沖縄旅行  (2016年)平成28年1月27日(水)~30日(土) 阪急交通社 保険 ¥1,800

広島空港発着 沖縄リゾートデラックス4日間

 

集合場所 (10:40) 広島空港-(11:40)→→全日空ANA1861→→那覇空港(13:30)==タクシー(11:40)==糸満市(14:30)==10km==サザンビーチホテル宿泊)(8:00)==那覇ショッピングセンター(30分)==国際通り(4~5時間)昼食==沖縄の駅ちゃんぷるー(琉球村) (60分)==万座毛(30分)==御菓子御殿(30分)==恩納村 (30分)==70km==沖縄かりゆしビーチリゾート・オーシャンスパ(17:30)(宿泊)(8:00)==ナゴパイナップルパーク(50分)==古宇利島(20分)==本部八重岳(40分)==海洋博公園、沖縄美ら海水族館(ちゅらうみすいぞくかん)(180分)==森のガラス館(30分)==110km==思納村==ムーンビーチ(18:00)(宿泊)(8:30)==首里城公園(60分)==50km==那覇空港(13:30)→→ANA1862→→広島空港(15:15)

 

 

広島空港に10:40に集合である。始発7:35~8:40  次は11:20着である。よって始発を使った。4家族で旅行である。

1時間40分の空の旅であるが上空では飛行機から見ると雲しか見えず天候は余り良くないようだった。

那覇空港(糸満市)からはホテルまではタクシーの移動であるがあまりに人が多すぎて順番を待つ時間も長く感じた。あいにくの雨である。ホテルまでは10kmの距離だった。2階のフロントでチェックインである。サザンビーチホテル(沖縄県糸満市西崎町)は沖縄本島最南端でホテルは海にはみ出したところでオーシャンビューが楽しめる。海側にはプールがあり、遊歩道で散歩もできる。景色が良いので結婚式の前撮りらしき撮影も行われていた。夕食はバイキング、和洋中琉の料理を食べほうだい。

 

 

2日目はホテルを8時に出発である。那覇ショッピングセンター(那覇市西2丁目)10階建ての商業ビルのようである。沖縄特産マンゴージュースを賞味とある。

国際通りで自由行動の時間が5時間あるが、最初通りをぶらっと歩き、集合時間に、オプショナルツアーに参加(\3,980)国際通り==沖縄ワールド、

 

「解説」。大国村では(琉球王国城下町)チムドンドン(胸が高鳴ること)間違いなし!沖縄の伝統芸能「エイサー」を大胆にアレンジしたパフォーマンスが人気の「スーパーエイサー」。息の合った踊りや大太鼓を打ち、回転しながらジャンプする荒業は鳥肌もののカッコよさです。 エイサーのほか、まるで生きているかのような躍動感ある獅子舞、コミカルな八重山芸能のアンガマ、琉装の女性がしめやかに踊る四ツ竹、三線と民謡など多彩な沖縄芸能を一度に楽しめるのも魅力です。 ショーの最後は「カチャーシー」。「かき混ぜる」を意味する沖縄方言の踊りです。演者も観客も一緒に踊りましょう。とあった。 感動の踊りを椅子に座りながら見学。

 

玉泉洞では全長5kmのうち、(一般公開は890メートル)の鍾乳洞の見学。国内最大級の規模を誇っています。うろ覚えながら石段を登ったり降りたりで体力の消耗が激しかったことを思い出した。また鍾乳洞では全員で記念撮影をしていた。

 

ひめゆりの塔は沖縄本島の最南端(糸満市)にあり慰霊を行った。ひめゆりの塔は塔とは言え高さより幅のほうが長かった。実は陸軍病院の壕の跡に立つ慰霊碑である。

「解説」。ひめゆり学徒隊は、沖縄戦で看護要員として動員された、沖縄師範学校女子部と沖縄県立第一高等女学校の生徒と240人が看護要員のグループです。1945年太平洋戦争末期の沖縄戦で多くの生徒が戦場で命を落とし、その後「ひめゆり学徒隊」として知られるようになりました。

 

ひめゆりの塔

 

ひめゆりの塔の向かいには、優美堂がある。沖縄鳥豚のしゃぶしゃぶの料理の昼食をいただく。店が狭くて席の移動が困難であった。料理のことは思い出せない。食事が済むと買い物の時間に、私はキーホルダーを8個買った。高い物は千円くらいであった。琉球三線は蛇皮だった。

 

次はバスで移動、沖縄の駅ちゃんぷる(国頭郡恩納村)琉球村に行く、番所(受付)で入場¥2000 昔の琉球の町並み。旧中根家、ほか10軒あまりの家がありすべて国有形文化財に指定されている。琉球独特な赤瓦、棟にはシーサーが見守っている。いわゆる魔除けである。琉球王国時代の再現である。催しとして琉球村独自のエイサー、沖縄民謡・琉球舞踊などいろいろな劇場で行なわれていた。みやげ店もあった。お土産にちんすこう(むらさきいも)を買った。

 

海岸に万座毛がある。岩が海岸に突き出た部分に空洞が出来てまるで像の鼻のようである。今にも崩れ落ちそうである。 30分ほど鑑賞した。

「解説」。東シナ海に突き出す万座毛は、高さ20メートルの琉球石灰岩の断崖と、その上に広がる芝生の公園で、沖縄きっての名勝。遊歩道を進んでいくと、万座毛のシンボルである象の鼻を連想させる隆起サンゴが現れる。象に似た岩が有名で、眼下にきれいな海が広がる絶景スポット。ここは、かつて琉球王国の国王・が訪れた際に、「万人を座するに足る」言った。(万人が座ることのできる広い野原)」と賞賛

 

御菓子御殿(恩納店)沖縄県産紅芋の沖縄銘菓 ちんすこうは、小麦粉、砂糖、ラードを主原料とした焼き菓子。沖縄県の土産品として有名であり、しばしお土産のお菓子の購入をした。

 

バスで70kmの移動で恩納村に到着。宿泊は「沖縄かりゆしビーチリゾート・オーシャンスパ」9階建てのホテルで客室の一階は50室程度の円形である。共用部分から遠い部屋の場合は円の周りをクルクルと回る事になり自分の位置さえ分らなくなってしまう。中庭には南国らしくヤシの木、観葉植物が植えられていた。海に面した側には大きなプールもあり豪華であった。夕食は和洋中バイキングであった。

 

沖縄かりゆしビーチリゾート・オーシャンスパ

 

3日目は8時に出発で最初はナゴパイナップルパーク(名護市) 入り口には大きなパイナップルがある。その前で写真を1枚、「めんそーれー」(いらっしゃい)と書かれてあった。パイナップルの試食のコーナーがあった。パイナップル畑をトロッコ風の車(パイナップルトレイン)にのって園内を回り無数のパイナップルの木を観察、亜熱帯の雰囲気を感じる時間であった。次にお土産ショップの店内へ。パイナップルを使ったお土産がいっぱいである。ワイン館にはパイナップルワイン、その他の種類豊富なワインがあった。お土産は買ったと思うが覚えていない。

 

ナゴパイナップルパーク(案内書より)

 

古宇利島(こうりじま)国頭郡今帰仁村古宇利。 「解説」。古宇利島は、沖縄本島北部にあるエメラルドグリーンの海に囲まれた小さな島です。2005年に古宇利大橋が開通し、車で行ける離島となりました。橋を渡る際には、透明度が高い海の間を車で走り抜けることができます。」

古宇利大橋は長さ1960メートルで歩道付き。海の上に一直線の橋でつながっていた。絶景の景観であり、海水の透明度があり綺麗である。海ぶどうを買って土産とした。スキューバダイビングをやっている人もいた。1月であり沖縄はあったかいんだからぁ。20分滞在、

 

本部八重岳、八重岳(やえだけ )は、標高453.4メートルの山で、沖縄本島北部に位置する。

「解説」。本部半島の最高峰である。山頂までの沿道に寒緋桜(カンヒザクラ)が植えられ、日本で最も早く桜が見られることで知られる。沖縄戦では、沖縄本島北部の主要な戦闘地。」

長い山頂をだらだらと歩いての花見、であるが、少々疲れ気味の行進であった。

1月から2月月上旬にかけて「本部八重岳桜まつり」のイベント会場(八重岳桜の森公園)であったらしい。売店でご婦人は揃ってネックレスを購入した。ここで問題が発生したが、しばらくして解消となった。

 

海洋博公園(国頭郡本部町)細長い沖縄の中央、南シナ海に面している広い公園である。

「解説」1975年に開催された沖縄国際海洋博覧会の跡地にできた国営公園。公園内には、世界最大級の水槽を誇る人気の「沖縄美ら海水族館」をはじめ、常時2000株以上のランや熱帯の植物を展示している「熱帯ドリームセンター」、海と人との関わりを学べる「海洋文化館」といった施設があります。

ゆっくりとランなどの様々な熱帯・亜熱帯の植物を見学できた。水族館までは、2kmほど離れているし敷地が細長いのでバスを待って移動すると言った具合である。 

 

沖縄美ら海水族館 ¥1.820  →2025年現在¥2180 

「解説」 「美ら」は「ちゅら」と読みます。特に沖縄の方言では「美しい」を意味する言葉として使われます。来館者数日本一の水族館である。

 

2025年には、世界最長飼育記録を更新中「飼育30年」のジンベエザメ、雄の「ジンタ」(全長8.8m・体重6000kg) 最初は、体長4.6m、体重800kg。

「参考」。ジンベエザメは魚類の中で最大の生き物で、体長は10〜12m、最大で20mになるジンベエザメもいる。皮膚が分厚く10センチ以上もあり、かなり硬質、天敵がいない生き物とも言われています。また、日本で飼育されている沖縄美ら海水族館は合計5頭のみ、沖縄美ら海水族館では現在は1頭が水槽で飼育されている。

 

大きな水槽で上部までは4階もあるが、上部の水面までは上がっていない。階段を上りつつ出口にむかう。この水槽のアクリルパネルは、高さ8.2メートル、幅22.5メートル、厚さ60cmもあり、ギネスブックに載っている。ちなみに大阪の海遊館は、大水槽のアクリルパネルは高さ5.9m、幅5.0m、厚さ30cmであることから大きさが想像出来る。また小さな水槽がいくつもあり、いろんな生き物を見ることができた。イルカショーもあったが細かく覚えていない。

 

沖縄美ら海水族館  紹介画像

 

 

森のガラス館 琉球ガラスの体験ができるが、バスの時間があるので店内を歩き回り終始買い物をしていた。結局ガラスの器を何点か買う事が出来た。お店は工房でもあり、炉でガラスの製品を作っていた。短時間でお店を後にした。

 

110kmのバス移動でホテル(恩納村)についた。宿泊はホテルムーンビーチである。ムーンビーチ海水浴場、それを囲むようにL字型の6階の大きな建物。プライベート、ビーチであるためビーチ使用料2000円の高級なビーチ(砂浜)である。沖縄の有数のビーチとして有名である。ホテルの大浴場の使用は2回目には有料と徹底した営業ぶりである。

 

 

いよいよ最終日である。8:30に出発である。恩納村からは30kmの移動である。首里城に着いたが、バス移は地下駐車場で手間取り、時間がかかった。朝から雨が降っていた。駐車場からは守礼門は通らないようである。

首里城の正門、歓会門(かんかいもん)に向かう。3メートルもある石塀に囲まれた広めの通路から石の門を入る。ゆるい階段を通り、瑞泉門(すいせんもん)を通る。高い塀が続いて階段を上がり、遅刻門(ちこくもん)がある。直角に曲がると広福門(こうふくもん)がある。木造の赤茶色の建物である。当時は発券所であった。¥820支払った。 奉神門(ほうしんもん)は御庭(うなー)に入る最後の門である。「中庭に当たる御庭、地面には紅白のストライプ模様は印象にのこった」。

正殿(せいでん)首里城本体のことであるが2019年10月の火災で、正殿や正殿につながる7棟の建築物は消失してしまった。正殿は2026年に完成だそうです。

 

消失前の首里城(案内書より)

 

正殿は正面にあるが、南殿・番所(ばんしょ)から庭園を通り正殿に入る。正殿の内部も壁、天井は全て朱色の塗料で塗られていて掛けてある額は金縁で朱色の地に金色の文字が書かれている。豪華である。装飾柱は朱色に金で装ってある。部屋の床はすべて畳である。それも縁(ふち)がある

琉球畳でないこれには驚きである。日本のお城は板張りであるので文化の違いかなと思う。

 

「資料」正殿に畳が敷かれていたという記録は、「尚家文書」の一部の日記に記されている。文書は1842~46年に正殿を大規模修理した際の記録で、修理に使う材料の発注書などをとりまとめたものだ。文書によると、王府の役人は「備後(びんご)細目表筵(むしろ)百五拾枚」「同荒目表筵三百五拾枚」「割為表筵百枚」を、久米島の在番(駐在)に発注した。備後表は備後地方(広島県)で生産していた畳表のことだが、当時は生産地を問わず畳表一般を指して使われていたとみられる。「細目」の畳150枚、「荒目」の畳350枚、質の落ちる「割為」100枚の計600枚が正殿に使われていたことになる。 畳表とは別に、畳のへりに使う紺色の「中布」も宮古島に発注していた。

 

薩摩藩が琉球王国を支配下に入れた1609年以降に琉球王国に畳文化が取り入れられました。 屋久島と奄美大島の間に点在なトカラ列島で自生する「七島イ」と呼ばれるカヤツリ草科の植物で大分県内には西暦1663年、府内藩(大分市)の商人が竹筒に入れて持ち帰ったのが始まりといわれています。 

結論:琉球では琉球畳を生産していない事が分かりました。「本当の琉球畳」に必須な青畳はもう大分県国東市でしか栽培されていないという事実がありました。「大分県国東産七島藺使用」と書かれてあります。

 

 

3階建ての内部は迷路の様でそれも人が多い中、雨が降っていたので傘と靴と荷物をもって、不自由な中の急いでの見学である。順路が決まっているのでゆっくりしていられない。あっけなく一通り回った。成果としては正殿の売店で爪切りを買った事くらいである。外に出て写真を撮ったり、売店に入ったりして雨宿りをしていた。

 

帰りには北殿を通り右掖門(うえきもん)から久慶門(きゅうけいもん)に至る。山の傾斜に沿って駐車場に向かった。

 

那覇空港は自衛隊と併設している大きな空港である。 那覇空港は13:30発である。 ANA1862便。 広島空港は15:15着である。帰りも天候は良くなくて雲の上を飛んでいた。総勢8人の沖縄旅行は無事終わった。

 

北海道旅行 

2001年平成13.9.2(日)10時集合~9.5(水) 

 

新幹線で福山から大阪駅に向かう。寝台特急「トワイライトエクスプレス」で夜の旅のはじまりである。 

出発11.50 (東海道本線)大阪→新大阪→京都(湖西線)→敦賀(北陸本線)→福井→金沢→ 高岡→富山→直江津(信越本線)→長岡→新津―[車中泊]―(羽越本線)(奥羽本線)(津軽海峡線)(お函館本線)→洞爺(室蘭本線)→東室蘭→苫小牧(千歳線) →南千歳→札幌  9.52着であった。

 

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トワイライトエクスプレスのエンブレム

 

広島を起点とした旅であるが福山駅には10時に集合である。新幹線で大阪まで行き大阪で夢のトワイライトエクスプレスに乗り換えである。一行40名であり札幌まで行く21時間1500㎞の旅である。(残念ながら、トワイライトエクスプレスは2015年に終了した。寝台特急の運賃は2万7480円であった) 昼食は幕の内弁当(お茶付き)2000円を頼んであった。夕食は豪華な3段の懐石弁当であった。(6000円)

 

出発してから京都、金沢、他、十数の駅を止まるが寝台列車であるので個室の寝室があり落ち着いて過ごせた。列車の窓から見える夕陽は綺麗で旅の思い出になった。青函トンネルを抜けると朝になっていた。朝日は曇っていて天候は良くないようで分からない。

数時間の後に札幌に着いた。札幌からはバスで移動である。懐かしい名前があった。北広島市である。広島市と関係があるのか?札幌ICからバスで夕張ICまで移動である。

 

夕張に着くとガイドさんがこの近くに「幸せの黄色のハンカチ」のロケ地があると教えてくれた。(幸せの黄色のハンカチ、網走から夕張に行くまでの物語である。主演は高倉健、武田鉄矢、桃井かおり 1977年、昭和52年制作)

夕張は財政再建しているか気になるところではある。夕張市のホームページを見て見ると借金時計があり、令和7年の時点で、 2年で財政再生計画終了とあり一時間で28万円減るそうです。安心そうです。

 

ガイドさんからクイズをもらった。北海道の地名で読み方を書くようにみんなにプリントを配った。だいたいは分るが読めない物がある。採点は翌日に発表である。果たして結果は、私が優勝だった。ちょっとした賞品をもらった。アイヌの言葉がいっぱいあるので、一度も見てないことばは分らない。

 

昼には日高ウエスタンファームで鮭ちゃんちゃん焼きを頂いた。北海道の郷土料理であり、鮭やその他魚介類と野菜を蒸し焼きにして、味噌やバターで味付けした料理とあった。食べるのは初めてである。紙製のまいかけをして食べる。鍋の上に先のとがった扇状の網の上に魚、野菜を乗せて焼く。こういった具合である。食べてみると結構美味しい。

 

続いて274号線を行くと日勝峠がある。十勝平野は素晴らしい眺めであった。帯広では飲むヨーグルトを日本では余り普及していないらしく美味しいと言った人がいた。足寄(あしょろ)で休憩した。足寄は松山千春さんの出身地として有名である。鈴木宗男さんも足寄の生まれでもある。

 

阿寒湖アイヌコタン、湖畔にあるアイヌ民族の村である。街の入り口は大きな門があり、上には大鷲(イーグル)の彫刻が出迎えてくれていた。 2段のアーチの両側には大きなフクロウがいた。大通りには大きな彫刻したトーテムポールが10本ばかり立っている。原住民のシンボル的なもの? 道の両側には20軒余りの店があり、ちょっと独特の雰囲気があり観光地の匂いがした。工芸品が多く、すべて手彫りであるため、買うにはちょっと高くて手が出ない。600円の耳かきを買うのが精一杯であった。付近にはアイヌの施設がいくつもあるらしい。

 

アイヌコタン

 

阿寒湖畔温泉で泊まることになるが、阿寒湖を遊覧船で周遊し、特別天然記念物のマリモも観察できる1周約85分のクルーズがあり(¥1620)参加した。マリモの島に上陸し「マリモ展示観察センター」でマリモの姿や生態を知る貴重な機会であった。売店でマリモをおみやげに買って帰ったが2年もしないうちに死んでしまった。(マリモは300年も生き続けるらしい。阿寒湖が世界で唯一の巨大マリモの群生地と知られている。)

 

宿泊はホテル エメラルド、夕食は阿寒湖珍味など50品の料理、バイキングである。大勢の人でお祭りのようで、いささか違和感もあった。

 

翌朝は7:50の出発である。急ぎバイキングの朝食をとり、摩周湖にいくことになった。世界で2番目に透明度が高い湖らしい。「1年のうち100日以上も霧に包まれているといわれている摩周湖ですが、特に6月から8月にかけては、霧が多く発生します。」とある。 行った時には晴れており展望台でハッキリ湖水が見えました。記念に写真をパチリ。

 

知床半島に向かいオシンコシンの滝にいく。日本の滝百選にも選ばれた落差80mの滝である。高さもあるが幅も結構あった。知床五胡の湖面に映し出される知床連山を観ながら、次の目的値で昼食である。知床最果て市場に着いて、いくら丼とそばの食事をいただいた。そして海産物のお買い物の時間である。(現在は閉業) ほぼ知床半島の先に行ったことになる。

 

網走を通った。網走駅に停止でその先、50m程の川がある。網走川の向こう岸に有名な網走刑務所である。幅4mの一本の橋がある。後から調べた事であるが鏡橋である。

 

農取湖には日本一のさんご草の群生があり湖畔を染める真っ赤なじゅうたんの様で、水面いっぱいの花が咲いていた。集合記念撮影を撮った。しばらくさんご草の群生を鑑賞。

 

北見市ではペパーミント世界一の生産、たまねぎの日本一の生産量とある。ペパーミントハウスでお買い物の時間があった。北見市は北海道最大の面積を誇るが、少子化のため財政難となっている。

 

北見から39線を2時間バスで移動、大雪山国立公園の旭岳のほとりに、流星銀河の滝がある。夫婦滝とある。しばくして層雲峡温泉に到着した。 山の中の宿泊は、層雲峡朝陽亭。夕食はまたもやバイキングであった。

 

層雲峡温泉は7:50に出発である。9時に旭川に、新栄の丘、美瑛の丘陵地帯を眺望、山の草原で綺麗である。美瑛を中心とした風景写真を展示する拓真館・故前田真三氏撮影の美瑛、富良野の風景を写真で見学。

 

フラワーランド(富良野)ヒマワリ・コスモス・ペチュニア・マリーゴールドなど様々な花が咲きます。とある。2時間余り滞在。昼食はラムジンギスカンで柔らかい肉を堪能。トラクターで引っ張るスモールバスで、何人も花の中の小道で見学している者もいた。のどかな風景を見ていた。お花畑は見事であった。

 

帰りにはお土産として、5キロのジャガイモ、にんじん、玉ねぎを貰った。帰りには飛行機で手荷物として持ち込んだのが失敗だった。上の荷物置き場まで上げるのが異常に重くて大変であった。すべての日程は終ったようである。バスの行程は1日400キロ以上の移動になっていた。

 

高速道路で三笠ICから岩見沢SA(サービスエリア)でしばし休憩、千歳ICからおりて、千歳空港からANA420にのり、広島空港で到着、フライトは2時間であった。北海道観光は以上で終わりとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天然温泉ラピスパ  2025.1.3(金曜日)

 

正月は温泉に行きたいとあらかじめ 四国へ予定していたが結局、鳥取県米子市の温泉になった。正月で夜更かしをしたために出発は遅くなり9過ぎになっていた。山陽道から岡山経由で岡山自動車、中国自動車道、米子道と高速道路ばかり乗り継いで行くことになる。2時間の道のりである。高速を降りてすぐに田園地帯に平屋の薄いピンクの屋根が見えた。

 

湧くわく天然温泉ラピスパ、目的地である。広い駐車場にはかなりの車が止まっていた。温泉にしては珍しく外にドックランの囲いもある。犬を連れて温泉に来る人もいるんだろか? 駐車場には車中泊も出来るらしい。温泉に入り食事は場内のレストランで出来るので連日の温泉も楽しめそうである。

 

 

 

着いた時は冷たい雨と風がふいていた。駆け足で玄関に向かった。受付は1100円、高齢者は900円であるが、さっさと払いを済ませてもらっていた。

お昼になったのでレストランに向かった。メニューは豊富なので迷う程である。誰かがここのナポリタン は美味しいらしいと言うのでとっさにナポリタン¥1080に決めた。メニューについてあれこれと話をしていたが全員ナポリタンを注文した。

 

果たしてお味は気になるところである。雑談に入ったころ誰が当たったか言わないが、手がテーブルのガラスコップに当たった。その瞬間、左足がズボンを通して冷たくなった。予想もしない事だった。慌ててタオルをもらい拭いたがどうにもならない、室内は暖房してあるとはいえ真冬である。乾くまでの辛抱となった。

 

鉄板の上に山盛りのスパゲッティである。熱くてすぐには食べられない。さて料理のほうであるが熱いのでおいしい、トッピングとして半熟卵がのせてあった。麺に絡まって最高に美味くなった。スパゲッティに卵と一緒に食べたことはないので卵効果は気にした事はないがこんなにも味が変わるものだと新たな発見であった。

 

温泉であるがスーパー銭湯の雰囲気であった。室内で2つの浴槽があり一般の広い浴槽に入る。匂いもなく入りやすいと感じた。その分温泉らしくなく物足りない。 浴槽は2段になっており、上の段は仰向けになりリラックスするはずが、勢いよいジャロジーの湯を浴びる。水流があるので体が浮いてすべりそうになり落ち着かない。すぐにあきらめてしまった。

 

しばらく温まってから屋外に出てみたが空気が冷たく一瞬で寒くなる。露店風呂は広くゆっくりとしている。温度が高いので長くはじっとして居られない。何回か出たり入ったりしながら温泉を楽しんだ。プールと称しているのか?  浴槽は10mを超えるほどの長さがある。 温泉の水量は豊富なのが分かる。

 

浴室から出てやや暗めの落ち着いた部屋がある。かなり広い休憩スペースがあり、リクライニングシートがあるのでリラックス出来る。子供連れの親は寝込んでいびきをかいている人もいた。いつもはみやげ物売り場でタオルとか温泉の自慢の石鹸を買って帰るのだか、今回は何も買わずに温泉を後にした。

 

雨も降っていたのでどこにも寄らず一般道で帰ることに、到着はちょうど6時だった。幸いなことに意外と疲れなかった。運転手は疲れたことだと思う。

感謝である ‼

 

 

 

 

 

-----湧くわく天然温泉 ラピスパ による説明-----

 

"”ニフティ温泉 年間ランキング2023"鳥取県総合1位!! 日帰りで「かけ流し天然温泉」「サウナ」「温水プール」が楽しめるリゾート施設です。「レストラン」ではヘルシーからガッツリまで豊富なメニューが勢ぞろい!「テイクアウトメニュー」もございます

 

大山の地下、伏流水よりもずっと深い1,200メートルから汲みあげた、希少で特別な天然水。豊富な温泉湧出量を生かし、新鮮な湯を常時入れる「かけ流し型」

自然に囲まれたまるでお城のような大きな建物【湧くわく天然温泉ラピスパ】

花に囲まれた『ガーデン風呂』はヨーロッパの庭園をイメージされており100人は入れる大浴場が見どころ!

360°飽きさせない『パティオ風呂』は気分はどこか別の世界にいるような感覚に。

 

■泉質:弱アルカリ性単純泉

■源泉温度:45℃ ( PH8.3 なのでお肌すべすべに‥はならないと思う。) 

■効能:神経痛・筋肉痛・関節痛・五十肩・慢性消化器病・痔疾・冷え性・運動麻痺・関節のこわばり・うちみ・くじき・病後回復期・疲労回復・健康促進

 

ラピスパの源泉は、鳥取県の名峰大山の地下深く1,200m、2万700年前の地層から汲み上げられます。伏流水よりもずっと深い層なので、地表の影響を受けていないため、硝酸性窒素・亜硝酸性窒素を含まないという検査結果が出ています。また、汲み上げた天然の状態のまま水道法・食品衛生法・温泉法の水質に関する法律基準をクリアしています。塩分を含まない生温泉なので、入浴後にかけ湯を浴びてそのまま上がることができます。サウナルームは一時間おき(平日は2時間おき)に「ロウリュウ」と呼ばれる蒸気の熱風が充満するようになっている。

 

約150台. (キャンピングカー駐車、車中泊OK) とある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

下関、萩、温泉の旅  2024.10.21(月)~22(火)

 

1日目

旅行の前はいつもの通りであわただしい。いつもは車で出かけるのであるが、今日の集合場所は駅近くのレンタカー屋さんである。タクシーを呼ぶのも面倒くさいので直接バスを待つことにした。バスだと5分程度だが歩くと30分はかかってしまう。事務所が開くのが8時からなのでしばらく時間つぶしにお城の下の広場で待つことにした。やがてその内の一人と合流した、事務所に全員そろったので出発である。車の点検が済むと荷物を入れる。車種は日産セレナである。新しい車はエンジンの始動から分らない。シフトレバーもなく全てタッチパネルである。 運転手はベテランである。とは言えタッチパネルには慣れるまでシフトレバーを探す素振りが何度もみえた。

 

宮島サービスエリアに着いたのは10時30分に休憩、あらかじめ車中で注文していたスターバックスのコーヒーを頂いた。 催し物として「ピクミンテラス in 宮島SA」があったらしいが、12月13日~2024年8月31日で終わっていたが、 一角に「ピクミン」シリーズが飾ってあった。 その中に宮島にちなんで大きな「しゃもじ」が置いてあった。 任天堂のAIアクションゲーム「ピクミン」シリーズである。

道の駅の下にはリゾート開発の工事が進んでおり、大きな施設と思えた。

またサービスエリアから眼下に遥かに遠くに宮島の大鳥居が見えると言うので眺めてみたが一向にみえない。そこにあると聞いて目を凝らせてみるとかすかに見えた。 備え付けの双眼鏡で見るとハッキリ見る事が出来た。

それに宮島に向かって朱色の鳥居があったので写真を撮った。 まばらの人だったが、次々と写真撮影にやって来る。帰りに記念にキーホルダーを買った。

 

広島県最後の大竹市には仕事で来た事がある。県の東から西までは130キロもあり随分遠くに感じる。岩国、周南、防府、宇部,を通過しサービスエリア「美東」に着いた。11:38で休憩をして、美弥、を通り過ぎて、県道34線に、道の駅「蛍街道西ノ市」12時30分到着、下関市豊田町である。蛍街道西ノ市は由緒ありそうな長屋門があり正面には ほたる提灯(ちょうちん)が並べてあった。外に出ると「駅看板」と立ててあり、屋根付きの建物に蒸気機関車がおいてあった。そこで写真を撮った。

レストラン「万作」でさばの味噌煮定食を頼んだ。他の人は瓦そばを頼んだが、以前食べた事があり味は覚えてなかったが、皿うどんの蕎麦バージョンの様でコリコリとして硬いがまずまずの味である。瓦そばは下関の川谷温泉が発症の地である。瓦の上に蕎麦、金糸卵、牛肉を乗せて焼くとおいしく頂ける。

 

この道の駅はメインは温泉である。温泉は宿でゆっくりでいいと思ったが、説明書には「ph9.3」とかいてあった。濃度が濃い温泉である。ph6.9が平均で水道水はPH6.0程度である。phが高くなるとアルカリ泉であり、角質層が取れてすべすべの肌になると言う訳である。¥650は普通の料金帯である。ゆっくりと入ったのでほかの人は出て待っていた。熱い湯だったので湯冷めは当分かかるのでしばらく外の空気で冷ませた。言うまでもなく肌はすべすべになった。

木屋川には天然記念物「ゲンジボタル」の発生地である、日本初のホタル舟も有名らしい。やたら蛍のポスターが壁に貼ってある。ここは温泉と蛍が有名であった。

 

長門市の湯本温泉に寄って見た。閑静な川に沿った温泉町である。大谷山荘が有名であり、山に囲まれた綺麗な橋が印象的である。川の向こうには評判がいい星野リゾートホテルのお饅頭屋さんがある。みんなで食べた。美味である。途中の山々は車が全く通らない。道のほとりの木々は道の中央まで生い茂り幻想的でもあった。夜は寂しい所である。

 

次は明日の下見で長い川に沿って進んで行くと豊田湖に出てやがて山の中を進んでいく。

道の駅「センザキキッチン」15:00に到着した。長門市である。 広い駐車場でありバスが止まっていた。広い店内をくまなく歩いた。水産物は安いと感じた。今日は見るだけにして余りに広いのでみんなと別れて椅子に座り休憩モードに入った。向かいの青島には行かなかったが、遊覧船の乗り場がそこにあった。青島には橋が架かっているが、島の一周は80分¥2400であり興味深い遊覧である。

近所に「金子みすゞ記念館」があり、徒歩8分と大きな看板が店舗の玄関に貼ってあった。先崎駅から金子みすゞ記念館の前の通りは海岸まで「金子みすゞ」通りとなっていた。先崎市の名士である。

 

萩市の宿に向かう途中に老舗の蒲鉾屋がある。色んなカマボコを売っている。味見の蒲鉾も置いてある。明太チーズ天、チーズin焼ちくわ、鯛ちくわ、は私の好みである。かなりの数のお土産も買った。急に雨が降って来たので早々に退散した。

 

いよいよ宿に行く事になった。源泉の宿萩本陣、高級ホテルである。16:30ホテル到着である。雨は益々激しく本降りになってきた。山の上のホテルである。坂道を登っていくと、駄々っ広い駐車場があった。すぐに部屋に案内された。3階の広い部屋である。鍵は昔風のシリンダー錠である。築年数は30年前と思われる。踏み込み、ローカ。トイレ。ユニットバス。20畳ほどの客室である。さすがにゆったりとしたリゾートホテルである。疲れたので一旦なにもせず晩餐の時間を待つ事にした。時間を待って2階のいす席のレストランに向かった。部屋は広く曲がっている。 鍋のコースの10品程の料理が次々と運ばれる。食前酒で乾杯をしていつものコースである。 最後の方にご飯である。いよいよお腹もいっぱいになっている。デザートを食べるのがやっとであった。美味しく頂いた。満腹になり部屋に帰り横になってくつろいでいた。温泉に入る予定が迂闊にもウトウトと寝込んでしまった。一旦、目が覚めたのであるがまた朝まで寝てしまった。

 

 

源泉の宿萩本陣

 

 

 

2日目

今日は朝から雨模様である。館内の温泉が5時半からなので、5時起きで支度していった。

ここの温泉の説明があった。『四季折々の風景と、癒しの時間。地下約2000メートルから汲みあげる自家源泉温泉はイオン濃度が高く、美肌や関節痛などに効果があると言われています。』とある。

朝一番にもかかわらず先に入っている人が多数いた。どれだけ温泉が好きなのか? 朝から温泉とは気持ちいい。10分も入れば汗が出て来る。洗い場には「酒粕白玉ピーリング」という洗顔料が置いてある。温泉もしっとり肌になり洗顔にまで効果もあってツルツル肌になり温泉を満喫した朝でした。朝食はどこもバイキングが多いが、朝は普段あまり食べないので控えめにしていたが、どうしても多めになってしまう。

8時から館内の売店がオープンである。最初に「松陰先生の言葉」というメモ帳を買った。最初に「至誠にして動かざる者未だ之れあらざるなり。吉田松陰」という言葉だった。意味はあとから考える事にしよう。 次に浴室においてあったピーリング材、名物の瓦そば etc である。

チェックアウトを済まし9:40ホテルを後にした。玄関の巨大な石灯籠が印象的だった。

 

最初に行ったのは「和窯」(やわらぎ)という萩焼のお店である。過去に二度、買い物をしたお店で3度目の訪問になる。最近は作品の傾向が変わって流動的な模様になってきた。私は前の方が好きである。今回は白い平べったい和皿を購入した。3枚だけあったのでそれだけ買った。無地の地味な模様だが飽きないのでいいと思った。

 

今日のメインテーマは昼食のバーベキューである。 センザキキッチンに着いたのは11時前だった。早速店内を歩き食材の物色がはじまる。ご飯は買わすに特大おにぎりを買う、肉類、刺身、魚、水は自販機で買ってくれと係の人が言う。水まで買わなければならない。魚などは調理してくれるので焼いて食べるのみで親切である。 あらかじめバーベキューのセットが用意されていた。コンロを囲んでワイワイ、ガヤガヤ やかましい声がする。おにぎりは一個を半分に分けたが結構な量だった。刺身はイカが好評、お肉はジューシイで美味しい、サザエは新鮮でコリコリと美味しい。

窓の外は雨で寒そうだ。海には海上自衛隊の船が浮かんでいる。島の風景と馴染んで絵になると思い思わずシャッターを押していた。干物は安い、魚類はやすい、土産物も買った。帰り際に野球帽を見つけていたので買った。いくらかあったが私が買うとみんなが買うので商品棚は残り2個になっていた。商売繁盛である。

 

1時に出発で岐路に向かう。道の駅「おふく」で休憩、駐車場から遠いので雨宿りしながら入口に向かう。懲りずに又茶そばを買う人がいる。道の駅は同じ様なものばかりを売っていた。

 

道の駅「ソレーネ周南」でちょっとした事件が起きた。車道から歩道に行く境として 足元にコンクリートの円柱の柱があった。車から降りて直ぐにあるので、気付きようもなく、向こう脛 (むこうずね)を打った。「弁慶の泣き所と言われる」ゆえんである。幸い転倒もなく軽症で済んだが軽く腫れていた。しばらく休憩、コーヒーを飲みながらゆっくりした。ここでは植物がいっぱいあり通路を遮っていた。

 

さいごの停車地「小谷サービスエリア」に着いたのは5時過ぎで辺りは暗くなっていた。腹ごしらえのパンを購入したが、しかし口にすることはなかった。 その後は借りていた車の返却の時間の問題である。事務所を閉られると返却は明日の朝になってしまう。超過料金も発生する。時間との勝負である。運転手も手に汗を握る思いであったであろう。.... 

果たして無事について今日の物語は一件落着となった。

 

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参考資料

このホテルの自慢話

『掘削された花崗閃緑岩のコア(館内に展示)日本国内ではめずらしい、花崗閃緑岩を掘削した深度2,350mより湧き出る湯。 掘削には、カナダの技術者を招聘(しょうへい)して行われ、約2年の歳月をかけ、 1995年7月10日、掘削深度2,350メートルより、47度のお湯が噴出しました。当時の温泉ボーリングの深度の記録を破り、日本記録(現在は、日本第2位)となりました。このように温泉として深くまで花崗閃緑岩を掘削した例は、日本ではわずかしかありません』

 

萩の地質

萩市松本地区の地質は中生代白亜紀 (約1億年前) の火山岩とそれを貫く花崗閃緑岩(かこうせんりょくがん)からなります。 これらの火成岩類は日本列島がかつてアジア大陸の東縁にあった時に大規模なマグマの活動によってできたものです。大陸の一部として形成されたこれらの火成岩は、 約1500万年前に、 アジア大陸東縁の一部が分裂して、それが移動することによって現在の日本列島を形成しました。 したがって、 松本地区の基盤をなす岩石は、日本海の向かい側に位置するアジア大陸の一部として誕生したものなのです。

 

泉質       カルシウム・ナトリウム−塩化物温泉

効能       筋肉又は関節の慢性的な痛み又はこわばり(関節リウマチ、変形性関節症、腰痛症、神経痛、五十肩、打撲、捻挫などの慢性期)、運動麻痺における筋肉のこわばり、冷え性、末梢循環障害、胃腸機能の低下(胃がもたれる、腸にガスがたまるなど)、軽症高血圧、耐糖能異常(糖尿病)、軽いコレステロール血症、軽い喘息又は肺気腫、痔の痛み、自律神経不安症、ストレスによる諸症状(睡眠障害、うつ状態など)病後回復期、疲労回復、健康増進。

泉質別適応症       自律神経不安定症・不眠症・うつ状態・きりきず・末梢循環障害・冷え性・皮膚乾燥症。

 

一般的禁忌症       病気の活動期(特に熱のあるとき)、活動性の結核、進行した悪性腫瘍又は高度の貧血など身体衰弱の著しい場合、少し動くと息苦しくなるような重い心臓又は肺の病気、むくみのあるような重い腎臓の病気、消化管出血、目に見える出血があるとき、慢性の病気の急性憎悪期。

 

 

 

5:35  起床、意外と早く目が覚めた。予定している広島行きの準備する。
7:25 出発、この時点で車が多いが、渋滞も無いようなので高速は使わず2号線で行く事にした。一路広島へ、2号線をまっしぐら、運転手は絶好調のようだ。
2021.12に、広島城は廃止が発表された。耐震性に問題があるとして25年に閉鎖が決まった。まだ広島城には行っていないので、お城愛好家としては行かない訳にはいかない。

9:55 到着、市営駐車場は待つ車でいっぱいだった。仕方なく周囲のコインパーキング🅿️にとめた。回り道は遠いので庁舎の敷地を横切って入口まで行くことに、入口には護国神社の大鳥居がある。その堀の横で水面を見ながら休憩した。天守閣まではかなり歩くが曇り空から陽が差してきた。急に暑くなってくる。しばらく歩き石段を登るとお城に到着である。

 

高齢者は180円と優遇、当然エレベーターはないので5層を階段で上がらなくてならない。今風の合成樹脂の手すりで違和感があり、といえども安心して上がれる。コンリートの階段もしかりである。城内は空調があるが、たまらなく暑い。刀の展示が多く、甲冑など少ないがさまざまな資料があつた。最上階は7〜8m四方で周囲に1m余りの展望デッキがある。どこの城も一緒だが、手すりがあり見晴らしが良いが、ここは上から格子で囲ってあるので少々景色が見づらい。広島の中心部が一望できる。さすがに風もあって爽快な涼しさにほっとした。そこで写真を撮ってしばらく眺めた、ここに記念メタル製造機もおいてあった。一応見たので降りることにした。帰りはひたすら階段に、3階で係りの人が「ありがとうございました」と一人ひとりに挨拶されていた。丁寧な事におどろいた。途中に大型扇風機が置いてあった、暑い城内で唯一の安らぎであった。帰りは堀の手前の林で車🚘待つ事に、ところが一向に帰ってこない、
パーキングメーターは、旧貨幣しか使えない。 7月3日の新貨幣の発行により新たに旧貨幣は手に入らない。従って旧貨幣への両替はコンビニでもやってくれない訳である。頼み込んでやっと手にした。その間に200円追加となり ¥3400となった。10分200円は高過ぎである。コインが入らないので苦労したようである。運転手の右往左往する様を後から何度も聞される事になる。無事に一件落着となった。

 

教訓。旧貨幣なるべく手放さなようにしなくてならない。そうしないと不便になるだけだ。新貨幣は自動販売機、レジ も入れ替えが済むまでは困った事が起こります。 お店の対応が気になります。

ペルセウス座流星群

山の日の代休の休み、猛暑は続いていたが夜は涼しさ感じた今日であった。

8月12日21時頃出発、有名な美星町の天文台がある公園を目指した。細い山道で次々と車がやってくる。着いた時には道の脇は車が列を作って停めてあった。下の広場は車がいっぱいてあった。展望台は途中から上がる道があり、案内の標識にあと400mとあった。真っ暗な山道で明かりがないと歩けない。頂上迄は行かないが平らな広場があったのでそこで見る事にした。

最初、流星が見えたのは数分後、一瞬で0.3秒くらい、それも早くてあっと言っただけである。

1時間で40個くらい見えると書いてあったが結局ほぼ1時間で見たのは3個で終わった。0時から夜明けまでがピークらしく、早過ぎかたも知れない。

山の風は気持ちがいいが、寒くなったので早々に退散した。帰りに道の駅に寄った。ここでもいっぱいの車、シートを敷いて寝て天体観測の人も多くいた。今日の歩行距離4000歩を少し越えていた。いつもより多い。帰宅は12時を回っていた。

 

 

資料 : ペルセウス座流星群は、毎年8月12日から14日ごろに多くの流星が見られる流星群です。1月の「しぶんぎ座流星群」、12月の「ふたご座流星群」とあわせて、毎年ほぼ安定してみられる3大流星群の一つとされています。
今年のペルセウス座流星群の活動は、昨日12日午後11時ごろに極大となりましたが、今日13日夜~14日未明も観測チャンスがあるでしょう。午後9時頃から流星が出現しはじめ、夜明けに近づくにつれて、流星の数が多くなると予想されています。

今夜も月明かりの影響をあまり受けず、良い条件で見ることができそうです。※8月13日の東京の月の入りは午後10時48分。
空の暗い場所での流星数はピークで1時間あたり40個程度。今日13日夜~明日14日未明にかけてはそれよりは少ないものの、空の暗い場所で1時間あたり20個程度の流星が期待されています。tenki.jpによる

 

高速で明るい流星が多いペルセウス座流星群は、数ある流星群の中でも、もっとも見応えのある流星群として知られています。 母天体は1862年にアメリカのスイフト氏とタットル氏により発見されたスイフト・タットル彗星という周期彗星で、だいたい135年ごとに太陽の近くに戻ってきます。  

 

 

母の日。Wikipediaによると、母の日は、アメリカのアンナ・ジャーヴィスという女性が、1907年頃に敬愛する亡き母の追悼するために、教会で亡き母が好きだったカーネーションを配ったことが起源とされている。日頃の母の苦労をねぎらい、母への感謝を表す日。 5月の第2日曜日に祝い、起源や日付は国ごとに異なるとされている。


郷の鮨たむら



そんな訳でお祝いに母の日という事で、朝から車のお迎えがあり一緒に出かける事になった。8時半に出発予定であったが、あいにく雨模様である。

 

鳥取県、大山の山麓に美味しいお寿司屋さんがあるらしい。どうやら目的地はここらしい。山陰の山を越えていく。目的地は標高290mであり山麓と言っても結構高い、大山は1729m日本で150位の高さは中国地方中で一番高い山である。予約は時間に余裕があるので、他の所にも行く事になり山の中をぐるぐる回りある目的地に着いた。山の中に木に覆われた建物があった。探しても同じ所には来る事は出来ない迷路のような気がする。美味しいパン屋さんらしいが残念なことに休みだった。

 

次に「みるくの里」というお店に行くことになった。車にいれば雨は気にならないのだが、山の天気は恐ろしいものである。車から出るといきなり突風である。歩かれない程である。傘を持つ手に力が入る。店から50m程の距離だが懸命に歩く。傘は無事だったが横殴りの雨で顔以外は濡れてしまった。

 

牧場があり乳製品を多く売っている。店頭にソフトクリームを売っていたので頂いた。さすがに凝縮した濃いミルク味であった。とても美味しい味である。店内入ると一番にいっぱいの「白バラ牛乳かりんとう」と言うのが目に入る。売りはこれかと思い無造作に持ってすぐ支払いをすませた。しばらく店内にいたが買ったのはこれだけだった。眼下に牧場があり放牧された乳牛が見えるはずであるが嵐のような雨である。晴れていたら高台の眺めが素晴らしいと思うがあいにくである。帰りも傘を狭めて顔だけ濡れまいとして急ぎ車にむかった。

 

予約の時間になったので目的の場所に、駐車場は広場になっており数件のお店があった。森の中の落ち着いた場所である。店内に入りしばらくして注文の鮨が並ぶ、寿司は肉3貫、魚は8貫であった。寿司の説明があった。肉は、魚は・と、一つ一つ、魚の名前を聞いても分からないネタもあったが、肉は美味しい。魚も肉厚で満足感があり一段と美味い。デザートもあり、ゆっくりと味わって食べた。しかしボリュームが多すぎて小食な私は2貫も残したが、至福のひとときを過ごせた。

 

大山は鳥取県の米子の近くに有るが遠目で見るだけで山に上がった事はなかった。思いもしなかった事であるが、リゾート地というか、観光地であった。別荘、ペンション、ゴルフ場、牧場、スポーツクラブ。等もあり、いろんな施設があった。雨の中、山の周辺を回って帰った。良き一日で、片道3時間の道のりであった。

 

 

 

建国記念日の振替で一般の会社は休みになる。そこでどこか温泉に行こうと誘いを受けた。どこがいいと言われても有名な所しか分らない。結局どこに行くか分らないままついて行った。ミステリーツアーか? ‥‥運転手まかせである。

 

 

着いた所は、山陰の島根県大田市、温泉津(ゆのつ)温泉。2月にしては寒くなくてよかった。『本と喫茶のゲンショウシャ』と言うお店が目的だったと見える。2023年4月1日 に開店したようである。

 

丁度 昼になったので食事に・・メニューはカレーしかない、、瀟洒 (しょうしゃ)な店内には大きなストーブがあり木造の素朴な階段、むき出しの曲がった梁には今風で好感がもてる。荒削りなデザインには拍手。 デスクの照明はセンスがあって良い。

 

注文は、5種類の中から好きな あいがけカレーを選ぶ、2~3のカレーを選ぶ事が出来る。組み合わせで 2種類で1400円 ~ 3種類で1600円の値段、二種類のカレーを注文した、あいがけカレーは初めてである。独特な風味があり普段食べたことが無いやさしい味がする。カレーの味はもう少し辛くても良かった気がする。トッピングも選べる様である。

 

 

帰ってから読んだタウン誌によると --

『世界遺産の湯の町、温泉津にアートな店『本と喫茶のゲンショウシャ』オープン お店の雰囲気もさることながら、スパイスカレーが絶品。こだわりが詰まったアーティスティックな店内は、読書や仕事するのにもピッタリですよ。とあった。』

ネットにより有名になったと思えるようで、次々と客が来ていた。田舎町の温泉も活気が有りそうである。

温泉津重要伝統的建造物群保存地区になっている。由緒ある場所らしい。

 


温泉津(ゆのつ)温泉

 



しばらく歩いて温泉に行った。銭湯もあったが、元祖の元湯温泉の方に行った。

むかし栄えた、ひなびた温泉地と言った感じがする、街道筋には老舗旅館が何軒もあるし、昔は温泉街の名残りを感じた。温泉は車がやっとかわせる道にある、着いた場所は案内所と思ったが、風呂屋の番台であった。入湯は500円で手ごろな価格である

 

道を挟んで4〜5台置ける駐車場と便所が有る。温泉に神様がいるので便所は外にあるらしい。意外にも綺麗で洋式であった。    

元湯は古びた建物で歴史を感じる。正面が山で建物は傾斜地に建てたようである。入るとすぐに下に階段がある。浴室も階段を下りる。勾配になっていた。

 

浴槽は3つあり初めての方38~40度で体を慣らし、ぬるい湯42~44度に入る、熱い湯では46~48度で、ぬるい湯と言ってもかなり熱い。説明書には最初、数秒 湯に入り2回・3回~から慣れるようになると書いてある。熱いので1~2分でギブアッフ、何回かは入ったが、さすがに熱い湯の方は挑戦できない。

浴槽は幅2m程で狭い手すりはあるが熱い槽の側に有るので反対側に座ることにしたが、足が十分に利かないので段差は手伝ってもらった。歩くにはゆっくりでいいが、手すりがない所は行かない方がよいと今更ながら分かった。

温泉の色は濁食であるが空気に触れる前は透明の綺麗な色らしい。底まで見えないと温泉の効き目がある様であるが、見えないと不安な気もする。温泉とはこんなものだと思うが。

 

 

話題の週刊文春、週刊ポストで薬師湯として紹介されていた。全国で17軒(中国地方では1カ所)のオール5の温泉に選ばれたことがPRとして渡された。源泉は50度の塩類泉で効能は呼吸器、胃腸系、リューマチ、ヒステリー、半身不随、婦人病、慢性湿疹、等で何でも直るような湯治場でもある。いつまでも温かく気持ちがいい時間を過ごせた。

 

                                                                                                 

温泉場もそうであるように、一帯が岩見銀山の世界遺産登録地でもある。

次は岩見銀山に行った。新たな道のようで迂回路で手間取った。小川のほとりに五百羅漢がある。石段を登れば受付があるが、車から降りるとすでに入湯券を買っていて、私は足元が悪いので行かないと言った。結局みんな行かかない事になり、払い戻しをしてもらった。折角連れていってもらい、悪い事をしてしまった。

五百羅漢も世界遺産であり、記念に写真を一枚撮って帰った。

帰りは来た道と同じ、三次を通って帰った    


島根県大田市温泉津町にある温泉津温泉(薬師湯)のpH値は、約6.3~6.4です。これは中性とされています。

温泉津温泉は、ナトリウム・カルシウム・塩化物泉で、地下2mほどの岩の間から自然湧出しています。炭酸成分やメタケイ酸が豊富に含まれており、美肌に効果的です。
温泉のpH値は、一般的にpH7が中性とされていますが、温泉の場合はpH6以上から7.5未満の範囲を中性とします。pH値が小さいほど酸性が強く、大きいほどアルカリ性が強くなります

 

 

岡山、新見市 井倉洞  

 

本当に暑いので涼しい所にでかけようと探してみた。

海‥ 暑い、木陰でも暑いのでNG

山‥ この前に行った温泉、山陰の山なら5度は下がるが、まだあつそう。

高原‥ 山と同じで温度差は同じようなものだ。

地底ならば‥ 鍾乳洞がある、何年も前に行った涼しい事を思い出していたので、

岡山県の1.2キロの長さの鍾乳洞に決定。




 

車で山道2時間の距離で到着、入場料1000円だった。

長い階段を上がり広い川を渡るとやっと入口がある。

夏の服装では寒い位で涼しくなってくる。温度は17度で想像以上に涼しい。

この前に来た時は楽に歩けたけど、加齢と病気で足の弱さが気になっていた。

 

狭い鍾乳洞の間をくぐり抜けて通るのだが、

やっと一人が通れる狭い岩を通る事になる。

高低差が90mもある。建物にすれば30階建てである。

 

途中は階段も至る所にあり脚力を試すところであるが、

距離が長くて耐えられない、この前は無かった椅子を4.5脚置いてあった。

鍾乳洞の幅は50㎝から1mもあればいい方で、歩くのが遅いので

人が後から来ると狭いので広い所を探して交わす事になる。

 

岩をくり抜いてわざに休憩所をあちこちに作ったと見える。

休憩所ごとに休んでいた。

この前までは休憩所は2.3か所だと記憶している。

 

数年前から比べれば体力の低下が著しい。

普通の体力があれば涼しくて避暑には最高の場所に違いないと思う。

案内では40分のところ、2時間以上は掛かって到着。

洞窟を出ると普通の暑さに戻った。

⿁の舌震(したぶるい)、亀嵩温泉(かめだけ)、

 

 

今年の夏は暑いので中国山脈の高い所が涼しいと思って、避暑のつもりで出かけてみた。出発が遅いので途中の道の駅「奥出雲おろちループ」に着いたのは11時前であった。

 

田舎の道の駅は売ってる物も変わりがえしない。店の奥まで進んでいくと、細麺のそばがあった、よく見ると異常に安い。他の蕎麦より半額でそこにのみ食いついた。2食分である。ひとまず買って帰る事にした。調理方法がかいてあった。汁にしないで、レンジで3分間チンする。たれを器に入れてつけ麺風で頂く。結構美味しかった。3個ぐらい買って帰れば良かったと後で思ったほどである。

 

道の駅で話題になったのは木次線の廃線の話である。2023年11月で廃止になる。

奥出雲おろち号といい、トロッコ列車は観光用の 三段式スイッチバック と人気があったが、老朽化と、採算が取れないとの事らしい。 スイッチバックは標高726mに位置する JR木次線の出雲坂根駅から三井野原駅間(標高差170m、約6500m区間)の急こう配を、列車が前後に折り返して運転するとある。

 

つぎに⿁の舌震、山で囲まれたⅤ字型の渓谷は駐車場から遠い、この前来た時は渓谷が一面に見えて圧巻だった。岩々の連なり、ほとりに立って眺めていたが、今回はすぐには下に降りられない。その代わりに細長い橋が架かっていた。「舌震の”恋“吊橋」と銘がうってあった。幅1.5m程の細い橋で高さは分らないが恐怖を感じて渡らず。いわれも書いてあったが伝説がある様だ。この度は木が茂っていたので渓谷は見えず退散。

 

舌震の 恋 吊橋 

 

奥出雲鬼の舌震い(したぶるい)

 

 

途中で道に面して糸原記念館の売店があったが休みで来客も少なそうなどで、記念館には寄らずそのままで帰った‥ 糸原記念館:江戸時代にたたら製鉄で隆盛をきわめた、名家・絲原家が伝承してきた資料を展示する歴史資料館です。庭が綺麗な博物館である。ちなみに入場料は金1000円也

 

最終目的地である亀嵩温泉では大浴場があり露天風呂は日差しが強めで30分もいれば満足感は得られる。真夏の温泉は暑いので入浴後の休憩が心休まる時で一時間もゆっくりして売店でぶらりと見て楽しんだが結局何も買わなかった。 休憩室の壁一面に『砂の器』の映画の撮影風景の写真が飾ってあった、 温泉:29.5℃ PH8.6 の源泉:泉質はアルカリ性単純温泉 効能:神経痛、筋肉痛、疲労回復、とある。入浴料金600円は安い。 

 

亀嵩は無名であったが… 昔はそろばんの産地でもあった。

松本清張の『砂の器』は、昭和35年(1960)読売新聞に連載された推理小説の傑作でベストセラーとなリ、「亀嵩(かめだけ)」の地名とズーズー弁が推理の鍵をにぎり、この地方が広く知られるきっかけとなりました。記念碑は湯野神社参道入り口に昭和58年(1983)松本清張の揮毫により建立されました。 所在地    島根県仁多郡奥出雲町亀嵩1284

 

松本清張の 『砂の器』50歳の時の作品   平成4年(1992) 享年82歳