おはようございます。以下は、空気体瞑想を広めようと思って、書いています。書き間違いもあるかも。空気体瞑想の創始者です。まだ一人です。あははは。空気=(酸素・二酸化炭素・プラナエネルギーなどの意味です)

 

 カムカムエブリイバディ、見ていますか?。

 ヒナタは、夏休みの宿題がなかなか終わらないみたいだ。錠一郎が手伝うことになった。ラジオ体操の皆勤賞は、朝早くから宿題に打ち込むために、諦めたみたいだ。

 しかし、錠一郎は絵日記を書いてみたけど、それがアーティスティックな絵で、使い物にならない。算数をしてみたけど、小4の問題が解けない。結局、ヒナタにもダメ出しをされた。それを見ていたるいは、ヒナタに、「そんなんで、いいのか」と説教をした。宿題が終わらず、そのことで、学校の先生に怒られたらいい、とまで言った。錠一郎は、言い方がきつくないか?、と言っている。

 そんな時、ヒナタが夕立に会って困ってるい同級生に傘を貸したことがあったが、その同級生が傘を返しに来た。ヒナタとその子は、ヒナタの部屋で話をしている。そこへ、一子が、ラジオ体操の皆勤賞の商品を持って来た。三人で、夏休みの宿題を終わらせることにしたみたいだ。ヒナタには、仲良しが増えているみたいだ。

 錠一郎は、宿題を毎日、確実に終わらせられなくても、ヒナタは友達に恵まれているから、それが10歳の女子には、夏休みの一番の宿題の答えだとかと、言っている。「るい、俺たちも10歳から、一緒に成長すればいい」と言っている。るいは「ジョーさんは、ズルい」と言った。ジョーは、黙っている。

 ヒナタは、錠一郎が、ひも亭主だという事を知っているようだ。幼稚園の時は、そのことでからかわれていたようだ。それを、錠一郎も知っているはずなのに、そのまま相変わらずの男みたいだ。まるで、成長をしてないじゃん。病気の回復もしていないのかな。されど、言う事だけは一人前だよね。

 ひもの錠一郎は、ふにゃふにゃに優しくて、るいに対してのエッチが上手なんだろうね。今晩も励むんだろうね。そうしないと、るいがね、不満を募らせるよね。昼間の不満は、夜のエッチで解消だね。その為に、錠一郎としては、優しいような、まともなようなことを本心から言うしかないやな。喧嘩をしちゃいけないやな。錠一郎は、なかなかのひも亭主だね。トランペットは吹けなくなったけど、鳴らない風鈴になっていたるいの心は、びゅんびゅんと吹いているんだね。るいも毎晩のように、ジョーのトランペットになって、声を上げているんだろうね。あははは。それで、10年経っても錠一郎の心は、回復しないのかね。重症だね。まっいいや。

 まーな、絶望して一度は死のうと決心したんだからね。死が、すぐそこまで来ていたのに、るいが止めたからね。錠一郎は元浮浪児だし、この世に関わりたくないというか、この世で生きたいと思わなければ、この世への未練は薄いだろうね。錠一郎にとって、少なからず、この世はたまたま見えている景色なんだろうね。どうせなら、あの海で、生死をさ迷うぐらいのギリギリまで行かせてやって、錠一郎が気を失って、心臓マッサージをしてもらいながら、病院に担ぎ込まれるぐらいにまでになっていれば、、、そして、それで生もき返れば、彼も少しは変わったかも知れないけどね。錠一郎は、まだ死を超えられてないやな。俗に言う、死に損ないになってしまったようだな。死の壁が越えられないから、愛が欲しいばっかりだよね。これはー、あんまりいいパターンじゃないな。だからと言って、絶望して、これまた死にきれなかった死に損ないを、厳しく叩いても、優しく理解しても、難しいところだよね。死に損ないの前に、戦争孤児になったという絶望もあるし、唯一の生きる杖であったトランペットもなら鳴らなくなったという絶望もあるわけだからね。しかも、トランペットが吹けなくなった理由すらも分からないんだからね。答えの出しようがない、中途半端な死に損ないになってしまったんだからね。世間は、そこを「だらしない」「やる気がない」と攻めるわな。かりに、世間が理解したとしても、錠一郎に関わりたくはないやな。解決のしようがなくて、面倒くさそうだもんね。錠一郎が店番をしていたら、客は、わざとでも帰るわな。生き方が、間違えているとか、甘えているとか、言いたいんだろうけど、それを言うのも、はばかれるしね。

 問題は、錠一郎がずる賢いか、どうかだろうね。るいは、錠一郎に「ジョーさんは、ズルい」とは言っていたな。「ずる賢い」とは、言ってないやな。錠一郎も「ズルい」と言われても、反論はしなかったな。彼にズルいつもりはないやな。るいと錠一郎は、いつもギリギリだな。あはははは。

 そうなると、まず、ギリギリでもう10年もたっているわけだから、とりあえず、錠一郎がぶらぶらしていても、貧乏ながらも生活は出来ているようだし、錠一郎の心の傷の手当てをまっすぐにしないといけない時期が来ているのかもね。見ていると、昔よりは、錠一郎の絵が明るくなっているしね。るいは、もう少しの辛抱かな。

 安子が居なくなってからのるいは、たまに勇とキャッチボールをするだけの、文学少女になっていたようだから、心を通わせることの出来る友達は、一人も居なかったんじゃないかな。額に傷があることで、男子からも遠ざかっていただろうしね。るいのヒナタに対する怒り方で、分かるよね。親心とか、正義感とか、ヒステリックとか、そういう感じで怒ってないからね。嫌われないように細心の注意を払って?怒っている感じだからね。るいには、ヒナタが大切なんだね。ヒナタには、そんなるいが起こると、余計に応えるのかもね。その上、ヒナタは『うちは、他の家とは違う』と感じているみたいだしね。んまー、それがあると、ヒナタは地道に宿題をするよりも、今、遊びたくなるよね。・・あーぁ~、そういう事かぁ。そういうふうに俯瞰して観ると、ヒナタが10歳ぐらいなら、友達と遊びたくなる分だけ、まだ、彼女の心の傷は軽傷だな。

 これが、るいあたりだと、誘われれば、友達付き合いとして遊びにも出かけるだろうけど、るいにとっては面倒くさかったかもね。気持ちが疲れて帰って来ていたのかもね。鳴らない風鈴が、鳴っているフリをしないといけないからね。慣れだけどね。

 そういう意味では、ヒナタに友達が居てわいわいやっている様子は、ヒナタはるいの子供だから、るいの深層意識的なところの癒しになるのかもね。るいのインナーチャイルドの昇華だね。

 親が進めなかった道を、どういう訳か子供が進んでいることがあるよね。それに、そのことについて、親が自分の子供に対して嫉妬しても、しょうがないからね。そこだけは、錠一郎が言うように、3人で10歳から成長しよう、だよね。それを、ズルいと言うかどうかは、・・・「お前ら世間に、(うちの家族のことが)分かってたまるか」になるのかもね。

 るいがジョーさんに「ズルい」と言ったら、それを許して反論しないことで、錠一郎とるいは、分かり合っている夫婦?いや、家族なんだろうね。「暗やみの中でしか、聞こえない音がある」だね。錠一郎の書く絵は、明るくなったけどね。奇想天外の絵だね。あははは。彼は回復してきたのかな。空気体瞑想をすれば、もっと早く回復したかもね。

 一つ問題なのは、ヒナタは、勉強が出来るように成るために宿題をやっているわけじゃないんだよね。宿題を出されたから、解答欄を埋めているだけなんだよね。そうなると、ヒナタの将来は、ヒナタ自身がやりたいことを見つけられるかどうかに、かかってくるのでございましょうね。絶望経験しかない錠一郎は、その発見の縁に協力できるのでございましょうかね。

 ヒナタは、侍の生き方が好きなんだね。ヒナタは、直感的本能の部分で、その子供ごころにおいて、自分がこの親を超えるには、、いや、、自分がこの親の絶望のカルマを超えて、この親に希望を見せるには、・・・侍のように、善きことに一途で、何物をも恐れず、強く、優しく、やりぬくしかないと感じているんだろうね。子供は、親の「希望」成りたいんだね。というか、お互いにかみ合いにくい「希望」なんだね。一応はね。でも、でも、でも、ヒナタの夏休みの宿題は、手伝ってもらわないと終了しないんだね。あははは。誰かの愛だ欲しい「希望」だね。まだ子供だしね。女子だしね。

 今日は、ヒナタもるいも錠一郎も、精神年齢は10歳だ。好きなのは、剣道ではなくて、チャンバラだよね。ちゃん、ちゃん、バラバラ、チャンバラ家族でございます。あの幸せそうなサザエさんの家も、チャンバラ家族に見えるけどね、の一席でした。さて、修法だよ。

 可能なら、静かに座って、、まず、透明な空気(酸素や二酸化炭素という空気)のようなものに包まれている事を思い、その後、そこで透明な息をしている感じになり、、そのようにして行う、空気体瞑想(真聖吉祥瞑想)をしようね。そこで雑念が出て来たら、雑念のなかで、雑念自体に気づいた時に、いつもどこでも透明な空(くう・そら)に意識を向けて、透明な空に戻ればいいからね。

透明な空性の中でのありのままの現実と自分と、その向こう側からの、空性に基づいた自然の反応である天然ダルマの無限のエネルギーの流れの中で、その無限のエネルギーを吸収しながら放出して、浄化して清らかに、昇華して強く、進化して綺麗になって、平らけく透明に安らけく広がって、法恩感謝、神恩感謝、して行こうね。この気の流れは何者にも止められないからね。聖への道だからね。天国への道だからね。お祈りしておくね。お祈りし