▼性の先の生。映画「ふがいない僕は空を見た」

(C)2012「ふがいない僕は空を見た」製作委員会
邦画界で活躍する女性監督で私の中のツートップといえば
西川美和監督と、タナダユキ監督。
男に媚びず、女を捨てない二人が紡ぐ物語は
男性監督には描けない独特の棘があり、見る度に「参りました」となってしまう。
今回の「ふがいない僕は空を見た」も
女性ならでは視点で描かれた、性と生の物語である。
主演は、もう「瑛太の弟」という前置きも必要なくなってきた永山絢斗と
本作でこれまでの清楚なイメージから脱却した田畑智子。
共演は「僕たちは世界を変えることができない。」の窪田正孝、
三浦貴大、銀粉蝶、山中崇、原田美枝子など。
コスプレ好きな主婦・岡本里美(コスプレ時はあんず)(田畑)と
不倫関係にある男子高校生・斉藤卓巳(永山)は
貪るように互いを求め合っていたが、不貞を知った亭主が盗撮動画を
ネット上の投稿サイトにアップして学校中が大騒ぎに。
予告編だけを見ると、そんな昼ドラのような内容と勘違いしてしまうかも知れない。
しかし、三流誌の見出しのような粗筋の下には、タナダ監督の過去作でも描かれてきた
苦境に喘ぐ者へのエールが、さらに成熟した形で込められている。
例え男子高校生にしてみれば、若さ故の肉欲を満たす手段であったとしても、
不妊治療中の妻にしてみれば、孤独と寂しさを紛らわせるだけの手段であったとしても、
セックスで繋がった先には、新しい命が誕生する可能性がある。
望むと望まざるに拘わらず、体を重ねた者は等しくその可能性を背負うのであり、
覚悟の有る無しに拘わらず、宿った命は母の体内で育ち、世界に生まれ落ちる。
卓巳の母親は自然分娩を手助けする助産師として働き、里美は不妊治療中。
卓巳の親友である福田良太(窪田)は、養育を放棄した母親を恨みつつ
認知症の祖母と共に団地で極貧生活をしている。
皆明日を生き抜くため、命を守るために懸命だ。
チロルチョコを買うことすら躊躇する良太からしてみれば、
人妻との情痴が身の破滅を招いた卓巳の苦悩など
ボンボンの甘ったれにしか映らなかったろう。
しかしタナダ監督は、卓巳にも良太にも、登場人物全員に理解を示しながら
「それでも私達、生きてくしかないもんね」と語りかける。
ニュースサイトでは田畑智子の体当たり演技(要するにヌード)ばかりが
取り上げられているが、田畑演じるあんずは
卓巳が大人への成長過程で出会った幻影のような存在。
「肉体関係のあるメーテルと鉄郎」などと書くと「999」のファンから
激怒されるだろうが、私も大ファンなので許してくれ。
とにかく、この映画の真の主役は卓巳と良太である。
惜しいのは2点。まずは140分の長尺であること。
長尺の原因が切るに切れないエピソードの濃さならば仕方ないのだが、
同じ時間の出来事を卓巳と里美の視点から二度描く手法が
思ったほど効果を上げておらず、むしろ蛇足としか思えないのだ。
もう1点は、エピソードが完全に分離していること。
卓巳と良太は親友関係であるはずなのに
それぞれの物語が1本の映画の中で上手く混ざり合わない。
互いに人に言えない秘密を抱えているのだから当然と言えば当然だが
ストーリー上の問題よりも、タナダ監督の思い入れが違うのではないかと予想する。
良太のエピソードに入った途端に、それまでどこか他人事のようだった物語に
リアリティがぐんと増すのである。
良太の生い立ちや団地暮らしという環境設定が
「赤い文化住宅の初子」に酷似していることも関係しているのだろうか。
良太の働くコンビニの店主、良太に優しく接する田岡(三浦)、
良太の母親&祖母、団地の住民など、周辺人物が皆リアルで、
おそらく全く理解できていないであろう里美のコスプレ趣味の
雑な描き方とは雲泥の差になっている。
結果、窪田正孝は非常に美味しい役所となったわけで
来年のさらなる飛躍はまず間違いない。
ラストで見せる卓巳の笑顔と穏やかな語り口は
「永遠の僕たち」のヘンリー・ホッパーを彷彿させる素晴らしさだった。
重く苦しい2時間半が、あの笑顔で救われた。
生きていれば、何かとやっかいなことは多い。
この世の終わりと絶望することもあるだろう。
でも、生きてさえいれば、なんとかなるものなのだ。
高校生ぐらいに観ていただきたい作品なのだが、残念ながら本作は18禁。
過激さだけがウリの作品がR15指定で検閲を通り抜けて
大切なことを教えてくれる本作のような映画が18禁になるのは納得いかん。
乳首が出るか・出ないかではなく、描かれている内容で区分けして欲しい。
映画「ふがいない僕は空を見た」は現在公開中。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
タイトル:ふがいない僕は空を見た
配給:東京テアトル
公開日:2012年11月17日
監督:タナダユキ
出演者:永山絢斗、田畑智子、窪田正孝、三浦貴大、原田美枝子、他
公式サイト:http://www.fugainaiboku.com/
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

発売中■BOOK:「ふがいない僕は空を見た(新潮文庫)」
発売中■Kindle:「ふがいない僕は空を見た」
原作本。
文庫版が9月に出たばかりで、Kindle版も配信中。

発売中■DVD:「百万円と苦虫女」
心を許し合える友もなく、大した取り柄もない平凡な少女が、
貯金が100万円貯まるごとに住所を変える、「自分探しから逃れる旅」に出る物語。
主演は「フラガール」「洋菓子店コアンドル」の蒼井優。
行く先々で関わって来る人々は、辟易するほど馴れ馴れしかったり、
過剰な期待を背負わせようとする。
どこまで逃げても、人は独りでは生きられない。
唯一手紙のやり取りをしている弟との間に、細いながらも決して切れない糸が見える。
蒼井優の素晴らしさはもちろん、後半の重要な鍵を握る森山未來の存在感がいい。
「現実はそんなもんだよね」と思わせるエンディングも納得。
人の群れから逃れたい、そんな衝動に駆られた経験のある方は必見。

発売中■DVD:「赤い文化住宅の初子」
松田洋子の同名コミックの映画化。
コアな映画ファンの間でタナダユキの名を知らしめた作品。
蒸発した父親、借金苦で過労死した母、僅かな生活費を風俗嬢に注ぎ込む兄、
テレビも電話も何もない、赤い文化住宅で暮らす
少女・初子を取り巻く環境は不幸のオンパレードで、全く救いがない。
父も兄も100%の悪人ではないため、責め立てるわけにもいかず
初子自身がどんくさいこともまた事実で
それらを受け入れた初子は、今日も「やっちもねぇ」と呟くのみ。
頼りになるかどうかまだ見えてこない同級生とのささやかなロマンスが
初子の世界をほんの一時、バラ色に変えるのだ。
強烈に印象に残る作品ではあるが、「不幸」というものを
きちんと咀嚼・分解して正常に戻せる方でなければ重過ぎるかも知れない。
出来損ないの兄を、お騒がせの塩谷瞬が好演。
私はかなり好みの作品。

発売中■DVD:「人のセックスを笑うな」
年上の女性との恋愛を描いた作品といえばこちら。
山崎ナオコーラのデビュー作を、「犬猫」の井口奈己が映画化。
主演は、「八日目の蝉」の永作博美と「平清盛」の松山ケンイチ。
共演は蒼井優、忍成修吾など。
ざっくり言ってしまえば、パッとしない美大生(松山)と
年上の女性ならではの魅力を備えた非常勤講師(永作)が恋愛に発展したものの
女性は実は既婚者であり、甘い将来を夢見ていた青年より
ずっとドライに生きていたのであった、という話。
永作は確かに魅力的、松山や蒼井の美大生というのもリアルだが
女性監督にありがちな、いわゆる雰囲気映画で終わってしまったのは残念。
似たような題材でも、タナダ監督が撮ればここまで昇華できる、という
「ふがいない僕は空を見た」の比較サンプルとして。

発売中■Blu-ray:「ジョゼと虎と魚たち スペシャル・エディション」
発売中■Blu-ray:「恋の門 スペシャル・エディション」
書いていてふと思い出したので、こちらも脳内関連作として挙げておく。