CO2温暖化説は間違っている(追記あり)
表題は尊敬する物理学者の槌田敦氏の本の題名である。そう,私たち人間が排出するCO2で温暖化などしない。ところでこの本の一節で面白い箇所がある。「99%の確信をもって長期的な温暖化が進行中」と1988年6月、航空宇宙局のハンセンはアメリカで議会証言したという。裏では気象学者たちの予算獲得の動きが横行していたらしい。いずれにせよ人為的温暖化説の初めの一歩である。槌田氏は人為的温暖化はフランスの陰謀だと言っていたが、私が見たイギリスのBBCによるビデオでは、サッチャーが仕掛け人となっていた。この「地球温暖化詐欺」はまだネットに残っていると思うが面白いので是非見てほしいと思う。そしてわが国でも朝日新聞による温暖化の記事が、朝刊の一面トップに躍り出たらしい。日本には日本のそうでなければいけない事情があったのだと思い知らされる。この頃は私も温暖化信者だった。オール電化がなぜか環境にいいとされ(電気は二次エネルギーで効率が悪い)、わざわざ使える冷蔵庫を電気効率のいいものにしろと、買い替えを促すNPO法人もあった。小さなな疑問はあれどこの頃の私は大儀名文の方に飲まれていた。ところでで皆さんは「温暖化懐疑論批判」という冊子をご存じだろうか?懐疑論者の名をあげて一応論理的に批判を繰り広げるのである。いつかまではネット上でPDFという形でいつでもでも読めるようになっていた。よほど懐疑論者の言っていることが怖かったのであろうことを裏付けるものだと思っている。書いたのは明日香壽川氏、増田幸一氏、江守正多氏、などばりばりの温暖化論者10名余りだ。これに対し、批判されているのが、槌田敦、近藤邦明、丸山茂徳、伊藤公紀、渡辺正、池田清彦、武田邦彦、薬師院仁志、矢沢潔、ロンボルグ、ダーキン(映像監督)、養老猛司、山口光恒、赤祖父俊一⦅敬称略⦆の各氏だ。これらの方々は懐疑派と言うよりほぼ否定派だが。読者の方も少しでいいから名前を憶えてほしいが、強制できるものでもない。例えば渡辺正氏という方は現東京理科大学教授だが、それ以前は東大の教授だった方だ。東大はこういう問題について、極めて保守的なので東大教授から懐疑派が出るとは面白いと思った。実際動画などで論説を聞いていると実に面白いのだ。そばにいるアナウンサー(解説員?)二人は狐につままれたような表情をしていた。動画など見つけたらぜひ見てほしい。また、赤祖父俊一氏という方はアラスカ大学教授、オーロラの研究で名を馳せている。(オーロラですよ!)また、この他にも有名どころで懐疑派はいる。バリバリの原発推進派である池田信夫氏、原発反対で有名な作家の広瀬隆氏、東日本大震災で原発反対で有名になった元京大助教の小出裕章氏も人為的温暖化の懐疑派である。かく言う私はどうであったか?25年くらい前だろうか?ばりばりの温暖化信者だった。環境保護家を気どり、インテリぶって興味のなさそうな人を下に見ていた気がする。そんな私が180度転換して、人為的温暖化の懐疑派(ほぼ否定派)になったのは、2011年3月に起きた東日本大震災の原発事故がきっかけである。この震災の津波の被害は最悪なほどひどかったが、それでも私が最も怖かったのは原発事故だった。一基爆発すれば他の基に連鎖する。そうなれば福島界隈の問題だけではなくなり東日本はおしまいである。毎日怖くて眠れなかったが、幸いそうはならなかった。運がよかったのかどうなのか、今でもわからない。なぜこんな恐ろしいものが普及したのだろうか?当初は電力会社は東電も含めて、原発導入には難色を示したどころかかなりの拒否反応があったという。しかしアメリカの売りたいという圧力と政治の駆け引きにに結局は屈してしまったのだろう。電力会社にも相当の見返りはあったはずだ。そして私は徐々に人為的温暖化論と原発の関係を考えるようになった。20~30数年前の(震災からすると10数年前)記憶をたどった。大昔は原発はどちらかと言うと日陰者でコマーシャルなどなかったと思う。それが突然コマーシャルをやり出したのだ。電気は「原子力、火力、水力で成り立ってます」などと明るいトーンで訴えるのだ。その後オール電化のCMがやたら流れるようになった。環境にいいという触れ込みだった。これのどこが環境にいいのだろうと思った。やはり電気は高度な2次エネルギーである。IHなどガスに比べて効率が悪い。エコキュートも同じことだと思う。もちろん屋根は太陽光パネルだが、どこまで賄えるのかは未知数である。環境と言うより「安全」を謳ったほうがよさそうな気がした。しかし東電は「環境」を売りにしたのだ。火力発電所を休ませてまで原発を稼働していたらしい。とどのつまり原発の作る電気は環境にいいとでもいいたいのだろうか?原発と人為的温暖化説が私の中で疑問の渦となって一気に近づいてきた。そんな悶々とした日々を送っていた私を一気に懐疑派に転じさせた本があった。小出裕章氏の著作である(題名を失念してしまった、申し訳ない)。小出氏は当時一世を風靡するほどの人気ものであった。原発反対の神?指導者?そんな感じであったため、その本の中に人為的温暖化論についての記述があるとは思わなかった。そう、彼は人為的温暖化説の懐疑論者だったのである。この事は私をいささか驚かせたが、考えたら原発を知り尽くしている人が知らないはずもない。その記述を前のめりになって読んだが、さらに私を驚かせた衝撃の記録について書かれいていた。「クライメートゲート事件」である。皆さんは御存じだろうか?いつの間にか降ってわいたように出てきたIPCC《気候変動にに関する政府間パネル》などという団体が保持していたデータがハッキングされ、出てきたデータはIPCCに都合のいいように改ざんされたものだったという。私は小出氏の本を読むまで全くこの事件を知らなかった。すでに京都議定書などを経て、排出権取引まで話が進んでいる我が国としては、都合の悪いことには蓋をするしかなかったらしい。テレビ・新聞・雑誌のすべてが全くこの事を報道する機関はなかった。(のちに一社だけ雑誌が掲載していた事を知ったが)。これほど人為的温暖化に都合の悪いことはひた隠しにする、その証だと考えた。そして温暖化勢力は日本だけでなく世界を掌握するつもりなのだと知った。さて、さて、小出信者だった私にも転機が訪れる。30年くらい前の原発を議題とした通称「朝生」を動画配信してくれた人だいたのだ。舛添要一氏や広瀬隆氏も出ていたが、私が覚えていたのは槌田敦氏だけだった。なぜ槌田氏「だけ」を覚えていたのかはよくわからない。原発反対派のグループにいたが、30年間でふと思い出すことがあった。その後「朝生」に出た記憶もなかったのに。もう一度意見が聞きたいと思っていた。槌田氏の声を聴いてみたい、そう思ってネットで声を拾った。人為的温暖化否定論者であった。それだけではない。現代のリサイクル論、自然エネルギー論も、めったぎりにしていた。その中で私の心を締め付けるものがあった。私たちの若い頃は石油がいつかなくなるといつも脅されてきたが最近ではそんな話いっこうに聞かない。無限とはいかなくてもまだまだ潤沢なのであろう。しかしそれよりも無限に近いくらい豊富なのが石炭である。石炭をガス化して使用する技術も進んでいるという(環境破壊といわれるモクモクとした煙が出ない)。そんな石炭であるが、我々の子々孫々、まで、何かのきっかけで人類が滅亡するまで資源として豊富にあるのだと思う。今早計にいずれ資源はなくなる、という話はいささかナンセンスだと思う。特に結果的に資源を使いまくる自然エネルギーなど話にならない。そういえば上述の小出先生が仰っていたことだが、原発の燃料であるウランは、石油や石炭に比べて非常に貧相な資源だそうである。そういう意味でも原発もやはり話にならない。話を石炭に戻す。槌田氏によればイギリスなどでは人為的温暖化論のために炭鉱をつぶしてしまうという動きがあるそうである。炭鉱をつぶして二度と採掘できないようにするのだという。そうなると、そこを復活させようとしても危険すぎて手を出せないらしい。ダイアモンドより貴重なお宝がそこにあるのに、指を加えて見ているしかないそうだ。言ってみれば原発のためだ。「愚か」だとは思わないだろうか?人類がCO2を減らそうという努力は悪いことではないと思うが、政治利用されると結果的にどんどん悪い方向に進んでいくのだ。さてそれからというもの槌田氏の本を買って読むようになった。5冊程度かな?物理学者だというのに難しい言葉も数式もなくわかりやすくてありがたかった。読者の皆さんにお勧めするとしたらまずは、「環境保護運動はどこが間違っているのか」でしょう。確か副題が「あなたがどんなに頑張っても地球は救えない」だったと思う。笑える。温暖化論ももちろん出て売るが、リサイクルの話が主体だった気がする。要するにリサイクルは費用対効果が悪すぎて、むしろごみとして処分してしまった方が効率がいいという話。ビール瓶を洗って使うリターナルとはわけが違う。ペットボトルは洗ってつぶして、粉々にする。チップというまでになって初めて別製品になりえるのだ。この時大量のエネルギーと費用が生じる。自然エネルギーも同じ事。結局大量のエネルギーと費用を使って製品となる。しかし、その寿命を考えると結局は赤字に転ずる。さらに不安定な自然相手だから送電線を強くしなければならない。その費用と労力とそこに使う資源を無駄にすることになる。この辺りの事は、近藤邦明氏の環境問題を考えるを参考にしてほしい(コロナ関係では少し意見が違いますが)。自然エネルギーは大昔(40年ほど前か?)からサンシャイン計画などというものがあってこれはお役人が考えた事だ。しかしいっこうに進まないという事は結局のところ計画は失敗に終わったという事だろう。今は進んでいるじゃないか、と言う人がいるかもしれないがそれは補助金が出るからである。何十年後には大量のごみが出る。そういえば、広瀬隆氏が言っていたが原発一基分の電気を生み出すのに太陽光パネルを山手線一周させないとそのくらいのエネルギーは生まれないらしい。槌田氏の著書の話からそれてしまったか。しかし一冊でも読んでほしいと願っている。しかし槌田氏だけでなく人為的温暖化懐疑派の本をやはり一冊でもいいから読んでほしい。初めのうちは半信半疑でもどこかに引っ掛かりを感じ、狂った世界を立て直すことができるかもしれない。物理や理科の先生は本当のことが言えなくて困っているそうだ。お上に逆らうと職を失うからだ。最後に自然エネルギーの最も嫌いな所を語って終わりにしようと思う。景観破壊である。これは充分環境破壊と言ってよいと思う。立ち並ぶ家々の屋根がすべて太陽光パネルだとしたら気味が悪くないだろうか?少なくとも私は想像するだけでおぞましい。あのギラギラとしたパネルは日本古来の瓦屋根やかやぶき屋根や木造建築のかわいい屋根を浸食するのだ。都会だと思うとピンとこないかもしれない。例えば京都の町にあのギラギラとしたパネルがそこかしこにあったら私には到底耐えられない。寺も同じ。巨大風車もそうだ。森や山にグサグサ建てられている巨大風車を不気味だと感じないだろうか?ある町か村で風力発電計画が持ち上がったそうだ。近隣の女性は初めはいいことをしていると思ったそうだが、1期2基とだんだん数が増えるにつれ、気分が悪くなったそうだ。景観が不気味だったという。そして巨大風車の騒音は半端ではない。私には到底これらの物を受け入れられない。そういえばアル・ゴアという元政治家がいた。ゴアは環境保護家を気取って、「不都合な真実」という映画まで作った。しかしその後女性にセクハラした。本人は大豪邸に住み、電気を大量に使う生活を送っているという。マンガみたいでわかりやすい例だ。しかしスウェーデンのグレタさん(17歳)はいたって真面目に温暖化の危機を訴えている。こういう活動家が最も怖いのだ。政治利用されるのは必定である。いつか彼女も目覚めてくれることを願っている。※ネット上に一般の方で人為的温暖化懐疑論者がたくさんいることは知っています。その方たちに対しては釈迦に説法でしたね。※私の体がどうにも動かなくなり、体力・気力を考えるとスタップ細胞の記事はこれ以上かけないと判断しました。その5まで考えていたのですが。アクセス数を考えても続きを読みたいと思っていた方はそれほどいなかったとは思いますが、それでも一人でも楽しみにしていたという方がいたとしたら、本当に申し訳ありません。追記 7月11日ここのところ年毎に水害が増えている、と感じられる。テレビの解説者などは温暖化が~などと言いだしている。槌田敦氏が地球が温暖化していること自体は認めている、という記述があった。しかし槌田氏は私たちが排出しているCo2が原因ではない、と言っているのだ。しかし、それはそれ、として現状の悲惨な水害に乗じて安易に温暖化に結びつけるのは科学的とは言えないだろう。それをするなら年間の降水量というデータを示すべき、と思う。観測史上最大もトリックがある。定点観測ならそうなるのは必然だ。毎年これだけの被害をもたらす水害は同じ地域におこることは予測されているはずなのに行政は治水のことをほっぽって何をしているのだろうか?まさか温暖化対策に予算を投じているのだろうか?