現実主義と楽観的態度「遊びが勝つ時代」  マドモアゼル・愛 | けら’s ブログ 誰か知る 百尺下の水の心

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氣になった記事を自分の覚えのためにご紹介をしています。一種の思考訓練の場と考えております。いろいろご意見あろうかと思いますが、突飛な話とお考えの向きは、ファンタジーだと思ってご照覧くださいませ(^^)ノ

 

マドモアゼル・愛

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「アメリカはかつては楽観的でこの国にいればきっと良い未来が開ける、、、そんな思いを多くの人にもたらしていました。実際にアメリカンドリームを実行し、成功した人を多く輩出しました。 そんな夢の国アメリカも、いつしか共産主義に変わり、敗退の坂道を落ちつつあります。 占星術では、現実主義は土星が、楽観主義は木星が示します。そして、人を幸福に発展させるのは、後者の木星です。土星は現実的な思考と態度で生きようとしますので、現実勝負では強いものの、何もない、、、お金がない、、地位もない、、、というこの世的なものがないと弱点を発揮してしまいます。 木星は逆で、何もない、、、失敗した、、、金もない、、、となっても、どこかでどうにかなるという思いが心にわいてきます。悲観を隠して表面を明るく見せるのではなく、本気でそう思えるのが木星の特徴。そして不思議なことに、そうした信頼が実際に思わぬ保護と発展を与えることになります。 土星的に生きるか、木星的に生きるかの違いは、遊びの体験による面が大きいかもしれません。遊びにはこの世の限界を簡単に超える不思議なインスピレーションの世界があります。おもちゃの新幹線を手に持って走る子供にとっては、その新幹線は確かに時速300キロで走っているのです。 土星的な捉え方では、それは時速せいぜい8キロ程度。300キロというのは、子供の事実誤認となります。しかし、私たちの精神の大きさやその入れ物、意識の深見から思うと、むしろ、正解は8キロではなくて、本当に300キロなのかもしれないのです。遊びのもの凄さがこれです。 死を宣告された人は、誰でも落ち込みます。しかし、現実としての死よりもその宣告を楽観の世界に持ち込むことができれば、結果は異なっていく場合があります。「がんもどきと考えるか、不死の癌にかかったか」では、その後の物語りも違っていく可能性があるのかもしれません。 今の時代はどなたにとっても大変で先のない、暗い、苦しい時代でもあるでしょう。しかし、私たちに楽観という乗り物が与えれると知れば、どんな状況でも遊びに変え、それを楽しむことができるかもしれません。 多少なりとも、現実論を超越したそうした仕組みがあるとの思いは、これからの精神世界の発展を待つ時代にふさわしいようにも思えます。 

 

#木星と土星の違い #楽観は遊びから #どう生きてもほんとは遊び 」