2019年7月1日 5時0分 東洋経済オンライン
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一度は「負け組」の烙印を押されたがそこから復活した(撮影:尾形 文繁、デザイン:小林 由依)
ソニーが今、完成車メーカーやティア1(自動車部品の1次下請け)など、自動車業界からの人材採用に力を入れている。「たとえばホンダのような大手自動車メーカーであったら、大人数のプロジェクトで歯車の1つであっても、ソニーに行けば自分が牽引できる立場になり、研究開発環境もよい。そこで普通の半導体メーカーには行かない完成車メーカーの人材も、ソニーならと転職を決めている」(ソニー関係者)。
彼らを引き寄せているのが、半導体子会社のソニーセミコンダクターソリューションズだ。
「これから事業参入しようという新しい部署なので、何事にも意欲的に、自分で考えて行動できるようなポジティブな方を歓迎します」――。
こんな触れ込みで、ソニーのホームページの中途採用の欄には半導体関連の求人が複数掲載されている。募集している職種は、ADAS(先進運転支援システム)や自動運転車向けセンサーのソフトウェアエンジニア、自動車の安全規格に準拠した開発体制を構築するための品質担当エンジニアなど。なぜ自動車業界の人材が必要なのか。
次の成長軸の一つが車載半導体
7月1日発売の『週刊東洋経済』は、「ソニーに学べ!」を特集した。2008~2014年度の7年間で6度の最終赤字に陥り、一度は「もう終わった会社」の烙印を押されたソニーだが、今や高収益企業に変貌している。足元はゲーム事業の収益拡大などで好調ながら、中長期での成長軸が見えないという指摘もある。そこで2018年に社長に就任した吉田憲一郎社長は、2018~20年度までの中期経営計画の期間を「仕込み期間」と位置づけ、高い業績目標は設けずに次の成長軸作りを優先している。

その1つが、この車載半導体である。ソニーは、光を電子信号に変える撮像素子、CMOSイメージセンサーの世界シェア5割を握る。現在は売上高の8割が、アメリカのアップルや中国ファーウェイなどに向けたスマートフォンのカメラ用だが、市場は「2022年頃には頭打ちになると見られる」(IHSマークイットの李根秀主席アナリスト)。
そこで、この技術を用いて、自動運転車の「目」として周辺環境の認知に用いる車載センシングの事業化を進めている。2020年代半ばには市場が本格的に立ち上がるといわれる自動運転市場にあわせ、「人の命に関わることはやらない」という創業以来の不文律を破り、これまでほぼ手がけたことがなかった車載市場を狙う。そもそも半導体事業自体、車載向けに限らないものの、2020年度入社の技術系新卒の4割をここに振り分けるという力の入れようだ。

2019年度中にも量産出荷されるソニーの車載半導体、「IMX324」は、アメリカのインテル傘下であるモービルアイの画像処理半導体に接続する(写真:ソニー提供)
2015年から専門部署が発足したという新しい事業であるため、ソニーの車載センサーのシェアは5%ほどとまだ低いが、品質面では夜間や逆光下などでも高画質の映像を撮影できる点で評価は高い。5割超のシェアを占めるアメリカのオン・セミコンダクターから「当社の最大のライバルはソニー」(同社副社長のデビッド・ソモ氏)と恐れられる存在だ。ソニーはすでにトヨタの高級車レクサス「LS」や、普及価格帯のクラウン、カローラ向けなどをデンソーに出荷しているほか、独ボッシュなどとも取引が始まっている。
ただ、ティア1以上のセンサーの技術を持つソニーも、自動車業界特有の、すりあわせ型開発や、温度や振動への耐性など、厳しい品質水準への対応は十分ではない。だからこそノウハウを吸収すべく、自動車業界出身の人材の獲得が必要なのだ。
ルネサスの車載半導体トップが電撃移籍
昨年9月には、ルネサスエレクトロニクスで車載半導体部門トップだった大村隆司氏が同社退社直後にソニーに移籍するという電撃人事もあった。ソニーでの役職は、半導体事業トップの清水照士に次ぐナンバー2、常務補佐(現半導体子会社副社長)だ。この移籍は、「大村氏がルネサスを辞めることがわかって数日での出来事。しかも、この引き抜きを知っていたのは、吉田社長、清水氏、(JPモルガン出身で半導体事業の財務企画を務める)染宮秀樹氏くらい。ソニーが車載向けにかける本気度が伝わってくる」(人材業界関係者)。
大村氏に引っ張られる形で、ルネサスで車載事業のCTO(最高技術責任者)室技師長を務め、大村氏の信頼が厚い板垣克彦氏もソニーへ移籍。彼らが持つ自動車業界の人脈を使って、マネジメント層の移籍も増えている。

ソニーが2018年に発表した同社の自動運転用ソリューションのコンセプト「セーフティコクーン」。自動車の周囲360度をセンサーで検知することで、早期に危険回避の準備を可能にする(記者撮影)
半導体事業部門には、7月1日に「システムソリューション事業部」という新部署もできた。半導体事業において実質的に経営戦略のトップを務める、前出の染宮氏が事業部長に就き、これまでスマホ向け、車載向けなどに分散していたソリューション領域の企画開発を統合、センサーにAIを実装することで、収集したデータを活用するなど、一部品の販売に留まらない展開を目論んでいる。
同部署では「車の『目』だけでなく、現在、アメリカのエヌビディアなどが手がける自動運転車において、人間の「脳」のような推論機能を担う部分へ入るための準備も着々と進めている」(ソニー関係者)という。大規模な事業買収こそない半導体事業だが、中途採用で新しい血を入れることで、着実に新領域への進出を進めているのだ。
人材獲得に力を入れるのは、中途採用だけではない。今年ソニーは、新入社員の給与体系を改定し、AI開発ができるエンジニアなど一部の優秀な人材を中心に、1年目の年収を最高で730万円と、従来から3割程度引き上げることにした。従来は、入社2年目の7月までは人事評価で一律に「等級なし」をつけていたところを、1年目の7月段階で、主任、上級担当者に与えられる全5等級のうち、上から2番目の「4」の等級をつけることが可能になる。
採用コンサルタントの谷出正直氏はソニーのこの動きについて「現在、AIなどのデータサイエンス領域は国際的に見て圧倒的な売り手市場。日本国内でも高度な専門性やスキルを身につけた一部の学生は、大学卒業後、アメリカのグーグルなど海外IT企業にそのまま就職することも増えている。こうした層に振り向いてもらいたいというのがソニーの狙いだろう。もっとも、いきなり年収2000万円台も夢ではない米国IT企業に比べると給与格差はまだ大きい」と分析する。
グローバル採用も強化する。コンピュータサイエンスのトップ校である、アメリカのカーネギーメロン大学やインド工科大学、中国の北京大学、清華大学などに狙いを定め「今後ソニーが技術的な競争力を維持するうえで、GAFAなども含めた国際的な人材獲得競争に対して危機感をもって対応していきたい」(ソニー)。
採用した人材は研究開発にも振り向け
将来に向けた「仕込み」を重視するという現在の経営姿勢を明確に反映しているのは、事業に必ずしも直結しないR&D(研究開発)領域での新卒採用を強化していること。2020年度入社の新卒採用では、R&D人材の数を前年度と比べて2割増やす予定だとしている。
2018年7月に立ち上げ、中長期的な技術開発を担うR&Dセンターでは、エンジニアが自由に実機まで開発できる環境も整えた。「こうした『雇用特区』的な取り組みは最近ほかの大手家電メーカーなども始めている。5~10年後における事業の柱を作っていくためには、多くの企業が導入すべき取り組みだ」と、リクルートキャリアHR統括編集長の藤井薫氏は指摘する。ソニーで人事部門を担当する安部和志執行役常務は2月に行われた採用戦略説明会の場で、「自分の専門分野に限らず、さまざまなことに好奇心を持つやんちゃなエンジニアが欲しい」と語った。
競争力のある領域で優秀な人材をどれほど獲得できるか。10年後のソニーが成長し続けられるかどうかは、ここにかかっている。
『週刊東洋経済』7月6日号(7月1日発売号)の特集は「ソニーに学べ」です。
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一度は「負け組」の烙印を押されたがそこから復活した(撮影:尾形 文繁、デザイン:小林 由依)
ソニーが今、完成車メーカーやティア1(自動車部品の1次下請け)など、自動車業界からの人材採用に力を入れている。「たとえばホンダのような大手自動車メーカーであったら、大人数のプロジェクトで歯車の1つであっても、ソニーに行けば自分が牽引できる立場になり、研究開発環境もよい。そこで普通の半導体メーカーには行かない完成車メーカーの人材も、ソニーならと転職を決めている」(ソニー関係者)。
彼らを引き寄せているのが、半導体子会社のソニーセミコンダクターソリューションズだ。
「これから事業参入しようという新しい部署なので、何事にも意欲的に、自分で考えて行動できるようなポジティブな方を歓迎します」――。
こんな触れ込みで、ソニーのホームページの中途採用の欄には半導体関連の求人が複数掲載されている。募集している職種は、ADAS(先進運転支援システム)や自動運転車向けセンサーのソフトウェアエンジニア、自動車の安全規格に準拠した開発体制を構築するための品質担当エンジニアなど。なぜ自動車業界の人材が必要なのか。
次の成長軸の一つが車載半導体
7月1日発売の『週刊東洋経済』は、「ソニーに学べ!」を特集した。2008~2014年度の7年間で6度の最終赤字に陥り、一度は「もう終わった会社」の烙印を押されたソニーだが、今や高収益企業に変貌している。足元はゲーム事業の収益拡大などで好調ながら、中長期での成長軸が見えないという指摘もある。そこで2018年に社長に就任した吉田憲一郎社長は、2018~20年度までの中期経営計画の期間を「仕込み期間」と位置づけ、高い業績目標は設けずに次の成長軸作りを優先している。

その1つが、この車載半導体である。ソニーは、光を電子信号に変える撮像素子、CMOSイメージセンサーの世界シェア5割を握る。現在は売上高の8割が、アメリカのアップルや中国ファーウェイなどに向けたスマートフォンのカメラ用だが、市場は「2022年頃には頭打ちになると見られる」(IHSマークイットの李根秀主席アナリスト)。
そこで、この技術を用いて、自動運転車の「目」として周辺環境の認知に用いる車載センシングの事業化を進めている。2020年代半ばには市場が本格的に立ち上がるといわれる自動運転市場にあわせ、「人の命に関わることはやらない」という創業以来の不文律を破り、これまでほぼ手がけたことがなかった車載市場を狙う。そもそも半導体事業自体、車載向けに限らないものの、2020年度入社の技術系新卒の4割をここに振り分けるという力の入れようだ。

2019年度中にも量産出荷されるソニーの車載半導体、「IMX324」は、アメリカのインテル傘下であるモービルアイの画像処理半導体に接続する(写真:ソニー提供)
2015年から専門部署が発足したという新しい事業であるため、ソニーの車載センサーのシェアは5%ほどとまだ低いが、品質面では夜間や逆光下などでも高画質の映像を撮影できる点で評価は高い。5割超のシェアを占めるアメリカのオン・セミコンダクターから「当社の最大のライバルはソニー」(同社副社長のデビッド・ソモ氏)と恐れられる存在だ。ソニーはすでにトヨタの高級車レクサス「LS」や、普及価格帯のクラウン、カローラ向けなどをデンソーに出荷しているほか、独ボッシュなどとも取引が始まっている。
ただ、ティア1以上のセンサーの技術を持つソニーも、自動車業界特有の、すりあわせ型開発や、温度や振動への耐性など、厳しい品質水準への対応は十分ではない。だからこそノウハウを吸収すべく、自動車業界出身の人材の獲得が必要なのだ。
ルネサスの車載半導体トップが電撃移籍
昨年9月には、ルネサスエレクトロニクスで車載半導体部門トップだった大村隆司氏が同社退社直後にソニーに移籍するという電撃人事もあった。ソニーでの役職は、半導体事業トップの清水照士に次ぐナンバー2、常務補佐(現半導体子会社副社長)だ。この移籍は、「大村氏がルネサスを辞めることがわかって数日での出来事。しかも、この引き抜きを知っていたのは、吉田社長、清水氏、(JPモルガン出身で半導体事業の財務企画を務める)染宮秀樹氏くらい。ソニーが車載向けにかける本気度が伝わってくる」(人材業界関係者)。
大村氏に引っ張られる形で、ルネサスで車載事業のCTO(最高技術責任者)室技師長を務め、大村氏の信頼が厚い板垣克彦氏もソニーへ移籍。彼らが持つ自動車業界の人脈を使って、マネジメント層の移籍も増えている。

ソニーが2018年に発表した同社の自動運転用ソリューションのコンセプト「セーフティコクーン」。自動車の周囲360度をセンサーで検知することで、早期に危険回避の準備を可能にする(記者撮影)
半導体事業部門には、7月1日に「システムソリューション事業部」という新部署もできた。半導体事業において実質的に経営戦略のトップを務める、前出の染宮氏が事業部長に就き、これまでスマホ向け、車載向けなどに分散していたソリューション領域の企画開発を統合、センサーにAIを実装することで、収集したデータを活用するなど、一部品の販売に留まらない展開を目論んでいる。
同部署では「車の『目』だけでなく、現在、アメリカのエヌビディアなどが手がける自動運転車において、人間の「脳」のような推論機能を担う部分へ入るための準備も着々と進めている」(ソニー関係者)という。大規模な事業買収こそない半導体事業だが、中途採用で新しい血を入れることで、着実に新領域への進出を進めているのだ。
人材獲得に力を入れるのは、中途採用だけではない。今年ソニーは、新入社員の給与体系を改定し、AI開発ができるエンジニアなど一部の優秀な人材を中心に、1年目の年収を最高で730万円と、従来から3割程度引き上げることにした。従来は、入社2年目の7月までは人事評価で一律に「等級なし」をつけていたところを、1年目の7月段階で、主任、上級担当者に与えられる全5等級のうち、上から2番目の「4」の等級をつけることが可能になる。
採用コンサルタントの谷出正直氏はソニーのこの動きについて「現在、AIなどのデータサイエンス領域は国際的に見て圧倒的な売り手市場。日本国内でも高度な専門性やスキルを身につけた一部の学生は、大学卒業後、アメリカのグーグルなど海外IT企業にそのまま就職することも増えている。こうした層に振り向いてもらいたいというのがソニーの狙いだろう。もっとも、いきなり年収2000万円台も夢ではない米国IT企業に比べると給与格差はまだ大きい」と分析する。
グローバル採用も強化する。コンピュータサイエンスのトップ校である、アメリカのカーネギーメロン大学やインド工科大学、中国の北京大学、清華大学などに狙いを定め「今後ソニーが技術的な競争力を維持するうえで、GAFAなども含めた国際的な人材獲得競争に対して危機感をもって対応していきたい」(ソニー)。
採用した人材は研究開発にも振り向け
将来に向けた「仕込み」を重視するという現在の経営姿勢を明確に反映しているのは、事業に必ずしも直結しないR&D(研究開発)領域での新卒採用を強化していること。2020年度入社の新卒採用では、R&D人材の数を前年度と比べて2割増やす予定だとしている。
2018年7月に立ち上げ、中長期的な技術開発を担うR&Dセンターでは、エンジニアが自由に実機まで開発できる環境も整えた。「こうした『雇用特区』的な取り組みは最近ほかの大手家電メーカーなども始めている。5~10年後における事業の柱を作っていくためには、多くの企業が導入すべき取り組みだ」と、リクルートキャリアHR統括編集長の藤井薫氏は指摘する。ソニーで人事部門を担当する安部和志執行役常務は2月に行われた採用戦略説明会の場で、「自分の専門分野に限らず、さまざまなことに好奇心を持つやんちゃなエンジニアが欲しい」と語った。
競争力のある領域で優秀な人材をどれほど獲得できるか。10年後のソニーが成長し続けられるかどうかは、ここにかかっている。
『週刊東洋経済』7月6日号(7月1日発売号)の特集は「ソニーに学べ」です。