私の母はある宗教を信仰している。
新興宗教ではない。
いわゆる2世だった私。
1番初めに覚えるお経は今でも言える。
月に1度のお参りは母と参加していた。
節目のお参りに行くため学校を休まされたこともあった。
住んでいた場所から飛行機で移動して、総本山へも2度ほど行った。
ある時、私は母に言った。
「お母さんが信じていることは否定しない。でも私はそこまで信じていない。神様に手を合わせることはするけど、わざわざ学校を休んだりしてまでは行かない。」
母はそれを受け入れてくれた。
だから、私には何の罪悪感も残らなかった。
「神様には感謝をする」という価値観だけが残った。
八方塞がりになったことがある。
もうどうにもならなかった。
そのとき「ああ、神様どうしたらよいですか」と心から問いかけたことがあった。
答えが出たわけではないが、何にも頼れなくなったとき神様が必要なんだ、と思った。
母もそういう経験をしたのだろう。