都市の中心から少し離れた、3LDKのアパート。そこが今の俺の家だ。大学生が住むには、いささか贅沢すぎると思うかもしれないが、家賃等の関係上、それほど綺麗なところではないのはご理解いただきたい。
 
   大学生の今、バイトで稼げる賃金も限界がある。サークルには所属していないため、全力で汗を流す彼らよりかは稼げるが、所詮1時間とかそのへんだ。親戚から仕送りは貰えるが、最低限の額だ。そのため、極力消費の少ない、こんな住処を選ぶしかないのだ。

  そのため、家の中でも死ぬ事はできない。この間なんて、首を釣ろうとしたら天井が抜け落ち、修理費がかさむという惨事が起きた。余計な金は使いたくないため、もう家で死のうとするのはやめた。

  203号室の鍵を開け、リビングへと進む。自室だけでもと綺麗に掃除しているつもりだが、床がきしむのはどうも気分が悪い。

「疲れた…今日も死ねなかったし…飯食って風呂入って寝よ…」

  買ってきた幕の内弁当を広げ、紅茶と一緒に流し込む。一瞬でも早く布団に入りたい。

  ここで疑問に思った方の為に言っておくが、俺は餓え死にや野垂れ死には望まない。苦しみもがいて死ぬなんてもっての他だ。一瞬で、なんなら気付かないうちに死ねるのが、俺の中でのザ・ベストである。
  
  早々に風呂も歯磨きも済ませ、布団に入る。意識が飛ぶまでおよそ2分。今まででは最速ラップだ。

  だが。

  「……暑い……」

  その後20秒で体を起こした。雨が降り、ただでさえジメジメした空気の中、窓を開けずに寝るのは自殺行為だ。死ねないが。

  布団から出て、窓を開ける。雨はいつの間にか上がったらしい。
  すると、町中とは違う、別の明るさが部屋を照らした。

「へぇ、今日は満月か……」

  久々に見た夜の空は、世間に飽き飽きしていた俺には、美しすぎるくらいに感じた。

  換気も済み、ようやく寝直せると布団に転がった。

  すると今度は、ピンポーン、とインターホンが鳴った。

「……誰だよ、こんな時間に…」

  もうすぐ日が変わる時間だというのに。もし宅配だとしたらよっぽどのお急ぎかよっぽどの世間知らずで、そうでなかったら、何にせよよっぽどの世間知らずだ。

  布団から出ようと体を起こすが、その間もずっもインターホンは鳴り続ける。そのテンポは、時間が経つ事に速くなっていった。

「あぁぁもううるせぇ……はいはい今行きますよー…」

  BPM180くらいになった頃、ようやくドアを開く。すると、ドアの向こうから「あでっ」という声が聞こえた。どうやらドアに近づきすぎて、顔をぶつけたらしい。

「あの、うるさいんスけど、どちらさまで……」

  入口の前で「あぅぅ…」と鼻を押さえて涙ぐんでいるそいつは、正直言って、とんちんかんな格好をしていた。二次元のやつらって、こんな感じの多いよなって感じの。

  月に照らされて輝く黒髪。黄色いヘアピンで止められた前髪が、いつも活発なのであろうことを想像させる。

 その髪からピョコンと生え出ている、

  猫耳。

  しかも、ピョコピョコなんか動いてる。

  この時点で明らかにおかしい。おかしいのだが、俺は不思議と、コイツのことを観察したい衝動に駆られてしまった。

  茶色っぽい目をしている。目鼻立ちのはっきりした、端正な顔立ちだった。可愛いような、優しいような、そんな雰囲気のある、中性的な顔だった。
  

  その顔から左右3本ずつ生えてる、

  猫のヒゲ。

  ……透き通るような美しい白い肌。言い方が気持ち悪いかもしれないが、触ったらさぞかし気持ちがいいのだろうと考えてしまった。

  そして背中の後ろから見えたのは、

  猫のシッポ。

「……多分、ここはあなたの目当ての場所じゃないですさようなら」
「みゃっ!?ちょ、待って待って痛い痛い開けて開けて助けて!」

  自然と閉まる重たいドアに体を挟めたら、そりゃあ痛いだろうなぁ……。

  おっと、現実逃避している場合ではない。明らかにふざけてるとしか考えられないそいつに、今度こそ問う。

「……どちらさま?」

  肩を押さえて涙ぐむそいつは、やっとこさ言えるとばかりに、シッポをピンと立て、しっかり俺の目を見て言った。


「にぼし、るな!君が助けた、猫!」

「……は?」

  思わず間の抜けた声が出てしまった。今なんつったコイツ。猫だ?てかそもそも、助けた覚えないよ?猫。

  あぁ、なるほど。これは夢だ。夢の中で起き出して、んでこんな古き良き超王道パティーンが起こってるんだろう。疲れてるんだなぁ、俺。

  夢とわかれば、あとは適当に流せばいいのだろう。

「…あ、そなの。で、何しにきたの?」
「みゃ…信じてない…!?」

  そいつは…ニボシって言ったっけ。ニボシは、ヒゲをピンッと伸ばし、抗議する視線を向けてきた。

  するとそいつは、顔の横で手を丸め、いわゆるニャンニャンポーズをとった後、

「みゃーっ」

と一鳴きした。

  聞き覚えのある声だった。

  さっき、トラックの前に飛び出した時に、足元にいた子猫。そいつの声だ。

  ほっぺをつねってみる。痛い。スネ毛を抜いてみる。超いてぇ。

  常に携帯しているカッターナイフで、手首を切ってみる。いつも通り、刃は折れ、足元に転がった。夢なら、死んでた。判断基準が酷すぎないか俺。

  どうやら、現実のようだ……。納得いかねぇ……。
                                       -2へ続く…