聖書と仏教の意味するところ27

聖書の詩篇第91章

いと高き者のもとにある、隠れ場所に住む人、全能の陰にやどる人
は主に言うであろう、「わが避け所、わが城、わが信頼しまつるわ
が神」。
... 主はあなたをかりゅうどのわなと、恐ろしい疫病から助け出される
からである。
主はその羽をもって、あなたをおおわれる。あなたはその羽の下に
避け場所を得るであろう。
そのまことは、大盾、また小盾である。
あなたは夜の恐ろしいものも、昼に飛んでくる矢をも恐れることは
ない。
また暗やみに歩きまわる疫病をも、真昼に荒らす滅びをも恐れるこ
とはない。
・・・中略・・・
あなたは主を避け所とし、いと高き者を住まいとしたので、災いは
あなたに臨まず、悩みはあなたの天幕に近づくことはない。

コメント
仏教にも、密教では、如来の大慈大悲の甲冑(かちゅう)を着る。
というのがあります。柔らかい如来の心を着ているのですが、しか
しそれは、戦いのときの鎧のようにつよく護って下さるのですね。
聖書では、楯の表現をされていますね。同じように加護ということ
が、起きるのですね。

(余談ですが、主にしても如来にしても、大慈大悲の法則を知ると
分かるようになるのですね。この知り方は、直接知覚でないと、価
値観的になって、間違うことが多いですね。気をつけましょう。行
も必要になりますね。)