上京の続き

新しい住まいでまずお風呂屋さんと、八百屋、米屋、など周辺を探索しながらチェックしていった。 幸いにも風呂屋は坂を下りて角を曲がったところにあり、その他食料品は、近くに小売店があった。 ラーメン屋、中華料理店、クリーニング店と‥ほか色々、ただ日用品店はどうしても見つからず、最低限の家具にカーテンなどは駅ビルの百貨店で買うことにした。 カーテンは当時の金額で6000円くらいだったが仕方なく買って帰ったものの、家賃が1万円に対して高過ぎである。やはり高いなと思い返品に行ったが現金は帰ってこなかった。返ってきたのは同額の商品券だった。 今度はそれを知り合って間もない友人に商品券を5000円で売りつけて損だが、安いカーテンを次の機会に買うこととした。 都会ってなんだか融通の利かない不便なところだな‥と思った。‥ 当たり前であるが、そんなことも知らなかった。

上京は9月だったがまだ暑く窓も開けていたが、不思議なことに蚊がいない。 新宿だったせいか下水などもちろん完備で水も見えるところにないためだろうか‥その代わりやたら蛾がいる。 しかも大きな奴である。 網戸もないし困っていた。 窓を開ければ1.5mくらいのところに隣のアパートの窓がある。 そんな狭いところであるが夜には明かりに寄って来た。 入居してまもなく同じアパートの住人と仲良くなったが、移転すると言うことでベッド、 冷蔵庫、白黒テレピ、鏡張りの飾り棚を格安でもらった。大型のスピーカーも貰ったので、ついでに7万のプレーヤーを買った。一気に家具も増え生活用品も整ってきた。ズボンプレッサーを買った。アイロンも買った。整髪料も、身だしなみは整えておくべきと思っていた。

 

プレーヤーを買ったのはいいけど肝心のレコードがない。3枚のレコードを買った。ブレンダリーと、シルビーバルタン、あと何枚かのレコードを買った。大型のスピーカー60㎝角の2個に繋いだ。アパートであることを忘れていた。深夜に低音が響いてアパートの3軒先の住人からドアーをゴンゴンと叩いて「やかましい」と言って怒らえた。

 

ある日暑いのでコーラを冷やして飲もうとして冷凍庫へ‥無知な私である。 そんなことは知らなかったので、開けた瞬間、見事に部屋いっぱいに霧になって飛び散った。ビンの中には氷だけがのこっていた。後がたいへんである。しみになって取れない。仕方がないので天井は白いペンキを買ってきて塗った。壁がどうしようもなく、厚手のピンクの紙を買ってきて張った。おかげで綺麗に部屋が見違えるようになった。
                                        
東京に来て見ることも珍しい光景はたくさんあったが、

カルチャーショックとしては、

ピザ。

カップ麺。

タバスコ。

歩行者天国。

定員一人の1.5m角くらいの交番。

スクランブル交差点。

それから大きな駅ビルにも仰天。
3~5分おきの電車の発着。
どこまで行っても都会の風景。

 

田舎にはない感覚だった。

いずれも私が知らかっただけかも知れない。

 

日本全国に876か所のスクランブル交差点がある。

広島には1か所あることが分かった。

スクランブル交差点は都道府県別では、長野県が165か所で最も多く、次いで大阪府(156か所)、愛知県(81か所)神奈川県 (55か所)、東京都 (50か所)の順となっています。渋谷スクランブル交差点。世界一混み合う交差点と言われその景色は東京の名物となっている。 日本初のスクランブル交差点は、昭和44年(1969年)3月5日に誕生した、熊本市の子飼交差点とされている。

 

田舎ではなかった回転寿司が駅の歩道の片隅にあった。

十人程の客席である。珍しかった。寿司屋と言えば高い物だと思っていたが回転寿司を始めて知った訳である。

随分前に正月にお店が開いている所がないので寿司屋さんで食べたことがあった。二人で3万円を支払った。私にしてみれば当時としては高いのは言うまでもない。

 

朝は食事するところがなく、駅まで行って売店で何か買うしか思い浮かばない。

逆に深夜でも朝5時まではお腹が空いても食べることには不自由しないと言うこと。新宿中央公園のはす向かいにレストランがあるので夜中にピザとコーラで空腹を満たすことが定番になっていた。

                                        

こんな感じで東京最大の歓楽街新宿での生活が始まった。

都会の生活だが展開がどうなるのか楽しみだった。

 

 

小便横丁(思い出横丁)

その辺りにトイレがないので立小便をした事からそう名付けられた。

戦後直後に焼け野原にできた露天商のマーケットがある。狭い路地状に古き良き飲屋街である。結構人が多く賑わっていた。安い、美味い、何度も食べにいった。西口から東口に抜ける線路下の狭い通路がある。手前に露店の店が並んでいるが、そこにも興味深い物を売っていた。マニア向けの手作りのアクセサリー、面白い趣味のものも売っていた。ここでジーパンを2本買った事がある。

 

                                      

横丁の手前にタカキュウのお店があるが、冬に差し掛かったころ柄模様のコートを買った。これは高かったし自慢でもあった一品である。マルイではスーツを買ったがそれは数万もしたので買えない。その頃はマルイでは10ヶ月払いを推進していて払い終わるとまた買って2.3度くりかえしていた。