【訃報】樹木希林、75歳 | 忍之閻魔帳

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【訃報】樹木希林、75歳

 

 

忘れもしない5年前、日本アカデミー賞という晴れがましい舞台の上で

突然全身癌であることを告白し、周りが大騒ぎするのもどこ吹く風と

その後もペースを崩すことなく女優業をこなしてきた樹木希林が亡くなった。

75歳だった。

直接的な死因が長期で闘ってきた癌によるものなのか、

先月13日の大腿骨骨折から来る急変なのかは不明だが、

日本映画界にとっては計り知れない大きな大きな損失であることは間違いない。

 

 

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映画についてああだこうだと書いてきた当BLOGのこの14年間で

樹木希林の名前を何度出したか分からないし、

「今年の邦画で一番良かったのはこれ」と紹介した映画が

彼女の名演に拠るところが大きいことは一度や二度ではなかった。

実はまだこれを書いている今この瞬間も心の整理がついていないのだが

思いつつまま彼女の足跡を振り返ってみたい。

 

 

私が子供の頃は「郷ひろみと歌って踊る面白いおばさん」だった樹木希林が

実は日本を代表する名女優なのだと認識を改めたのが2003年の「半落ち」だった。

2007年の「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」では

オダギリジョーの母親役を演じ日本アカデミー賞の最優秀主演女優賞を受賞するも、

「それでもボクはやってない」など同年のエントリー作品に

強豪が多かったにも関わらず主要部門を独占したことについて

 

「私なら違う作品を選びます。組織票かと思ったぐらい。

そもそも(映画には)半分くらいしか出ていないのに賞をいただいて申し訳ない。

日本アカデミー賞が名実ともに素晴らしい賞になりますように。」

 

と、受賞コメントとは思えないストレートな言葉で

場内をシーンとさせたことを今でも昨日のことのように覚えている。

フリーランスだった彼女は仕事の依頼も全て自分が直接受け、

吟味してから出演の可否を決めていたため、テレビ局や配給会社の思惑を

忖度する必要が全く無かったのだろう。

しかし、それでも彼女への出演依頼は途切れることがなく、

むしろここ数年は出ずっぱりに近かった。

そのことについて今年出演した「徹子の部屋」で

 

「若い監督さんに「お金がない」って言われると出ちゃうの。

それか監督が困ってる時とか。

「わが母の記」っていう映画に出た時も、最初は他の女優さんに決まってたんだけど

急に断られちゃって監督が途方に暮れてたから

「私で良かったら出ましょうか」って言ったの。」

 

と言っていた。

 

確かに、2007年の「サイドカーに犬」や2015年の「あん」、

今年公開された「モリのいる場所」などはその典型と言える。

そして彼女の晩年の仕事振りを語る上で外せないのが

2007年公開の「歩いても 歩いても」での是枝裕和監督との出会い。

私が今でも人生で一番好きな映画と断言できるこの作品への出演をきっかけに

「奇跡」「そして父になる」「海街Diary」「海よりもまだ深く」、

そしてカンヌのパルムドールを受賞した「万引き家族」と

是枝作品には欠かすことのできない礎となってきた。

母親との想い出のエピソードを多数盛り込み、思慕の念や悔いを詰め込んだ

「歩いても歩いても」と「海よりもまだ深く」の2作で

主人公(どちらも阿部寛)の母親を演じた樹木希林は

是枝監督にとっても特別大切な存在だったに違いない。

「この人、女優を見る目がないの」と茶目っ気たっぷりに語る横で

是枝監督が照れくさそうに笑っていたのを書きながら今思い出した。

 

 

是枝監督作品への出演を重ねるごとに仕事量は増え続け

「悪人」「わが母の記」「ツナグ」「あん」と

出演作はいずれも映画賞で名が上がるようになっていく。

10月13日に公開される「日日是好日」では

黒木華と共に京都に完成披露試写で舞台挨拶に来られたばかりで

元気そうなお姿がわずか2ヶ月前のこととは俄に信じられない。

実は私も参加予定にしていたのだが、都合でどうしても行くことが出来なかった。

無理してでも行っておけば良かった。

「いつもほんの少しだけ間に合わないんだ」と

「歩いても歩いても」で教えられたはずなのに。

 

彼女の代わりになる女優は今のところ出てきていない。

今後もおそらく出て来ないだろう。

それほど唯一無二の存在だった。

包容力も、侘しさも、可笑しみも、情念も、

命ある人間の魅力をスクリーンに焼き付けることの出来る天才女優が

日本の映画界からいなくなってしまった。

こんな寂しいことはない。

 

映画「神宮希林 わたしの神様」2014年公開の貴重なドキュメンタリー。

未だにパッケージ化されていないので、なんとか商品化して欲しい。

 

「私のことはいいのよ。みんなで安室ちゃん見てなさいよ。」

 

彼女のことだから、きっとそう言って笑っているに違いない。

謹んでご冥福をお祈りいたします。

 

 

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▼これだけは観ておきたい、樹木希林の出演作

 

 

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【紹介記事】もう一歩だけ前に。映画「海よりもまだ深く」&「歩いても 歩いても」

 

是枝監督作品の中でも特に私が好きなのがこの2作。

上記の過去ログに思いの丈を全て詰め込んでいるので

詳しくはそちらを読んでいただければ。


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【紹介記事】忘れられない、忘れ物。映画「わが母の記」より抜粋。

 

井上靖が自らの体験を描いた原作を
「クライマーズ・ハイ」「突入せよ!『あさま山荘』事件 」の原田真人監督が映画化。
幼い頃に母に捨てられたという想いを捨て切れない主人公が
痴呆症で壊れてゆく母親の介護を通して長年のわだかまりを解いてゆく物語。
井上靖役には役所広司、母親役に樹木希林、妹二人には南果歩、キムラ緑子、
娘には宮﨑あおい、ミムラ、菊池亜希子、娘婿に三浦貴大など。

 

互いの顔を見て話せばものの1分で解ける誤解でも
こちらからは折れたくないという下手なプライドと
素直に謝ることが出来ない気恥ずかしさ邪魔をして
修復のチャンスを失い、そのまま疎遠になってしまう。
皆さんにはそんな経験がおありだろうか。

何も言わないから伝聞を丸呑みしたまま数十年が経ってしまった息子と、
聞かれもしないから敢えて説明もしなかった母親。
誤解から始まった憎しみは、時の流れで風化して薄らいではいるものの
「母親に捨てられた」という思いは消えず、母親に痴呆が始まった今でも許せずにいる。
仕事もプライベートも他人が羨むような成功を収めていながら、
幼い頃の記憶を辿ると、大人になった今でも棘に触れたような微かな痛みが走るのだ。


一見厄介者のように扱われながら、実は家族皆に愛され、
幸福のままに壊れてゆく母を演じた樹木希林が絶品。
今さら口に出して言えなかった愛する息子への想いは
50年前に置いてきた、忘れられない忘れ物。
表向き忘れたつもりで過ごしていても、心の奥にずっとあった忘れ物が
どんな形にせよ届けられたことは、やはり喜ぶべきことなのだと思う。


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ドリアン助川の同名小説を「2つ目の窓」の河瀬直美監督が映画化したドラマ。
小さなどら焼き屋を任されている雇われ店長・千太郎(永瀬)と
そこで働かせてと頼みに来た老婦人・徳江(樹木)の交流を描きつつ、
徳江が抱える癩病=ハンセン病の問題も浮き彫りにする。

ハンセン病のため世間から隔離された生活を送ってきた徳江と、
莫大な借金を肩代わりしてくれたオーナーの命令には背けない千太郎。
思うままの人生を選択できなかった二人が心を通わせ、
しかし世間はそんな二人を引き裂こうとする。


シーンのひとつひとつが単に美しいだけでなく、
膨大な情報量を持っていることに驚かされる。
交わされる言葉(台詞)は極限まで削られているのに、
千太郎や徳江のちょっとした表情が何よりも雄弁に物語っているのだ。


絶品という表現しか出てこない永瀬正敏と樹木希林の芝居。
監督から依頼を受けて秦基博が書き下ろした主題歌「水彩の月」も
映画を観た後に聴くとさらに沁みる。

「たとえ何者にもなれなかったとしても、誰にも生まれてきた意味があるのよ」

大きな功績を遺すことなく人生の折り返し地点に入った私にとって
徳江の言葉はこの上もなく優しく響いた。
いい歳をした大人がと思いつつぐしゃぐしゃに泣いた。

未見ならば絶対に観ていただきたい。