<マルクス・エンゲルス (Le Jeune Marx・仏/独・2017)> ★★★☆

 

 

映画は原題は”若き日のマルクス”となっていて、フリードリッヒ・エンゲルスとの出会いと、1848年に「共産党宣言」を共同執筆するまでが主題となっていますが、中心はやはりマルクスで、岩波ホール映画としては邦題のつけ方に疑問が残りました。

主人公が主人公だし、ソ連邦が崩壊し、共産主義国家を自認する中国や北朝鮮は独裁国家で好かれていないので、GWの最中とは言え、天気予報では午前中の東京は大荒れということだったので、11時からの1回目の上映はガラガラだろうと思ってのんびり行ったら、なんとほぼ満席という盛況でびっくりしました。

 

1840年代のヨーロッパでは、産業革命が生んだ社会のひずみが格差をもたらし、貧困の嵐が吹き荒れ、人々は人間の尊厳を奪われて、不当な労働を強いられていた。20代半ばのカール・マルクスは、搾取と不平等な世界に対抗すべく独自に政治批判を展開するが、それによってドイツを追われ、フランスへと辿りつく。パリで彼はフリードリヒ・エンゲルスと運命の再会を果たし、エンゲルスの経済論に着目したマルクスは彼と深い友情をはぐくんでゆく。激しく揺れ動く時代、資本家と労働者の対立が拡大し、人々に革命的理論が待望されるなか、二人はかけがえのない同志である妻たちとともに、時代を超えて読み継がれてゆく『共産党宣言』の執筆に打ち込んでゆく――。(岩波ホールHP)


映画としては、マルクスとエンゲルスの友情と2人への周囲の無理解とそれに対する抵抗がメインとなっていて、主人公の共産主義思想への傾倒の結果や思索上の苦悩、その原因となっている産業革命後の西欧社会での貧富格差の急速な拡大などはあまり描かれていないのは、劇場映画としてはやむを得ないのかも知れません。ただ、セリフが場面がドイツの場合はドイツ語で、フランス、ベルギーの時はフランス語で、イギリスの場合は英語でと誠実に使い分けていて好感が持てました。

 

主演の2人の俳優(アウグスト・ディール、シュテファン・コナルスケ)は可もなく不可もないちおうところですが、ブルジョア階級を非難し、プロレタリアを擁護する持論にもかかわらず、山高帽氏にネクタイ、フロックコートと当時のブルジョア階級の服装を維持しているのはどうかなと思ってしまいました。