暗い話でもないけど暗い話 | ばいばい

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主に携帯から更新するかと

(どっち)

死ぬことに関してかきます

話題は暗い、けど後ろ向きではない、とおもう

 

障害者目線の番組で「障害者はみんないなくなれ」という発言をとりあげたことに対して、

自分がそうなったときのことを考えていない!という意見があり

さらにそれに対して「そうなったときは自殺する」と書いている人がいた

もしかしたら最初の発言をした人もそういった思考なのかもしれない

 

「追い込まれたら死ねばいい」という発想は、

躊躇いをなくしたり、勇気を出すべき時に有効であったりする

でも実際、本当に本当に追い込まれて、そこで自殺を選べる人がどれだけいるだろうか?

実際のところはわからないけれど、

少なくとも自分は、肉体的、精神的に限界まで追い込まれて

ズタボロになって地獄を味わって「死んだほうがいい」という状態になるまで

死を選べないという自信がある。変な自信だが。

例えるなら、拷問のような虐待を受けた末に死亡した某事件の被害者のような目に合えば

その方と同じく、なんとか死ぬ方法を模索するのだと思う

 

でもきっと、彼らの言う「追い込まれたら」はそんな限界な状態ではないのだと思う。

軽いと言っては失礼にあたるが、なんらかの身体障害等を負ったとして

「死ぬほどではないが他人に迷惑をかけるおそれがある、恥をかくおそれがある」

といった状態になったとする

激しいストレスは受けるかもしれないが、そこで死を選べる人がどれだけいるのだろうか

 

自分の話をする

自分は過去、精神的に限界まで追い込まれた

何度も死のうと思った。生易しい感情ではなかった

 

屋上に登った

轢かれるために車に近づいた

首に紐をまいた

 

できたのはそこまでだった

覚悟が足りないと言われればそれまでなのかもしれない

けど自分は、知っている

どれだけ精神的に追い詰められても、私は死を選べない人間であると

自殺未遂すら叶わない

 

手すりを乗り越えることすら恐怖でできなかった

飛ぶ瞬間を想像したら怖くて怖くて足がすくんだ

 

だから、「なにかあったら死ねばいい」という考え方は、私にはできない

「それくらいの気持ちで物事を頑張る」というたとえなのであればわかる

でも、先程引用した発言をした人間にそのような意図はないと思う

 

人は簡単に死ぬけど、簡単には死ねないんだよ