食料品消費税「1%」は大歓迎でいいのか?

 

食料品消費税「1%」が揺るがす現場のリアル——減税という名の分断

「店内でお召し上がりですか? それともお持ち帰りですか?」

 

コンビニやファーストフードのレジで繰り返されるこの問いかけは、これまで日常の些細なグラデーションに過ぎなかった。しかし、食料品の消費税率を期間限定で「1%」に引き下げる案が浮上したことで、この平穏なレジ前は静かなる「戦場」へと変貌しようとしている。

 

外食の「10%」と、持ち帰りや食料品の「1%」。その差は実に9%にまで拡大する。生活苦にあえぐ家計にとって、この数字はあまりに強烈な誘惑だ。しかし、この一見して大歓迎の減税策の裏側で、社会の歯車は確実に狂い始めている。

 

 崩壊する飲食店の台所事情と「悪夢のキャンペーン」

この9%の巨大な格差がもたらす最大の直撃弾を受けるのは、他でもない外食産業や小規模な飲食店だ。

 

スーパーの惣菜やデリバリーが「1%」の恩恵を受ける一方で、店を構える飲食店は高い家賃や光熱費といった固定費を「10%」のまま抱え続ける。客足が中食や内食へ流れていけば、生き残りを賭けて客席を削り、テイクアウトやデリバリーへの全振りを強いられる店が続出するだろう。

 

そして、この歪みは政治の格好の標的となる。内閣支持率の低下に焦る政権に対し、野党やマスコミは「高市政権の強引な減税策が、真面目な飲食店を次々と倒産に追い込んでいる」と、鬼の首をとったかのように連日ネガティブなキャンペーンを張るに違いない。現場の苦境が政治闘争の道具に消費されていく未来は、火を見るより明らかだ。

 

 財務省の壁と、「一律8%」と変わらぬ巨額の減収という現実

では、この歪みを解消するために「消費税の一律8%減税」へ舵を切れないのはなぜか。ここで見落としてはならないのは、「一律8%減税」「食料品のみの1%減税」がもたらす国庫の税収減、すなわち必要な財源の規模が実はほぼ同程度であるが、財務省からすれば「一律8%減税」は絶対に看過できないタブーな政策だという点だ。

 

対象範囲を広く浅く8%にするか、対象を食料品に絞って一気に1%まで深く切り込むかの違いであって、国家財政に与える大穴の大きさに大差はない。それゆえに、莫大な税収の穴埋めを恐れる財務省の頑強な抵抗は、どちらの案であっても変わらず高く分厚い壁として立ちはだかっている。結局のところ、国民会議の取りまとめも出来ず身動きの取れない政府が選ぶのは、十分な検証もないままの支持率回復の「突破口的な1%導入」(実質ゼロ)という公約の断行しかないのかもしれない。

 

 欧州など諸外国の「ドライな線引き」に学ぶ知恵と覚悟

それでも、痛みを伴う改革の途上でいかに現場の混乱を防ぐかが勝負となる。

 

だからこそ、日本も海外の先例に倣った徹底してドライで合理的なルール化を導入すべきだ。世界を見渡せば、軽減税率の歪みを防ぐための明快な基準が存在している。

 

イギリスの「温度」基準: 調理直後の温かいパイなどはテイクアウトであっても「外食(高税率)」とみなされ、常温や冷たいサンドイッチなどはゼロ税率(低税率)に分類される。人間の主観や良心に頼らず、物理的な温度で機械的に線を引く。

 

カナダの「個数」基準: ドーナツなどの食品は「5個までは外食、6個以上は家庭用のバルク(まとめ買い)購入」と定められており、レジや厨房で不毛な揉め事が起きる余地を完全に排除している。

 

このように、曖昧な自己申告を排した客観的な基準を設ければ、現場の混乱や不公平感は最小限に抑えられるはずだ。なにより、高市政権が掲げた物価高対策の公約を断固として貫徹する姿勢こそが、日々の生活にあえぐ国民の切実な安心感を生み、確かな納得をもって迎え入れられるだろう。

 

2年後の税率復帰という時限的な区切りについても、目先の混乱を恐れて及び腰になる必要はない。それは未来への先送りではなく、経済の状況を見極めながらその時点で改めて冷静に議論を重ねれば良いだけの話だ。

 

減税という名の甘い言葉の裏に潜む財務省の抵抗や財源の壁は確かに高い。しかし、それらの困難を乗り越えてでも痛みを伴う減税をやり抜く強い意志こそが、今の日本に求められている高市政権の最優先の公約貫徹の覚悟なのだ。