「リターナルとどっちが面白いか」論争
海外の掲示板を見ていると、結構「リターナルの方が面白かった」という意見を見かける。
まあ、確かにどっちの方が好きかと言われたら、僕も微差で「リターナルかな」と思う。
SAROSは、バリア、パリィ、オーバードライブ、日蝕など色々新しい要素が増えたし、アクションの完成度は上がったと思う。それに間口も広がった。その点では、SAROSの方が良いところはある。
ただ、一点だけ気になる点があって、それは難易度に対する向き合い方、みたいなところだ。
リターナルは、ベースになる難易度がしっかりあって、それをクリアするために、プレイヤー自身が立ち回りであったり、色々と試行錯誤するという点で(それはゲームとしては普通なんだけど)、やり応えはあって、元が難しい分、達成感もあった。
他方で、SAROSは、ベースになる難易度がよくわからない…というか、ツリーでのパワーアップ、カルコサ・モディファイアでの調整、どのくらい手前のバイオームから挑むか、とかで難易度が大きく変化するので、プレイヤーが自分自身でちょうど良い難易度を見つけなければいけないんだけど、クリアしようと思うと、思わず慎重になってしまい、結果として簡単になりすぎて、達成感を得がたい、というのはあった。難易度調整を丸投げされた感はなくはなかった…という感じだ。
多分、間口を広げるためなんだろうけど、もう少しうまく調整すればもっと大傑作になってもおかしくないところなのに「あぁ、惜しいな」とも感じたところだ。
その点にどうしてもひっかかりがあって、どちらの方が「より」面白いか、と聞かれると「リターナルかな」と答えてしまいそうなところだ。
ストーリー ※ネタばれあり
感想でも書いたけど、ストーリーはざっくりとしか追っていない。
序盤
・カルコサで起きる驚異的な現実
・リーダーのシェリダンが妙に怒りっぽい
・アルジュンだけが何度も再生する不思議
中盤
・アルジュンがニティアの行方を追っていく。
・その中で、過去の出来事がフラッシュバックし、プレイヤーはアルジュンへの感情移入が薄れていく(笑)
・アルジュン以前にカルコサを訪れた人々のよくわからない言動
終盤
・各ボスの正体がわかる。
・ニティアとの関係性の決着
・セバスチャンの事件があきらかになる
という流れでストーリーを追っていった。
最後ニティアが「ここは私の夢の世界だった」的な話をするのだけど、これは「ここは私が夢見た世界」という意味で、「アルジュンがニティアの夢の中で戦っていた」という意味ではないよね…?と少し戸惑った。
また、最後のセバスチャンの事件で「実は、セバスチャンのエピソードはもっと重要だったのか」と戸惑ってしまった。
路上に倒れたセバスチャン、そして響いてくるサイレンの音、ということは、過去にアルジュンがセバスチャンを死なせてしまう事件があったのか…とも思うけど、その後、宇宙船に乗ってカルコサに来ていることからすると、アルジュンはセバスチャンの死に何らかの責任があるが、罪には問われなかったということなのか、どう解釈して良いのかわからなかった。最終的にニティアとの関係性に匹敵するくらい重要であることが示唆されて終わったので。
メンバーリストを見ると、セバスチャンは確かにエシュロンのメンバーに入ってないんだよね。
「黄衣の王」
ところで、SAROSの元ネタと言われている小説があって、それは、19世紀末に書かれたロバート・W・チェンバースの「黄衣の王」という小説だ。
少し気になって、桜鈴堂版の電子書籍(多分、元の短編集から4編を収録したもの)の「黄衣の王」を読んだ。
意外と読みやすかったし、面白い話もあった。特に「仮面」はわかりやすくて面白かった。
だけど…全体としてはよくわからなかった(笑)。
黄衣の王という書籍、黄の印、王冠…そういったものが、人々の心を不安定にさせ、己を失わせてしまう、というなんとなくそういうところがSAROSに似てなくもない、くらいの感じだった。
ただ、本当にこれが元ネタかといわれても、ピンとは来ないかなという感じだ。
確かに「カルコサ」とかそういう地名を歌った詩はでてきたので、全く関係ないことはないとは思うんだが。























