（C）2010 “トイレット” フィルムパートナーズ
もたいまさこ・小林聡美のコンビと作った「かもめ食堂」「めがね」のヒットで
多くの固定ファンを獲得した荻上直子監督から久々の新作が届けられた。
スタッフやキャストが多く重複している映画「プール」の監督は引き受けず、
カナダのトロントを舞台にして作り上げた本作は、
「めがね」までのスタイルを踏襲しつつ、登場人物の描き方は明らかに変化している。
引きこもり生活も4年目に突入したピアニストの長男モーリー、
人付き合いよりもプラモデルを愛するオタクな次男レイ、
勝ち気な性格で奔放に生きる妹リサ。
不幸せなわけではないけれど、それぞれに悩みを抱えた兄妹は
今大きな問題に直面していた。彼等の母親が亡くなったのだ。
家には、母親が日本から呼び寄せた祖母のばーちゃんがいる。
英語が全く話せないばーちゃんと、これからどう付き合っていけばいいのか。
立ちはだかる言葉の壁に四苦八苦しながらも、
次第に心を通い合わせてゆく孫達とばーちゃん。
そしてある日・・・
監督は「かもめ食堂」「めがね」の荻上直子。
主演は荻上作品の全てに出演しているもたいまさこ。
1980年代の小泉今日子やチェッカーズの衣装を担当し、
「かもめ食堂」「めがね」「すいか」などで注目を集めていた衣装デザインの堀越絹衣と
「南極料理人」「深夜食堂」など、最近は荻上作品以外でも
頻繁に名前を見掛けるようになったフードコーディネーターの飯島奈美が
監督のたっての願いで本作にも参加している。
荻上作品の特徴は、良くも悪くも「こうだ」という主張がない（薄い）ことだった。
複雑な問題を抱えた人々を取り上げつつも、問題の根には敢えて踏み込まず
外国暮らしで気分を一新したい女性達の姿を描いたり、
現実逃避することを「たそがれる」と言い換え、それを良しとする人々を賛美したりしてきた。
「皆色々あるだろうけど、ちょっとその話は置いといて」というスタンスが
都会での生活に疲れた女性層を中心に好評を得たのだろう。
しかし、そういつまでも「たそがれて」ばかりはいられない。
「もうそろそろ、前に進み始めてもいいんじゃない？」
「トイレット」には、2作連続で「休もう」と言って来た荻上監督の
方向転換を告げる、前向きなメッセージが詰め込まれている。
母親の死という大きな転機を迎えても
引きこもりの長男も、オタクの次男も、地に足のつかない妹も、
何も変わろうとはしなかった。
しかし、言葉の通じないばーちゃんの愛情がひたひたと彼等の心に染みてゆき
少しずつ人生に対して前向きに考え始める。
自分らしく生きるとはどういうことなのか
自分の趣味よりも優先すべきこととは何か
夢を掴むために、がむしゃらに頑張ってみよう
説教のひとつもしたことのないばーちゃんの存在が、
彼等の内に眠る自立心を呼び覚ます。
言葉にするのは簡単だが、そういう存在感を出せる女優はそうそういない。
存在感があり過ぎても、なさ過ぎても駄目。
無愛想と勘違いされそうな表情でも、その奥には常に優しい瞳があって、
何も話さなくても、側に座ってくれているだけで心がほっこりする。
もたいまさこは、荻上監督が想定していたばーちゃん像を、おそらく完璧に演じている。
小柄な彼女が、足の届かない長椅子にちょこんと座っているだけで100点。
全編に渡って沈黙を守ってきた彼女が
最後の最後でたったひと言だけ叫ぶシーンは強く印象に残った。
おばあちゃん子は必見。
「かもめ食堂」「めがね」がお好きだった方はもちろんだが、
前2作との相性が今ひとつだったという方にも、もう一度試してみていただきたい作品だ。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
タイトル：トイレット
配給：ショウゲート
公開日：2010年8月28日
監督：荻上直子
声の出演：もたいまさこ、他
公式サイト：http://www.toilet-movie.com/
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
こうなってくると、10月公開の「マザーウォーター」にも俄然興味がわいて来た。
荻上監督が離れたことで空中分解したような「プール」路線から脱却するのか、
それとも豪華キャスト（小泉今日子、永山絢斗）を増やしただけのマンネリ作品になるのか。
「マザーウォーター」は10月30日公開。
09月22日発売■BD：「かもめ食堂」
09月22日発売■BD：「めがね」
09月22日発売■BD：「プール」
【紹介記事】何もない、贅沢な時間。映画「めがね」
【紹介記事】惰性で作った3作目。映画「プール」
「かもめ食堂」「めがね」「プール」の3作品が揃ってBlu-ray化。
9月22日に同時発売。