前回の記事

「アベノミクスはお金をジャブジャブと巻いてイベントを乱発すれば経済成長するという20世紀型の経済政策です。」

と書きましたが、これについてもう少し考えてみましょう。

 

「20世紀型の経済政策」というのは、余りにも漠然とした表現ですので、もう少し詳しく説明しますと

高度経済成長期を経済政策ということです。

 

日本は戦争で焼け野原となり、何もないところから復興した。

これは素晴らしいことだと思います。

そして、自動車・家電等を欧米先進国で生産されていたものを安く・高品質に作り世界中の市場をを席巻した。

高品質というのは何時頃からだったのか?日本が輸出を始めた頃からそうだったのか?

車で言えばトヨタがアメリカの自動車市場に進出した時は、サービス体制も悪く、よく壊れるということで悪評がたったそうです。

そして、企業努力でその対策して”日本車は壊れない”という今日の”ブランド”が確立された。

 

今日の本題は”安い”というところです。

なぜ、高度成長期は工業製品は安く輸出出来たのでしょうか?

それは、先ずは欧米先進国に比べて人件費が安かったことが挙げられます。

第二に為替レート。当時はブレンドウッズ体制下ですので$1=¥360の固定相場です。

ですから、$の購買力は非常に高いです。

反対に¥の購買力は低かった。

そうすると、資源の無い日本は原材料・エネルギーは輸入しないといけませんが、それらは輸出する時には製品の価格に含まれるので(単純にではないですが)右から左ですので、余り関係ないと考えていいでしょう。

 

しかし、71年のニクソンショックでブレンドウッズ体制も終わり、円高へと向かいます。

更に、その頃には日本人に生活水準もあがり、人件費が安いというのも過去の事になりつつありました。

それでも、80年代までは成長路線で好景気が続きます。

 

少し話が逸れるのですが、85年9月22日のプラザ合意で始まったバルブ経済。91年頃まで続きます。

プラザ合意というのは、日本と西ドイツ(どちらも敗戦国)が貿易黒字を稼ぎ過ぎているので内需拡大に向かえと圧力を掛けられたということです。

貿易黒字というのは稼げばいいように思えますが、広い視野でみると不均衡が起きている状態です。

 

バブルについては、また別に機会に書くとして、本題に戻りましょう。

安い人件費で安価に大量生産して輸出するというは現代では中国のやっていることです。

ネトウヨと言われる人たちは、何かといえば中国を批判しますが、それはかつて日本がやっていたことなのです。

 

発展途上国が安い人件費に物をいせて工業製品を安く輸出すて儲ける。

そうすると、国民の生活水準は上がり、為替レートも上がる。

いつまでも、この体制にしがみつくと同じようなことして後から追ってきた国に安さで太刀打ちできないので凋落する。付加価値が低いから簡単に取って代わられる。

何が日本の高度経済は支えてきたのかを少しでも考えれば、戦後やってきた経済政策が通用しないのは当然の事と言えるでしょう。

 

”ものつくりニッポン”というのは、流石に今は聞きませんが、年配者の頭の中には今でも生きているようです。

 

日本は安価な工業製品を大量生産している時期は終わった。

これにしがみつこうとすれば、後から追ってきた国に駆逐されてしまいます。

また、いつもまでも地球規模で消費社会が続くとは思えません。

 

では、どうすればいいか?

 

これは次回、スイスの時計を参考に考えてみましょう。

 

ヒロ