<さすらい (Im Lauf der Zeit・独・1976)> ★★★★
ドイツのシヴィム・ヴェンダース監督のモノクロのロード・ムービーですが、冒頭の車ドボン以外はさしたる事件もなく3時間に及ぶ長尺にはいささか辟易して意識がボヤけるのを防ぐのが大変でした。ドイツが東西に分裂していた時代に制作され、その現実が背景となっていますが、原題の”時間と共に“は主人公2人の過去・現在・未来を通じて、ドイツの分裂の悲劇と将来の統一への希望を託しているように感じました。
>ブルーノは中古のキャンピング・カーを買い取って、西ドイツの田舎町の映画館を訪ねては、映写機の修理や保全を職業としています。ある映画館では、サイレント映画時代に伴奏を担当していた老オーナーからトーキーの登場で職を失い、小さな映画館が時代の変化とともに消滅してゆく嘆きを聞きます。
ある日、ブルーノは、車に乗った男が猛スピードで車ごとエルベ川に飛び込むのを目撃し、ダイバーを救出します。ロベルトと名乗る男は、妻と離婚して自暴自棄になっていました。ブルーノは彼に同行を勧め,KAMIKAZEというあだ名をつけます。2人は次第に心を開いて、それぞれの過去を話します。道中で、車を立ち木に衝突させて自殺した男を1泊させたり、映画館の窓口で働く孤独な女に言い寄られたりしながら、ドライブを続けます。ロベルトの生家のある町にさしかかり、彼は喧嘩別れした父と10年ぶりに再会しますが和解することなく、気晴らしに旧知の友人からサイドカー付きバイクを借りて、ブルーノが幼い頃に母と過ごした空き家を訪ね、少年時代のフィルムを見つけて思い出に耽ります。次に訪ねた映画館では、老いたオーナーの老女から、最近の映画は芸術性を失って見せる価値がなくなったから廃業すると告げられて愕然とします。東西ドイツの国境を走るうちに道路は行き止まりとなり、廃墟となった米軍監視所で一泊を過ごします。その夜、独身をとおすブルーノと別れた妻との関係に悩むロベルトは女性観の違いで口論になります。翌朝、ロベルトは「変化は必要だ」と言うメモを残して去り、列車に乗ります。並走してブルーノのキャンピング・カーが走り、ロベルトはそれに気づきますがブルーノは気付かず、踏切で停車中の車を残して列車は去って行きます。
東西ドイツが統合されたのは、この映画が制作されてから更に20年もたった1990年8月です。映画は、映画館の衰退に愕然としながらも、古い映写機(=伝統)を修理や調整をして守って行こうとするブルーノと、妻に去られて過去(=伝統)を断ち切ろうともがくロベルトを対比させながら、長かった幕切れで東西ドイツの分裂の現状を見せながら、ロベルトに「変化は必要だ」と言わせ、ブルーノもそれに納得してあえて彼を追うようなことはせずに別れて行きますが、相変わらず映写機のメンテナンスは続けて行きます。そこにヴェンダース監督のドイツ文化の伝統は守って行く必要を認識しながらも、時代に即応して変化してゆくことの必要性を認め、更には東西ドイツの関係も変化しなければならないと訴えているのだと思いました。
それにしても、3時間は長過ぎました。廃墟となった石材工場でのキャンプとか、寂れた映画館でのブルーノとチケット売理の女の一夜など、本題に関係のない(と思えた)いくつかのエピソードは潔くカットして2時間ちょっと程度にまとめて貰えればもっと共感の出来る映画になったと思いました。

