若田「ハァ…ハァ…ハァ…」
若田は高柳が入った裏路地の出入り口の前で立ち止まり息を整える。
若田「どうするか…」
このまま裏路地に入り高柳を追いかけたいが相手はナイフを持っている。丸腰ではいざという時対抗できない。すると近くに錆びついている短めの鉄パイプが落ちていた。
若田「……あくまで正当防衛だ。」
そう自分に言い聞かせ鉄パイプを拾うと裏路地へと入っていく。
裏路地は曲がり角がたくさんあるため待ち伏せで襲ってくる可能性が高い。若田は高柳の急襲を警戒し周囲を見渡しながら歩く。
若田(でもあいつは何が目的であそこにいたんだ?俺の部屋のドアを蹴って、同じ階の人をナイフで切り付けて、それに俺がマンションの外に出て来るのを待ってたし……)
若田は十字路に差し掛かると辺りを見渡し捜索しながら高柳の目的が何なのかを考える。
若田(俺を挑発するため?……待っていたのも、俺にわざと追いかけられるため?いたずらにしては度を越えてるし…
俺が刑事だと知っててやってるのか?なら目的は……俺ってことか?)
違う十字路に差し掛かり、曲がり角の左右を見渡そうとした瞬間だった。
若田「っ!!」
左から高柳がナイフを若田目掛けて突き出してくるが、若田は咄嗟に後ろに下がりそれを躱した。
若田「あっぶな!」
高柳「あー外れたかぁ、驚いた顔からの苦痛で歪む顔に変わるの見たかったのに…残念。」
高柳はフードを被ったまま若田の前に姿を現す。
若田「おい、何が目的かわからねぇけどな、警察襲ってどうなるかわかってんのか?」
若田は鉄パイプを構えながら高柳にそう言った。
高柳「さぁどうなるんだろう?私警察関係の奴刺したことないからさぁ、お前で確かめさせてよ。」
高柳は不気味に笑いながらナイフを持つ手を若田に向ける。
若田「お前…イカレてんのか?お前がやってることは犯罪だ大人しく自主しろ。遅かれ早かれお前は捕まるんだ。」
高柳「へぇじゃぁ、遅かれの方を選ぶことにするよ。お前を殺してな。」
若田は警戒しながら高柳を説得しようと試みるが失敗し、高柳は若田に向かって駆け出した。
若田「この!」
若田は後ろに下がりながら鉄パイプを横に振り抜く。高柳はブレーキを掛け後ろに体を反らしそれを躱す。若田はそのまま高柳の動きを警戒しながら距離を保つ。
高柳「ハハッ、逃げずに戦うんだ?いいね。」
若田「お前みたいなイカレたのはほっとくとまた他の奴を傷つけるからな。それに俺が目的なら挑発行為でまたやりそうだからな。」
高柳「俺が目的って…自意識過剰かよ、でも正解だけどね。」
そう言って笑って高柳は前に出るとナイフを振りまくる。ランダムに振りまくっているので若田は予測ができる後退するだけだった。
若田「ぐ、くそ…」
前に出たいがナイフに切られるのを警戒し出れない若田。すると高柳はナイフを突き出してくる。
若田(ここだ!)
その瞬間を見逃さず若田は突き出してくるナイフを鉄パイプで叩き落とそうとするが、高柳はナイフを持つ手をすぐに引き、鉄パイプが空振る瞬間若田の手を蹴り鉄パイプを弾き飛ばす。
若田「ぐっ、」
高柳「ハッ!」
高柳はチャンスと思い再びナイフを突き出す。
若田「くっ!」
しかし若田はナイフを持つ高柳の右手の手首を掴み振り回す。
高柳「おっと、」
高柳の体勢が崩れると、若田は高柳が被っているフードを逆の手で掴んだ。
若田「おら!」
乱暴にフードを外すと、高柳の長い髪が現れ顔も露わになった。
若田「お、女?」
身長の低さからまさかとは思っていたが、実際女だと分かった瞬間若田の顔は驚いていた。
若田「お前は一体…」
若田が高柳にそう尋ねようとするが、高柳は左のポケットからもう一本のナイフを取り出し、折り畳み状態から器用に片手で刃を出すと、そのまま若田の右大腿部に突き刺した。
若田「うグッ!……」
刃物が大腿部に突き刺さり、そこから走る激痛に右足の力が抜け膝を無意識に屈曲してしまう。
高柳「警察の苦痛で歪んだ顔、いいねぇ。」
若田の苦痛の顔に喜びが込み上がる高柳。大腿部を刺したナイフを引き抜くと高柳の右手首を掴んでいる若田の手の力が緩まる。
高柳はその手を振りほどき右手で握るナイフを突き出すと今度は若田の脇腹に刺さる。
若田「がっ…」
ナイフは刺さったが、若田は高柳の右腕を掴んでまだ浅い所で止めていた。
高柳「必死だな?お前。その痛みを耐えながらの必死な顔は新鮮だけど。」
高柳は若田の顔を面白がり右腕の力を強める。
若田「ぐっ…うぅっ……」
痛みで今にも握る手の力が緩みそうになるが、これ以上刺されれば自分の命の危険を感じているのか高柳の右腕を掴む手の力は緩むことはなかった。
高柳「必死な顔!痛いのを我慢しててウケるけどさぁ、そんなにそこに集中して良いの?」
高柳は必死で踏ん張る若田の腹部に左手に握るナイフを突き刺した。
若田「ヴっ!、ぅあっ…あっ……」
高柳は若田の苦痛の顔を嬉々とした目で見ながら両手のナイフを若田から引き抜く。右腕を握る若田の手の力も完全に緩んでいるため簡単に振りほどいた。
若田「あ…ぁ……」
地面に左手を着き、右手で刺された腹部を押さえる。体は伏せたような状態のまま意識が薄まり出す。
高柳「そんな伏せた格好じゃ苦痛の顔が見れないじゃーん、ちゃんと顔上げて見せろよ。」
高柳は左手のナイフを折りたたんでポケットにしまい、右手のナイフで若田に止めを刺そうとする。
若田「ぐ、う…あああっ!!」
若田は顔を少し上げ、叫びながら体を動かすと視界に入った傍にあったゴミ袋を掴み高柳に投げる。
高柳「ちっ!」
高柳は咄嗟に右手のナイフを振り抜くとゴミ袋が切れる。するとその切れ目から中身として入っていたシュレッダーで分解された紙屑が舞い散った。
高柳「くっ!」
大量に舞う紙屑に高柳の視界が遮れられ、手で払おうと振り続けるが若田の姿を見失ってしまう。
高柳「………あ、」
舞っていた紙屑の量が少なくなってくると視界が晴れる。すると目の前にいた若田の姿がそこにはなかった。
高柳「逃げた……か?」
逃がしたと思い頭を掻く高柳、もう夜になりかけていたため急がないと暗がりで完全に取り逃がしてしまう可能性が高い。
高柳「……ふーん。」
高柳は足を進めると何かを見つける。それは若田の血の跡で、若田がその先にいると示しているかのように曲がり角に血の跡が続いていた。
その場から何とか逃げている若田は、右手で流血する腹部を押さえ、大腿部を刺された右足を引きずるように動かし、左手を壁に置きながら必死で逃げようと足を進ませていた。
若田(ハァ…やばい…あいつは…やばい……やべ、意識が飛びそうなくらい…体がだるい…)
流れた血の量が多いせいか、若田の体に力が入り辛くなり始めた。
若田(急いで…ここから出て…誰かに助けを…警察と…救急車…呼んで……)
若田は裏路地から出たらすぐに誰かに連絡を入れるため、いつもスマホを入れている右ポケットを探ろうと壁に背を寄せ左手で腹部の傷を押さえ空いた右手をポケットに入れる。
若田「………嘘だろ…」
しかし若田は右ポケットを探るが、中にはスマホはなかった。他のポケットに手を当てるが何かが入っているかのような感覚はなかった。
若田「……くそ、」
若田はスマホをマンションの自室に置いてきてしまったのに気づいてしまうと、体の力がフッと抜けその場に倒れてしまう。
若田「ぐ…くうっ…」
どんな些細な事でも部屋の外に出る時はスマホを持っていくべきだと、自分の注意力不足を恨み、高柳の行動が自分を裏路地に誘い込み殺すためだと気付くのが遅すぎたため招いてしまったこの現状に只々悔やむ若田。
だが何とか意識を保ち立ち上がろうと歯を食いしばり、再び壁に手を着きながら立ち上がり前へ進む。そして着実に表通りに繋がる出口を見つける。
若田(すみません…警部補、謹慎中なのに…また勝手やって…やっちまった…みたいです。……こりゃ、また警部補に……叱られちゃいますね……確実に。
ホント、すみません……。)
意識が朦朧し始めたのか、こうでもしないと意識が保てないのか、若田は高橋に謝罪を述べながら足を進ませる。だが、
高柳「見っけ。」
高柳がすぐ後ろでナイフを振り上げる。若田は高柳に気づいていないのか、すぐ追いつかれることを悟ったから高橋に謝罪していたのか、それが分かることがないまま高柳のナイフは若田に振り下ろされた。
若田(警部補……今まで、ありがとう…ございました……。)
表の通りに出られることもなく地面に倒れている若田は薄れゆく意識の中、最後に高橋への感謝を述べると、そのまま意識が途絶えてしまった。
続
若田刑事、高柳明音の凶刃に散る。また一人高柳による犠牲者が出ることになった。
次回の更新は月曜日です。
※次回からは凶刃編ではありません。
~プチ雑談~
若田刑事が殺される所はもっと早く済ませるつもりでしたが、高柳明音凶刃編にするにあたって少し文字量が多くなりました。
一人に対して結果二話分になりましたが、ちゅりの行きつく先がどうなっていくのかは書いてて自分でもわからなくなる時がありますw
最後に高柳明音さん、遅くなりましたが卒業発表お疲れ様でした。