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▼ジブリの父・宮崎駿監督の引退会見まとめ

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レコーダーがあるわけでも何かしらのツールがあるわけでもなく
聴きながら打ち込んでいるだけの大雑把なまとめのため
いわゆる全文起こしのような完璧なものではないことを予めお断りしておく。
また、「風立ちぬ」のネタバレに抵触すると思われる箇所や
重複した内容の質問、細かい言い回しなどで一部修正や削除もさせていただいた。
本来の意図をねじ曲げるような改変はしていない(はず)

<宮崎監督、最初の挨拶>
「僕は何度も今まで辞めるといって騒ぎを起こしてきた人間なので
またかと思われている方もいらっしゃるかも知れませんが、今度は本気です(笑)」
<鈴木プロデューサー、最初の挨拶>
「始まったものは必ず終わりが来ると、そういうもんだと思います。
僕の立場で言うと、落ちぶれて引退するというのは格好悪いと思ってましたので、
ちょうど今「風立ちぬ」が公開されていて、
それが色んな方に支持されているという状況で丁度いいかなと思います。
今後ジブリはどうなるのかと皆さん思っていらっしゃるかと思いますが
「かぐや姫の物語」は完成度の目処も立ちまして
予定日である11月23日必ず公開することをお約束いたします。
また、来夏を目指してもう1本映画を製作中です。」
<インタビュー内容>
*問=質問者、宮=宮崎監督、鈴=鈴木P、星=星野社長
問「監督の作品が好きな子ども達へのメッセージをお願いします」
宮「そんなに格好良いいことは言えません。
何かの機会があったら、私達が作ってきた映画を観て下されば」
問「引退とは長編をお止めになるという解釈で良いのか、これからのことを教えて欲しい」
宮「予めお配りした書面でも書いたと思うんですけど、自由ということです。
車が運転出来る限りはアトリエに行こうと思っていますし
やれることはやろうと思っています。
今は休息を取らないといけない時期なんで、
ここで約束すると大抵破ってしまうので、そういうことでご理解ください。」
問「1984年に公開された「風の谷のナウシカ」の続編を製作する予定はあるか」
宮「これはありません」
問(韓国)「韓国にも宮崎監督の作品のファンがたくさんいます。
韓国のファンに向けて一言、あと韓国国内で物議をかもしている零戦についても」
宮「映画を観ていただければ分かると思っていますので
色んな言葉に騙されないで今度の映画も観ていただければいいなと思います。
『風立ちぬ』は破滅に向かう軍国主義をモチーフにして
それに対してどう答えているのかを描いているつもりですので
是非お金を払って観ていただければと思います」
問「今後のジブリ作品にアドバイザーとして関わる予定はあるか」
宮「ありません」
問「今回の引退宣言は本気です、ということですが、
今回は今までと何が一番違うのでしょうか」
宮「『風立ちぬ』は『ポニョ』から5年かかってます。
今次の作品を考え始めますと、多分もう5年じゃ済まないでしょう。
6年かかるか、7年かかるか。
あと三月もすれば、私は73歳になりますから、
そこから7年かかると80歳になってしまう。
僕の長編アニメーションの時代はもう終わったんだと。
もしやりたいことが浮かんだとしても、
それは世迷い言として片付けようと思っています」
問「引退を鈴木氏と正式に決めたタイミングはいつか」
宮(宮崎)「良く覚えてないんですけど、鈴木さんに『もうだめだ』と言ったことがありまして
鈴木さんが『そうか』と答えたんです。
何度もやってきたことなんで、鈴木さんが信用したかはわかりません。
もともとここまで長くやるつもりはなかったので
ここからまだ7年やるかってことにリアリティを感じて下さったのかなと」
鈴「初号試写の6月19日の直後だったじゃないかな。
宮さんからそういう話があった時、確かにこれまでも
これが最後って話しがあったんですが、今回はちょっと本気だなってことを
感じざるを得ませんまんでした。
僕自身が『ナウシカ』からちょうど30年目にあたるんですが
この間にも本当に色々ありました。
これ以上は良くないんじゃないかとか、やめようかとか。
緊張の糸ってのがずっとあったんだと思うんです
今回宮さんから言われたとき、初めて糸が揺れたんですよ。
僕自身ホッとする部分があった。
若い時なら色んな気持ちが働いたと思うんですが
今回は本当にご苦労様っていう意識が湧いた。
僕自身はまだこれから『かぐや姫』を公開しなきゃいけないんで
切れかかった糸をもういっかい張り直して頑張っているところです。
いつどうやって皆さんにお伝えするかは考えました。
まずはスタジオのスタッフに伝えなきゃいけない。
映画の公開をして、少し落ち着いた8月5日に皆に伝えました』
問(台湾)「台湾の観光客にとって、ジブリ博物館は
日本に旅行する際に外せない名所です。
引退後の時間を使って海外のファンと交流する予定はありますか」
宮「ジブリ美術館の展示には関わらせてもらいたいと思ってますので
・・・自分も展示品になっちゃうかも知れませんが(笑)
美術館にお越しいただいたほうが嬉しいです」
問「『風立ちぬ』の製作を進める段階で、最後になるという予感はありましたか?」
鈴「僕が宮さんという人と付き合ってきてひとつ思ってたことは
ずっと作り続ける人なんじゃないかと。
多分死んでしまうまで作り続けるんじゃないか。
全てをやるのは不可能かも知れないけど、映画を作り続ける。
その一方で、35年付き合って常々思ってたんですが
まずは自分で決めて、皆に宣言する。
だからもしかしたらこれを作って完成を迎えて何かあるかなとは思ってました」
問「引き際の美学があれば教えてください」
宮「映画を作る死の物狂いで、その後のことは考えてませんでした。
これは映画になるのかということの方が重圧でした」
問(ロシア)「宮崎さんは前のインタビューで色んな外国のアニメーション作家から
影響を受けたといわれてますが、ロシアのユーリ・ノルシュテインについては」
宮「ノルシュテインにどういう影響を受けたというより、彼は友人です。
負けてたまるかという相手でして(笑)
今回の会見に高畑監督も誘ったんですが、冗談じゃないと言われまして
彼はずっとやる気だなと思ってますが(笑)」

問「これまで多くの作品を作ってきましたが、特に思い入れのある作品は」
宮「一番棘のように残っているのは『ハウル』です。
ゲームの世界なんです。
でもそれをゲームではなくドラマにしようとした結果ああなってしまった。
スタートが間違ったと思うんですが、自分が立てた企画だから仕方ない」
問「全作に通じるメッセージなどはありますか」
宮「僕は児童文学に影響を受けた人間ですので
この世は生きるに値するんだといことを子ども達に伝えなければならないと。
それは今も変わっていません」
問(イタリア)「イタリアを舞台にした作品を作ってますが、イタリアが好きなんですか?
引退後はジブリ博物館の館長になったら喜ぶ人は多いのでは」
宮「イタリアは好きです。まとまってないところも含めて好きです。
友人もいるし、食べ物は美味しいし、女性はいるし。
ちょっとおっかないけど、イタリアは好きです。
館長になって入り口で『いらしゃいませ』と言うよりは
描き直さないといけないものが随分あるので、これをやりたいと思っています。
美術館の展示品は毎日手入れしてもいつのまにか色褪せてゆくものですから。
くすんでいるところに手を入れてやると、
たちまちそこが魔法のようにキラキラしてまた子どもが集まるんです」
問「長編アニメーションは引退とのことですが、美術館には短編もあります。
そういったものに関わっていくのでしょうか」
宮「先ほども言いましたが、僕は自由です。やってもやらなくても自由です。
問「来年公開の作品、ジブリの今後について教えて下さい」
鈴「『かぐや姫』の後、来年の企画に関わっています。
僕も年齢が65歳でして、この爺ぃがどこまで関わるかって問題が
あると思いますが、これは今ジブリにいる人達の問題でもある。
そのことによって決まると思っています。
宮「やっと上の重しが無くなるんだから、色んな『これをやらせろ』って声が
出てくるんじゃないかと思ってます。
僕等も若い頃は『やっていいならなんだってやるぞ』って気持ちでやってましたから。
それを持っているかどうかだと思います。
若いスタッフの希望や能力にかかってるんだと思います」
問「他にやってみたかった作品や企画などがあれば教えて下さい」
宮「それは山ほどあります。
こういうのはやったらどうなんだろう?と
そういうのはしょっちゅう出たり入ったりりしますが、
それは人に伝えることではないのでご勘弁下さい」
問「これからやりたいことをもう少し具体的に教えて下さい。
あと、世の中に発信したいことはありますか」
宮「やりたいことはあるんですが、やれなかったらみっともないのでいいません。
僕は文化人になりたくないんです。
ぼくは町工場の人間でして、発信しようとかそういうことは考えない」
問「東日本大震災や原発が『風立ちぬ』に与えた影響を教えて欲しい」
宮「『風立ちぬ』の構想は震災や原発に影響されていません。
この映画を始める前に初めからあったものです。

問「時代に追いつかれて追い抜かれたという言葉がありましたが
その感覚が引退と関係はあるのでしょうか」
宮「引退とは関係ありません。
アニメの監督というのは何をやっているのか
皆さんよくわからないと思いますけど、仕事のやりかたはそれぞれ違います。
僕はアニメーター出身なので描かないといけないんです。
こうやって眼鏡をはずしてこうなって描かなにといけない。
(実際に眼鏡を外し、机に突っ伏した状態で描く動作)
どんなに集中してやっても限界があります。
『ポニョ』の時より30分早く机を離れていました。
次は1時間早く机を離れる。
違うやり方をやればという声もあるでしょうが、それができればやってます。
できないから長編は無理と判断したんです」
問「今のアニメについてコメントはありますか」
宮「私が仕事をやるということは。一切映画もテレビ見ないということです
新聞はぽろぽろ読みますが、今のジャパニメーションがどうなっているのか
本当に分からないんです。
だからそれに対する発言権は僕には無いと思います。
僕と同じ年齢でデスクワークをしている方なら分かると思いますが
参考試写で映画を観せられても、大抵途中で出ていきます。
仕事をやってるほうがいいと。今が潮時だと思います」
問「フェードアウトではなく、敢えて引退宣言をしようと思った理由は何ですか」
宮「スタッフに『もう辞めます』と言ったら
プロデューサーの鈴木さんのほうに色んな取材が来ると言ったので
じゃあアトリエでやろうかといったら人数が多過ぎて入らない。
ではジブリ内の5スタはと言うと、そこも難しい。
で、ここになっちゃったんです。
こんなイベントをやる気はさらさら無かったんです」
問「商業的な成功と芸術性を両立をしたジブリ作品が日本の映画界に与えた影響は」
宮「そういうこと考えだすと、仕事ができなくなるので考えないようにしてるんですよね。
『ナウシカ』から約30年間ずっと走り続けてきて
過去の作品を振り返った事は無かったんですよ。
それが仕事を続けることだと僕は思ってたんです。
どうだったのかと考えることもありますけど、考えないようにしてきました」
鈴「ええ、僕も全く考えていませんでした」
宮「採算分岐点に辿り着いたと聴いたら『良かった』それで終わりです」
問(フランス)「イタリアが好きだと言ったがフランスはどうですか」
宮「あの、正直に言いますね。
イタリアのほうが口に合います(笑)
フランスはどこのレストランにいってもフォアグラが出てくるんです。
いや、ルーブルは良かったですよ。他にも良いとこは一杯ありますけど
料理はイタリアの方が好きだと。そんな大した問題と思わないで下さい。
「王と鳥」は今も忘れてません」
問「1963年から半世紀に渡って来る日も毎日描かれてきたこということですが
辛かったこと、良かったことを教えてください」
宮「スケジュールはどの作品も辛かったです。
終わりまで分かって作った作品は無かったんです。
どうやって終わるんだと思いながら作ってたので。
最後まで見通せる作品は僕がやらなくていいと思ってたので。
スタッフはよく我慢したなと思います。
上がってくるカットを見ていじくっていく過程で理解が深まる。
生産性には寄与しない方法でやりましたけど、それは辛いんですよね。
監督になって良かったと思ったことは一度もありません。
アニメーターになって良かった思ったことは何度かあります。
上手く水の処理ができたとか、良い風か描けたとか
そういういことで少なくとも2、3時間は幸せになれるんです。
監督は最後まで幸せにはなれない」
高畑とは会社が組ませたんじゃないんです。
僕らはある労働組合で出会って、ありとあらゆることについて話しました。
自分がそれなりの力を持って出来たのは『ハイジ』が最初だと思うんですが
その時に全く打ち合わせが要らない人間になっちゃったんです。
始末書を何度も書いてる高畑を見ながら
僕は描いてるだけのほうがいいと思ってました。
だからある時期に『お前ひとりでやれ』と言われて途方に暮れました。
ストーリーがこの先どうなっていくのかと聴かれても『分かりません』と。
監督の間も、僕はアニメーターとしてやっていた」
問「監督としての達成感や悔いはありますか」
宮「その総括はしてません。
まぁ、自分が手抜きした感覚があれあ辛いでしょうけど
辿り着いたところまでは辿り着いたと思ってやってきたので。
同じことやってるなんて言われることもありましたが
僕は常に振り向かない、同じことはしないつもりでやってきた」
問「ジブリ創設が40代半ば、それから今日まで日本はどうなったか」
宮「ジブリを作った頃の日本を思い出すと、浮かれ騒いでる時代だった。
日本はすごいんだとか、ジャパン・アズ・ナンバーワンだとか言って。
それについて頭にきていて『ナウシカ』を作りました。
『ラピュタ』『トトロ』『宅急便』の頃は
経済は豊かだけど心はどうなんだと思いながら作ってきた。
そのあと世界各国で色んな戦争が起きて
豚を主人公にしたり、狸を主人公にしたりしてやり過ごしてきた。
その後もジタバタしながら『もののけ』を作ったけど
『風立ちぬ』までずるずるずると下がりながらここまでやってきた」
問(中国)「ジブリの作品を将来中国で上映する可能性は」
星「ご存知の通り、中国は規制緩和によって海外作品の上映本数が増えてはいるが
まだまだ本格的に日本の作品が上映される枠組みが出来ていない。
現時点ではまだジブリ作品を上映できる状況にはない」
問「『風立ちぬ』では庵野監督やスティーブン・アルパートなど
監督と縁の深い方々が参加していますが、その背景にはなにか意味があったのか」
宮「その渦中にいる方は気がつかないと思うんですが
『風立ちぬ』を作っていた時に思い出していたのは、モノクロ時代の日本の映画です。
その頃の映画の登場人物と、
失礼ですが今のタレント達のしゃべりかたを聴くと愕然とします。
なんという存在感の無さだろうと。
庵野もアルパートさんも存在感だけです(笑)
ただ、菜穂子をやって下さった方(瀧本美織)は
やっている間にみるみる菜穂子になって下さって愕然としました」
問(香港)「ポニョが5年前に香港で公開される時、一度個別インタビューをしました。
その頃と比べて痩せていると思いますが、健康状態は如何ですか?」
宮「えー、今僕は63.2キロです。
実は50年前に57キロでした。
結婚してから一時は70キロを超えました。
その頃の自分の写真を見ると醜い豚のようで辛いです。
映画を作っていく上で体調を整える必要がありますから外食をやめました。
そしたらこんな体重になったんです。
最後に57キロになって死ねると良いなと思っています。
健康は色々問題があります。
ありますけど、とても心配して下さる方がいてよってたかって色々やらされますので、
それに従ってなんとかやっていこうと思ってます」

問「先ほど町工場の親父と言ったが、町工場の親父が『熱風』を通じて
改憲問題について語った理由は」
宮「『熱風』から取材を受けまして率直にしゃべりました。
もうちょっと考えてしゃべれば良かったんですけど、訂正する気はありません。
発信し続けるかと言われても、僕は文化人ではないので。
中日新聞で鈴木さんがインタビューされまして、その内容が載った途端に
殺してやるだとか、色んな脅迫が寄せられるようになりました。
で、三人いると的が定まらないだろうという事で発言しました。(場内爆笑)
それが本当のところです。
本当に脅迫した人はどうも捕まったらしんですが、詳細はわかりません」
問「宮崎監督は日本のディズニーと言われているが」
星「ディズニーはプロデューサー、宮崎さんは監督。
私自身もディスニーには20年近くいましたが、全然違うと思います」
問「監督の言葉で『力を尽くして生きろ、持ち時間は10年だ』という言葉あありますが」
宮「10年というのは僕が考えたことではなくて
駆け出しのアニメーターをやっている頃に
「30ぐらいで死ぬやつが多いから気をつけろ」って言われたんです。
18で描き始めましたから10年でちょうど30前後。
アニメーションは世界の秘密を覗き見ること。
表情や眼差しに世界の秘密があると思える仕事なんです。
それがわかった瞬間に、自分の仕事がやる甲斐がある仕事だと分かったんです。
これからの10年はあっという間に終わるだろうと思います。
美術館をやってもう10年ですから」
問「奥様にはどのような言葉で伝えましたか。奥様の返事は」
宮「『ふん』と言われました(笑)
この歳になってまだ毎日弁当作ってる人は居ないと言われますが
すっかり外食が向かない人間に改造されてしまいました」
問「引退発表の場所とタイミングがベネチアの開催中になった理由は」
鈴「前々から準備していた引退会見の準備中に
偶然ベネチアから出品要請がありまして、世界に友人のいる宮崎ですから
言い方は悪いですが一度にたくさんに伝えられるなと(笑)
色んな手続きを減らすことができるなと、ただそれだけのことでした」
問「初期の作品は2、3年ペースで発表されていますが
『風立ちぬ』は5年ということで創作の試行錯誤があったのか」
宮「一年間隔で作ったこともあります。
『ナウシカ』も『ラピュタ』も『トトロ』も『宅急便』も
それまで仕込んでいたものが沢山あって、出口があればバッと出る時代だった。
そこから後は、次どうするかってなった。
『カリオストロの城」は4ヶ月半で作りました。
寝る時間を削って4ヶ月半で出来ました。
長編をやることなんて生涯に一度あるかないかという期待もあったからです。
歳もとるし、所帯を持てばどっちが大事だと言われる人間も増えてくる。
一日12時間机に向かってても耐えられた状態ではもう無くなりましたから。
今は多分7時間が限度だと思います。
打ち合わせとか、これをああしろこうしろってのは仕事ではないんです。
机の上で描くことが仕事で、その時間を何時間取れるかって。
この仕事はここまでやろうじゃなくて、鉛筆を置いてぱっと帰っちゃう。
それでももう限界っていうか。
方針を決めてスタッフを決めてシナリオを書いて5年かかった」
<〆の挨拶>
「こんなに沢山の方がみえるとは思いませんでした。
もう二度とこんなことはないと思いますので(笑)
ありがとうございます」


1984年公開「風の谷のナウシカ」7.6億円
1986年公開「天空の城ラピュタ」5.8億円
1988年公開「となりのトトロ」5.9億円
1989年公開「魔女の宅急便」21.5億円



1992年公開「紅の豚」28.0億円
1997年公開「もののけ姫」113億円
2001年公開「千と千尋の神隠し」304.9億円
2004年公開「ハウルの動く城」196.0億円
2008年公開「崖の上のポニョ」155.0億円
*1997年「もののけ姫」までは配給収入、2001年「千と千尋」以降は興行収入。
▼iOS「Call of Duty: Strike Team」配信開始


配信中■iOS:「Call of Duty: Strike Team」
本日より配信開始。
▼docomo、いよいよiPhoneに参入か
「今度こそ」「やっぱり無かったか」を繰り返しているあいだに
すっかりソフトバンクとauの狩り場となっていたNTTドコモが
いよいよiPhone販売に参入する。
テレビや新聞は既に確定事項として報道しているが
当のドコモはまだとぼけたコメントを発表したりしている。
仮にドコモがAppleの提示した条件を完璧に飲んだ上での参入なのであれば
二枚看板として祭り上げられたソニーとサムソンへのダメージはかなりのものになるはず。
二枚看板制によって冷遇され大打撃を受けたその他のメーカーも面白くはなかろうし
iPhone発売によるプラスと、Apple以外のメーカーのマイナスが
トントンになるかは微妙なところ。
iPhoneユーザーからすれば、キャリア3社でしのぎを削ってくれた方が
サービス面や価格面での向上が期待できるので大歓迎。
先行する2社が青ざめるほどのサービスで引っ張って欲しい。
▼「モンスターハンター4 Direct 2013.9.8」


09月14日発売■3DS:「モンスターハンター4」【10/10/9/9】
09月14日発売■3DS:「モンスターハンター4 ゴア・マガラブラック」
09月14日発売■3DS:「モンスターハンター4 アイルーホワイト」
09月14日発売■3DS:「拡張ハンティングパッド (3DS LL専用) ブラック」
09月14日発売■3DS:「MH4 ハンティングギア for ニンテンドー3DS LL ゴア・マガラ ブラック」
09月14日発売■3DS:「MH4 ハンティングギア for ニンテンドー3DS リオレウス レッド」
中高生の参加できる時間帯を考えてか、日曜夜20時からのスタート。
よしよし、ちゃんと「半沢直樹」は避けてくれたな。
任天堂とのコラボの正体を確かめるためにも参加予定。
さらに、発売目前になって発売日着荷分の追加出荷も決定。
某筋によると月内だけで200万本ぐらいは出てきそうな気配とか。
ここにe-shopからのダウンロード購入と
店頭でのダウンロードカードが加わるわけで
どこでも買えないような状況は避けられたと見て間違いない。
ただし同梱版はこの限りではなく、二次問屋などでは定価を超える価格での
買い取り案内が出回ったりもしている。

09月14日発売■3DS:「モンスターハンター 4 イーカプコン特設ページ」
09月14日発売■3DS:「モンスターハンター 4 COMPLETE SET」
09月14日発売■3DS:「モンスターハンター 4 2WAY CASE SET」
09月14日発売■3DS:「モンスターハンター 4 イーカプ限定特典付き」
09月14日発売■3DS:「モンスターハンター4 ゴア・マガラブラック」
09月14日発売■3DS:「モンスターハンター4 ゴア・マガラブラック+2WAYケース」