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『しのゼミ』

日常で出会った「気付き・笑い・学び」を綴っています

長女ちー(小六)は第二反抗期に突入。

「うるさい」「黙って」「うざい」

ここのところ父が何を言っても,ちーから帰ってくる言葉はそれらのみ。

まったく会話になっていない。

たとえば食事中。

ちーが無意識にゲップをする。

「オイ,ちー!」と不作法を注意する父。

しかし,それが過干渉と感じるのか,ちーは気にいらない。

「ふ~~んだ」と反抗する。

同じことを母が言いきかせると「わかったぁ」となる。

「オイオイ,それと同じこと,さっき言ったぞ」とアピールする父。

「うるさい,黙って!」とあくまで拒絶するちー。


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世の流れに感化され,シノ家にも「AKB」ブームが到来している。

みー「ねぇねぇ,AKBの中で誰が一番好き?みーは○○が好きやけど」

ちー「あたしはAKBキライ,YUIの方が良いし」

みー「それなら,あたしのAKB(の音楽),聴かんといてね」

ちー「聴かへんワ,ウチ,なら,みーもYUIを聴いたらあかんで」

みー「じゃあ,おとーさんは?AKBの中で誰が好き?」

父 「よく知らんし,誰でもエエなぁ」

みー「それなら,AKB聴かせてあげるね」

ちー「YUIは絶対に(父が聴くのは)ダメやし」


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最初は笑っている父だが,しかし心中は穏やかではない。

そのうちに少し腹が立ってくる。

そこまで言わんでもええやんか。

父が何をしたというのだ?

不条理だ!・・・

そんな思いがあふれ,父としてはさみしさが募る。

ちなみに,エレクトラ・コンプレックスは全く無い。

これはエディプス・コンプレックスの娘版。

娘が父を独占したいと思い,母を毛嫌いする心理的傾向を指す。

幼児期に普通に持つ心理だそうだが,これは小学校卒業くらいまでに無くなる。

ちーの場合,これを持ったという形跡すら無い。

それも,父としては少しさみしい・・・・・


[東京 28日 ロイター] 前日S&Pが日本国債の格下げを発表すると、ドル/円は83.22円まで急騰。前日安値(82.00円)からは1円以上の切り返しになった。海外ファンドや投機筋を含めて幅広くドル買い/円売りのポジションを構築した。

 しかし、前日から83円台では月末をにらんだ輸出企業の売りが厚く、きょうもドル/円の上値を押さえ込んだほか、83円付近のオプションを意識した売りも出て、ドルは83円に手が届かない。上値の重さが意識されると、格下げを受けたドル/円のロングポジションが重くなり、ドルは一時82.57円まで下値を切り下げた。

 海外ファンドが82.80円付近のまとまったロングポジションを構築していたほか、投機筋も幅広くドルロングになっていたため、一斉にポジション調整が起きたという。しかし、82円半ばではドルの買い戻しも出て、売り一巡後は下げ渋っている。



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経済記事は難しい。

なんとなく意味は取れるが,ワケ分かんない専門用語ばっかり。

これって,専門外の自分にはあまりにワケ分からな過ぎて,結構笑えてくる。

なんやねん,「切り返し」とか「ポジションを構築」とか「売りが厚く」とか「オプションを意識」とか「ロングポジション」とか「ドルロング」とか・・・

おちょくっとるんか,それ?って調べてみたら,これらってホントに専門用語らしい。

たとえば「ロングポジション」とは買い持ちのことで,たとえばドルを買って将来の値上がりを期待しつつ持っていること,のようだ。

言い回しも面白い。

たとえばポジションを「構築」するという仰々しさには,主語となる「相場の見えざる意思」に対しての畏怖の念を,どことなく感じる。


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しかし,分かりにくいモンは分かりにくい。

ならば,専門用語は専門用語でも,自分になじみの深い競馬における専門用語を使ったら分かりやすくなるのではないか?

ってことで,分かりやすく書き直してみよう,自分なりに。


[栗東 28日 競馬ブック] 前日JRAが日本国債の枠順を発表すると、ドル/円は83.22円まで急騰。前日のオッズ(82.00円)からは1円以上の人気になった。海外ファンドや投機筋を含めて幅広くドル買い/円売りの勝馬投票券が買われた。

 しかし、前日から83円台では月末をにらんだ輸出企業の馬体が絞れず、きょうもドル/円の上積みは一叩きしても期待できないほか、83円付近の時計を意識した追い切りも出て、ドルは83円に末脚が届かない。大きな変わり身が無いと意識されると、重め残りを受けたドル/円の動きに良化の兆しは無く、ドルは上がり3ハロンを82.57円まで時計がかかった。

 海外ファンドが82.80円付近の距離延長に好材料を見出せないほか、投機筋も幅広く持ったままのケイ古を消化していたため、掛かり気味でいざ追い出すと脚が止まったという。しかし、82円半ばではドルの行きっぷりは良く、先行するもG前はモタついている。



ますます分からんか・・・・・


先日の院内感染対策のワーキングにて。

とある職員さんから,病棟などの(職員用)洗面所に鏡を置かない方が良いのでは・・・という意見が出た。

何のことか分からない諸兄も多かろうと思うので,ちょっとだけ説明を加える。

感染対策の話なので,諸悪の根源はウイルスやバイ菌だ。

抵抗力の弱った患者さんが多い病院という場において,こいつらが,最悪の場合,医療者を介して患者から患者へ伝染していくことがある。

この「院内感染」によって,もしもひと様の命に関わるようなことがあれば,それは犯罪的行為の謗りを免れえぬ。

それを防ぐため万全を期するワケだが,具体的に「どの点を」「どこまでやるか」が問題になってくる。


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医療者が感染を媒介してしまうルートとして,看護士や医師の「手」が多いとされる。

なので,手洗いの励行はしつこいくらい強調される。

それから,長袖の白衣の袖口や長髪なども,媒介ルートとしては見逃せない。

特に,髪だ。

そもそもサイドや前髪がタラリとしてきて,髪を掻き上げること頻回っちゅーヘアスタイルはご法度になっている。

いくら手洗いをしても,髪に病原菌が付着していれば,それを掻きあげることで菌を手に「補充」し,撒き散らすことになる。

なので,長い髪は束ねたり入念に留めたりすることが,職員(特に女性)の中に浸透している。

この時代,サラリとしたロングヘアーをなびかせた女医さんや看護師さんなんてのは,過去の話になりつつある。

ホント,昔は結構居たのになぁ・・・

これはこれで少し寂しくもあり・・・と書くとどんどん話が逸れるので,話を元に戻す。

つまりは,鏡を置くと,自然と自顔をチェックすることになり,髪の掻き上げなどの動作を誘発する。

だから,そういったトラブルの元凶たる鏡そのものを撤去したらどうか,という発案になったワケだ。

まぁ自分的には,「風が吹けば桶屋が儲かる」的に,ちょっと原因と結果が離れすぎやん・・・て気がするが。


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長女ちーの中学受験は大詰めを迎えている。

第二志望的な受験校の受験科目に作文があるため,その準備に自分も駆り出される。

「私の家族」とか「小学校の思い出」とか「思い出に残った本」とか,想定される課題に対してちーが作文を書く。

それを添削するんだが,そういった練習課題の中で「私とエコ活動」に関する作文がけっこう難しい。

「現在,地球温暖化が問題になっています」

――― ふむふむ・・・

「それには,私たちが毎日捨てているゴミも関係していると思います」

――― まぁ,間違ってはいないなぁ・・・

「ゴミを燃やす時にたくさんの二酸化炭素が発生し,それは地球温暖化を引き起こします」

――― まぁ,それだけやないけどなぁ・・・

「将来,温暖化によって人が住めない地球になって欲しくないので,私は物をたくさん作ってゴミがたくさん出る社会には反対です」

――― ・・・・・・

「将来は,ゴミが少なくなるような世界になればいいと思います」

――― ・・・んー,まぁ確かにその考えは悪くはないし,受験の作文ではいいかもしんないけど,それって現実的にどーなん?ってなった場合,この多極化した世界においては,すでに成長なった国と成長を望む国が実際に居るワケで,それらの微妙な思惑が絡み合っては縺れに縺れ,うまくまとめよーにもまとまらんよーな,そーゆー問題に該当するんやけど,そのことを分かってて書いてる?分かってたらスゴイけど,まぁ小六生に分かってくれと求めるほうが酷かもなぁ・・・


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医療における「感染対策」と,環境における「エコ対策」って,内在する問題や自己矛盾をはらむ点が似ている。

どこまでやってもキリがない。

でも,何かしないと非難される。

もし,その点のみを窮めれば,何もしない(関与しない)方が良くなってしまう。

感染対策の面ばかり見ていると,そもそも医療従事側にヒトが関与するのはどうか(たとえばロボットの方がええやん)?という極論に陥る。

それはエコ重視のあまり,ヒト文明あるいはその存在自体をネガティブに見る極論に似ている。



やはり何事も広い視野を持った上での,考え方のバランスというか中庸が大事ってことか。

外勤に行く途中,食事のために大手チェーン店よ○のやに立ち寄る。

いつものように「並み」を注文。

ちょっと前までは「大盛」だったが,最近は並みで十分だ。

少し食べる量が減ったのもあるが,それ以外に理由がある。

それは「紅しょうが」。

自分の場合,この紅しょうがをついつい入れ過ぎてしまい,具(牛+たまねぎ)とほぼ同量になってしまう。

なので,並みでも大盛感プラスお得感が味わえる,という一挙両得感がある,というワケだ。



ところで,紅しょうがをそんなに入れて大丈夫か?と思われる常識的な方もおられようが,いちおう食することはできる。

味は,そんなに不味くはない。

おそらく,紅しょうが味が勝ち過ぎないように,その味を元からマイルドにしてあるのだろう。

かと言って,絶妙に旨くなるワケでもない。

では,なぜ,こんな行動をするのか?という疑問が我ながら湧いてくる。

それは,たぶんタダだから。

しかし,それだけでは説明が付かない気もする。

たとえば博多ラーメンにも紅しょうがが付き物だが,紅しょうがラーメンにはならない(自分の場合)。

私見だが,このラーメンに紅しょうがという組み合わせは,食感があまり良くない。

それに比べて,牛丼のもっちゃりした中に,シャキッとした紅しょうがを混ぜると,食感が変わって楽しくなる。

つまりは牛丼と紅しょうがの組み合わせの場合,タダであり,且つ食感が良くなる。

そういった場合には,ええい,ガバってたくさん入れちゃえっとなる?

・・・っと,まぁワケ分からん屁理屈を捏ねてしまったが,単にケチくさい根性丸出し!ってことなのかもしれん。



さて,自分の後に来店した隣の客がいる。

何を注文したのかは知らないが,このヒト,途中から隅に置けない要注意人物となる。

このお方,丼の表面を完全に覆い尽くさんかのように,たっぷりと紅しょうがを盛っている。

まぁそこまでは許容範囲だ,自分も似たようなことやってるし。

さらに,そこに驚くべきものが加わっている。

なんと,そこに生卵を入れている。

さらにさらに,それらをグジュグジュとかき混ぜる。

そして,ガブッと喰らいついている。

うっ・・旨そう・・・

こっ・・こ奴,やるのぉ・・・



よ~し,それならばこっちはみそ汁を入れて,紅しょうが丼のねこまんま風にしてやろうか・・・

そう思ったが,やってみる勇気なし。

今度,お店が空いているときに,こっそり試してみよう。

携帯を無くしたと自覚したのは,月曜の朝だった。

実は,その二日前の土曜には無いなぁ~ってすでに気付いていた。

ならば,その時すぐに対応すればええやんって話なんだろうが,そうはならず。

たぶん仕事場にでも忘れたんだろうって勝手に思い込み,週末は何もせず。

どーせ無くても不便は無い。

探すのも面倒やし。

電話なんてまずかかって来んし。

そうやりすごして次週の月曜になり,仕事場に行って探してみるが,無いものは無い。

・・・ってことは,携帯,無くしたかも。。。

遅まきながらそう自覚する。



無くしてから自覚するのに二日以上経っているって,ちょっと問題かも・・・って思いながら,シノ妻にそのことをレポートする。

すると,「なんでもっと早く気付かへんの?」って,当然のことながら激怒される。

「その間に,拾われたヒトに運悪く悪用されたらどーすんの!」

―― まぁ確かになぁ・・・

「もーっ!二日もあれば,悪用されてるに決まってるワ!」

―― そう悪いヒトばかりや無いと思うけど・・・

「すぐに携帯を停めて,それから心当たりのところへ電話して!」

―― 言われてみれば,確かに!

っということで,遅まきながら携帯のプロバイダーに連絡。

自分の携帯番号を一時不通にしてもらう。



実は,仕事部署関係の歓迎会で,先週の金曜は繁華街へ繰り出している。

ってことは,飲み屋に忘れてきたと考えるのがまぁ常識的見解だ。

でも,飲み屋で携帯画面を見たり,あるいはそれを用いたりした記憶は確かに無い。

そもそも,携帯を頻回に確認するような習慣は自分には無い。

なので,自分的には飲み屋に忘れてきたってことは無いだろう・・・っと確信している。

イヤイヤ,そんなモン,その飲み屋さんに忘れてきたに決まってる!と言い張るシノ妻。

飲み屋はお酒を嗜む場所であり,携帯なんて触らん!と言い張る自分。

飲み屋のどっかのオッサンが持ち去って,悪用の末,今頃ドブの中やわ!と憂えるシノ妻。

自分の携帯は電話機能のみの代物,悪用のされようが無いやんか!と苦しい弁護に終わる自分。

そんな不毛な言い合いが堂々巡りする。

そうして本格的なる国交断絶になる前に,金曜夜に飲み歩いた店二件に連絡することで手打ちになる。



携帯かぁ・・・・・

あんまし使わんしなぁ。

あれば便利やし,無くて少しは困るけど,絶対不可欠ではない。

ブッチャケ,自分的には無くってもエエかなァ,こんなモン。

そもそも,携帯を持たなけりゃ,こんな目にはあわなかったハズ。

人間,持ち物は可能な限り少なく!

シンプル・イズ・ベスト!

この際,携帯をもつのは止めようかなぁ・・・

敢えて携帯の利点というか必要性を挙げたとしても,それは緊急連絡が取れることくらいか。

それならばポケベルのようなもので十分だ。

ポスト・ポケベル時代の今ならば,GPSを持ち歩く?

そうすれば,どこに居るかは分かる。

分かれば,連絡のとりようはある。



そんな自省的態度が効を奏したのか,先週金曜に利用した某カラオケ店から携帯が見つかったとの連絡がある。

やはり酔っぱらって,どこかに置きっぱなしにしてきたようだ。

「ほ~ら,言わんこっちゃない!」と,ざま~みろ的にシノ妻が言う。

「おかしいなぁ・・・,携帯なんか普段は絶対に取り出さないのに・・・」とまだ負けを認めない自分。

「そろそろ,いい加減にしなさい!ってことよ」と勝ち誇り続けるシノ妻。

「オレ,携帯持つの,やめようかなぁ」と矛先を転じてみる自分。

「どーして?」

「やっぱ,持つから無くすんであって,たとえばGPSを持ち歩くって考えもあるし・・・」

「・・・そういう問題じゃない!って」

「うん?」

「携帯を持つ持たんという問題じゃなく,意識が朦朧となるまで飲むな!っていうことじゃないの?」

「・・・・・・・」まぁ,ここはそういうことで勘弁してやるか・・・



ナルホド,リスクヘッジとはいろいろあるもんだ。