▼ ハイ,あーーん・・・
って,かわいい女性に言われたらどんなにか良いだろう。
しかしここは悲しいかな,嫌々訪れた近所のデンタルクリニック。
リクライニングが倒されて,治療イスで俎上のコイ状態な自分。
もうすぐデンティストによるオペレーションが行われようとしており,折れた歯は好きなように料理されるはずだ。
担当医である院長先生(♂)から再び「あーーん」と言われて,瞬時に条件反射の如く大口を開ける。
それにしても,アラフォーなるおっさん患者に向かって「あーーん」なんて言うなっちゅーねん!・・・・・と一瞬思う。
が,そんなことで心中秘かにもり上がる余裕はない
まず上歯肉にチクチク麻酔を打たれ,歯茎のみならず唇までもがボワ~ンと無感覚になる。
心の準備がまだまだなのに,「ハイ,抜きま~す」との声掛けが聞こえるや否や,ミシミシッという音が口腔内から骨経由にて響いてくる。
まさに引っこ抜くという強引なる手技に「うわうわうわうわっ」とプチ・パニクるのと同時に,さりとて何の苦痛も感じない不自然さを不思議に思いつつ,我が左上第二小臼歯はそれこそ「グイグイのスポッ」と上顎骨から引っこ抜かれた。
▼ ハイ,抜けました・・・
その歯をじっと見てみる。
意外に長い。
膿盆に横たわっている歯は,2センチほどの長さがある。
普段,鏡で見飽きている歯と違い,けっこう背丈がある。
咀嚼を下支えするため,歯肉内に埋もれている部分がけっこう多いのが分かる。
抜かれた歯には割れ目がある。
それこそ真っ二つに折れている。
「きれーいに割れてますね」担当医は,歯の感想とも説明ともつかぬ言葉を漏らす。
「すごいっすね」と冴えない返事をする自分は,変な感覚に心が占められている。
じっと歯を見てると,長年の苦楽を共にしてきたねぎらいというか感謝の念が湧いてくる。
と同時に,隠してきたものを白日のもとにさらすが如く,恥ずかしさのようなものも覚える。
あるいはまた,普遍的な形をしている自己パーツが,なぜか物珍しく愛おしく思える。
生物学的な個体・モノとしての自分を俯瞰する・・・・・そんな感覚だろうか?
▼ ハイ,お大事に・・・
領収書には,手術として260点とある。
つまり,歯を一本抜いてもらって2600円也。
安いなぁ。
もうちょっと払ってあげてもいいと思うけど・・・・・