およそ一年近く、このブログを放置してきた。

一年前の当時と、すっかりと様相が変わってしまい、「まるで浦島太郎」の気分である。


今は、主にフェイスブックを利用しているが、このブログで「天下の暴論シリーズ」を再開しようと思っている。










$「七生報國(しちしょうほうこく)」-三島・森田両烈士



42年前の本日、三島由紀夫烈士、森田必勝烈士が、自衛隊市ヶ谷駐屯地にて、自害されました。
ここに、謹んで哀悼の意を表します。

当日、市ヶ谷駐屯地で演説されました、三島烈士の「激」と、バルコニーに掲示されました「檄文」を掲載いたします。


檄文

われわれ楯の会は、自衛隊によって育てられ、いわば自衛隊はわれわれの父でもあり、兄でもある。その恩義に報いるに、このような忘恩的行為に出たのは何故であるか。

かえりみれば、私は四年、学生は三年、隊内で準自衛官としての待遇を受け、一片の打算もない教育を受け、又われわれも心から自衛隊を愛し、もはや隊の柵外の日本にはない「真の日本」をここに夢み、ここでこそ終戦後ついに知らなかった男の涙を知った。ここで流したわれわれの汗は純一であり、憂国の精神を相共にする同志として共に富士の原野を馳駆した。このことには一点の疑いもない。われわれにとって自衛隊は故郷であり、生ぬるい現代日本で凛冽の気を呼吸できる唯一の場所であった。教官、助教諸氏から受けた愛情は測り知れない。しかもなお、敢えてこの挙に出たのは何故であるか。たとえ強弁と云われようとも、自衛隊を愛するが故であると私は断言する。
 われわれは戦後の日本が、経済的繁栄にうつつを抜かし、国の大本を忘れ、国民精神を失い、本を正さずして末に走り、その場しのぎと偽善に陥り、自ら魂の空白状態へ落ち込んでゆくのを見た。政治は矛盾の糊塗、自己の保身、権力欲、偽善にのみ捧げられ、国家百年の大計は外国に委ね、敗戦の汚辱は払拭されずにただごまかされ、日本人自ら日本の歴史と伝統を涜してゆくのを、歯噛みをしながら見ていなければならなかった。 

われわれは今や自衛隊にのみ、真の日本、真の日本人、真の武士の魂が残されているのを夢みた。しかも法理論的には、自衛隊は違憲であることは明白であり、国の根本問題である防衛が、御都合主義の法的解釈によってごまかされ、軍の名を用いない軍として、日本人の魂の腐敗、道義の頽廃の根本原因を、なしてきているのを見た。もっとも名誉を重んずべき軍が、もっとも悪質の欺瞞の下に放置されて来たのである。自衛隊は敗戦後の国家の不名誉な十字架を負いつづけて来た。自衛隊は国軍たりえず、建軍の本義を与えられず、警察の物理的に巨大なものとしての地位しか与えられず、その忠誠の対象も明確にされなかった。われわれは戦後のあまりに永い日本の眠りに憤った。自衛隊が目ざめる時こそ、日本が目ざめる時だと信じた。自衛隊が自ら目ざめることなしに、この眠れる日本が目ざめることはないのを信じた。憲法改正によって、自衛隊が建軍の本義に立ち、真の国軍となる日のために、国民として微力の限りを尽すこと以上に大いなる責務はない、と信じた。
 四年前、私はひとり志を抱いて自衛隊に入り、その翌年には楯の会を結成した。楯の会の根本理念は、ひとえに自衛隊が目ざめる時、自衛隊を国軍、名誉ある国軍とするために、命を捨てようという決心にあつた。憲法改正がもはや議会制度下ではむずかしければ、治安出動こそその唯一の好機であり、われわれは治安出動の前衛となって命を捨て、国軍の礎石たらんとした。国体を守るのは軍隊であり、政体を守るのは警察である。政体を警察力を以て守りきれない段階に来て、はじめて軍隊の出動によって国体が明らかになり、軍は建軍の本義を回復するであろう。日本の軍隊の建軍の本義とは、「天皇を中心とする日本の歴史・文化・伝統を守る」ことにしか存在しないのである。国のねじ曲った大本を正すという使命のため、われわれは少数乍ら訓練を受け、挺身しようとしていたのである。
 しかるに昨昭和四十四年十月二十一日に何が起ったか。総理訪米前の大詰ともいうべきこのデモは、圧倒的な警察力の下に不発に終った。その状況を新宿で見て、私は、「これで憲法は変らない」と痛恨した。その日に何が起ったか。政府は極左勢力の限界を見極め、戒厳令にも等しい警察の規制に対する一般民衆の反応を見極め、敢えて「憲法改正」という火中の栗を拾はずとも、事態を収拾しうる自信を得たのである。治安出動は不用になった。政府は政体維持のためには、何ら憲法と抵触しない警察力だけで乗り切る自信を得、国の根本問題に対して頬かぶりをつづける自信を得た。これで、左派勢力には憲法護持の飴玉をしやぶらせつづけ、名を捨てて実をとる方策を固め、自ら、護憲を標榜することの利点を得たのである。名を捨てて、実をとる! 政治家たちにとってはそれでよかろう。しかし自衛隊にとっては、致命傷であることに、政治家は気づかない筈はない。そこでふたたび、前にもまさる偽善と隠蔽、うれしがらせとごまかしがはじまった。
 銘記せよ! 実はこの昭和四十四年十月二十一日という日は、自衛隊にとっては悲劇の日だった。創立以来二十年に亘って、憲法改正を待ちこがれてきた自衛隊にとって、決定的にその希望が裏切られ、憲法改正は政治的プログラムから除外され、相共に議会主義政党を主張する自民党と共産党が、非議会主義的方法の可能性を晴れ晴れと払拭した日だった。論理的に正に、この日を境にして、それまで憲法の私生児であつた自衛隊は、「護憲の軍隊」として認知されたのである。これ以上のパラドックスがあろうか。
 われわれはこの日以後の自衛隊に一刻一刻注視した。われわれが夢みていたように、もし自衛隊に武士の魂が残っているならば、どうしてこの事態を黙視しえよう。自らを否定するものを守るとは、何たる論理的矛盾であろう。男であれば、男の衿がどうしてこれを容認しえよう。我慢に我慢を重ねても、守るべき最後の一線をこえれば、決然起ち上るのが男であり武士である。われわれはひたすら耳をすました。しかし自衛隊のどこからも、「自らを否定する憲法を守れ」という屈辱的な命令に対する、男子の声はきこえては来なかった。かくなる上は、自らの力を自覚して、国の論理の歪みを正すほかに道はないことがわかっているのに、自衛隊は声を奪われたカナリヤのように黙ったままだった。
 われわれは悲しみ、怒り、ついには憤激した。諸官は任務を与えられなければ何もできぬという。しかし諸官に与えられる任務は、悲しいかな、最終的には日本からは来ないのだ。シヴィリアン・コントロールが民主的軍隊の本姿である、という。しかし英米のシヴィリアン・コントロールは、軍政に関する財政上のコントロールである。日本のように人事権まで奪はれて去勢され、変節常なき政治家に操られ、党利党略に利用されることではない。
 この上、政治家のうれしがらせに乗り、より深い自己欺瞞と自己冒涜の道を歩もうとする自衛隊は魂が腐ったのか。武士の魂はどこへ行ったのだ。魂の死んだ巨大な武器庫になって、どこかへ行こうとするのか。繊維交渉に当っては自民党を売国奴呼ばはりした繊維業者もあったのに、国家百年の大計にかかわる核停条約は、あたかもかつての五・五・三の不平等条約の再現であることが明らかであるにもかかわらず、抗議して腹を切るジエネラル一人、自衛隊からは出なかった。
 沖縄返還とは何か? 本土の防衛責任とは何か? アメリカは真の日本の自主的軍隊が日本の国土を守ることを喜ばないのは自明である。あと二年の内に自主性を回復せねば、左派のいう如く、自衛隊は永遠にアメリカの傭兵として終るであらう。
 われわれは四年待った。最後の一年は熱烈に待った。もう待てぬ。自ら冒涜する者を待つわけには行かぬ。しかしあと三十分、最後の三十分待とう。共に起って義のために共に死ぬのだ。日本を日本の真姿に戻して、そこで死ぬのだ。生命尊重のみで、魂は死んでもよいのか。生命以上の価値なくして何の軍隊だ。今こそわれわれは生命尊重以上の価値の所在を諸君の目に見せてやる。それは自由でも民主主義でもない。日本だ。われわれの愛する歴史と伝統の国、日本だ。これを骨抜きにしてしまった憲法に体をぶつけて死ぬ奴はいないのか。もしいれば、今からでも共に起ち、共に死のう。われわれは至純の魂を持つ諸君が、一個の男子、真の武士として蘇えることを熱望するあまり、この挙に出たのである。



三島由紀夫





昨日、このような報道がされた。何故、今この時期にこのような報道がなされるか?甚だ疑問に思う。

今上陛下は、「国民に負担が無いよう」との御意向であられるが、日本国の国家財政の危機により、陛下にこのような思いをさせてしまった、政治家・官僚達の罪は重い。

そして、現在の宮内庁長官・羽毛田信吾氏も、長官の任に値する人物なのか?
「厚生労働省勤務時代は、風岡宮内庁次長とともに、ノーパンしゃぶしゃぶ「楼蘭」の顧客の一人として、名前を挙げられた」人物である。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%BD%E6%AF%9B%E7%94%B0%E4%BF%A1%E5%90%BE

羽毛田長官を任命したのは、小泉元首相である。自由民主党も、真に「皇室」を御護りするつもりはないようである。

宮内庁の職員には、「皇室」の文化・伝統・歴史・祭祀に対し、詳しい人物を登用し、まちがっても、ノーパンしゃぶしゃぶに行くような人物を長官に任命すべきではない。

今すぐ、宮内庁長官を更迭し、「皇室」にふさわしい人材を、長官の任にさせるべきである。

宮内庁を、宮内省に昇格させ、人事を一新し、「皇室」を御護りする人材を登用し、組織改革を行うことを願う。
現政権は、国民不在どころか、自らの党員すら不在の政策を推し進めようとしている。

これは、真の議会制民主主義の形態であるのか?

独裁政治というものは、このようにして始まってしまうのではなかろうか?

天皇陛下から、勅命(追討令)を頂戴し、逆賊を討ちたくなる。
プロメテウスの乙女―赤川次郎ベストセレクション〈5〉 (角川文庫)/赤川 次郎
¥540
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この小説は、1982年に公表されたものである。

小生は、中学生時代に読んだ。


内容は、


「近未来、急速に軍国主義化する日本。少女だけで構成される武装組織「プロメテウスの処女」があった。私的な組織でありながら、独自に銃器、装甲車を備え、市民を取り締まる彼女らは畏怖の象徴となっていた。武器輸出企業令嬢である二宮久仁子は権力を掌握する滝首相から「プロメテウスの処女」の一員となることを求められる。一方、反対勢力からは体内に爆弾を埋めた3人の女性テロリストが首相の許に放たれた―。 」


との紹介記事のとおりである。


この小説の公表当初は、右傾化することへの警告の意図であったと筆者である赤川次郎氏は考えていたのであろう。


しかし、権力を持つものが、右よりでも左よりでも、結果的には、己の権力保持のためには、何でもすることが今の政権で解った。


今の現状を踏まえて、改めてこの小説を読んでみて、権力を持つものは、こういうことをしがちである。と再認識した次第である。


我々は、権力者に対し、常に関心を持ち、「いつの間にか、こうなってしまった」ことのないようにしよう。


この小説は、特に中学生・高校生の諸君にお勧めする。(というか、作者は、中学生・高校生向きに書いたと思われる。)


もちろん、かつて中学生・高校生であった方々にもお勧めしたい。

ぜひとも、一読してもらいたい小説である。


「七生報國(しちしょうほうこく)」-マーレット・サッチャー英国元首相



映画「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」を鑑賞した。

小生が、まだ、中学生の頃の1980年代の冷戦時代に、当時のアメリカ合衆国大統領・ロナルドレーガンと同時代に御活躍なされた、英国初の女性首相となられた、マーガレット・サッチャー氏を題材とした映画である。

当時の、英国経済は、政府による保護政策を行ったため、スタグフレーションが起き「英国病」と言われる未曽有の不景気の状況であった。

彼女は、「「サッチャリズム」と呼ばれる、「新自由主義」経済を導入し、国有企業の民営化・規制緩和を行い、いわゆる「小さい政府」の経済政策を行ったが、かえって失業者が増加した。そのため経済政策の転換を断行し、英国の経済は復興した。

また1982年には、南大西洋のフォークランド諸島でフォークランド紛争が勃発。アルゼンチン軍のフォークランド諸島への侵略に対し、サッチャーは間髪入れず艦隊、爆撃機をフォークランドへ派遣し、多数の艦艇を失ったものの2ヶ月の戦闘の結果6月14日にイギリス軍はポート・スタンリーを陥落させ、アルゼンチン軍を放逐した。サッチャーの強硬な姿勢によるフォークランド奪還は、イギリス国民からの評価が極めて高い。この際、「人命に代えてでも我が英国領土を守らなければならない。なぜならば国際法が力の行使に打ち勝たねばならないからである」(領土とは国家そのものであり、その国家なくしては国民の生命・財産の存在する根拠が失われるという意)と述べた。

サッチャー氏は、どのような国難も強い意志と信念を貫き、乗り切った。

小生は、サッチャー氏の、経済政策には賛同できない面もあるが、どんなに血を流そうが、自国の国土・領土を護るという姿勢には、共感を覚え、僭越であるが賞賛する。
フォークランド紛争で、戦死した兵士の遺族に対し、自ら自筆でお悔やみの手紙を書く場面では、不覚ながら思わず涙が出てしまった。

自国の自立・尊厳を護り、自国の国民の生命・財産を護るということは、こういう事だと改めて認識した。

翻って、我が日本国は、どうであろうか?

政治家は、国民不在の政争に明け暮れ、国益など何も考えず、己の権力の維持のみを考えているのではないか?

また、例えば、他国から侵略を受けて、自衛官が殉職しても、残された遺族には、総理大臣は何もアクションはとらないであろう。
それは、かつての小泉元首相の国会答弁から解る「どこが戦闘地域なのか、私に解るわけがないでしょう」と。
自衛隊の最高指揮官としての発言とは到底思えない。

また、総理大臣が、靖国神社に公式参拝しないことは、国家のために命を捧げた者に対し、日本国家は、お礼をすることすらをもしてくれないことの証明ではないのか?

日本の固有の領土を不当不法に占拠されても、領海侵犯をされても、毅然とした態度をとれないのは、何故か?

日本に足りないものは、独立国家としての誇りであることを再認識させられた映画であった。


マーガレット・サッチャー氏の詳しいことは
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%AC%E3%83%AC%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%83%83%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC#.E3.82.B5.E3.83.83.E3.83.81.E3.83.A3.E3.83.AA.E3.82.BA.E3.83.A0

映画の公式HPは、
http://ironlady.gaga.ne.jp/


映画予告編は