武将な史跡巡り | 千俵蒔山!元寇(蒙古)の船団、千俵蒔山を目印に押し寄せる! | 地図付き | 武るるん♪ 武将と城の旅。時々観光とグルメ(地図付き)

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元寇来襲の際、船団の目印とされたであろう対馬・千俵蒔山の紹介です。
元寇(蒙古)来襲!元と高麗の悪鬼羅刹の蛮行の前に犠牲となった 対馬・壱岐の英霊たちの悲しき物語ともリンクしていますのでよろしくお願いします。

※なお、対馬・壱岐に訪れたのは2016年です。
写真に写る風景や情報など、少し違っている事があるかもしれません。

 

史跡名 ゆかりの武将 住所
千俵蒔山 宗助国、元寇 長崎県対馬市上県町佐護北里

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千俵蒔山は島の北にあります。

くるまr駐車出来ます。


いにしえよりの対馬のランドマーク。狼煙台も備える

千俵蒔山(せんびょうまきやま)は対馬北部にあり、 いにしえより朝鮮半島から対馬に向う際の船の目標になっていました。
飛鳥~平安時代には防人(さきもり)が置かれ、狼煙台(のろしだい)も備えてありました。
標高は287m。

対馬は文永の役弘安の役と2回の元寇の来襲を受けるわけですが、その際、この千俵蒔山を目印にしたのではないでしょうか。
防人という制度はその頃には無かったようですが、対馬守護代・宗助国が元寇来襲に備え、千俵蒔山に見張りを置いておいたかもしれません。
だとしたら、最初に元寇の船団を発見したのはその番人だったかもしれませんね。
なお、現在、狼煙台の遺構は残念ながら見当たりません。

 

千俵蒔山遠望。

 

 

現在、千俵蒔山山頂には通信設備と巨大な風車があります。

 

 

車と風車の比較。巨大過ぎるびっくり

 

 

千俵蒔山から海を見る。かつては眼下に元寇の船団が溢れていたことでしょう。

 

 

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