生協に昼食を買いに行くと,ニヤニヤしたSさんがレジ前に並んでいる。
自分が気づく前に,こちらを見つけてくれたらしいSさん。
人懐っこくて,どこか愛嬌がある愛想笑いは相変わらずだ。
すれ違いざま「ヒトの顔見て笑うなっちゅーねん」と声をかける。
「はぁスイマセン・・・」とうれしそうに返事を返してくれるSさん。
いつまでたっても,自分にとってはダメ学生のまんまだ,彼女は・・・
医師になって4年目のSさんは某外科医局所属。
2年前の初期研修医時代に,1ヶ月だけだが病理を選択してくれてからの浅い付き合いだ。
あれから2年・・・・・
2年という月日は,長いようでもあり短いようでもある。
その期間,環境的にほとんど変わらない自分のようなモノも居るし,劇的なる紆余曲折を経るモノも居る。
彼女の場合は,妊娠→出産を経て産後4ヶ月程で職場復帰するという,目まぐるしくも充実し慌ただしくも満ち足りた2年間だったろう。
そうして今,1歳に満たない子供を院内保育園に預けつつ,フルタイムで働いている。
けっこう大変だろうに・・・と想像はするが,傍目には全く変わらない。
相変わらずの愛想笑いで,何となくひょうひょうさというか,あっけらかんさがあり,苦労など少しも感じさせない。
先日に,Sさんの関与する患者さんの治療でもめたことがあった。
その治療計画を立てるには,まず相手を知る=病理診断を決定する必要がある。
しかし,こういうケースはなぜか非常に珍しかったりするので,病理診断が簡単には決まらない。
あれこれ診断に迷っていると,「スミマセン・・・」とSさんが病理の部屋にやって来る。
病理報告の遅さに業を煮やし,診断の進捗を聞きに来たらしい。
―― Sさん,アンタは病理に顔が効くらしいな。今からちょっくら病理まで行って,診断まだですかって言って来てくれんか ――
おそらくこんな感じにエライ先生に命令されたのだろう。
早くしろって言われてもなぁ・・・と心中オモシロくないが,Sさんに文句を言っても栓ないこと。
「こりゃあ,○○が△△なんでスゴく悪いで~,染色追加せんとはっきり言えんけどな」と標本の所見を伝える。
すると「わかりました」と言ってSさんは,その所見を上司に伝えに行く。
しばらくすると再びやってきて,「スミマセン,診断が決まるのは,いつ頃になりそうか聞いてくるように言われまして・・・」とSさん。
「しょーがねーなー・・・明後日まで考えさせてャ,ええか?」
「へ~い,伝えます」と再びそのコメントを上司に伝えに去っていく。
・・・人間伝書鳩か,あんたは?
忙しいなどと愚痴ることなく,電話で要件を伝えるだけでなく,病理に足を運ぶのを厭わないSさん。
そんな彼女の愛想笑いが,なぜか自分の支えになってくれてたりする。
▼ 23:00の病理部検鏡室にて
こんな真夜中にまで,顕微鏡を覗きながらの某臨床科との症例検討会が長引いてしまう。
「遅くまでお疲れ様」
「ちょっと真面目にやりすぎちゃいましたね」
そんな軽口をたたきながら,心地よい充実感と少しばかりの空腹と疲れを感じる。
この日は週末なので,早く帰らないと明日の仕事に障るワケではない。
▼ 病理主任さんの場合
検討会から解放されて検鏡室を出ると,病理検査室受付あたりにまだヒトがいる。
どうやら主任さんが居残っており,まだ仕事をしているようだ。
「うっひぇ~,こんな時間まで仕事してて,スゴッ」
「ホントや・・・そー言えば,時間外に病理に電話しても,いつもちゃんと対応してくれるしな」
臨床医たちのこんな驚きと率直な感想を聞きながら,満更でもない自分。
「え~っと,ボクが無理やり残業させてるワケじゃないですからね・・・」
そう言いつつ,身内とも言える病理技師さんのハードワークを誇らしく思う。
とっとと帰ろうとしていると,その主任さんに呼び止められる。
「これって,〇〇でしたっけ?」
「この項目も必要でしたっけ?」
新しい業務当番割り振りとか,病理検体数とか染色枚数とか廃液量などの集計に手こずっている様子。
元来,この主任さんは「調整型」のヒト。
様々な意見を吸い上げて,どこにも角が立たないようなやり方を好む。
特に業務割り振りにおいて,誰からも不満が出ないような落ち着き所を探そうと,慎重になっているようだ。
そうして,自分の納得いくまで調整を続けるうちに,時間はどんどん過ぎていく・・・・・
まぁ適当なところで手を打って,あとはみんな我慢してね・・・っとでもすればええのに。
▼ 細菌技師さんの場合
病理の部屋を出たところで,偶然にも細菌検査技師Bさんに出くわす。
「あっお疲れさま」と,こんな真夜中にも関わらず元気なB技師。
「あれ?Bさんやないの,まだ居たの?」
「ええ,まぁ」
「そう言えば・・・」
実は,ある研究を一緒にやろうと計画しているので,自然にその研究の中身に話は移っていく。
最近この病院に転じてきたB技師を,午後3時ころの食堂でよく見かける。
自分がこの空いた時間に食堂を利用するのは,仕事の加減だ(術中迅速や切り出しが一区切りつくので)。
しかし,B技師の場合はたぶん違う?んじゃなかろうか。
仕事に集中し過ぎるあまり,昼食を取るの忘れてた・・・とか。
今宵は好きな研究に没頭したいので,昼食をできるだけ遅らせよう(そうすれば腹が減らない)・・・とか。
そんな想像をしたくなるほどに,研究(仕事)大好きなB技師。
研究好きなのは,しゃべっていて分かる。
その手の話になると,血沸き肉躍り,眼輝き胸高鳴る・・・そんな感じが伝わってくる。
おそらくB技師は「猪突型」。
好きなことをしていると,寝食忘れて埋没するタイプに違いない。
そうして,自分の興味の赴くまま顕微鏡を覗き調べ物をしているうちに,時間はどんどん過ぎていく・・・・・
まぁ猛進するのもいいが,たまには立ち止まったり方向転換するとオモロイよ。
こんな真夜中にまで,顕微鏡を覗きながらの某臨床科との症例検討会が長引いてしまう。
「遅くまでお疲れ様」
「ちょっと真面目にやりすぎちゃいましたね」
そんな軽口をたたきながら,心地よい充実感と少しばかりの空腹と疲れを感じる。
この日は週末なので,早く帰らないと明日の仕事に障るワケではない。
▼ 病理主任さんの場合
検討会から解放されて検鏡室を出ると,病理検査室受付あたりにまだヒトがいる。
どうやら主任さんが居残っており,まだ仕事をしているようだ。
「うっひぇ~,こんな時間まで仕事してて,スゴッ」
「ホントや・・・そー言えば,時間外に病理に電話しても,いつもちゃんと対応してくれるしな」
臨床医たちのこんな驚きと率直な感想を聞きながら,満更でもない自分。
「え~っと,ボクが無理やり残業させてるワケじゃないですからね・・・」
そう言いつつ,身内とも言える病理技師さんのハードワークを誇らしく思う。
とっとと帰ろうとしていると,その主任さんに呼び止められる。
「これって,〇〇でしたっけ?」
「この項目も必要でしたっけ?」
新しい業務当番割り振りとか,病理検体数とか染色枚数とか廃液量などの集計に手こずっている様子。
元来,この主任さんは「調整型」のヒト。
様々な意見を吸い上げて,どこにも角が立たないようなやり方を好む。
特に業務割り振りにおいて,誰からも不満が出ないような落ち着き所を探そうと,慎重になっているようだ。
そうして,自分の納得いくまで調整を続けるうちに,時間はどんどん過ぎていく・・・・・
まぁ適当なところで手を打って,あとはみんな我慢してね・・・っとでもすればええのに。
▼ 細菌技師さんの場合
病理の部屋を出たところで,偶然にも細菌検査技師Bさんに出くわす。
「あっお疲れさま」と,こんな真夜中にも関わらず元気なB技師。
「あれ?Bさんやないの,まだ居たの?」
「ええ,まぁ」
「そう言えば・・・」
実は,ある研究を一緒にやろうと計画しているので,自然にその研究の中身に話は移っていく。
最近この病院に転じてきたB技師を,午後3時ころの食堂でよく見かける。
自分がこの空いた時間に食堂を利用するのは,仕事の加減だ(術中迅速や切り出しが一区切りつくので)。
しかし,B技師の場合はたぶん違う?んじゃなかろうか。
仕事に集中し過ぎるあまり,昼食を取るの忘れてた・・・とか。
今宵は好きな研究に没頭したいので,昼食をできるだけ遅らせよう(そうすれば腹が減らない)・・・とか。
そんな想像をしたくなるほどに,研究(仕事)大好きなB技師。
研究好きなのは,しゃべっていて分かる。
その手の話になると,血沸き肉躍り,眼輝き胸高鳴る・・・そんな感じが伝わってくる。
おそらくB技師は「猪突型」。
好きなことをしていると,寝食忘れて埋没するタイプに違いない。
そうして,自分の興味の赴くまま顕微鏡を覗き調べ物をしているうちに,時間はどんどん過ぎていく・・・・・
まぁ猛進するのもいいが,たまには立ち止まったり方向転換するとオモロイよ。
▼ 背景は?
病理標本等の貸借りの管理がうまくいっていない。
切り取られた病変の一部が蝋付けにされているパラフィンブロックと,
プレパラートと呼ばれる染色された組織標本が乗っかったガラススライド。
病理診断が終わり,とりあえずの役目を終えたこれらは,
すぐに捨ててしまうワケではない。
いわば診断根拠となるこれらは,
一定の期間,病院病理部において保存される。
研究に利用されたり,
患者さんが病院を移ったりすることが少なからずあるので,
その度にプレパラートなどの貸借りが行われる。
その貸借りの管理も,病理部の面倒な仕事になる。
▼ 問題は?
その貸したプレパラート総数の1/4程だろうか,
けっこうな枚数のガラススライドが戻っていないことが判明する。
通常プレパラートの貸出しは,
まず臨床医から借りたいという連絡があり,
病理医(=自分)が理由をいちおう聞いて,
たいていの場合は許可することになる(断るケースはあまり無い)。
それから,この貸出し作業は技師さん及び秘書さんたちの仕事になり,
貸出す標本を出してきて,
貸出し帳に必要事項を記入してもらい,
標本を手渡して終了・・・となる。
今回の問題は,その後のフォローがされていないということだ。
貸したものを返さないヒトへの取り立て業務。
まぁこの面倒な業務が後回しにされ,
たらい回しにされ,
放っておかれ,
見て見ぬふりされる過程とか,
携わったヒトの気持ちなどは痛いほど分かる。
しかし,これもやらねばならぬ大事な仕事だ。
▼ その中身は?
それならしっかり担当者を決めて責任持ってやってもらおか・・・と動き出すが,
問題はもっと根深いことを知らされる。
貸出したプレパラートを返してくれと借り出し医に連絡したところで,
多くの場合そのプレパラートはそこにはない。
借り出した臨床医はいわば中継点。
その臨床医はプレパラートをどこそこ病院に送るという,
いわば「又貸し」が行われる。
さらにその送付先の病院でも「又々貸し」あるいは「又々々貸し」が行われる。
こうした複数の又貸しが行われることで,
関与者が無責任だったり異動になったりしてフォローが出来なくなる。
事情を知れば知るほど,
やっかいな「やぶへび」的仕事に思えてくる。
▼ 問題抽出してみると・・・
病院・会社を問わず昨今の「組織」というものが,
良いものか悪いものか?
それを推し量る尺度など無数にあろうが,
「仕事の糊しろ」がしっかりしているかどうかは,
けっこうわかりやすい指標なように思う。
組織が大きくなると,
役割分担された仕事には境界部分が出てくる。
それをお互いに埋め合わせて仕事が行われるのが理想だが,
時に皆「我関せず」の空白になったり
誰かの善意のみがカバーしたり
どちらかの部門にしわ寄せが来たりする。
そんな「仕事の糊しろ」のようなものが,
一流と呼ばれる組織ではうまく処理されているコトが多い。
そのような環境ならば,
部門間のコミュニケーションやコラボレーションが
うまくいくのは想像に難くない。
外から見えにくいこの「糊しろ」なので,
最悪の場合,
見て見ぬふりされたり,
経営効率を考えて削減タ-ゲットになる。
そのような組織では,
部門間の連携が悪くなり,
俗に言う「縦割り」とか「セクショナリズム」に陥る。
たとえば病院の場合,
「患者のケア・サービス」が最優先されるのは当然だが,
二の次たる部分,
たとえば「医療スタッフ間の連携」とか
「部門間を移動中のモノの管理責任」とか
あるいは
「医療者自身の働きやすさ」とか
「患者以外の家族とか見舞う方へのもてなし・サービス」などは,
担当者がやって当たり前というか,
あやふやな「善処せよ」的号令に終始し,
出来てるものとして見て見ぬふりされがちだ。
ホントは,一番やっかいで流動的で大事な部分なのに・・・・・
これをするには
「組織横断のしやすい柔軟性」がいるし,
「人的余裕」も要するし,
やろうとする関係者の「意思」が必要だ。
この「病理標本の貸借り」問題も,
「仕事の糊しろ」にまで深く立ち入らないことには解決しないだろう。
どこまで出来るか分からぬが,
貸出し標本の管理法改善を,
ちょっくら考えてやってみようかと思っている。
病理標本等の貸借りの管理がうまくいっていない。
切り取られた病変の一部が蝋付けにされているパラフィンブロックと,
プレパラートと呼ばれる染色された組織標本が乗っかったガラススライド。
病理診断が終わり,とりあえずの役目を終えたこれらは,
すぐに捨ててしまうワケではない。
いわば診断根拠となるこれらは,
一定の期間,病院病理部において保存される。
研究に利用されたり,
患者さんが病院を移ったりすることが少なからずあるので,
その度にプレパラートなどの貸借りが行われる。
その貸借りの管理も,病理部の面倒な仕事になる。
▼ 問題は?
その貸したプレパラート総数の1/4程だろうか,
けっこうな枚数のガラススライドが戻っていないことが判明する。
通常プレパラートの貸出しは,
まず臨床医から借りたいという連絡があり,
病理医(=自分)が理由をいちおう聞いて,
たいていの場合は許可することになる(断るケースはあまり無い)。
それから,この貸出し作業は技師さん及び秘書さんたちの仕事になり,
貸出す標本を出してきて,
貸出し帳に必要事項を記入してもらい,
標本を手渡して終了・・・となる。
今回の問題は,その後のフォローがされていないということだ。
貸したものを返さないヒトへの取り立て業務。
まぁこの面倒な業務が後回しにされ,
たらい回しにされ,
放っておかれ,
見て見ぬふりされる過程とか,
携わったヒトの気持ちなどは痛いほど分かる。
しかし,これもやらねばならぬ大事な仕事だ。
▼ その中身は?
それならしっかり担当者を決めて責任持ってやってもらおか・・・と動き出すが,
問題はもっと根深いことを知らされる。
貸出したプレパラートを返してくれと借り出し医に連絡したところで,
多くの場合そのプレパラートはそこにはない。
借り出した臨床医はいわば中継点。
その臨床医はプレパラートをどこそこ病院に送るという,
いわば「又貸し」が行われる。
さらにその送付先の病院でも「又々貸し」あるいは「又々々貸し」が行われる。
こうした複数の又貸しが行われることで,
関与者が無責任だったり異動になったりしてフォローが出来なくなる。
事情を知れば知るほど,
やっかいな「やぶへび」的仕事に思えてくる。
▼ 問題抽出してみると・・・
病院・会社を問わず昨今の「組織」というものが,
良いものか悪いものか?
それを推し量る尺度など無数にあろうが,
「仕事の糊しろ」がしっかりしているかどうかは,
けっこうわかりやすい指標なように思う。
組織が大きくなると,
役割分担された仕事には境界部分が出てくる。
それをお互いに埋め合わせて仕事が行われるのが理想だが,
時に皆「我関せず」の空白になったり
誰かの善意のみがカバーしたり
どちらかの部門にしわ寄せが来たりする。
そんな「仕事の糊しろ」のようなものが,
一流と呼ばれる組織ではうまく処理されているコトが多い。
そのような環境ならば,
部門間のコミュニケーションやコラボレーションが
うまくいくのは想像に難くない。
外から見えにくいこの「糊しろ」なので,
最悪の場合,
見て見ぬふりされたり,
経営効率を考えて削減タ-ゲットになる。
そのような組織では,
部門間の連携が悪くなり,
俗に言う「縦割り」とか「セクショナリズム」に陥る。
たとえば病院の場合,
「患者のケア・サービス」が最優先されるのは当然だが,
二の次たる部分,
たとえば「医療スタッフ間の連携」とか
「部門間を移動中のモノの管理責任」とか
あるいは
「医療者自身の働きやすさ」とか
「患者以外の家族とか見舞う方へのもてなし・サービス」などは,
担当者がやって当たり前というか,
あやふやな「善処せよ」的号令に終始し,
出来てるものとして見て見ぬふりされがちだ。
ホントは,一番やっかいで流動的で大事な部分なのに・・・・・
これをするには
「組織横断のしやすい柔軟性」がいるし,
「人的余裕」も要するし,
やろうとする関係者の「意思」が必要だ。
この「病理標本の貸借り」問題も,
「仕事の糊しろ」にまで深く立ち入らないことには解決しないだろう。
どこまで出来るか分からぬが,
貸出し標本の管理法改善を,
ちょっくら考えてやってみようかと思っている。
酔っ払った父と二女みー(小2)の会話。
― ねぇお父さん,今年のクリスマスにサンタさんって,みーに何くれるか知ってる?
― どーせ,DSのカセットやろ?
― ふ~んだ,違うもんね,ベロベロバーだ
― なら,なんやねん?
― あのな,かわいい絵のついた鉛筆,一ダースやねん
― ほ~,そーか
― でも,ホントはサンタさんっておらんのやろ?
― おるよ
― うそや,友達がおらんって,ゆうてたわ
― おるに決まってるやん,だったら去年のプレゼント,誰がくれたんや?
― お母さん
― お母さんはちゃう,だってお母さんはお金持ってないし
― あっ,そーかー
― お父さんは忙しいしな
― でも,サンタさんってソリで来るんやろ?雪も降ってないのに・・・ウソやん
― 最近はちゃうんやで,トラックで来るんや
― ふ~ん
― よくあるやろ,宅配便って言って,トラックで荷物運んで来るやつ
― あっ,あれで来るんや・・・
― そーやねん,ソリで来るなんて古いし,時間かかるしな,でも内緒やで,ええか?
― でも,どーしてみーの欲しいもんがサンタさんに分かるの?
― それはな,内緒やけど,登録をするんや
― 登録って?
― 簡単に言うとな,お父さんがサンタさんに知らせてんねん
― どーやって?
― コンピューターの電子メールってあるやろ?あれでな
― え~,メールって何?
― メールっちゅ-のはナ,コンピューターで手紙をサンタさんに書くことやねん,「みーさんには○○ください」って
― ・・・だから,お父さんって,夜中にコンピューターしてるんや?
― そーそー,英語で手紙書くから難しいねん
― でも,サンタさんって,そんなにお金持ちやんの?
― サンタさんはお金そんなに持ってへん,ホントはみんなで寄付するんや
― え~,寄付って何?
― みんなからサンタさんに少しお金をあげるんや,銀行に行ってな
― へー,そーか
― たくさんのヒトが銀行に居てるやろ?
― 銀行のヒトが,サンタさんにお金あげてんのや
― そーやそーや
― ほんならな,鉛筆一ダース頼んどいてね,お父さん
― わかったわかった,でも内緒やで
― 絵がかわいいやつな,お願いね
こんな会話は,今年がもう最後かもしれん・・・・・
― ねぇお父さん,今年のクリスマスにサンタさんって,みーに何くれるか知ってる?
― どーせ,DSのカセットやろ?
― ふ~んだ,違うもんね,ベロベロバーだ
― なら,なんやねん?
― あのな,かわいい絵のついた鉛筆,一ダースやねん
― ほ~,そーか
― でも,ホントはサンタさんっておらんのやろ?
― おるよ
― うそや,友達がおらんって,ゆうてたわ
― おるに決まってるやん,だったら去年のプレゼント,誰がくれたんや?
― お母さん
― お母さんはちゃう,だってお母さんはお金持ってないし
― あっ,そーかー
― お父さんは忙しいしな
― でも,サンタさんってソリで来るんやろ?雪も降ってないのに・・・ウソやん
― 最近はちゃうんやで,トラックで来るんや
― ふ~ん
― よくあるやろ,宅配便って言って,トラックで荷物運んで来るやつ
― あっ,あれで来るんや・・・
― そーやねん,ソリで来るなんて古いし,時間かかるしな,でも内緒やで,ええか?
― でも,どーしてみーの欲しいもんがサンタさんに分かるの?
― それはな,内緒やけど,登録をするんや
― 登録って?
― 簡単に言うとな,お父さんがサンタさんに知らせてんねん
― どーやって?
― コンピューターの電子メールってあるやろ?あれでな
― え~,メールって何?
― メールっちゅ-のはナ,コンピューターで手紙をサンタさんに書くことやねん,「みーさんには○○ください」って
― ・・・だから,お父さんって,夜中にコンピューターしてるんや?
― そーそー,英語で手紙書くから難しいねん
― でも,サンタさんって,そんなにお金持ちやんの?
― サンタさんはお金そんなに持ってへん,ホントはみんなで寄付するんや
― え~,寄付って何?
― みんなからサンタさんに少しお金をあげるんや,銀行に行ってな
― へー,そーか
― たくさんのヒトが銀行に居てるやろ?
― 銀行のヒトが,サンタさんにお金あげてんのや
― そーやそーや
― ほんならな,鉛筆一ダース頼んどいてね,お父さん
― わかったわかった,でも内緒やで
― 絵がかわいいやつな,お願いね
こんな会話は,今年がもう最後かもしれん・・・・・
別れた嫁さんのことを蒸し返すのはやめておくが,
当たり障りのないところでJOの初婚披露宴のことをちょっとばかし思い出してみる。
それはこの地方でもっとも由緒あるホテルにおいて開かれた豪奢なもの。
ひな壇において,
仲人の教授先生夫妻と艶やかな新婦に挟まれて鎮座する新郎は,
あのJOかと見紛うほど。
とにかく,
金かかっとるなぁ~っちゅー披露宴なワケであって,
その中でも特に記憶に残っているのが
「ウィンナー・ワルツ」。
披露宴の余興中。
「さぁ,次は新婦が踊りを披露するそうです」という司会からの紹介があり,
なんだろう・・・と思っていると,
クラシック音楽が奏でられ,
ドレス姿の新婦がタキシード姿の仲人たる教授先生と,
ワルツを踊り始めた。
なっ・・・なんでワルツやねん?,
と内心ずる~ってズッコケて立ち上がれないでいる自分。
経験的に,
たとえば琴とかピアノとかバイオリンなどの,
幼少時からの習いモノを新婦自ら披露するのは見たことあるが,
ワルツは初めてだ。
で,
ワルツが披露されている間,
当の新郎たるJOはボケ~って雛壇に座っている。
スポットライトを浴びて踊る新婦と,
取り残されて座る新郎。
この時すでに,
何かが暗示されていたのかもしれん・・・
っちゅーのは考え過ぎか?
ワルツを踊る女はアカンのではなく,
ワルツが似合う男か,おめーは?
という話である。
総じてJOの女性遍歴としては,
なぜか知らんがヨーロッパ嗜好というか,
鹿鳴館的欧化趣味がある。
スイスのピアノ教師といい,
ウィンナーワルツの踊り子といい,
コテコテ関西系のJOにはまるで似合わない。
JOの場合,
どー考えてもウィンナーワルツというよりは魚肉ソーセージ,
踊りならばコサックダンス的なドタバタ感がお似合いだ。
しかし蓼食う虫も好きずき。
他人の嗜好に口をはさむワケにはいかぬ。
で,
今回のお相手は,
やはり名家出身のお嬢さん。
大きな声では言えないが,
我々悪友の間では,
またか・・・との声が上がっている。
ひょっとしてヨーロッパに関係してないか?と,
余計な詮索をしてしまう者もいる(=自分)。
慶事なのに余計な心配は尽きぬ。
当たり障りのないところでJOの初婚披露宴のことをちょっとばかし思い出してみる。
それはこの地方でもっとも由緒あるホテルにおいて開かれた豪奢なもの。
ひな壇において,
仲人の教授先生夫妻と艶やかな新婦に挟まれて鎮座する新郎は,
あのJOかと見紛うほど。
とにかく,
金かかっとるなぁ~っちゅー披露宴なワケであって,
その中でも特に記憶に残っているのが
「ウィンナー・ワルツ」。
披露宴の余興中。
「さぁ,次は新婦が踊りを披露するそうです」という司会からの紹介があり,
なんだろう・・・と思っていると,
クラシック音楽が奏でられ,
ドレス姿の新婦がタキシード姿の仲人たる教授先生と,
ワルツを踊り始めた。
なっ・・・なんでワルツやねん?,
と内心ずる~ってズッコケて立ち上がれないでいる自分。
経験的に,
たとえば琴とかピアノとかバイオリンなどの,
幼少時からの習いモノを新婦自ら披露するのは見たことあるが,
ワルツは初めてだ。
で,
ワルツが披露されている間,
当の新郎たるJOはボケ~って雛壇に座っている。
スポットライトを浴びて踊る新婦と,
取り残されて座る新郎。
この時すでに,
何かが暗示されていたのかもしれん・・・
っちゅーのは考え過ぎか?
ワルツを踊る女はアカンのではなく,
ワルツが似合う男か,おめーは?
という話である。
総じてJOの女性遍歴としては,
なぜか知らんがヨーロッパ嗜好というか,
鹿鳴館的欧化趣味がある。
スイスのピアノ教師といい,
ウィンナーワルツの踊り子といい,
コテコテ関西系のJOにはまるで似合わない。
JOの場合,
どー考えてもウィンナーワルツというよりは魚肉ソーセージ,
踊りならばコサックダンス的なドタバタ感がお似合いだ。
しかし蓼食う虫も好きずき。
他人の嗜好に口をはさむワケにはいかぬ。
で,
今回のお相手は,
やはり名家出身のお嬢さん。
大きな声では言えないが,
我々悪友の間では,
またか・・・との声が上がっている。
ひょっとしてヨーロッパに関係してないか?と,
余計な詮索をしてしまう者もいる(=自分)。
慶事なのに余計な心配は尽きぬ。