大天使ミカエル
Archangel Michael
皆さんの願いと祈りは、非常に明確に皆さんの前進運動を知らせる刺激になる。そして皆さんの意図がその方向性を提供する。
Your desire and prayer are very definitely the fuels which impart your forward motion. And your intent provides the direction
December 1, 2013 in Michael, Ron's Channeled Messages
ロン・ヘッド経由
Channeled by Ron Head
Michael
親愛なる仲間達、わたし達は今日、皆さんの統合と地固めのひとつの期間、皆さんがその旅の上でこれまで獲得してきたものを皆さんが取り入れる時期の中で、皆さんと接触を持ちます。
これは大幅に継続されることはないでしょう。
そして一部の皆さんは今後の実際の姿よりも長い間続くことを望むかもしれません。
しかしたとえ皆さんが奇跡的な存在達であり、そうなり続けているとしても、依然として進むべき長い道のりがあります。
わたし達が今伝えるほとんどのことは、依然として多少皆さんの理解を超えるものです。
それでもやはりわたし達は、数多くの皆さんがそういった端緒に付き始めていることを、認識しています。
皆さんは、さらに多くの光、さらに多くの皆さんのありのままの姿、さらに多くの皆さんが今後向かう場所について、理解し続けています。
まだ理解しない人々のために、もしもこれが皆さんが従う種類のメッセージなら、そしてもしもこれが皆さんが皆さんのこころの中で維持する夢といった種類のメッセージだとすれば、その時皆さんはまた、最も明確にこの道筋の上にいることを、伝えることにしましょう。
そしてまた、皆さんは皆さんが今把握するよりも遥かに進んでいることを、皆さんに保証することにしましょう。
皆さんを見回してみると、皆さんはわたし達がそういったことを伝えることができる様子に疑問を感じるかもしれません。
皆さんはどのようにすればそれをなんとか信じることができるでしょうか?
ひとつまたはふたつの物事を皆さんに思い出させることにしましょう。
まず、皆さんの願いと祈りは、非常に明確に皆さんの前進運動を知らせる刺激になります。
そして皆さんの意図がその方向性を提供します。
そして次に、皆さんは人類の集団的なこころの一体性の一部であることを、わたし達は皆さんに思い出させます。
皆さんは一緒に立ち上がります。
そしてそれは、確認すると最も美しく素晴らしいものです。
皆さんが皆さんの愛、皆さんの最良の希望、ひとつの抱擁、別の人に対するまさにひとつの笑顔を与える度に、そして皆さんが人々を気分よくさせるために役立つ度に、それが人々の存在状態を高め、皆さん自身を高め、そしてすべての人々を高めることを、認識してください。
皆さんが、祈りや瞑想、あるいは単純に皆さんが皆さんの世界のために望む未来を思い描きながら、皆さんのこころの中で静かな時間を過ごす度に、皆さんはそれを皆さんのさらに近くに運びます。
今皆さんは、もう一度とても急速に高まっている変化の流れに曝されることになるでしょう。
そして変化のその勢いと速度は、大幅に高まることになるでしょう。
わたし達は以前、これについて皆さんに伝えてあります。
皆さんは我慢してきました。
そして皆さんは、皆さんの意図と祈り、そして皆さんが今回ここに現れた目的のひとつの結果として、皆さんの内面の自己の中で、既に飛躍的進歩を遂げています。
今、その外部の数々の鏡が、皆さんの事実通りの姿のひとつの大幅に正確な状況を反射して皆さんに返すことになるでしょう。
皆さんは、皆さんの結合したエネルギーを感じ始めているところです。
もしも時に物事が不安定のように見えて、物事が向かっている前向きな方向性を皆さんが確認しないなら、単純に皆さんの最善の利益がいつもわたし達の意図でることを認識しようとして、皆さん自身の決意を再確認してください。
こうした認識、こうした意図、こうした感覚は、皆さんが願う変化に力を与えるものです。
そして、皆さんはわたし達自身の意図と、皆さんのエネルギーと結び付いたわたし達のエネルギーを手にすることを、認識してください。
皆さんの周りで起るどのような物事にも、動揺しないでください。
あらゆる物事が今、皆さんの集団的な展望のまさに最高にして最善の結果をもたらすために起こる必要があるように、正確に起り続けています。
しかし、皆さんが皆さんの視点からそれを確認することは不可能かもしれません。
皆さんが皆さんのその知識を再確認することが必要などのような時でも、わたし達と結び付いてください。
親愛なる皆さん、わたし達はこころから皆さんを愛し、まさにその目的のために今ここにいます。
ここで皆さんへ、良き一日を。
わたし達はまた近い内に話をすることになるでしょう。
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翻訳★森のくまさま...ありがとうございます。
★twinkle-star999さま...ありがとうございます。
◎祈りについて
・ひふみ神示 第27巻 春の巻
http://hifumi.uresi.org/27.html
・ひふみ神示 第26巻 黒鉄の巻
http://hifumi.uresi.org/26.html
◎何を思い祈るのかという事に関して。
・潜在意識が語るさん。
潜在意識が語る「潜在意識との接し方」
・今ここの追求さん。
願いを叶える7つの法則
★コメント
体験的な話からの推測ですが。
※何でも有りがたく思うという実践(二元的に考えない事など)やシンクロニシティなどのタイミングを意識していて感じた話です。エゴでものを買い換えたりするような話とは違います。通常なら、思っていたら偶然手に入ったというような話です。その「思っていた」がちょっと違います。
ある、思い入れのある物について、もう満足してその物質に関わるのをやめ、その時間を祈り、心に向けようと思い決心したら、あたかも気を引くかのように物がバージョンアップする事がありました。ちょうどそのような理解を深めようとしていたところでした。ここにも導きのようなものを感じます。
これが、引き寄せの法則かもしれない。単に陰陽として引き合っているだけという、至極単純な話だったりするのではないでしょうか。しかし、その中心(中庸的精神)が霊の云々であるとうことではないでしょうか。
霊的、物質的な調和のある関係であれば、良い方向へ。所謂、天国状態。これは、ひふみ神示によると、霊の世界では善と悪が同じ平行面であろうが当たり前のようです。
身の回りの感覚を研ぎ澄ましていると、顕在化の為のエネルギーとしての善悪がただ存在するだけでのように感じられます。
我々の並行次元(この世)の善悪はマインドと連携しているようですから、神から頂いたものごとなので、自分自身に起きてきたことは、なんでもありがたく肯定的に考えるということにも繋がっています。
肯定的なマインドでいる「悪を抱き参らせる」ことで、善悪のエネルギーに対して感謝し合えるあるお互いに嬉し嬉しの現実が顕在化するのではないでしょうか。そして顕在化したとき、その悪(古いもの)は「私」にとって善(新しいもの)となり顕れハッピーになるのでしょう。
★twinkle-star999さま...ありがとうございます。
◎祈りについて
・ひふみ神示 第27巻 春の巻
http://hifumi.uresi.org/27.html
・ひふみ神示 第26巻 黒鉄の巻
http://hifumi.uresi.org/26.html
◎何を思い祈るのかという事に関して。
・潜在意識が語るさん。
潜在意識が語る「潜在意識との接し方」
・今ここの追求さん。
願いを叶える7つの法則
★コメント
体験的な話からの推測ですが。
※何でも有りがたく思うという実践(二元的に考えない事など)やシンクロニシティなどのタイミングを意識していて感じた話です。エゴでものを買い換えたりするような話とは違います。通常なら、思っていたら偶然手に入ったというような話です。その「思っていた」がちょっと違います。
ある、思い入れのある物について、もう満足してその物質に関わるのをやめ、その時間を祈り、心に向けようと思い決心したら、あたかも気を引くかのように物がバージョンアップする事がありました。ちょうどそのような理解を深めようとしていたところでした。ここにも導きのようなものを感じます。
これが、引き寄せの法則かもしれない。単に陰陽として引き合っているだけという、至極単純な話だったりするのではないでしょうか。しかし、その中心(中庸的精神)が霊の云々であるとうことではないでしょうか。
霊的、物質的な調和のある関係であれば、良い方向へ。所謂、天国状態。これは、ひふみ神示によると、霊の世界では善と悪が同じ平行面であろうが当たり前のようです。
身の回りの感覚を研ぎ澄ましていると、顕在化の為のエネルギーとしての善悪がただ存在するだけでのように感じられます。
我々の並行次元(この世)の善悪はマインドと連携しているようですから、神から頂いたものごとなので、自分自身に起きてきたことは、なんでもありがたく肯定的に考えるということにも繋がっています。
肯定的なマインドでいる「悪を抱き参らせる」ことで、善悪のエネルギーに対して感謝し合えるあるお互いに嬉し嬉しの現実が顕在化するのではないでしょうか。そして顕在化したとき、その悪(古いもの)は「私」にとって善(新しいもの)となり顕れハッピーになるのでしょう。
その生まれた善は以前とは違うものであり、心のものであり、在り方が変わっただけです。その物質に引き寄せようとする力であるように感じるたので、そこに虜になってしまってはどうでしょう?霊(人類)の進化という当初の目的から外れてしまうように思えます。ここに中庸の意味があると思いますし、霊的な世界の認識やこの世の陰陽の関係のあり方を垣間見る事にならないでしょうか。
霊側を無視、放置すると物質側へ引き込まれ、霊側の事がわからなくならないように、霊的な面と物質的な面の間、中庸(中心)を保つ(その状態を認識する)必要があるのではないだろうかという事でしょうか。その状態こそが、自分自身の本質である神であり、神のように振る舞える可能性が見えてくるところではないでしょうか。
結局、善悪は気づきや学びの為に存在するともいえ、気付きの一つ一つにより、益々中心へと向かうなら、新たな水準、発展に向かうことになるのではないでしょうか。
人が生まれてからしばらく経つと、物質次元に入り込んでしまった状態、所謂、周囲の教育、自分自身から物質的物事中心なマインドコントロールに陥るのではないでしょうか。まずはその部分を洗い出し、物質的執着から抜け出す覚悟、行動がいるのではないでしょうか。
物質中心に物事が進むと、または、その状態に執着したままでいると、悪的エネルギーの総合結果として人間的なイメージの悪(狂気の沙汰、不愉快な体験や一人よがりな善の体験)となって現実化してしまうのではないでしょうか。
それは悪(物質)のエネルギーにハマり込んでいるから当然であるといえば当然であり、単に、本質である中心方向、悪から見れば、善に戻ろうとする働き、物事が調和する働きに過ぎないのではないでしょうか。
ここで、善悪について、ひつみ神示によると・・・
1.善は体、悪は体の外側(物質) ・・・二元
2.善は霊、悪は体(物質) ・・・基本的に調和、自分の体を普通は悪とは言わないですよね?
3.善は霊の霊、悪は霊 ・・・調和 霊に善悪はない。しかし、3.の水準以下を見ると悪的
4.さらにその上の並行がある・・・
というように、中心の中にさらに中心があり、それぞれの水準での善は中心の上でそれ以下は善悪であり、一つ上の水準から下の世界を見下ろすと、悪的に感じても善と悪は切っても切れないとのことで悪は善により浄化されなくなる(存在がなくなるという意味ではなく善の現れとなれ弥栄える)とのことです。
マインドや心、思考といった、精神(ものの見え方)になりうるものの浄化が身のエネルギーの浄化であり、身の浄化は外部エネルギーの消化(顕在化)ではないでしょうか。これが引き寄せの法則的なものではないでしょうか。
顕在化の現象が感じ取れないのは、物質的執着にハマり込んでいるからであって、物質に支配されてしまっているからと言えますね。獲物(お金や物)を捕らえて生きなければならない狩りの世界と言えばわかりやすいでしょうか。相変わらずマインドが狩猟や戦闘の水準ということではないでしょうか。
中心に向かって浄化していき、神や霊の理解をすればする程、人のイメージでいうところの悪の気が忍び寄ってきても嬉し嬉な状態で顕れる(弥栄えていく)ことが可能だという事ですね。寧ろ悪の存在がありがたくなってきます。そうなれば善しかないのと同じです。それは天国です。
★例として、善悪、陰陽、光闇、関係なく、一般人もオタクも日本という天国に住んでますよね(笑)オタクを闇としたら、そこからもたらされた我々を楽しませてくれる創造物、沢山ありますよね?そして、今や、オタクは昔思われていたような闇(根暗)な存在でなくなっているように思います。寧ろ、良いモノを生み出すクリエイター的な存在だったというふうにまでもてはやされるまでに変化してきました。
1.の次元(この世)では、どうして必要同士である善と悪が、傷つけ合ったり、存在を消そうとまでする事があるのか。それは、人々が物質的側面に偏っていているからではないでしょうか。また、神仏という存在(エネルギー的にみても)に対する伝統的な思い違いなどで、やはりそこにも、物質的な考え方メインに結びつくマインドがこびりついているように思います。
悪が存在できなくなると善も存在できなくなるというふうに、ひふみ神示に書かれています。生命を奪ったり傷つけ合うような破壊的な行為は何も得るものがないという事になります。なぜなら創造されなくなるからではないでしょうか。
悪や闇によってマインドコントロールし世界を危機に陥れたり滅亡を狙っている者がいるという人がいますが、善悪相互の必要な関係性についての見方をすると、何故、世界を破壊したいと思う人が存在するのか見えてくると思います。
おそらくそのように思っている人でさえ善悪相互の関係に気づいていもないかもしれません。そういう者がいるような事を言っている人でさえ、闇を駆逐(殺したり罰したり貶めたり)してしまえばよいという風に考えていたりするところは反対な事を言って同じ事を言っているという点は注意するところでしょう。
エゴによる仕組みのために悪魔的闇的に染まった人が一般人の中に混在されると困ってしまう現実がありますが、そういうあり方に対して、どうしてそうなってしまったかの疑問くらいは持って見るべきではないだろうかと思う次第です。
人間のエゴが外道な悪(善との不幸な関係)、外道な善(悪との不幸な関係)を作ったのではないでしょうか。問題のあるように見える人に問題があるというより、エゴで作られた、頑なな精神(ものの見方)、物、ルール、一般常識、宗教的な教えから生まれたということになってくるでしょう。
私達は物質偏重になりがちですから、常に内に向かう事を心がけるだけで、物事に対して、感じて、「なんとなく感じた事についても考え、理解し、積み重ねて、真実を得る事ができるのですから、そうする事で物質偏重な世界から抜け出す事ができるので、創造するどんな物事も大いに変わってくる事でしょう。
ただ、霊に偏重するばかりでは、その逆も働くかもですから、善と悪を高みから見て感じる中庸が大事になってくるのではないでしょうか。とわ言え、物質側に偏り過ぎているためか、霊的な云々が中々わからないのであり、何かわかってくるまでは、多くは内に向かう事でよいのだと思います。
こんな事を書いている私は多くの人より祈って(そのつもりという意味)、感覚を澄まし感じた事から更に考え、感じて考える事をただひたすら繰り返しているだけなのです。それでもまだまだ内に向かい足りないか理解が足りないって感じることです。
★シンクロニシティ関連追加
http://www12.plala.or.jp/gflservice/ManuscriptOfSurvival390-140122.html