沖縄旅行 (2016年)平成28年1月27日(水)~30日(土) 阪急交通社 保険 ¥1,800
広島空港発着 沖縄リゾートデラックス4日間
集合場所 (10:40) 広島空港-(11:40)→→全日空ANA1861→→那覇空港(13:30)==タクシー(11:40)==糸満市(14:30)==10km==サザンビーチホテル(宿泊)(8:00)==那覇ショッピングセンター(30分)==国際通り(4~5時間)昼食==沖縄の駅ちゃんぷるー(琉球村) (60分)==万座毛(30分)==御菓子御殿(30分)==恩納村 (30分)==70km==沖縄かりゆしビーチリゾート・オーシャンスパ(17:30)(宿泊)(8:00)==ナゴパイナップルパーク(50分)==古宇利島(20分)==本部八重岳(40分)==海洋博公園、沖縄美ら海水族館(ちゅらうみすいぞくかん)(180分)==森のガラス館(30分)==110km==思納村==ムーンビーチ(18:00)(宿泊)(8:30)==首里城公園(60分)==50km==那覇空港(13:30)→→ANA1862→→広島空港(15:15)
広島空港に10:40に集合である。始発7:35~8:40 次は11:20着である。よって始発を使った。4家族で旅行である。
1時間40分の空の旅であるが上空では飛行機から見ると雲しか見えず天候は余り良くないようだった。
那覇空港(糸満市)からはホテルまではタクシーの移動であるがあまりに人が多すぎて順番を待つ時間も長く感じた。あいにくの雨である。ホテルまでは10kmの距離だった。2階のフロントでチェックインである。サザンビーチホテル(沖縄県糸満市西崎町)は沖縄本島最南端でホテルは海にはみ出したところでオーシャンビューが楽しめる。海側にはプールがあり、遊歩道で散歩もできる。景色が良いので結婚式の前撮りらしき撮影も行われていた。夕食はバイキング、和洋中琉の料理を食べほうだい。
2日目はホテルを8時に出発である。那覇ショッピングセンター(那覇市西2丁目)10階建ての商業ビルのようである。沖縄特産マンゴージュースを賞味とある。
国際通りで自由行動の時間が5時間あるが、最初通りをぶらっと歩き、集合時間に、オプショナルツアーに参加(\3,980)国際通り==沖縄ワールド、
「解説」。大国村では(琉球王国城下町)チムドンドン(胸が高鳴ること)間違いなし!沖縄の伝統芸能「エイサー」を大胆にアレンジしたパフォーマンスが人気の「スーパーエイサー」。息の合った踊りや大太鼓を打ち、回転しながらジャンプする荒業は鳥肌もののカッコよさです。 エイサーのほか、まるで生きているかのような躍動感ある獅子舞、コミカルな八重山芸能のアンガマ、琉装の女性がしめやかに踊る四ツ竹、三線と民謡など多彩な沖縄芸能を一度に楽しめるのも魅力です。 ショーの最後は「カチャーシー」。「かき混ぜる」を意味する沖縄方言の踊りです。演者も観客も一緒に踊りましょう。とあった。 感動の踊りを椅子に座りながら見学。
玉泉洞では全長5kmのうち、(一般公開は890メートル)の鍾乳洞の見学。国内最大級の規模を誇っています。うろ覚えながら石段を登ったり降りたりで体力の消耗が激しかったことを思い出した。また鍾乳洞では全員で記念撮影をしていた。
ひめゆりの塔は沖縄本島の最南端(糸満市)にあり慰霊を行った。ひめゆりの塔は塔とは言え高さより幅のほうが長かった。実は陸軍病院の壕の跡に立つ慰霊碑である。
「解説」。ひめゆり学徒隊は、沖縄戦で看護要員として動員された、沖縄師範学校女子部と沖縄県立第一高等女学校の生徒と240人が看護要員のグループです。1945年太平洋戦争末期の沖縄戦で多くの生徒が戦場で命を落とし、その後「ひめゆり学徒隊」として知られるようになりました。
ひめゆりの塔
ひめゆりの塔の向かいには、優美堂がある。沖縄鳥豚のしゃぶしゃぶの料理の昼食をいただく。店が狭くて席の移動が困難であった。料理のことは思い出せない。食事が済むと買い物の時間に、私はキーホルダーを8個買った。高い物は千円くらいであった。琉球三線は蛇皮だった。
次はバスで移動、沖縄の駅ちゃんぷる(国頭郡恩納村)琉球村に行く、番所(受付)で入場¥2000 昔の琉球の町並み。旧中根家、ほか10軒あまりの家がありすべて国有形文化財に指定されている。琉球独特な赤瓦、棟にはシーサーが見守っている。いわゆる魔除けである。琉球王国時代の再現である。催しとして琉球村独自のエイサー、沖縄民謡・琉球舞踊などいろいろな劇場で行なわれていた。みやげ店もあった。お土産にちんすこう(むらさきいも)を買った。
海岸に万座毛がある。岩が海岸に突き出た部分に空洞が出来てまるで像の鼻のようである。今にも崩れ落ちそうである。 30分ほど鑑賞した。
「解説」。東シナ海に突き出す万座毛は、高さ20メートルの琉球石灰岩の断崖と、その上に広がる芝生の公園で、沖縄きっての名勝。遊歩道を進んでいくと、万座毛のシンボルである象の鼻を連想させる隆起サンゴが現れる。象に似た岩が有名で、眼下にきれいな海が広がる絶景スポット。ここは、かつて琉球王国の国王・が訪れた際に、「万人を座するに足る」言った。(万人が座ることのできる広い野原)」と賞賛
御菓子御殿(恩納店)沖縄県産紅芋の沖縄銘菓、 ちんすこうは、小麦粉、砂糖、ラードを主原料とした焼き菓子。沖縄県の土産品として有名であり、しばしお土産のお菓子の購入をした。
バスで70kmの移動で恩納村に到着。宿泊は「沖縄かりゆしビーチリゾート・オーシャンスパ」9階建てのホテルで客室の一階は50室程度の円形である。共用部分から遠い部屋の場合は円の周りをクルクルと回る事になり自分の位置さえ分らなくなってしまう。中庭には南国らしくヤシの木、観葉植物が植えられていた。海に面した側には大きなプールもあり豪華であった。夕食は和洋中バイキングであった。
沖縄かりゆしビーチリゾート・オーシャンスパ
3日目は8時に出発で最初はナゴパイナップルパーク(名護市) 入り口には大きなパイナップルがある。その前で写真を1枚、「めんそーれー」(いらっしゃい)と書かれてあった。パイナップルの試食のコーナーがあった。パイナップル畑をトロッコ風の車(パイナップルトレイン)にのって園内を回り無数のパイナップルの木を観察、亜熱帯の雰囲気を感じる時間であった。次にお土産ショップの店内へ。パイナップルを使ったお土産がいっぱいである。ワイン館にはパイナップルワイン、その他の種類豊富なワインがあった。お土産は買ったと思うが覚えていない。
ナゴパイナップルパーク(案内書より)
古宇利島(こうりじま)国頭郡今帰仁村古宇利。 「解説」。古宇利島は、沖縄本島北部にあるエメラルドグリーンの海に囲まれた小さな島です。2005年に古宇利大橋が開通し、車で行ける離島となりました。橋を渡る際には、透明度が高い海の間を車で走り抜けることができます。」
古宇利大橋は長さ1960メートルで歩道付き。海の上に一直線の橋でつながっていた。絶景の景観であり、海水の透明度があり綺麗である。海ぶどうを買って土産とした。スキューバダイビングをやっている人もいた。1月であり沖縄はあったかいんだからぁ。20分滞在、
本部八重岳、八重岳(やえだけ )は、標高453.4メートルの山で、沖縄本島北部に位置する。
「解説」。本部半島の最高峰である。山頂までの沿道に寒緋桜(カンヒザクラ)が植えられ、日本で最も早く桜が見られることで知られる。沖縄戦では、沖縄本島北部の主要な戦闘地。」
長い山頂をだらだらと歩いての花見、であるが、少々疲れ気味の行進であった。
1月から2月月上旬にかけて「本部八重岳桜まつり」のイベント会場(八重岳桜の森公園)であったらしい。売店でご婦人は揃ってネックレスを購入した。ここで問題が発生したが、しばらくして解消となった。
海洋博公園(国頭郡本部町)細長い沖縄の中央、南シナ海に面している広い公園である。
「解説」1975年に開催された沖縄国際海洋博覧会の跡地にできた国営公園。公園内には、世界最大級の水槽を誇る人気の「沖縄美ら海水族館」をはじめ、常時2000株以上のランや熱帯の植物を展示している「熱帯ドリームセンター」、海と人との関わりを学べる「海洋文化館」といった施設があります。
ゆっくりとランなどの様々な熱帯・亜熱帯の植物を見学できた。水族館までは、2kmほど離れているし敷地が細長いのでバスを待って移動すると言った具合である。
沖縄美ら海水族館 ¥1.820 →2025年現在¥2180
「解説」 「美ら」は「ちゅら」と読みます。特に沖縄の方言では「美しい」を意味する言葉として使われます。来館者数日本一の水族館である。
2025年には、世界最長飼育記録を更新中「飼育30年」のジンベエザメ、雄の「ジンタ」(全長8.8m・体重6000kg) 最初は、体長4.6m、体重800kg。
「参考」。ジンベエザメは魚類の中で最大の生き物で、体長は10〜12m、最大で20mになるジンベエザメもいる。皮膚が分厚く10センチ以上もあり、かなり硬質、天敵がいない生き物とも言われています。また、日本で飼育されている沖縄美ら海水族館は合計5頭のみ、沖縄美ら海水族館では現在は1頭が水槽で飼育されている。
大きな水槽で上部までは4階もあるが、上部の水面までは上がっていない。階段を上りつつ出口にむかう。この水槽のアクリルパネルは、高さ8.2メートル、幅22.5メートル、厚さ60cmもあり、ギネスブックに載っている。ちなみに大阪の海遊館は、大水槽のアクリルパネルは高さ5.9m、幅5.0m、厚さ30cmであることから大きさが想像出来る。また小さな水槽がいくつもあり、いろんな生き物を見ることができた。イルカショーもあったが細かく覚えていない。
沖縄美ら海水族館 紹介画像
森のガラス館 琉球ガラスの体験ができるが、バスの時間があるので店内を歩き回り終始買い物をしていた。結局ガラスの器を何点か買う事が出来た。お店は工房でもあり、炉でガラスの製品を作っていた。短時間でお店を後にした。
110kmのバス移動でホテル(恩納村)についた。宿泊はホテルムーンビーチである。ムーンビーチ海水浴場、それを囲むようにL字型の6階の大きな建物。プライベート、ビーチであるためビーチ使用料2000円の高級なビーチ(砂浜)である。沖縄の有数のビーチとして有名である。ホテルの大浴場の使用は2回目には有料と徹底した営業ぶりである。
いよいよ最終日である。8:30に出発である。恩納村からは30kmの移動である。首里城に着いたが、バス移は地下駐車場で手間取り、時間がかかった。朝から雨が降っていた。駐車場からは守礼門は通らないようである。
首里城の正門、歓会門(かんかいもん)に向かう。3メートルもある石塀に囲まれた広めの通路から石の門を入る。ゆるい階段を通り、瑞泉門(すいせんもん)を通る。高い塀が続いて階段を上がり、遅刻門(ちこくもん)がある。直角に曲がると広福門(こうふくもん)がある。木造の赤茶色の建物である。当時は発券所であった。¥820支払った。 奉神門(ほうしんもん)は御庭(うなー)に入る最後の門である。「中庭に当たる御庭、地面には紅白のストライプ模様は印象にのこった」。
正殿(せいでん)首里城本体のことであるが2019年10月の火災で、正殿や正殿につながる7棟の建築物は消失してしまった。正殿は2026年に完成だそうです。
消失前の首里城(案内書より)
正殿は正面にあるが、南殿・番所(ばんしょ)から庭園を通り正殿に入る。正殿の内部も壁、天井は全て朱色の塗料で塗られていて掛けてある額は金縁で朱色の地に金色の文字が書かれている。豪華である。装飾柱は朱色に金で装ってある。部屋の床はすべて畳である。それも縁(ふち)がある
琉球畳でない。これには驚きである。日本のお城は板張りであるので文化の違いかなと思う。
「資料」正殿に畳が敷かれていたという記録は、「尚家文書」の一部の日記に記されている。文書は1842~46年に正殿を大規模修理した際の記録で、修理に使う材料の発注書などをとりまとめたものだ。文書によると、王府の役人は「備後(びんご)細目表筵(むしろ)百五拾枚」「同荒目表筵三百五拾枚」「割為表筵百枚」を、久米島の在番(駐在)に発注した。備後表は備後地方(広島県)で生産していた畳表のことだが、当時は生産地を問わず畳表一般を指して使われていたとみられる。「細目」の畳150枚、「荒目」の畳350枚、質の落ちる「割為」100枚の計600枚が正殿に使われていたことになる。 畳表とは別に、畳のへりに使う紺色の「中布」も宮古島に発注していた。
薩摩藩が琉球王国を支配下に入れた1609年以降に琉球王国に畳文化が取り入れられました。 屋久島と奄美大島の間に点在なトカラ列島で自生する「七島イ」と呼ばれるカヤツリ草科の植物で大分県内には西暦1663年、府内藩(大分市)の商人が竹筒に入れて持ち帰ったのが始まりといわれています。
結論:琉球では琉球畳を生産していない事が分かりました。「本当の琉球畳」に必須な青畳はもう大分県国東市でしか栽培されていないという事実がありました。「大分県国東産七島藺使用」と書かれてあります。
3階建ての内部は迷路の様でそれも人が多い中、雨が降っていたので傘と靴と荷物をもって、不自由な中の急いでの見学である。順路が決まっているのでゆっくりしていられない。あっけなく一通り回った。成果としては正殿の売店で爪切りを買った事くらいである。外に出て写真を撮ったり、売店に入ったりして雨宿りをしていた。
帰りには北殿を通り右掖門(うえきもん)から久慶門(きゅうけいもん)に至る。山の傾斜に沿って駐車場に向かった。
那覇空港は自衛隊と併設している大きな空港である。 那覇空港は13:30発である。 ANA1862便。 広島空港は15:15着である。帰りも天候は良くなくて雲の上を飛んでいた。総勢8人の沖縄旅行は無事終わった。















