あなたは、ただ存在するだけでいいのです・・・
瞑想で世界を変えるのです・・・
誰かに教えを授ける為に生まれてきたのではないのです・・・等など、スピメッセージとかでよくあるぬる~く感じる話です。でも実は、ぬるく厳しい世界なのです。
人間心として、それで世界中の人々が幸せになるんかいな!!って話になります。しかし、実際、世界中の困っている問題全てについて一人で何かをできる人なんていません。且、全ての事に関して真実としての良し悪しはもっと分かりません。協力者が沢山いたとしても、全く同じように理解してくれる人もいません。人の思いや信念は様々です。
あきらかに善である事がわかるなら、それを、どこかへいって、一人でコツコツ何か始める・・・それはそれで尊いことではありますが、それだけに盲目的になっていたとしたら、本当に世界中の平和を願っての行動なら、自分の行動に対して、全体の変化への影響を納得できなければ、たったこれだけの事しかできないのかと、神って?人類って?とかとか・・・鬱になってしまいそうな話です。
また、自由意志というキーワードが問題になってくると思います・・・神が全ての存在に許している自由意志で誰かがやっている事に関して「私」がコントロールする理由もありませんし、誰かにコントロールされる理由もないのです。真実の光や善を望むなら、ただ、自分がしてもらって嬉しくなるような事や愛を与えることのみが本来可能な事でしょう。
真面目にそういう哲学していると、んじゃ、どーすんだよ!!神の存在する意味ないじゃん!!と、よく、怒り心頭な気持ちになってきたものです。
こういう事について、いまだに哲学(永久ループ)的解答を見つけようとしている人もいるのじゃないでしょうか。
何かをコントロールせずにしかし自由意志を持って世の中を変える方法についての答えは、ひふみ神事の祈りにズバリ書かれています。私でも気づくくらいですから、誰でも分かる事でしょう。
今回は、何かをコントロールせずにしかし自由意志を持って世の中を変える方法として、神事の「誓い」の祈りを紹介していますが、他の理解に対してもうまく作られていて、一種のスピ的な暗号のような、祈りのような、そのまんまといえば、そのまんまというか・・・祈り一つとってみても、本当によくできているのです。理解すればするほど、この誓いが、迷いから救ってくれているという威光を感じる事でしょう。
神や天使等の存在が祈りを聞いてくれないのは、自由意志だからと何もできないのじゃ?!
いえいえ・・・自由意志の考え方の問題のようです。ものの見方です。
ひふみ神示 第19巻 マツリの巻 / (つのキ) 全廿三帖
第三帖 (四〇七)
旧九月八日からの誓(ちかひ)の言葉知らすぞ。五三体の大神様 五三体の大神様、天之日月の大神様、雨の神様、風の神様、岩の神様、荒の神様、地震の神様、地(クニ)の日月の大神様、世の元からの生神様、百々(もも)の神様の大前に、日々弥栄の大息吹、御守護弥栄に御礼申し上げます。この度の三千世界の御神業、弥が上にも、千万弥栄の御働き祈り上げます。三千世界の神々様、臣民人民一時も早く改心いたし大神様の御心に添ひ奉り、地(くに)の日月の神と成りなりて、全き務め果たします様 何卒(なにとぞ)御守護願ひ上げます。そがためこの身この霊(タマ)はいか様にでも御使ひ下さいませ、何卒三千世界の神々様、臣民人民が知らず知らずに犯しました罪、穢、過(あやまち)は、神直日大直日に見直し聞き直し下さいます様、特にお願ひ申し上げます。元つ神えみためえみため。八月十日、一二
。
この祈りは、この神である神事を信じきれるかな?という話になりますが、この神を信じきるには、あの意味不明な内容の一つ一つが、なるほど!となるまでコツコツと理解を増していくしかないようです。この神の意味とか・・・ああああ、自分で体験するしかないのです・・・いつまでたっても味わい深いです。
でた!心で取りてくだされ的な終わり方^^;
瞑想で世界を変えるのです・・・
誰かに教えを授ける為に生まれてきたのではないのです・・・等など、スピメッセージとかでよくあるぬる~く感じる話です。でも実は、ぬるく厳しい世界なのです。
人間心として、それで世界中の人々が幸せになるんかいな!!って話になります。しかし、実際、世界中の困っている問題全てについて一人で何かをできる人なんていません。且、全ての事に関して真実としての良し悪しはもっと分かりません。協力者が沢山いたとしても、全く同じように理解してくれる人もいません。人の思いや信念は様々です。
あきらかに善である事がわかるなら、それを、どこかへいって、一人でコツコツ何か始める・・・それはそれで尊いことではありますが、それだけに盲目的になっていたとしたら、本当に世界中の平和を願っての行動なら、自分の行動に対して、全体の変化への影響を納得できなければ、たったこれだけの事しかできないのかと、神って?人類って?とかとか・・・鬱になってしまいそうな話です。
また、自由意志というキーワードが問題になってくると思います・・・神が全ての存在に許している自由意志で誰かがやっている事に関して「私」がコントロールする理由もありませんし、誰かにコントロールされる理由もないのです。真実の光や善を望むなら、ただ、自分がしてもらって嬉しくなるような事や愛を与えることのみが本来可能な事でしょう。
真面目にそういう哲学していると、んじゃ、どーすんだよ!!神の存在する意味ないじゃん!!と、よく、怒り心頭な気持ちになってきたものです。
こういう事について、いまだに哲学(永久ループ)的解答を見つけようとしている人もいるのじゃないでしょうか。
何かをコントロールせずにしかし自由意志を持って世の中を変える方法についての答えは、ひふみ神事の祈りにズバリ書かれています。私でも気づくくらいですから、誰でも分かる事でしょう。
今回は、何かをコントロールせずにしかし自由意志を持って世の中を変える方法として、神事の「誓い」の祈りを紹介していますが、他の理解に対してもうまく作られていて、一種のスピ的な暗号のような、祈りのような、そのまんまといえば、そのまんまというか・・・祈り一つとってみても、本当によくできているのです。理解すればするほど、この誓いが、迷いから救ってくれているという威光を感じる事でしょう。
神や天使等の存在が祈りを聞いてくれないのは、自由意志だからと何もできないのじゃ?!
いえいえ・・・自由意志の考え方の問題のようです。ものの見方です。
ひふみ神示 第19巻 マツリの巻 / (つのキ) 全廿三帖
第三帖 (四〇七)
旧九月八日からの誓(ちかひ)の言葉知らすぞ。五三体の大神様 五三体の大神様、天之日月の大神様、雨の神様、風の神様、岩の神様、荒の神様、地震の神様、地(クニ)の日月の大神様、世の元からの生神様、百々(もも)の神様の大前に、日々弥栄の大息吹、御守護弥栄に御礼申し上げます。この度の三千世界の御神業、弥が上にも、千万弥栄の御働き祈り上げます。三千世界の神々様、臣民人民一時も早く改心いたし大神様の御心に添ひ奉り、地(くに)の日月の神と成りなりて、全き務め果たします様 何卒(なにとぞ)御守護願ひ上げます。そがためこの身この霊(タマ)はいか様にでも御使ひ下さいませ、何卒三千世界の神々様、臣民人民が知らず知らずに犯しました罪、穢、過(あやまち)は、神直日大直日に見直し聞き直し下さいます様、特にお願ひ申し上げます。元つ神えみためえみため。八月十日、一二
この祈りは、この神である神事を信じきれるかな?という話になりますが、この神を信じきるには、あの意味不明な内容の一つ一つが、なるほど!となるまでコツコツと理解を増していくしかないようです。この神の意味とか・・・ああああ、自分で体験するしかないのです・・・いつまでたっても味わい深いです。
でた!心で取りてくだされ的な終わり方^^;