……とても現実とは思えないのだが……。
今、目の前に、「にぼし るな」と名乗った猫耳猫ヒゲ猫しっぽの生えた人間……らしきものがいるのは現実なようだ。
だが、現実とは言っても、こいつの言ってる恩人は、俺ではないんじゃないか?猫なんて助けた覚えないし。
「なぁ、お前来る家間違えて……あれっ……」
顔を上げてみると、既にそいつの姿はなかった。それに気付いたのと同時に、背中の方から、遠ざかっていく足音が聞こえた。
「は!?おい、なに勝手に入ってんだよ!」
「にゃはは…おじゃましまーす」
そいつは悪びれる素振りも見せず、てこてことリビングに入ろうとする。
ため息と共に足元を見下ろすと、ある事実が判明した。
……玄関にあいつの靴がない!!
「おいおいおい!?お前、靴!クツ!!」
「みゃ?く……つ?」
キョトンとした顔でこっちを見てくる。やっぱふざけてんのかこいつ。
脱がないなら脱がせるまでと、そいつに近づいた。近づいたのだが。
そいつの足には、靴らしきものがなかった。
「お前まさか、靴履かないできたのか?」
「みゃぁ……き、急に変身してきたから、用意出来なくて……ごめん」
そもそも履いてなかったのか、こいつは。
これはあくまでも憶測だが。猫から人間(っぽい姿)になったのなら、衣服はなんとかできるのだろう。しかし、普段くつを履かない彼らにとって、人間の姿になった時に用意されない、ということか。
「まあ、そういうことなら……」
そこまで言って、玄関から続く泥の足跡を見つけた。
「……やっぱ風呂入れ」
「みゃっ!?お、お風呂っ!?」
至極勘弁してくれという表情だった。だが、こんなに泥だらけの足でリビングを走り回られたらと考えると……恐ろしいどころじゃない。
脇を抱え、風呂場へ運ぶ。身長差がある分、持ち運びが楽で助かる。
「みゃぁぁぁ、離せ、離せぇぇ!……お、女の子を無理やり脱がそうとか、変態か!キミは!」
「……あれ、お前メスなの」
「え?……う、うん、メスだよ!ってかメスって言うな、女の子だよ!もう、せっかく気合入れて可愛い姿に変身してきたのにぃ……」
自分で可愛いっていうあたりマイナスポイントな。
しかし、確かにメスで、しかも人間の格好をしてるとなると、なんか気が引けるなぁ……。強制わいせつとかで死刑になろうとも(ならないだろうけど)、これはなんかイヤだ。
「しょうがないな、でも、せめて足くらいは洗わせろ」
「みゃう……ま、まぁ、足くらいなら……」
そう言うとルナは裾をまくった。腕や首筋と同じような、美しい肌が顕になる。
「……綺麗な肌だ……」
「み"ゃっ!?ち、ちょっと急に何言ってんの!?怖い、この人怖い!!」
しまった、心の声が漏れてたか。いけないいけない。
洗面器にお湯を流し込み、タオルを入れて湯を染み込ませる。それで石鹸を泡立て、ルナの足を洗った。
「み、みゃうぅぅ……く、くすぐったいよ……みゃ、ちょ、そこは、み、みゃはははははは!!も、もうだめ、くすぐった、ははははは!!」
「うるさい、ちょっと黙れ」
注意しても、ルナは変わらずあばれまわる。
「みゃ、みゃうう……も、もう無理ぃっ!!」
突然、ルナが俺から逃れるように飛び退いた。
「な、おいこら!落ち着けっ……ての!」
俺はそいつを逃がさないように手を伸ばす。空を掴んでしまらぬよう、最大まで。
俺はしっかり掴んだ。そいつのズボンを。
それでもそいつは動いてた。
結果。
脱げた。
「!?や、やっば……」
「み!?みゃぁぁぁぁ!?こっち見るなぁぁぁ!!」
防衛のための反射的行動なのか、俺の顔を軽くひっかいてきた
「……反撃する前に弁解したらどうだ?お前な……」
ルナは、その先を聞きたくないとばかりに、こちらに背中を向け、うずくまっている。
「………オスだろ」
その時、暗闇の猫のような鋭い視線が俺を襲った。まぁ要するに、ルナに睨まれた。
「な、なんでそんなに冷静なのさ!人のフク脱がせときながら!!変態!!」
「いや今のは事故だろ!?てか、お前さっき、メスって言ってたよな?なに、そっちなの?」「ち、違うわ!そ、その………」
言うと、なぜか少し間を開けてから、答えを出した。
「……め、メスっていえば、お風呂無しになるかなーっ、て……」
んなに単純なことかよ……。本気でそっちのやつかと思ったわ。
まあ、オスというなら話は早い。
「よし、風呂入るぞ。ほら、さっさと脱げー」
「みゃ!?さ、さっき、足だけって……」
「メスだったらな。ほら、バンザーイ」
「だ、誰がするか!え、ちょ、待て、えっ、お風呂ヤダヤダヤダヤダぁ!!」
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「あーさっぱりしたぁー!!ねーねー、次はいつお風呂の時間なの?」
「そんなに喜ぶなら、最初から入れっての……」
まさかあんなに大はしゃぎするとは思わなかったわ。こっちが疲れたよほんとに。
シャワー見て歓声あげるし、シャンプーで身悶えるし、湯船で溺れかけるし……ほんとにもう……。
ある程度ルナのテンションが落ち着いて来たところで、ずっと考えてた疑問を口にする。
「そういやさ、お前、何しに来たの?」
聞くと、ルナは少し考え込んでから、答えた。
「恩返し?」
「なんで疑問形なんだよ……もっとマシな言い訳なかったのかよ」
「い、言い訳じゃないよ!猫界では当然なの!恩を売られた猫は、売ってきた相手に何かしらの恩を返せ!とかっていう……」
「正直、信じ難いんだが……てか、俺、恩とか売ってなくないか?」
「売られたよ!むしろ押し売られたよ!」
「ずいぶん失礼な物言いだな」
ルナは、自分が売られた恩を売った(無自覚)相手が覚えていないことに、なぜか腹立たしさを抱いたようで、怒鳴るように説明してきた。
「あの時!おーだんほどーで僕がご飯食べてた時!君が急に僕の前に来て、助けて、くれたじゃん……」
途中から感謝の心を思い出したのか、恥ずかしいのか、声のトーンが落ちてきていた。
「い、命まで、一応、助けられたんだし……ちゃんと、恩は返させてよねっ……」
ーいやだから恩は売ってねーから、帰っていーよ。
そう言おうとしたが、何も言葉にできなかった。
……これ以上追求しても、きっとなにも変わらんだろうし。このへんで切るか。
「んじゃ、迷惑にならない程度に恩返し頼むわ」
「うん!よろしく!………」
元気よく返事をした後、謎の間があった。そして、どこか気まずそうにこう言った。
「………キミ、なんていうの?」
名前知らんかったんかい。