裏の顔を知って童貞はオトナになる。映画「ペーパーボーイ 真夏の引力」 | 忍之閻魔帳

忍之閻魔帳

ゲームと映画が好きなジジィの雑記帳(不定期)

★この記事の携帯用はこちら。



▼裏の顔を知って童貞はオトナになる。映画「ペーパーボーイ 真夏の引力」

日陰に居ても吹き出す汗が止まらないこの季節に
わざわざこんなクソ暑苦しい映画を公開する日活(本作の配給)はドSに違いない。
今回紹介する「ペーパーボーイ」は。「プレシャス」で喝采を浴びたリー・ダニエルズが
ザック・エフロン、ニコール・キッドマン、マシュー・マコノヒー、
ジョン・キューザック、メイシー・グレイら豪華俳優陣を起用して作られたミステリー。
湿地帯特有のうだるような日射しが降り注ぐ1969年のフロリダで
冤罪事件の真実を追う記者(兄)、水泳選手になる夢に破れ兄の仕事を手伝う弟、
容疑者に入れ込むおかしな女達が、あちらこちらでぐちゃぐちゃの愛憎劇を繰り広げる。



一応この映画は、ひと組の兄弟の物語である。
冤罪事件の謎を追う記者(兄)と、容疑者に惚れ込んだ女性に想いを寄せる青年(弟)。
こう書くと今までにも良くあったような作品に思えるが、これがとんだ食わせ物。
実はそこかしこにド変態が大股開きで寝そべっているような映画なのだ。

ザック・エフロン演じるジャックの周りには
未だに童貞を守っている純朴青年が接するには強烈なキャラがいっぱい。
田舎で新聞社を経営する父は妾を後妻として迎えようとしているし、
その妾の性格がまた亡き母とは似ても似つかぬビッチぶり。
(劇中に母親は出てこないが、ジャックが異常に毛嫌いするあたりから察しはつく)
冤罪か否かで揺れる容疑者ヒラリー(ジョン・キューザック)は
獄中で文通を続けていたシャーロット(ニコール・キッドマン)と相思相愛となり
面会時間を使って何とか冤罪の証拠を集めたい
新聞記者ウォード(マシュー・マコノヒー)のことなど目に入らないかのように
勝手に疑似セックスで盛り上がる始末。
童貞男子にはハードルの高い、メンヘラ指数高めなシャーロットに
一目惚れしたジャックは一部始終を真側で見て悶々とするしかないわけだが、
貴重なチャンスをふいにされて激怒しているはずのウォードも
実は二人のやり取りに密かに興奮していたりする。
密林の奥深くに住むヒラリーの兄タイリー(ネッド・ベラミー)も
力で家族を支配する絵に描いたような怪物で、
ジャックの行く所は常に変態か怪物で溢れ返っている有様である。

登場人物達のキレまくった芝居が強烈過ぎて
最早冤罪か否かはどうでも良くなってしまうわけだが、
これは「ライフ・オブ・デビット・ゲイル」のようなミステリーだと思って
観にきた私が勘違いをしていたのだと中盤を過ぎてようやく気付いた。
本作は、ひとりの童貞青年が「人間には必ず裏の顔がある」ことを学んで
大人になってゆく「ひと夏の経験」なのだ。
そう考えれば、物語の中心にいるはずのザック・エフロンが
まるで傍観者のように舞台袖に弾き飛ばされている理由にも合点がいく。

長年家政婦として働いているアニタ(メイシー・グレイ)と
会話している時だけ、ジャックは昔の面影を覗かせる。
それは、幼くして母親を失ったジャックにとって
アニタがいくつもの役割を兼任してきたからだろう。
映画はアニタの独白という形で一連の出来事を振り返っているが
彼女が知り得ない場面も頻出するため、どこまでが真実なのかは分からない。
ただ、多少の誇張や脚色が含まれていたと仮定しても
この物語に登場する人物がは皆どこかが病んでいることに変わりはなく
シャーロットのような女に入れあげてしまったジャックも例外ではない。

黒人差別や貧富の格差といった社会問題をいくつも織り込みながら
むせ返るほどの暑さの下で人の本性を抉り出す。
悲惨な場面に明るい楽曲を重ね合わせる演出法も
前作の「プレシャス」からさらにパワーアップしており
マライア・キャリーに続いて引っ張り出したメイシー・グレイの使い方も抜群に上手い。

『実力派俳優達の怪演の競演』を観るだけでも1,800円の価値はある。
私的には、オスカー女優がここまでやるかのニコール・キッドマンと
前半から伏線をはっていたマシュー・マコノヒーの裏の顔が特に強烈だった。
とてつもなく臭いがハマると止められなくなる珍味のように、いつまでも尾を引く作品だ。

映画「ペーパーボーイ 真夏の引力」は現在公開中。



★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
  タイトル:ペーパーボーイ 真夏の引力
    配給:日活
   公開日:2013年7月27日
    監督:リー・ダニエルズ
   出演者:ザック・エフロン、ニコール・キッドマン、他
 公式サイト:http://www.paperboy-movie.jp
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★



発売中■DVD:「プレシャス」

私が2010年度のオスカー候補作品でNo.1に推した作品が「プレシャス」。
原作は、ハーレムのフリースクールで教師をしていた経験を持つ
女性詩人・サファイアが1996年に発表した小説「PUSH」。
読み書きの能力を持たず、肥満体型のため性格も内向的な少女の物語。
実の父親から性的虐待を受け続け、16歳にして現在2人目の子供を妊娠中。
亭主を奪われた母親は、娘に対して憎悪を剥き出しにする。

プレシャス(宝物)と名付けられた彼女は、確かに両親(かどうかは分からないが
少なくとも母親)から溢れるほどの愛情を注がれていたはずなのに、
16歳にして早くも2人目の子の母親になろうとしている。
年齢的・経済的に自立が難しく、父親からも母親からも逃れられない。
第三者から見れば、八方塞がりでお先真っ暗な彼女の人生だが、
意外にも彼女自身からは、それほどの悲壮感は漂っていない。
置かれた環境を嘆きつつ、適当に空想世界でガス抜きしながら日々を過ごしている。

プレシャスの母親役を演じたモニークは、映画の終盤まではただの鬼母でしかない。
亭主を寝取った娘に対して、怒りのエネルギーをぶつけまくるだけだ。
しかし、終盤の数分間で、彼女の全てが明らかになる。
罵声の裏に隠された嗚咽と、暴力に怯えていたからこそ
自らも暴力に手を染めてしまった哀しみを、全身から一気に放出し、観る者を圧倒する。
オスカーで助演女優賞だけはあっさり決まったというのも納得。

「面白いからお勧め」と簡単には言えない作品だが、
「チェンジリング」や「母なる証明」といった
どっしりした作品がお好みならば、必ず気に入っていただけるはず。




発売中■Blu-ray:「ウィンターズ・ボーン スペシャル・エディション」

過酷な状況で生きてゆこうとする少女の物語。
ストーリーが似ているわけではないのだが、主人公の生きている世界に充満した
息苦しさのようなものがとても似ていて、ふっと思い出した。




発売中■DVD:「ライフ・オブ・デビッド・ゲイル」

かなり古い作品だが、傑作と呼んでいいミステリー。
死刑執行目前に事件の再捜査を依頼された女性と死刑囚との物語。
冤罪か否か、終盤で明かされる真実も見事だが
ケイト・ウィンスレットとケヴィン・スペイシーの芝居が何より見物。




発売中■DVD:「接吻 デラックス版」

小池栄子が実力派女優として看板を手に入れた記念碑的な作品。
獄中の犯罪者にシンパシーを抱く女性の危なさや怖さを見事に演じ
毎日映画コンクールでは主演女優賞を獲得した。知名度の低い作品だがお薦め。




発売中■Blu-ray:「バッド・エデュケーション」

ペドロ・アルモドバルの半自伝的ドラマ。
色気と怖気、狂気と美が共存する世界という点で思い出した。
リー・ダニエルズが「ペーパーボーイ」を撮る上で参考にした主人公像は
本作のガエル・ガルシア・ベルナルだったのではないか。