私が今見ている世界、は隣にいる貴方の見ている世界と全然違うものかもしれない。

ひょっとしたら同じものを見ていてもその色さえも少し違っているのかもしれない。

でもその時に私の隣に貴方がいるとしたら縁があるというしかない。

つまり私の世界に貴方はいるのだから。

何にせよ私に見えるものは皆私の世界の中にあるもの。

 

好き、嫌いにしてもそれは私の世界の中のもの。私そのものと言える。

 

時々友達とメールなどで世相や、共通の知っている人の事など批判的な意見をやり取りすることがある。勿論主義や宗教などの違いは承知の上の友人なのだが、

そんな時に感じる事は要件の連絡など事務的な事以外は、ほとんど意見はすれ違いに近いことに気がつく。まず使っている言葉自体の意味がお互い少し違っている。

同じ目的の事を話しているのに、、、。それをいら立っていくら説明したり書いても益々分からないことになるので、話題を変えるか、返事をしないで別の話題に転じたりする。

そうしないと喧嘩もの別れになるから。

お互い同じ世代に生き、同じものを見ていても全然違う世界に生きていると思う瞬間である。

 

全部が私の世界の中しかありえないから縁のある人、物を大事にしようと思う。世界人類も、男も女も主義主張の違いも。