レストランの入り口を大通りからきたゾンビが取り囲む。
朽ちかけた腕を振り回し、扉をバンバンと叩く。一人一人の力では破ることは不可能に思われたが、押し寄せるゾンビの数は一人や二人ではない。
後ろから押される形でゾンビの腕が、身体が、頭が扉に次々と押し付けられていく。
暴徒のように押し寄せるゾンビたち。決して頑丈ではない扉が破られ、雪崩れ込まれるのも時間の問題かに思われた。
だが、ゾンビがつけ狙う少女たちはとっくにレストランの裏口から繋がる駐車場にでていた。
それぞれバイクや車を拝借して各々が考えた脱出の方角に向かっていく。
と、クイルが乗ろうとした車から派手にビープ音が繰り返し出始めてしまった。
「うわっ、うるさっ!?」
がたり。
クイルの存在を認識したゾンビたちがレストランの外周沿いに駐車場へ出ると、ぞろぞろとクイルを取り囲んだ。
「あちゃー……気づかれた?」
ゾンビが一斉にクイルに群がろうとする。
「こんのー!」
クイルは何故か車の中に乱雑に放り込まれていたチェーンソーを担ぎ出すと、低くエンジンを唸らせる。
……しかし、やたらとチェーンソーが用意された街だ。
~~警察署前の通り~~
ヘリコプターがあるという警察署を目指しバイクで爆走するネロ。
追ってくるゾンビを振り切って署の前までたどり着き、いよいよ突入ができると思っていた矢先のことだった。
バイクで走っていたネロの目の前に、不気味に内側から青白く輝く軍服のゾンビが立ちふさがる。
「な、なんかボスくさいの出やがりましたよ!」
進路に立ちふさがる巨大な影に、慌ててバイクを横に滑らすネロ。
ネロがごろごろと転げ落ちながら受け身を取る中、勢いのままに地を滑るバイクはゾンビの足元へ。
低い呻き声、腐りかけてボロボロの身体は他のゾンビと同じだが、その足取りにふらつきは無い。しっかりとした、というよりも重厚感のある足取りでネロへと歩みを進める。
ギョロリとネロが取れる退路を見定めると、的確に逃げ場をなくしていく。
このゾンビがいる限りまともに逃げることも叶わなそうだ。どう考えても他のゾンビとは思考回路からして別物だった。
軍服ゾンビは耳までぱっくりと裂けた口を大きく開くと不気味な咆哮を上げると、足元に転がっているバイクを踏み壊してしまった。
あらゆる力が今までのゾンビとはけた違いだった。
「……なんでまた一直線にこっちに向かってくるんですかぁ! おたすけー」
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~~警察署前の通り 少し離れたところ~~
「うわぁ、また凄いのがでてきましたね……」
少し離れたところで、ジルは巨大な軍服のゾンビに襲われるネロを見てため息をつく。
通りに停まったまま、もぬけのからとなった車の列の陰に隠れながらおそるおそる警察署へと歩みを進めていく。
軍服ゾンビはネロに襲い掛かったままで、ジルに気づく気配は到底なかった。
このまま行けばすんなりと警察署に入れる。
そう思ったジルだったが、そう簡単にはいかなかった。
目の前の車の陰からゾンビが現れる。
「ま、またですか……」
今まで散々都合よく転がっていたチェーンソーもない。
ジルは警察署目掛けて走り出した。
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~~裏の通り~~
ネロが軍服ゾンビに襲われている通りから警察署を挟んだ反対側。
裏通りの道をチアキは進んでいた。
乗っていた車を路地裏に乗り捨て、ゾンビに気をつけながら暗い通りを慎重に歩く。
「む。霧がでてきたな……」
チアキが警察署の裏にある扉に手をかけたときだった。
霧が静かに、しかし瞬く間に現れて街を包み込んでしまった。
なにかがトリガーだったのかもしれないし、偶発的な現象……をゲームシステムが再現したのかもしれない。
結果として白い濃霧はゾンビも神姫も関係なく、全ての意志あるものの視界を包みこんだ……。
~~警察署前の通り~~
「あーもう、全然動けないじゃないですかっ!」
ネロは振り下ろされる太い腕を、地を跳ねて避ける。
軍服ゾンビの触れた床面は砕け、大きく裂けている。明らかに規格外のパワーだった。
跳ねた状態から、警察署の周囲をぐるりと囲んでいる外壁を蹴って軍服ゾンビを飛び越える。人間には不可能な神姫ならではの挙動だった。
飛び越えついでに弾丸を頭に数発撃ちこむが、軍服ゾンビにはまるで効果が無いようだ。
「撃っても撃ってもピストルは壊れず手元に残ってますし、これじゃだめってことなんでしょうねぇっ!」
無理な体制で着地し、地面を転がるネロ。
軍服のゾンビがゆっくりと歩み寄り、目の前に来た。
巨大な腕を振り上げ、ネロへ勢いよく叩き落そうとする……瞬間、周囲が瞬く間に霧に包まれた。
「あれ、一体なにが……?」
目の前で一際大きな叫び声が上がったかと思うと、強烈な衝撃音が辺りに響き渡る。
おそらく軍服ゾンビが腕を振り下ろしたのだろう。
だが、ネロの目の前でしていたはずの叫び声は段々と離れていき……。
霧が晴れると、目の前にいた軍服のゾンビはいなくなっていた。
そして、少し離れたところでジルの驚きの声が上がる。
「ネロさんの連れてたゾンビ!?」
霧が晴れるや否や、青白く輝く軍服のゾンビがジルの目の前に立ちふさがったのだ。
軍服ゾンビは目の前の相手が変わったことなど意にも介さず、咆哮と共に太い腕を振り上げる。
「別に好きで連れてたわけじゃないですからねーー」
遠くでネロの魂の叫びが聞こえた気がした。
~~警察署 会議室~~
「ちょっとつらくなってきたかもね。進めば進むほどゾンビが増えるよ」
「また、ゾンビですね。まあもう私に打つ手はないんですが。あ、撃つ手もないです。はい」
「私ももう何も持ってないぞ!? ていうかなんでキミそんなに妙に冷静なんだ!」
警察署の裏手から入った先、狭い廊下を抜けた先には有事の際に使われていたのであろう、警察の会議室が広がっていた。
相も変わらず暗がりに包まれてはいたが狭い廊下と比べると部屋の広さは充分。
ゾンビ相手に立ち回るには問題ない広さの部屋だった。
そこには裏口から入るや否やゾンビと遭遇して逃げ込んだチアキと、いつの間にやら警察署に入り込んでいた飛鳥さん、正面から入っていたクイルの三名がゾンビの群れに取り囲まれていた。
「こんな場所になんかいられません! 私は帰ります!」
「その手段がないから困っているんだけどな!?」
ゾンビの腕がチアキの方を掴む。
「ひぃいっ!?」
群れはわらわらと飛鳥さん、クイルにも腕を伸ばしていき、醜い牙の様な歯の生えた口を大きく広げる。
プログラムされたデータだとわかっていても、えらく不気味な光景だった。
「くっころ……! ってそうキャラじゃないんだって! ボク」
ゾンビの輪は狭くなり、正に絶体絶命と思われたその時、クイルはダイナマイトを取り出すとゾンビの群れに放り投げる。
「まとめて……ドカーン!」
近距離の爆風にたまらず転げる三人。
だが各々受け身をとって被害を最小限に抑えている辺り、流石という所か。
「なんか、すごく真っ当にゾンビ映画な立ち回りしてるな、キミ」
「これが普通でしょ!?」
「とにかくここから逃げましょう。痛いのは無理ですっ!」
ダイナマイト自体で吹き飛ばせたゾンビは三体ほど。三人それぞれを追ってきているゾンビの群れはまだまだ残っていた。
会議室の扉を勢いよく開けると、近くにぼんやりとした灯に照らされて見えた上階への階段を一息に駆けあがる。
~~警察署二階~~
階段を駆け上がり、二階に上がった、クイル、チアキ、飛鳥さん。
屋上にあるというヘリを探したいところだが、今の場所もよく把握できていない。
「なーんか、嫌な予感」
クイルが窓から外を見ながらぼそりと呟く。
時刻は深夜を回った頃、制限時間も近づいてきている。そのせいだろうか、
月明りの元、警察署の周りを彷徨っているゾンビの動きが活発になってきていた。
動く速度も上がっているし、その分進んでもじっとしていても、より多くのゾンビと遭遇する確率も上がってくるだろう。
ゾンビ数体に囲まれれば逃げることや倒すことも難しくなる。果たして彼女たちは脱出できるのだろうか。
……その答えはすぐにやってきた。
二階の廊下を少し進んだころ、近くの部屋に潜んでいたらしいゾンビ数体が扉を開けるや否や、飛鳥さんの肩をつかんで部屋へ引きずり込もうとしたのだ。
「あっ、これ駄目ですね私。MK5(マジでくたばる5秒前)です。
それならせめて、ていっ」
「うわー」
飛鳥さんが手元のボタンを押すと、クイルの身体を突如電流が襲う。
「なっ、なんだ!? どうした?!」
「銃やチェーンソー以外にこういうアイテムもあったんですよ。
こんな具合でしょうか? やはりこういう役回りは必要かと思いまして」」
「んな無茶苦茶な……」
特に意味もない足引っ張っぱりがクイルを襲う!
「それではみなさん。良い脱出を」
ばたん。
扉が閉まり、辺りを静寂が訪れる。
「あー、……クイル、大丈夫か?」
本当に唐突かつ、謎の足引っ張りであった。
飛鳥さん、リタイア。
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~~警察署 エントランス~~
偶然に助けられ、軍服ゾンビから命からがら逃げだしたネロだったが、警察署の正面玄関の中は既に活発になった蠢くゾンビでいっぱいだった。
「ちょっとストップストッぉプ! 多い多い多いですよこれは流石に!?」
と、ゾンビに囲まれて絶体絶命のネロ。
最早これまでかと思われたその時、正面玄関の扉をぶち破って現れたのは……。
軍服ゾンビだった。
「さ、最後に…ステラさんの膝枕を堪能したかった…ガクッ」
奮闘むなしくゾンビの海に沈んでいくネロ。
「ち、近場に隠れただけなのに大変なことになってしまいました……」
それを茫然と物陰から見つめるジルなのであった。
ネロ、リタイア。
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大勢のゾンビが活発に動き回る地獄絵図。
それぞれの思惑と共にヘリを目指す神姫達であったが、制限時間は唐突に訪れた。
その終わりは街を吹き飛ばすミサイルの爆撃によって……ではなく参加者全員の目の前に突然現れたハーモニーグレイス型神姫のホログラムという形でだ。
「はい、時間切れでーす♪
設定的には、その日人類は自らの行いに恐怖した……な感じになっちゃいますが、それはそれ♪ ポストアポカリプスはまあまた別の機会に体験してくださいな♪」
「えっ、おいこんな中途半端でいいのか!?」
参加者の一人、チアキは声を荒げる。というよりも驚愕と当然のツッコミを入れる。
「そうは言っても元々制限時間があるって言ったじゃないですか。一応、ちゃんと時間は進んでるんですよ、このゲーム」
「いや、まあそうなんだろうが……」
「それに、きちんと勝者もいますし」
「え」
「いいでしょう、屋上の様子を中継しますねー♪」
警察署の屋上には言われていた通り、赤い点々とした照明に照らされたヘリポートが存在していた。
だが、肝心のヘリの姿は無かったのだ。
「はい、逃げ切ったのはアイムさんだけとなります」
「いつの間に!?」
と、ヘリの内部にいるアイムの姿が映し出される。
「おーっほっほっほっほ!」
「ゾンビを無視してひたすら脱出に向かって動いていたんですよ、アイムさん♪
そのおかげで、こうして見事脱出を果たしたというわけです♬」
「い……いや、正しいんだろうが納得いかないぞ!?」
「まあまあ。勝者が決していい思いをするというわけではないのです♪
具体的には……上がりということは出番がなくなります♪」
「それはそれで理不尽じゃありません!?」
「さて、物語も円満に終わったところで皆さんを元の場所にお帰しいたしますねー♪」
「円満って、死屍累々だぞ……?」
「そこはまあ文字通りゾンビ世界ですから♪」
参加者の姿が徐々に薄くなり、このアトラクションから一人、また一人と立ち去っていく。
ゲームは終わったのだ。
「ふん……納得いかないところもあるが……まあ滅多にない体験ができたかな」
チアキの意識も、元のメールを開いた部屋まで戻っていく。
皆の意識がマスターの元へと帰っていったことを確認すると、ミサはプログラムを呼び出し、ざっとゲームのログを広げだした。
「んー、企画としては興味を惹けると思うんですけど、まだまだ設定面で改善点がありますねぇ。
まあ、そのための今回のプレオープンですから、本格始動までに調整しておくとしましょう」
ログを見て少し考えこんだ後、姿勢を正す。
「それでは皆様、お付き合いいただきありがとうございました。
特にプレオープンにお付き合いいただいた方々、本当にありがとうございました。
天間星アケローンのタカハシ:ヤドカリ型 アイム
/* Hi no name */.Bob:戦闘機型 “飛鳥さん“
フルアーマーレイ:アーンヴァルMk2テンペスタ型 ネロ
夕凪朝陽:ジールベルン・アメジスト型 ジル
ラーク2:ポモック型 クイル
現実世界でのご協力、誠にありがとうございました。
またどこかでお会いできることを心待ちにしております。
それでは、お疲れ様でした♪」
Fin.