今回でやっと幽霊電車回が終わります。
第7回その五:脱衣婆
脱衣婆
原作では「奪衣婆」の名前で複数回出ている。1978年10月に『週刊実話』に掲載された「新ゲゲゲの鬼太郎 奪衣婆」では閻魔様の万有自在玉を持って浮気の旅に出ており、現世でむちゃくちゃをやらかしている。1987年7月25日発行の『月刊少年マガジン』に掲載された「ゲゲゲの鬼太郎 鬼太郎地獄編 血戦三途の川」では賽の河原を支配しており、閻魔大王から鬼太郎一行を追い返せと命じられて鬼太郎たちと戦った。「死神大戦記」にも亡者の衣服をはぎ取る奪衣婆が登場している。
奪衣婆は別名「葬頭河婆」と呼ばれる。こちらの名称でも漫画やアニメに登場しているが、こちらについては「葬頭河婆」が登場した際に記そうと思う。
原作では複数回登場している奪衣婆だが、「奪衣婆」という名称だとアニメでは3期にしか登場していない。3期では新ゲゲゲの鬼太郎の時の奪衣婆と地獄編の時の奪衣婆が鬼太郎の敵として登場している。
脱衣婆だが、奪衣婆と表記にする他に正塚婆、塩塚婆、葬頭河婆とも呼ばれる。葬頭河とは三途の川のことで、俗に三途の川の婆と呼ばれることもある。三途の川の岸に衣領樹という木があり、この木の下で脱衣婆は亡者の服をはぎ取る。はいだ衣は木の上にいる懸衣翁が衣領樹の枝にかける。枝のしなり具合によってその亡者の生前の罪の重さをはかるという。
江戸末期には咳止めの霊験がある流行神として信仰されていたという。脱衣婆は関の姥神として捉えられ、関を守る神は賽の神であり、故に病や禍を防ぐという発想から信仰されたようだ。東京都新宿区にある正受院では、礼拝した後に咳が治ると奪衣婆に被せる綿を奉納するという。冬のある夜、とある乞食がこの奪衣婆の綿を盗み、かぶって寝た。すると夢に奪衣婆が恐ろしい顔をして現われ、「盗んだ綿布団は温かろう」と言った。驚いた乞食は翌日、この綿を返しに行ったという。
参考文献
アミューズメント出版部編『アニメ版ゲゲゲの鬼太郎妖怪事典』株式会社講談社2010年7月12日
村上健司/多田克己「水木しげるの鬼太郎作品 妖怪・怪人・怪物大図鑑」『怪』vol.0022株式会社角川書店2007年2月27日
水木しげる『ゲゲゲの鬼太郎④―猫町切符』中央公論新社2007年5月25日
水木しげる『水木しげる漫画大全集043 ゲゲゲの鬼太郎15鬼太郎地獄編他』株式会社講談社2017年8月3日
画/水木しげる 編著/村上健司『日本妖怪大事典』株式会社角川書店2005年7月20日
監修者:小松和彦『日本怪異妖怪大事典』株式会社東京堂出版2013年7月20日
石川一郎『江戸文学俗信辞典』株式会社東京堂出版1989年7月10日
最近気力が低下しており、更新できない日が続いておりました。
今回で幽霊電車回を終わらせる予定でしたが、さらに続きます。
第7回その四:姥が火
姥が火
原作では1986年5月『週刊少年マガジン』に掲載された「妖怪危機一髪」に登場。ヒ一族の家を焼き払うために他の火の妖怪たちと共に突撃した。その事もあってか、アニメ第3期、5期では鬼太郎の味方として登場している。4期にも姥が火が登場しているが、こちらは男に捨てられた女の情念が化けた妖怪で、仲の良い男女を襲った。
姥が火の伝承は大阪府の話と京都府の話がある。
1679年に刊行された『河内鑑名所記』の五や1685年刊行の『西鶴諸国ばなし』、1743年刊行の『諸国里人談』では大阪府の姥が火について紹介している。
『河内鑑名所記』によると、大阪の枚岡神社の明神の灯明の油を夜な夜な盗む姥がいた。明神の冥罰か、姥は死後、山中を飛行する光り物となり、人々を驚かした。この火を見ると、死んだ姥の首から吹き出した火のように見えるのでかの姥の妄執の火であろうということで、世間では姥が火と呼ばれている。現在の大阪府八尾市山本高安町や八尾市恩智まで飛ぶこともあり、雨の日などに現われるという。
『諸国里人談』には、雨夜に一尺ほどの火の玉が飛ぶ。この姥が火にあった者によると、この火が目の前に落ちてきたので、地面に伏して様子を窺うと、それは鶏のような鳥であった。嘴を鳴らす音もしたが、すぐに去ってしまった。遠くなったそれは丸い火に見え、これは鵁鶄であろうという。
井原西鶴は『西鶴諸国ばなし』「身を捨て油壺」で次のように姥が火の話を記している。大阪府の枚岡に美しい娘がいた。しかし、娘と親しみ合っていた男は次々と早死にし、十一人の男が亡くなったため、当初は恋焦がれていた村人も恐れて言葉を交わさなくなってしまった。娘は十八歳の冬から未亡人のような生活となり、八十八歳になっても夫となる男性はいなかった。綿を紡いで糸にすることで暮らしていたが、灯し油に欠くようになったので、夜な夜な明神の灯明の油を盗むようになった。毎夜、灯明が消えることを不審に思った神主たちは犯人を見つけ出そうと弓や薙刀を手にして隠れ、様子を窺った。人々が寝静まった頃に恐ろしい姿の姥が現れたので、弓が得意な者が狙いすまして射ったところ、撃ち落された姥の首はそのまま火を吹きだして天へと上がっていった。夜が明けてから検分すると悪い噂のある姥であったので、不憫に思う人はいなかった。それからというもの、この火が夜な夜な現われては往来の人の気を失わせた。この火に肩を越されて三年と生き延びた者はおらず、わき見する間もなく火は飛んでくる。もし、近づかれたら「油さし」と唱えるとたちまち消えてしまうという。
姥が火というと大阪の話が主のようだが、1686年に刊行された『古今百物語評判』には京都府の保津川に現われた姥が火の話を記している。亀山のほとりに一人の人買い女がいたが、斡旋するからと子供の生みの親達からは金銭を巻き上げて自分のものとし、その子供は保津川に流していた。ある時、天罰か、洪水の際にこの姥は溺れ死んだが、それからというもの、保津川に夜毎火の玉が現れるようになり、姥が火と呼んでいる。これは捨てられた小児の亡魂、もしくは姥の苦しみの火の霊であろうという。
1776年刊行の鳥山石燕『画図百鬼夜行 陽』に「姥が火」が描かれているが、【河内国にありといふ】と添え書きされているため、大阪の姥が火を描いたもののようだ。
余談であるが、大分県大分市によく似た名前の「乳母の火」という火の怪がある。上記の姥とは真逆の女性で、城を攻めた追手から幼い姫共々逃げ、怪我した姫を甲斐甲斐しく世話をした。手当ての甲斐無く姫は亡くなり、乳母は姫が死んだ地にクスノキの枝を挿した。九六位山の円通寺で姫の供養を行ってもらった乳母はその後、姫を葬った地を眺め、山中で自害した。挿したクスノキの枝は大木になり、毎年九月の姫の命日には祭りが行われる。その日になると九六位山から火が飛んできて、クスノキに停まる。人々は忠実な乳母が姫を守り続けているのだろうとして、これを「乳母の火」と呼んでいるという。
参考文献
アミューズメント出版部編『アニメ版ゲゲゲの鬼太郎妖怪事典』株式会社講談社2010年7月12日
村上健司/多田克己「水木しげるの鬼太郎作品 妖怪・怪人・怪物大図鑑」『怪』vol.0022株式会社角川書店2007年2月27日
水木しげる『ゲゲゲの鬼太郎⑤―豆腐小僧』中央公論新社2007年6月25日
冨士昭雄 井上敏幸 佐竹昭広『好色二代男 西鶴諸国ばなし 本朝二十不孝 新日本古典文学大系76』株式会社岩波書店1991年10月30日
日本随筆大成編輯部『日本随筆大成〈第二期〉24』株式会社吉川弘文館1975年1月10日
高田衛『江戸怪談集(下)』株式会社岩波書店1989年6月16日
鳥山石燕『鳥山石燕 画図百鬼夜行全画集』株式会社角川書店2005年7月25日
日本児童文学者協会『大分県の民話』株式会社偕成社1983年6月