昔,お銀という婆様が居た。
しっかりしたこわい婆様で,家内でのしつけは厳しかった。
息子・娘を叱り,嫁を叱り,近所の子供らまでも叱った。
孫たちは,婆様から優しい言葉などかけてもらった記憶が無い。
そんな婆様は,皆から「お銀ばあ」と呼ばれ恐れられた。
お銀ばあの連れ合いである松吉は,40代半ばの若さで亡くなったことになっている。
この松吉は,山間部と街との間で生活用品等の荷運びをする,今で言う「運送業」みたいなことをしていたらしい。
ある時,いつものように山村に向かった松吉だが,いつまで経っても帰ってこない。
程なく,山中に入った道路の真ん中に,松吉のものらしき荷車が取り残されてあると聞く。
本人は不在。
その山道のすぐ横は急峻な崖へと続いており,下には大きな川が流れている。
落ちたら一溜りもない。
こうした状況下で,死体が見つからないまま崖下への転落死として扱われた。
一家の大黒柱を,突然もぎ取られた形のお銀ばあ。
それからは,女手一つで子供3人を育てることになる。
と言っても,蓄えや手に職があるワケでなし。
普通の百姓だ。
とにかく,地道に田畑をやり養蚕業に精を出すしかない。
そんな中,長男・重吉は学校を卒業後,なにか違った商売を始めることを考える。
それは,やはり「運送業」。
それには,父・松吉が残してくれたモノやヒトのつながりがあったのかもしれない。
重吉の決意を聞かされたお銀ばあは,最初は反対する。
やっと一人前になった可愛い一人息子が,こともあろうに夫を奪った運送業を志すとは・・・・・
きつく反対はするものの,しかし一人息子の決心には逆らえない。
この重吉の始めた商売は,結果的にうまくいく。
今から見れば,たいしたことない商売だ。
山の方で取れる良質の炭などを街の方へ持って行き,その帰りには街で得た生活用品を山へ持って行って売りさばく・・・っちゅーような思いつき。
まぁ新発想ということがあるのなら,それは行き帰りともに積み荷満載。
ムダが無い。
それだけなんだが,当時はそんな発想だけで商売が成り立った。
若くして少し金回りが良くなった重吉。
成金趣味なんだろうか,儲けたお金でさっそく自宅を新築。
当時は,近隣で最も立派な2階建ての建物だったと言う。
そうして重吉は,隣町からタケを嫁に迎える。
あんな立派な家だったら・・・と,タケとの婚約はすぐに決まったらしい。
しかし,嫁のタケが入る余地は無かった。
夫の重吉は商売に夢中だ。
重吉にしてみれば,もちろん商売が純粋におもしろいということもある。
が,母であるお銀ばあの喜ぶ顔が見たい,というのも大きい。
父松吉が居なくなってからのお銀ばあの苦労を,身近に見知っている。
早く楽をさせたい,自分も力になりたい,そう思って育ってきた。
なので,お銀ばあが喜んでくれればそれでいい。
お銀ばあの方はと言えば,絶対的な家の主として君臨し続ける。
商売をどうしていくとか,誰と商売するだとか,何を新たに買うとか,そういうことはお銀ばあ無しでは決まらない。
もちろん,重吉の商売関係も含めた,すべての家の財布を握っているのもお銀ばあだ。
この厳しい世の中,甘っちょろい考えではやってけへん。
まだまだ若いモンに任せちゃおれん。
そんなふうに院政をしくお銀ばあによって,すべてのことがトップダウンで決められる。
気の良い新嫁のタケは,そんな状態を許容し従順する。
結局タケは最後の最後まで,お銀ばあには一度も否と言えなかったという。
・・・・・ちょび髭をたくわえ油で頭を撫でつけた「成金顔」の重吉,ニコニコして真ん丸な「サル顔」のタケ,そして眉間にシワ寄せ背筋をしゃーんと伸ばす「コワ顔」のお銀ばあ。
それら3名の遺影が,シノ実家の仏間には並べてある。
子供のころ,仏間でふざけてると「お銀ばあに叱られるぞ!」と脅されたっけ。
明日は送り盆。
たまにはそのコワ顔を緩めてもエエんやない,お銀ばあ?