いきなり関係ない話から始まるのですが、アメブロを書いていると”マネー・家計”カテゴリーにしたせいか三橋貴明氏のバナー広告がやたらと出る。三橋氏には興味がない。興味がないので広告停止をクリックしても出続ける(;^ω^)。

 

さて本題に入りましょう。

前回の記事

「日本は安価な工業製品を大量生産している時期は終わった。

これにしがみつこうとすれば、後から追ってきた国に駆逐されてしまいます。

では、どうすればいいか?

これは次回、スイスの時計を参考に考えてみましょう。」

と書いたのでスイスの時計作りについて書かないといけなくなってしまった。

 

産業革命以降の工業製品について語る時は第二次世界大戦以前・以後にわけて考える必要がある。

第二次世界大戦でヨーロッパのインフラストラクチャーは破壊された。

また、軍事開発・生産ににより工業技術・生産技術は進歩した。

そして、戦勝国も敗戦国も戦後復興のために作れば売れるという時代を謳歌した。

中立主義をついたスイスはインフラストラクチャーが破壊されることもなく戦中・戦後にわたって時計や精密機器を作り続けた。

スイスの時計・精密機器は戦中・戦後も安定的な市場シェアを持っていた。

1970年代に入って、スイスの時計作りに変化が起きる。

日本製のクオーツ時計の登場である。

それまでもゼンマイバネのムーブメントを持ったスイスの時計とは全く違う水晶振動子を使用した安価で正確な時計によってスイスの高額な時計は駆逐されてしまった。

現代の我々の感覚ではクオーツ時計はチープカシオに代表されるように正確で安価な普段使いの時計といったイメージではないだろうか?

では、スイスの時計は?

スイスの時計は、大企業の役員・政治家、はたまたホストがしているといったイメージではないでしょうか。

高級品もしくはファッション性の高いアクセサリーといったイメージ。

余談ですが高級品と言っても機械式時計は正確さではクオーツ時計には敵いません。正確さは重要ではないでしょうか?

時計でもモータースポーツ等に使用されるストップウォッチ等は正確さが全てでしょう。

日常使用する時計でも正確さは重要ですが、我々の日常の時間感覚とモータースポーツ等の計測では時間感覚が違います。

つまり、機械式時計は日常使うのであれば十分正確さは保証されているということです。

 

1970年代に「クオーツ時計は安物の普段使い。スイス製の機械式時計はお洒落な高級品。」というイメージがあった訳ではありません。

スイスの時計が巻き返してきたのは1980年代。

スウォッチの登場です。

スウォッチは機能ばかりの日本製の時計に対してファッション性を全面に押し出して日本製の時計から市場シェアを奪還します。

ファッション性や遊び心を時計に与えることにより時計に今までとは違った付加価値を与えました。

それを持っていること自体が人生に彩りを与えてくれる存在。

スウォッチ自体はクオーツですが、時計に実用品以上の付加価値を与えたことによって購入者(消費者ではない)に同じスイスの高級な機械式時計に興味を持たせました。

高級な機械式時計は一生もの。一つは手元においておきたいと思わせる。

 

もっとも、私は腕時計は持っていないのですがね。

現在の社会では時を知るのに腕時計は必要ありません。

 

ただ車は入れ込んでいます。

別に高級な輸入車には乗っていませんが、バブル期に企画された現在のコスト最優先の車では考えるられないほど作り込まれた大衆車を、一度全部バラバラにして組み直して乗っています。

 

企業の姿勢を非難するより、我々一人ひとりが時計や車に限らず物との付き合い方を考えてみる頃ではないでしょうか?