏教でいう 業(カルマ) は、 

「前世の罪」ではなく、

  “この人生で与えられた、避けられない性質・傾向” のこと。

 

スキャットマンの吃音はまさにその典型。

  • 彼は吃音を隠し続けた

  • 恐れ・羞恥・孤独が常に付きまとった

  • しかしその苦が、音楽への執着と探求心を育てた

  • 最終的に吃音そのものが“スキャット”という才能に変換された

つまり吃音は、

  彼の魂がこの人生で必ず向き合うべきテーマ(業)だった。

 

仏教の核心は

「苦の理解と解放」。 

 

スキャットマンの人生は驚くほどこの構造と一致する。

 

苦(dukkha)を直視する

彼は吃音を “象” に例え、

隠し続けた過去を語っている 。

 

 仏教では、苦を否定せず

「あるがままに見る」ことが第一歩。

 

苦の原因を知る(集)

  • 劣等感

  • 恐れ

  • 自己否定

  • 逃避としてのアルコール・薬物依存

これらは仏教でいう

「煩悩(無知・執着・恐れ)」に相当する。

 

苦からの離脱(滅)

彼は依存症を克服し、

吃音を隠すのではなく

  “自分の一部として受け入れた” と語っている 。

これは仏教の「受容による解放」に近い。

 

道(八正道)=新しい生き方の確立

  • スキャットという新しい表現方法

  • 世界の吃音者を支援する活動

  • メッセージ性の強い歌詞(恐れを超える、逃げない)

彼は

“自分の苦を他者の救いに変える”という

 菩薩的な生き方を実践していた。

 

彼の音楽に宿る仏教的テーマ

 

“恐れを抱えたまま進め”

『Scatman』のメッセージは明確。

 

「どんなことがあっても身を引いちゃいけない」 

 

「スキャットマンにできるなら君にもできる」

 

これは仏教の 

“恐れは消すものではなく、

観察し、抱えたまま歩むもの” という教えと一致する。

 

“弱さの肯定”

彼は吃音を隠さず、

むしろ音楽の中心に置いた。 

 

これは “弱さを否定しない” という仏教の慈悲の姿勢。

 

“縁起:すべてはつながっている”

彼の成功は

  • いじめ

  • 吃音

  • 依存症

  • ジャズとの出会い

  • ベルリン移住

  • 妻ジュディの支え など無数の因縁が重なって生まれた。

 

仏教の 縁起(すべては関係性の産物) を体現している。

 

“他者救済(菩薩行)”

彼は吃音者団体と深く関わり、

 世界中の吃音の子どもたちを励まし続けた 。

 

これは仏教でいう

  “自分の苦を他者のために使う” という菩薩の姿。

 

晩年の姿に見る “悟りの境地”

彼は死の直前までこう語っていたと伝えられる。

 

「僕の歌が誰かの恐れを消すなら、それで十分だ。」

 

これは “自分のためではなく、他者のために生きる”

という仏教的な境地そのもの。

 

 

スキャットマンは

 “苦を光に変えた人”

事実として、

彼は吃音・依存症・孤独という深い苦を抱えていた。

 

 しかしその苦を否定せず、音楽へと転換し、

 世界中の人々を励ます存在となった。

その生き方は仏教でいう

  • 苦の受容

  • 因果の理解

  • 自己変容

  • 他者救済

という流れと完全に重なる。

 

彼の成功は、

仏教的に言えば “苦を智慧に変えた結果” と言える。

 

1999年、肺がんで57歳で死去。

 しかし亡くなる直前まで、彼はこう言い続けた。

 

「僕は幸せだ。 僕の歌が誰かの恐れを消すなら、それで十分だ。」

 

彼の人生は、

  “弱さを抱えた人間が、世界を照らす光になれる” という証明だった。

 

短い生涯だったかもしれませんが、

彼は役目を果たして昇華しました。

 

寿命というものは人それぞれ・

決して道半ばではなく

全うした人生だと思います。

 

ご冥福をお祈りします。・・

 

 

 

 

昨年9月にも紹介・

80年代の名曲・

曲の冒頭から心奪われますね(笑)

 

今回のテーマは「孤独」

  • 曲名:LONELY LONELY

  • アーティスト:門あさ美

  • 発売:1980年(シングル)

  • 作詞・作曲:門あさ美

  • 収録アルバム:『Sachet』(1980)

今日は違う角度から・・
 
この曲で編曲を担当しているのは
あの松任谷正隆さん。
 
あのユーミンのご主人ですね。
普段はあまり表には出て来られませんが
彼のアレンジ能力には
いつも驚かされます。
 
特にシングル・バージョンで魅せる
都会的でクールなアレンジは
松任谷氏によるもの・
  • 乾いたスネア

  • エレピの透明感

  • ストリングスの冷たい余白

  • ベースの“歩くような”都会的ライン

をチョイスして
「感情を直接語らず、音の温度で語る」
という世界を作りあげた。
 
門あさ美の声は
“湿度が低い色気”
を持っているから、

松任谷氏のアレンジと
噛み合うと、
“冷たいのに熱い”  
という独特の質感が生まれる。
 
冒頭のストリングスは印象的ですね。
 
リバーブを抑えた都会的な距離感
エレピの“夜の街の反射光”のような響き
ストリングスが感情を煽らず、むしろ抑制する
ドラムが“歩くテンポ”で孤独を刻む

これが、門あさ美の
「泣かない孤独」 
 を完璧に描いている。
 
門あさ美の世界観は、
直接泣かない
感情を語らない
風景と仕草で心情を描く
という“映画的ミニマリズム”がある。

松任谷正隆はそこに
「都会の空気の温度」  
を与える。
 
この組み合わせは、
歌手 × 編曲家 というより、
映画の主演女優 × 撮影監督  
に近い関係性・
 
歌詞の
“涙の Lonely Lonely Melody”
という言葉の裏に、
涙を見せない女性の美学がある。

松任谷氏のアレンジは、
その美学を音で支えている。
 
あの・「天才」を影で支えてきた彼
だからこそのアレンジ力が
活かされているわけです。
 
門あさ美「LONELY LONELY」
の“都会的でクールな質感”は、
同時期の松任谷氏アレンジ
(竹内まりや・松原みき等)
と比べると

“孤独の温度が低い”という点で
際立っています。
同じ編曲家なのに、
女性像・都会像・孤独の
描き方がまったく違う。  

ここが面白いところ。

松任谷正隆 × 門あさ美
孤独の温度:0℃(冷たいガラス越し)


門あさ美は、
“感情を削ぎ落とした都会の女性”  
として描かれる。

松任谷正隆はそこに
冷たい空気の層を作り、
孤独を“美しい造形物”として提示する。

映画で言えば、
夜のガラス張りのビルの前に立つ女性。
のイメージ・
 
松任谷正隆 × 竹内まりや(1979〜1981)
孤独の温度:15℃(温かい都会の生活感)

代表例
September
不思議なピーチパイ

竹内まりやの初期は、
松任谷氏が
“都会の生活感”を丁寧に描いた時期。

特徴は:
コーラスの厚み
ブラスやストリングスの“陽性の明るさ”
ベースラインが“歩く”のではなく“踊る”
女性像は“悩むけど前向き”

つまり、
都会の孤独ではなく、都会の生活のきらめき。
映画で言えば、
青山のカフェで友達と笑っている女性。
のイメージ・

門あさ美とは真逆の“温度”を持つ。
 
松任谷正隆 × 松原みき(1979)
孤独の温度:30℃(熱を帯びた夜の都会)

代表例
真夜中のドア〜Stay With Me
愛はエネルギー(編曲:松任谷正隆)

松原みきの世界は、
都会の夜の熱気と湿度がある。

特徴:
エレピは“濡れた光”
ベースは跳ねる
ドラムはディスコ寄り
女性像は“情熱と弱さを併せ持つ”

松任谷氏はここで、
“夜の湿度”を音で描く。
映画で言えば、
雨上がりのネオン街を歩く女性。
のイメージ・

門あさ美の“乾いた孤独”とは対照的。
 
同じ編曲家なのに、
女性像の温度によって
アレンジがまったく変わる。

そして門あさ美だけが、
“冷たい孤独”
を成立させられる声
と存在感を持っていた。

門あさ美の「LONELY LONELY」に
“都会的でクール”を感じたのは、
松任谷氏が他の女性歌手では使わない
「冷たさの美学」を徹底しているから。

竹内まりや=温度
松原みき=湿度
門あさ美=無機質な空気

この違いが、
私の感性に強く響いています。
 
視点・シチュエーション・
「LONELY LONELY」は特殊な曲・
80年代の記憶に残る曲です。
門あさ美さんの名曲ですね。
 
では、松任谷由実さんはどうでしょうか?
 
同じ松任谷ファミリーでも
世界観がまったく別物 になる。

松任谷由実は “物語そのものを作る人” 
ここが決定的に違う。


ユーミンは、
編曲家(松任谷正隆)に
女性像を委ねるのではなく、
自分の歌の世界を先に作り、
その中に編曲を呼び込むタイプ。

つまり:
門あさ美 → 編曲が女性像を造形
竹内まりや → 編曲が生活感を演出
松原みき → 編曲が夜の湿度を作る

松任谷由実 → 物語が先にあり、

編曲は“世界の空気”を整える

ユーミンだけは、
編曲家の色よりも“ユーミンの世界”が勝つ。

ユーミンの都会は、
門あさ美のように冷たくもなく、
松原みきのように湿ってもいない。

もっと“物語的”で、
時間と記憶が溶け合う場所 になっている。

例えるなら、
門あさ美 → ガラス越しの都会
松原みき → 雨上がりのネオン
竹内まりや → 生活のある街

松任谷由実 → 物語の舞台としての都会
      (時間が二重に流れる)

ユーミンの歌には、
“今ここ”と“過去の記憶”が同時に存在する。


松任谷正隆がユーミンをアレンジするときは、
門あさ美のように“冷たさ”を作るのではなく、
ユーミンの物語を立体化するための空気を作る。

特徴:
ストリングスは“情景描写”として使われる
エレピは“記憶の光”として鳴る
ドラムは“物語の歩み”として刻む
コーラスは“時間の層”を作る

つまり、
アレンジが感情を作るのではなく、
物語の奥行きを作る。

ユーミンは、
歌の主人公が“誰か”より、
その人が
“どんな世界に生きているか”
を描く。

ここが門あさ美との最大の違い。

ユーミンはその対極で、
孤独を“物語の余韻”として扱う。
孤独そのものを描くのではなく、
孤独が生まれる“時間の流れ”を描く。

これが天才たる所以なのでしょう。
 
 
これはおまけ(笑)
では、松任谷正隆さんについて
音楽プロデューサー/編曲家

ユーミンのほぼ全作品をプロデュース
竹内まりや、松原みき、門あさ美、大貫妙子など
70〜80年代シティポップの屋台骨を作った人物
“日本のポップスの空気を作った人”と言っていい。
 
ユーミンとの夫婦関係

長年、同じ伴侶と共に創作を続けるというのは、
ロマンチックなだけでは決して済まない。 
 まして相手は、
プロデューサーであり、アレンジャーであり、
時に最も厳しい批評家でもある松任谷正隆さん。

ユーミンは天才肌で、正隆さんは理詰めの職人肌。
この“火と水”のような組み合わせが、
名曲を生み続けてきた一方で、
夫婦としては相当な摩擦や葛藤があったはずです。

こんなニュアンスが出てきます。
「正隆は私にとって“最初のリスナー”であり“最初の敵”でもある」
「夫婦でありながら、仕事では容赦がない」
「私の弱さを一番知っているのに、一番突いてくる」

これは、愛情と信頼があるからこそ成立する関係ですが、
女性として、妻として、
アーティストとしての自我が常に試され続ける環境でもあります。
 
ここがユーミンらしいところで、
「夫婦は“恋愛”ではなく“航海”だ」  
という彼女の言葉が象徴的です。

嵐の日もある
風が止まる日もある
互いに舵を奪い合う日もある
それでも、同じ船に乗り続ける。

その覚悟が、
ユーミンの作品の“深み”を支えてきたのだと思います。
ユーミンの歌詞には、
恋の痛み、孤独、嫉妬、諦念、そして再生  
といった“女性の心の陰影”が驚くほどリアルに描かれます。

それは、彼女自身が
完璧ではない自分
夫婦の難しさ
アーティストとしての孤独
を、長年抱えてきたからこそ書けるもの。

ユーミンは決して「強いだけの女性」ではなく、
弱さを抱えたまま立ち続ける女性なんですよね。


ユーミンの歌は
“人生の痛みを知っている人の歌”  
として、多くの人の心に刺さるのだと思います。
 
今回のテーマは「孤独」でした。
 
次はユーミンの「孤独」を
表現した曲を紹介したいと
思います。・・
 

 

ただただ、走るオンボード・カメラ映像

市街地コースを時速300km/h

異常な世界です。

私にとってはこれも音楽(笑)

 

動体視力の良し悪しに関わらず・

コースの先を注視すること・

景色に目をとられると目が疲れるかも・

1907年から

119年の伝統・歴史がある

TTマン島・レース

 

かの本田宗一郎さんが

HONDAとして

世界に挑戦した有名な

レースでもあります。

 

イギリスの淡路島・という感じ

なんですが、独自の議会・法律が

あります。

 

従ってこのレースは現在も

開催・継続されています。

 

既に280人以上のライダーが

このレースで命を落としました。

 

現代社会は、

死を隠し、遠ざけ、

見ないようにする傾向がある。 

 

しかし仏教では、

  死を直視することが、

生を正しく生きる第一歩 とされる。

 

TTは、死を隠さない。

先人たちの精神です。

 

仏教では、

  死は“結果”であり、

その人の“生き方”

こそが因(カルマ) とされる。

 

TTの世界では、

 死は悲劇であっても、 

その人の生き方

(挑戦・覚悟・技術・精神)が尊重される。

 

これは、 

「死を美化する」のではなく、 

 「生の純度を尊ぶ」 

という仏教的価値観に近い。

 

それは“残酷な肯定”ではなく、 

「死者の生き方を無にしない」

という倫理 に近い。

 

仏教的に言えば、 

「亡くなった者の行(カルマ)を断ち切らず、 

その流れを未来へと繋ぐ」 という考え方。

 

TTでは、亡くなったライダーの家族や仲間が 

「彼はTTを愛していた。続けてほしい」

 と語ることが多い。

 

これは、 死者の“生の流れ”を尊重する文化 と言える。

 

 

そのような観点でご理解

頂けるとありがたいです。

 

先行するマイケル・ダンロップ(通算19勝)を
追走するガイ・マーティン(通算17勝)の
オンボード・カメラ映像
狂気の世界ですね・・

 

ガイ・マーティンはこのレースで

2回背骨を骨折・復帰しています。

本業はトラック整備士・

現在は卒業・

 

バイクはいつか転倒するもの・
転倒すればマシンと身体は
たいてい・離脱する

200㌔なら200㌔で
300㌔なら300㌔で

身体ひとつで飛んで行く・


その先にあるのは石の壁か
街路樹か・あるいは家か・
それが市街地レースの特徴

 

鈴鹿サーキットなんかの路面は
アスファルトも軽石みたいな表面に
なっていて、雨が降っても
水たまりが出来難い構造に
なってます。

タイヤへの抵抗値が増えて
グリップ力が向上する反面
パワーは食われます。

市街地で早いマシンもここでは
遅くなります。

ましてバイクで転倒すれば
人間は消しゴムのように
削られていきます。

昔・神戸の病院で入院してた
8耐のライダーさんは右の小指の
外側から肘まで肉が無くなって
肉が付くまでお腹に縫い付け
られてる方とお話したことが
あります。

グローブとか皮のつなぎを
装着しててもそうなります。


今ではグローブもつなぎも
相当進化してるそうですが
あれは痛そうでした。汗
 

たぶん市街地コースは
ふつうのアスファルトですから
抵抗は少なく・滑りやすい・・

路面のペイント

マンホールと起伏は

転倒するポイントに

なります。

 

この動画を観ていると

先行するマイケルは

レコード・ラインを

熟知している・

 

ガイ・マーティンは

危険だけども追随している・

 

なかなかスリップに付けない

スプリント・レースではないので

その必要はないのかもしれないけれど

 

マイケルのマシンは早い・

出足も早い・

腕の差だけでなく

チームの総合力もあるのかな・

 

タイミングがズレると

あっという間に

置いて行かれる・

 

 

レースで
走っていると


後ろに流れていく
景色と共に
ふだん・考えていること
感じていること・

頭の中のいろんなことが
景色と一緒に
後ろに飛んでいく・

だんだん削られて

ただ、前に進む本能だけが

視線の先に集約されて
残る・

もう速く走るだけの意識に
なる感覚・

100㌔超えたくらいから
マフラーの音も後ろに
消えて・

微かな金属音とかが
聴こえてくる

風の音とか凄いのに
不思議な感覚・

バトルに勝ったり・
目標タイムを越えた時

凄く深い達成感を味わえる。

 

これはどんなスポーツでも

共通だろうと

思います。

この感覚は経験した者
にしか判らない。

私にとっては人生の中でも
なかなか経験できない
「風」でした。

だからハマるのかも
しれませんね(笑)

 

市街地を走るレースですから
民家や街路樹・歩道や交差点
普通に街中です。

近年のマシンの進化から
既に最高速は300km/hを
超え、その存在自体が危険と
疑問視される時代へと
流れてきています。

ま・人間、理屈じゃないので
毎回・死者の出る可能性の
高いレースですが、
参加者は後を絶ちません・
 

老人の最後の願いとして(笑)

 

「最高の瞬間を観てみたい」

気持ちはありますが、
言葉の難しい外国で
野外テント生活・
昼は暑く・夜は寒い
若者ならいざ知らず
高齢者ならば厳しい環境です。

豪華に
ホテルに泊まり・
衣食住を確保するには
2週間・一人150万円くらいは
必要とのことです。(笑)

詳しい方の行うツアーに便乗して
一人80万円くらいだそうです。

命がけとは言わないまでも
かなりの覚悟は必要ですね。(笑)

好きだから行きたいけれど
伴侶を連れて行けるかは
躊躇します(笑)

 


 

仏教的に見ると、

TTは「死を避けるための文化」

ではなく「死を通して生を照らす文化」

という解釈に至ります。

 

仏教では、

  死は“忌むべきもの”ではなく、

生の本質を照らし出す鏡 とされる。

TTレースは、まさにその構造を持っている。

  • 死を軽視しない

  • 死を恐れて隠さない

  • 死を通して「どう生きたか」を見る

  • 死者を忘れず、名を残し、語り継ぐ

これは、仏教的な死生観と非常に近い。

 

「犠牲があるから禁止すべき」

ではなく

「犠牲があるからこそ意味がある」

という構造・・

 

仏教では、

  「苦(dukkha)」は避けるべきものではなく、

そこから“意味”を見出すもの とされる。

 

TTレースの文化は、まさにこの構造に近い。

● 多くの犠牲がある

→ だからこそ、軽い娯楽ではない 

→ だからこそ、挑戦する者の覚悟が本物になる 

→ だからこそ、観る者も“生”を深く感じる

 

これは、仏教でいう 

「死を観ずる(死を見つめることで生を深める)」

という修行に似ている。

 

それは“残酷な肯定”ではなく、 

「死者の生き方を無にしない」という倫理 に近い。

 

仏教的に言えば、

  「亡くなった者の行(カルマ)を断ち切らず、

その流れを未来へと繋ぐ」 という考え方。

 

TTでは、亡くなったライダーの家族や仲間が 

「彼はTTを愛していた。続けてほしい」 

と語ることが多い。

 

これは、

  死者の“生の流れ”を尊重する文化 と言える。

 

令和の現代・

様々なご意見があるかと

思いますが・

 

こういう人生もあります。

・・・

 

命を落とされた多くの

ライダーの方々の

ご冥福をお祈りします。

合掌・

 

 

 

 

 

 






 

 


 

 


 

 

 

 

 

 

 

Kiss(1986)— ミニマル・ファンクの極致・

『Parade』収録のこの曲は、
“贅肉を徹底的に削ぎ落としたファンク”
として評価されています。

ほぼギターのカッティングとクラップだけの構成
ファルセット主体のボーカル
全米1位を獲得し、グラミー賞受賞 

“シンプルなのに強靭なファンクネス”
と批評家が絶賛 

確かにこの感性は唯一無二・

 

なぜ画期的?  
80年代の派手なサウンドの潮流に逆行し、
“最小限で最大のグルーヴを生む”
という美学を提示。

後のミニマル・ファンクやネオソウルにも
影響を与えました。
 

意外と話題に少ないのが
MJ・マイケルジャクソンとの関係・

実は二人は同い年・

この作品を観ても
プリンスがマイケルを
とても意識しているのが
よく判ります。


二人は1958年生まれの同い年。
80年代のポップシーンを牽引し、
常に比較され続けた。

プリンスの「I Wanna Be Your Lover」は
ブラックチャートでマイケルと拮抗し、
ここから“意識し合う歴史”が始まったとされる。 

 

伝説の
“ジェームス・ブラウンのステージ”
での間接共演(1983)


ジェームス・ブラウンが
二人をステージに呼び、順番にパフォーマンス。
マイケルは見事にこなす。

プリンスは即興でギターを弾くが、
戸惑い気味で最後に舞台装置を倒してしまう。 

→ この出来事は、二人の“対照的な性格”
を象徴するエピソードとして語られる。

 

マイケルはプリンスを尊敬していた
マイケルは来日時、
CDショップでプリンスのCDを複数購入。

「プリンスを聴くんですか?」と聞かれ、
「うん、聴くよ。彼は良いよね」 と答えた。 

マイケルはプリンスに
何度も共演依頼を送っていた。
しかしプリンスは慎重で、実現しなかった。 
→ マイケルはプリンスを
“同時代の天才”として認めていた。

プリンスのマイケルへの言葉は、
深い敬意に満ちていた
あるインタビューで
「あなたとマイケル、素手で喧嘩したらどちらが勝つ?」
と聞かれたプリンスは、

「彼は争う人じゃなくて、愛する人だよ」  
(“I’m a lover, not a fighter.” を引用)

と返し、マイケルを侮辱するような空気を制した。
→ プリンスはマイケルを軽んじるどころか、
むしろ守るような姿勢を見せていた。

 

“We Are The World”にプリンスが参加しなかった理由


プリンスにはソロパートが用意されていたが、参加できず。
ボディーガードのトラブルが理由とされるが、
“マイケルと同じ場に立ちたくなかったのでは”という憶測もある。 
→ プリンスは“自分が食われる”ことを恐れたという説もある。

 

2007年、プリンスはO2アリーナで21公演を成功させる。
その2年後、
マイケルは同じ会場で50公演の“This Is It”を発表。
マイケルは「僕がやらなかったら
神様はプリンスにアイデアをあげちゃう」と語ったという。 
→ マイケルは最晩年までプリンスを強く意識していた。

 

敵対ではなく、
“孤高の天才同士が互いを鏡として見つめ合った関係”  
──それが最も近い表現だと思います。

私が一番・感じるのは
マイケルが陽で
プリンスが陰・
ふたりには光と影の
形があったということです。

 

ライバル関係は「競争」ではなく“縁の働き”

仏教では、
縁は互いを高めるために働く  
と考えます。

マイケルがプリンスを意識し、
プリンスがマイケルを意識したのは、
敵対ではなく、
互いが互いの「鏡」になっていたから


マイケルの“完璧な光”

プリンスの“孤高の影”

この対照性は、まるで
陰陽のように互いを成立させていた  
と言える。

二人が早く亡くなったことをどう見るか・


仏教では、寿命の長短は
善悪や成功・失敗とは無関係  
とされます。

むしろ、
「その人が果たすべき役割が終わった時に、
縁は解ける」  
という理解が近い。

マイケルもプリンスも、
音楽の形を変え

人種の壁を壊し

世界の感性を更新し

無数の人の人生を変えた

その役割は、常人の何倍もの密度で果たされていた。

だからこそ、
短くても“濃密な生”だった  
と仏教的には捉えられる。


仏教では、死は終わりではなく
形を変えて縁が続く  
と考えます。


マイケルとプリンスは、同じ“因”を持って生まれ、
互いを照らし合いながら役割を果たし、
その縁が完成した時に静かに去った。

二人の死は悲劇ではなく、
縁が形を変えた瞬間  
と見ることができます。

そして今も、

彼らの音楽を聴く私たちの心の中で、
その縁は生き続けています。

お二人に安らかな時を
願います。  合掌・

 



仏教的に見ると、

マイケル・ジャクソンとプリンスの関係は

“同じ時代に生まれた二つの

強い因縁(いんねん)が、

互いを照らし合いながら燃え尽きた”

という姿に近いです。


仏教では、

同じ時代に同じ領域で突出した才能が現れることを

「同因の者が同時に生まれる」  

と捉えます。

1958年生まれ

黒人音楽の伝統を継ぎつつ、ポップの未来を切り開いた

身体表現と音楽性を極限まで高めた


これは偶然ではなく、

“同じ時代に必要とされた二つの力”  

が現れた、と見るのが仏教的な理解です。




 


 




 





 

 

 

 

 


 

69年も生きてきて・

未来を担う未成年に

殺されなければならない

社会の歪み・

(ボリュームに注意・)

あえて・ご本人ではなく

歌声合成ソフトウェア

の歌にしたのは、

昔の懐かしい・ではなく

現在の現実を理解して

欲しいからです。

 

中島みゆき「世情」
社会の崩壊、制度の無力、若者の暴走、
そのすべてを“予言”したような曲。

 

“秩序が崩れ、抑制が失われた社会への深い嘆き”

栃木の事件に対して

 「未成年でも重罪にすべきだ」

 と感じるのは、単なる感情論ではなく、

現実の凶悪化に制度が追いついていない

という切実な問題意識だと思います。
 

暴力団対策法は、

表向きには

「暴力団を社会から排除する」

ための法律でした。

しかし、

専門家の間では

以前から次のような指摘がありました。

組織が地下化し、監視が難しくなった

伝統的な“しきたり”や“抑制”が弱まり、

若年層の無秩序な犯罪が増えた

反社会勢力が細分化し、

統制の効かない“半グレ化”が進んだ

組織の外側にいる若者が、

SNSや闇バイトで

簡単に犯罪に巻き込まれる

つまり、

「見えなくした」ことで、

かえって危険度が増した

という逆説が起きている。
 

未成年の“重罪化”を求める声が強まる理由


今回の埼玉の事件のように、

計画性

残虐性

組織性

SNSを使った犯行

金銭目的の冷酷さ

こうした要素が揃うと、

「年齢で守られるべきではない」  

という世論が強まるのは当然です。

 

少年法が想定していた

“未熟な少年の過ち”とは、

もはや性質がまったく違う。

「未成年だから軽い処分で済む」

という前提そのものが

現実と乖離している。

取り締まる側の“机上の空論”が限界に来ている。

 

現場の警察官や検察官もよく言っています。

法律が古い

想定している犯罪モデルが昭和のまま

SNS犯罪のスピードに追いつけない

組織の実態が把握できない

「未成年だから」という枠が悪用されている

~つまり、制度が現実に負けている。

では何が必要なのか・


a 未成年でも凶悪犯罪は
  “成人並み”の処罰

  年齢ではなく、

  犯罪の質
  計画性
  組織性
  社会的影響
  で判断する仕組み。

 

b 暴対法の“地下化リスク”
  を前提にした新しい枠組み

  暴力団だけでなく、

  半グレ

  闇バイト組織

  SNS犯罪ネットワーク

  を包括的に扱う法律が必要。

 

c 現場の裁量と判断を
  もっと尊重する

  机上の理想論ではなく、

  現場の警察・検察が感じている“

  実態”を制度に反映させること。

すべてはそこに「愛」がないから・

私はそう思います。

 

取り締まることに執着しすぎた結果

取り締まる側が自身を追い詰める

 

ミイラ取りがミイラになる

まさに典型です。

 

「世の中はいつも変わっているのに、制度だけが古いまま」

「正義が空回りし、弱者が飲み込まれる」

犠牲になられた方のご冥福をお祈りします。

合掌・