▼名優フィリップ・シーモア・ホフマン、46歳の若さで逝く

下らない本数自慢をするつもりではないが、年間何本もの映画を観ていると
人気の作品にばかり出ているが全く面白味のない俳優や
地味だけれど確実に良い作品に出ている俳優が見えて来る。
コリン・ファース、ダニエル・デイ=ルイス、ユアン・マクレガー、
ケイト・ブランシェット、ティルダ・スウィントン、トニ・コレット、
メリル・ストリープ、ナオミ・ワッツ、ジュディ・デンチ、、、
予備知識は全くないし、題材となった事件や人物に興味はなくとも
この人が出ているならきっと面白いに違いない。
そう思えるハリウッドスターが私の中でも何人かいて
その中のひとりがフィリップ・シーモア・ホフマンだった。
作品選びにおいてはハリウッドでもトップクラスの目利きだと思っていた
ホフマンの訃報は、私にはまだ信じられない。
1967年生まれ、まだ46歳という若さで逝ってしまった。

発売中■Blu-ray:「レッド・ドラゴン」
私が初めてホフマンの名前を覚えたのが、2002年の「レッドドラゴン」。
ホプキンス演じるハンニバル・レクターを追う
タブロイド誌の記者を演じ、強烈な印象を残した。

02月05日発売■DVD:「カポーティ 廉価版」
大ヒットシリーズへの出演でハリウッドでも注目を集めたホフマンは
「パンチドランク・ラブ」「コールド マウンテン」と立て続けに話題作に出演し
2005年の「カポーティ」でオスカーの主演男優賞を獲得する。
「ティファニーで朝食を」「冷血」などで知られる
トルーマン・ガルシア・カポーティの知られざる素顔を描いた作品で
製作にまで参加するほどカポーティに入れ込んでいたホフマンは
高慢な態度や口調、細かな仕草まで完璧に再現し
誰の目にもオスカーは間違い無しと思える名演を見せてくれた。
『オスカー俳優』の看板を得たホフマンは
トム・クルーズとの共演で「ミッション:インポッシブル 3」へも出演するが
「その土曜日、7時58分 」「脳内ニューヨーク」など
監督や脚本を重視した作品選びは変わらなかった。
そのことが、彼の演技派としての地位・信頼をますます高めていったことは間違いない。

ダウト/あるカトリック学校で [Blu-ray]
私がホフマンの出演作品で印象深い3本を選ぶなら、
「カポーティ」と「ダウト」、後述の「ザ・マスター」である。
ジョン・パトリック・シャンリィの戯曲「ダウト 疑いをめぐる寓話」を
シャンリィ自らの手によって映画化したドラマ。
単なる教会批判の映画ではなく、心に芽生えた小さな疑惑の炎に
自らが呑み込まれ、火だるまになっていく様を
「1964年のカトリック教会」という舞台装置を使って効果的に見せている。
疑いをかけられる神父(フィリップ・シーモア・ホフマ)も
疑いをかけるアロイシス(メリル・ストリープ)も共にオスカー受賞者であり
二人の掛け合いは火花が散っているかのよう。
穏やかな口調と柔和な表情で多くの支持者を抱える狸と、
悪の存在を決して許さない女狐との化かし合いは
舞台劇のような臨場感に満ちていて片時も目が離せない。

発売■Blu-ray:「ザ・マスター」
怪演ばかりでは疲れるとばかりに
「パイレーツ・ロック」「マネーボール」と軽めの良作が続いた後、
2012年「ザ・マスター」が公開。
「マグノリア」「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」の
PTA(ポール・トーマス・アンダーソン)が今回目を付けたのが
トム・クルーズやジェニファー・ロペスなど
多くのスターを信者に持つ宗教団体サイエントロジー。
脱退者に対する強権的な行動などを原因として一部でカルト認定も受けている
同団体の闇にメスを入れた作品。
第二次大戦の後遺症からアルコール&セックス依存症になった元海兵隊員と
はりぼてのカリスマを演じ続けなければならない重圧から酒が手放せない教祖、
教団に紛れ込んだ、明らかな異分子である男を危険視する
教祖の妻との三角関係を描いている。
主演のホアキン・フェニックス、助演のホフマン、エイミー・アダムスの3人が
揃ってオスカーにノミネートされた。
宗教団体としての「ザ・コーズ」は全く境遇の異なる二人の男を
運命的に巡り会わせるための仕掛けのような扱いで、
物語の力点はフレディとドットを結ぶ、親子とも恋人とも違う、
非常にベタな言い回しをするならば親友にも似た絆に置かれている。
表向きはドッド(強者)がフレディ(弱者)を導いているようだが
ドッドの作り上げた『カリスマ教祖』というイメージが
虚構であることは彼自身が誰よりも知っている。
実権を握る妻への畏怖を抱きながら、かりそめの教祖を演じ続けるドッドにとって
船に迷い込んだフレディはようやく見つけた友達だったのではないか。
粗暴なフレディがドッドに惹かれてゆくのも、彼の教えに共感したというよりは、
フレディにとってもまた、ドッドがようやく見つけた友達だったからだろう。
ドッドに批判的な人間や警察に対して手荒な手段で排除せんとする姿は
狂信的な信者ではなく、もっと純粋で幼稚な、友達を守りたい子どものようだった。
この奇妙な共依存関係によって舞台袖へと弾き出されてしまった
妻は当然面白くなく、フレディ排除に動くと同時に
夫へかけた手綱をさらに厳しく締め上げる。
三人の関係が最終的にどこへ着地するのかは、是非ご自身で確かめていただきたい。
昨年だけでも、「25年目の弦楽四重奏」「ハンガー・ゲーム 2」に出演。
硬軟を使い分けつつ出演作品のバランスを取っていたように思うが
振り返ってみれば「カポーティ」の主人公も「ダウト」の神父も
「ザ・マスター」の教祖も「25年目の弦楽四重奏」のヴァイオリニストも、
賞賛された芝居のほとんどが表と裏の顔の使い分けに疲弊し
心のバランスを崩しかけている破滅的なキャラクターばかりだった。
役へのめり込めばのめり込むほど、
生身のホフマンもキャラクターに侵蝕されていったのかも知れない。
まだまだこれから、あと2、30年はハリウッドで活躍できた天才。
生きていれば、オスカー像もダース単位で獲得していたに違いない。
本当に、本当に残念。
ご冥福をお祈りいたします。