かむながら巡る/祝詞。 | そるてぃーあひるっ!(いととえん・むすび)

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神仏・精霊・森羅万象。多彩な色彩。多様な生命。円となって繋がり広がる縁。縁のもとに結ばれた糸(=意図)と会う。糸+会=絵。
あらゆる縁の意図(=糸)が絡み合って生じる、そんな絵を描いていきたい。

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◆◇-------------◇◆

 

今月は更新頻度がめっちゃ低めなことに気づきました。

どうもソルトです。

 

今日は大祓祝詞について。解説というか、ソルトの意訳。というか、なんというか。

とりあえず長いです。

大祓祝詞を知ってるかたはどうぞ。

 

 

わたしの生家は、古くから出雲大社に縁のある家なので

出雲神道です。

 

もっと古くは、出雲大社の「祝部(はふりべ)=生贄を捧げる(屠る・はふる)下級神官」の一族の血が混じっているかもしれません。

 

神棚の神具は、大国主の神紋・亀甲紋が入ってる。

柏手も、二礼四拍手一礼。(※通常は二礼二拍手一礼)

親族の葬儀も出雲神道の方法になります。

 

お盆とかは関係なくて、お坊さんではなく神主さんが来る~

 

 

そんな家にうまれたソルト

 

ずーっと、一般的な「祝詞(のりと)」に違和感を持ってました。

 

 

神社とかで「かけまくもかしこき~」とか「たかまのはらに~」とか神主さんが言ってるアレ。

 

中学になってから祝詞は読まなくなったんだけど

 

5、6年ほど前から一般的な大祓祝詞をダウンロードして再び読むように。

 

 

そこで違和感が・・・・

 

『家で読んでた祝詞と微妙に…いや、だいぶ違うぞ…』

 

70%は同じだけど、30%がだいぶ違う。

まあ、わたしの家は出雲式やし…違うんやろか。とは思ってた。

 

そこで調べたら

 

そもそも、今の大祓祝詞にはかなり省略されている部分があるようだ。

 

主な理由として「時代にそぐわないから」。

 

 

ほう…

 

そもそも「祝詞」というのは、

本来は、参拝者に聴かせるために作られたもの。

 

大祓祝詞をすっごい簡単に意訳すると

「耳の穴かっぽじってよ~く聞きなさい。むかーしむかーし天にえらい神さまがいて、日本を平和にしなさいとおっしゃったので、うんぬんかんぬんで支配…いや、平和にしちゃいました★」みたいなこと言ってるだけなんだ…

 

それがいつか「神へ捧げるもの」と変わっていったので

参拝者にたいして「耳の穴かっぽじってよ~く聞きなさい(※意訳)」と言ってる部分はそりゃ、省かれるだろうね。

 

 

そして大祓祝詞のなかで述べられていた、「天つ罪・国つ罪(やってはいけない罪)」というものががっつりと省かれている。

 

◆現在の大祓祝詞◆

「種種(くさぐさ)の罪事は 

天つ罪 つ罪 許々太久の 罪出てむ 

かく出でば 天つ宮事もちて…」

 

◆前の大祓祝詞◆

「種種の罪事は 天つ罪と畔放ち

溝埋め 樋放ち 頻蒔き 串刺し 

生刺ぎ 逆刺ぎ 屎戸 許々太久(ここだく)の罪を
天つ罪と宣り別けて

國つ罪とは 生膚断ち(いきはだだち) 死膚断ち(しにはだだち)
白人胡久美(しらひとこくみ) 己が母犯せる罪
己が子犯せる罪 母と子と犯せる罪
子と母と犯せる罪 畜犯せる罪

昆虫の災 高つ神の災 高つ鳥の災
畜仆(たほ)し 蠱物(まじもの)せる罪
 許々太久の
罪出でむ 此く出でば天つ宮事もちて…」

 

※意訳…「いろんな罪があってだな、天の罪ってこれ。国の罪ってこれ。で、こんだけいろいろある罪を犯すとだな…」

 

めっちゃ省略されてる。

 

なんだけど

これでも違和感のあったわたし

 

え~わたしが覚えてた祝詞とチョット違う・・・

生膚断・死膚断…ほかに「なをるのはだだち」ってあったはず・・・

おほなかとみあまつみやごともちて」だったはず・・・


 

そこで実家の神棚をごそごそ探ってきました。

 

お見せできませんが、ぼろっぼろに劣化した、わたしが小学生のときに読んでた祝詞が出てきました。

 

なんと、またさらに違う!!!

 

 

◆わたしの祝詞◆

「種々の罪気枯
天津罪と畦放ち。溝埋 樋放 頻蒔 串刺 生剥 逆剥
屎戸 許々太久の罪を天津罪と法別(のりわけ)て
国津罪とは生膚断(いきはだだち)。 死膚断(
なをるのはだだち) 
白人胡久美 己が母
犯せる罪。 己が子犯せる罪。
母と子
犯せる罪。子と母犯せる罪。
犯せる罪。昆虫の災ひ。
高津神の災ひ。高津鳥の災ひ。
畜仆し蟲物せる罪。 許々太久の罪出でむ
此く出で奈は 
大中臣(おほなかとみ) 天津宮事以て…」

 

 

コレだスッキリ!!!!

 

 

さらに「あっ」と気付いたこと。

 

大祓祝詞(おおはらえのりと)をWikipediaでググると

 

「神道の祭祀に用いられる祝詞の一つである。

中臣祓詞(なかとみのはらえことば、略して中臣祓)・中臣祭文(なかとみさいもん)ともいう

 

あっ。だからかぁ~「大中臣(おほなかとみ)」が出てきた理由。

よく見たら、ちゃんとわたしの祝詞にも「中臣祓」と書いてありましたw

 

 

 

さらに最後もだいぶ違う。

 

◆現在の大祓祝詞◆

罪といふ罪はあらじと
祓へたまひ清めたまふことを
天つ神 国つ神
八百万の神たち
共に聞こし召せと白(まを)す

 

◆前の大祓祝詞◆

今日(けふ)より始めて
罪といふ罪はあらじと
祓へたまひ清めたまふことを
天つ神 国つ神 
八百万の神たち
共に聞こし召せと白す

 

◆わたしの祝詞◆

天(あめ)の下 四方(よも)の地(くに) 

諸々の霊(たま)にも身にも罪気枯(つみけがれ)は
あらじと祓へ給ひ清め給へと申す

 

 

ぜんぜんちがうよね

 

 

こういうところを見ると、

やはり宗教・信仰は、人間が作り出しているものだと実感する。

 

人の数だけ言葉があって

人の数だけ宗教があって

人の数だけ信仰があって。

 

 

神に捧げる言葉も移ろっていき

神に対する想いも移ろっていき

 

神のあるべき姿も移ろっていく。

 

 

 

 

 

おやすみなさい。