物見の塔の説明にもある通り、南の王は初め英国が主体になっていましたが、後に英国から派生した米国がより強力になっていきます。それらはダニエル11:30にある「キッテムの舟」によって表わされており、北の王はこれに勝てませんでした。興味深いことに、神の民に対する迫害は北の王によるものしか記されていません。それは、死に至るまで忠誠を保つという強力ではあるが単純な迫害だからでしょう。では、南の王の領域では迫害はなかったのでしょうか? 啓示2章3章には、末の日に七つの会衆に起きる出来事が記されていますが、これを見ればなぜ迫害がないのかがよくわかります。そこには真のクリスチャンを死に至らしめる別の手立てが事細かに記されているのです。特に残りの者が集められる始まりとなった米国が、この作戦の最初のえじきになったことでしょう。使徒たちの時代にはない奇妙なおきてを数多く作り、現代のパリサイ人と化していったのは、彼らの幹部が悪魔のわなにはまっていたからにほかなりません。こうして悪魔は女の胤を滅ぼすため、初めから北と南の座を設け、これらの戦乱のどさくさを利用して二つの異なる攻撃の機会を作り出していたのです。
ダニエル11:36からは、最後の北の王の特質が詳しく書かれています。それはとにかく自分を高めることしか頭にないどうしようもない者であり、当然、創造者を認めるという概念を持ち合わせていません。あらゆる宗教を認めず、とにかく自分が神なのです。ところが、38節にある通り、「要害の神に対しては、自分のその地位からも栄光を帰する」のです。それもそのはずです。彼の野望は世界征服ですから、軍事的に有利になるならどんなことでも、いくらでも費やすのです。38節の中ほどには、「その父たちの知らなかった神に対して」とか、39節前半では、「異国の神と共になって」などと書かれていますが、これが今日問題となっているAI関連の軍備でしょう。
今日の南の王である大いなるバビロンはこれまで、自由、民主、正義などを掲げて世界ににらみをきかせていましたが、ここに来て世界的な秩序を自ら壊すなど異常な行動を起こし始めています。40節に「そして、終わりの時に、南の王は彼と押し合うが」とある通り、先に南が押し始めています。ところがその後、北は猛反撃に出ることになっており、その津波のような進軍は最後までやみません。南の王の座は完全に消滅しているので、その後は登場しません。むしろ名称が変更されています。その対象となっているのは、「飾りの地」「エドム、モアブ、アンモン」「エジプト」「リビア人とエチオピア人」などです。これらは何を表わしているのでしょう? 北の王の真の標的は神によってあらかじめ定められています。それは大いなるバビロンであり、人類の三分の一、それが「エジプト」で表されています。それゆえ「逃れ出るものとはならない」のです。しかし、北の王の迫害の対象となるので「飾りの地」である残りの者は「つまづきに渡される」のです。「エドム、モアブ、アンモンの子ら」はキリスト教から外れた多人口宗教であり、つまりイスラム教やヒンズー教の大部分は「その手から逃れる」のです。しかし北の王は宗教を認めないので、「それらの土地に向かってしきりにその手を突き出す」のでしょう。「リビア人とエチオピア人」は「北の王の歩みにつく」とあるので、最初から白旗を揚げており、大いなるバビロンを裏切っていたのでしょう。恐らく北欧圏、南米やアフリカの人々です。今後日本がどのような扱いをされるのかそれはわかりませんが、ほぼ輸入で成り立っている国なので、それをとめれば武器いらずで簡単に攻略できるそうです。短期間に人口の半分が消滅するそうです。
ただ、ここに記されている北の王は政治上の「野獣」に関してであり、「別の野獣」は登場していません。強いて言うなら、「異国の神」がそれに当たるのかもしれません。別の野獣は自分の祖国を持たず、地球それ自体が自分のものという考え方なので、最終的に北の王と利害が一致するのでしょう。そしてそのどちらも「鉄」の支配構造を行なうでしょう。一方、大いなるバビロンは「民主」で成り立っており、「粘土」なのです。