前回の3回連続更新でだいぶ参っています。今後の新登場妖怪多数出演回が恐ろしい、当ブログ主、闇の中のジェイです。
第5回:かみなり
第5話は「電気妖怪」の話ということで、今回は「かみなり」を紹介。
「かみなり」はアニメだと第1期、3期、4期に登場。今期で4度目。3期では串刺し入道戦にて鬼太郎を助けている。
原作での登場は1967年11月26日『週刊少年マガジン』に掲載された「ゲゲゲの鬼太郎3 電気妖怪」。人工雨の実験により自分を刺激した学者たちを攫うが、組み付いた鬼太郎により自身の熱で焼き殺されている。
「かみなり」の伝承を紹介しようと思うのだが、「地震、雷、火事、親父」と言われるだけあって、莫大な数の民話や俗信といった伝承が存在する。
名称もカミナリ、ナリカミ、ナルカミ、カンダチ、イカヅチ、ライコウ(雷公)、ライジン(雷神)、岡山県ではドンドロサマ、広島県ではドロガメ、長崎県ではドロカミサンとも呼ばれている。
雷といえば、雷神の姿を想像するのが今日では一般的だが、「雷狩り」と言った場合、この雷は、雷と一緒に落ちてくる雷獣のこととなる。肥前国神崎(現在の佐賀県神埼市か)でも「雷狩り」が行われるらしいが、その時に追われるモノは雷神とも雷獣とも違うようで、白雲に似た、空を飛ぶ鞠ほどの大きさの丸いものだという。人家に落ちれば火災になり、草原に落ちれば火没して見えなくなる。そのため、人々はこれが飛来すると器を片付け、屋背に水桶を上げ、金鼓を鳴らして追い回すことで火災を防ぐ。こういったことは4,5年の間に必ずあるのだという。この雷は天火の類であろうか。
変わり種の雷神としては他に豊後(大分県)のとある山村の庄屋が出会った雷神がある。庄屋が山中で猟をしていると池に7,8歳くらいの子供のような者がいた。体は赤く、一眼で庄屋に気がつくと隠れてしまった。庄屋はその者たちが隠れた辺りを狙い撃ってみたが当たらず、結局帰宅した。家に帰ってみると、妻に何かが取り憑き、狂っていた。「我は雷神である。たまたま遊んでいたところを何故撃ったのか」と取り憑いている者が言ったという。
雷は臍を取るとよく言う。静岡県では雷が二人の女の前に現われた。美しない女の臍はまずいからと美しい女の臍だけを取り食らったという。
逆に大阪府の秋篠寺に落ちた雷は人の臍を取った罰として自身の臍を取られている。
こういった話があるためか、雷除けの方法として、「線香を焚く」「蚊帳に入る」他に「臍を隠せ」といわれる。また、雷震の際にうつ伏しているものは死なず、仰向けになっているものは必ず死んでいることから雷が臍を取ると言うようになったのか、という考えもあったようだ。
雷という恐ろしいものを避けるための一般的な方法といえば他に「くわばら、くわばら」がある。
「くわばら、くわばら」と唱える他に群馬県では「遠くのくわばら」、山形県では「くわばらくわばら山に登ってくれ」、「くわばらくわばら、どうが落じねでくれ」、「ここはくわんばらくわんばら、信濃へござれ」、「くわんばらくわんばら、どうが雷さま山や天さあがってくれ」、岡山県では「ここはくわばら」、新潟県では「ここはくわばらですけ、信濃に飛んでくれ」、千葉県では「くわばら観音、くわばらかんのん」といった唱え言葉もある。
北山久備の『勇魚鳥』には「くわばら、くわばら」というのは「さあ晴れよ晴れよ」と願う言葉であるという説を載せているが、「ここは桑原である」ことを示しているのだとする説の方が一般的だ。
「ここは桑原である」という意の「くわばらくわばら」と唱える理由は諸説ある。
・雷となって藤原時平に仇を報じた菅原道真の生まれ故郷が桑原であり、この土地には雷が落ちないので、これにあやかるため。
・桑原という土地の井戸に落ちた雷を村人が井戸に蓋をして水責めにしたため。
・桑の木で雷は目を突いたので、雷は桑が嫌いだから。
といった説がある。
「雷の桑嫌い」には変化した伝承もあり、語呂合わせで鍬を外に出して立て掛けておくといった俗信が和歌山県や岡山県に存在する。
雷はよく落ちる。放電現象ではなく、雷を起こしている者のことである。
「くわばら、くわばら」と唱えるようになった理由の一つに、雷が井戸に落ちた話があったが、これは大阪府泉北郡の話で、他にも南河内郡古市村(現在、羽曳野市)誉田の八幡様の井戸にも雷が落ちている。八幡様の井戸では大黒様が金の盥で井戸に蓋をしている。今後は決して誉田には落ちないと約束したことで、雷はようやく許された。
井戸と雷だと、雷を助けたお礼に井戸を設けてもらった話もある。
大分県津久見市の解脱闇寺には雷井戸と呼ばれる水汲み場がある。本堂の庭に落ち、天に昇れない雷がいた。みかねた南渓禅師が錫杖を岩の上に立て、ここから昇るように告げると雷は喜んで天へと昇った。後日、雷がお礼をしたいというので、禅師はこの辺りは水が乏しいことを話した。雷は風雨を起こし、雷で岩盤に穴を開けると清水が湧きだしたという。
また、杵築市大田村にある宝陀寺には雷井泉というのがあり、こちらも開山悟庵禅師への報恩のために雷神が雷で地を穿ち、清水を湧き出させたという。
臼杵市吉小野の吉水では増長した雷神が雲から足を踏み外して落ち、岩に全身を打ち付け動けなくなった。たまたま近くにいた和尚が自業自得だと樫の木に雷神を縛り付けた。日照りに困っている人々のために雨を降らせることを条件に許された雷神は傷の手当てをしてもらい、和尚にお礼を言って雲へと戻っていった。それから後、吉水の樫の根元から湧き出る水はどんなに日照りであっても絶えることは無いという。
桑や樫以外に松と雷の話もある。
和歌山県那賀郡山崎村(現在、岩出市)赤垣内に山崎神社があり、境内に雷松がある。この松に昔、雷が落ちたことで社頭に置いていた大太鼓の一面の皮を破った。社の神がこれに怒り、その太鼓を雷神に覆い被せた。雷神は謝り、神のいるところには落ちないことを誓ったことで許してもらった。それからは雷が落ちなくなったという。
上記の臼杵市の例のように、石に落ちることも多く、その場合は雷石と呼ばれている。その石には雷が落ちた跡が残っているといい、愛知県や奈良県などに伝承が残っている。
雷が落ちた話を紹介したが、雷ではなく人が落ちた話もある。
ある男が何千何百と実がなる茄子の苗を買った。7月7日、七夕様にお供えするための茄子を取るために茄子の木を登ると天上まで登ってしまった。そこには御殿があり、白髪の翁の姿をした雷神が住んでいた。毎日、茄子を頂いているお礼にとご馳走され、二人の美人姉妹も来て、もてなしてくれた。昼頃になると、夕立を降らせるから手伝わないかと雷神に誘われた男は雨の役目を請け負った。ちょうど男の村の上に来たので、知人たちをからかおうと翁や娘たちに頼み、うんと太鼓を叩いたり、鏡を閃かしたりしてもらった。慌てる知人たちに大笑いしていた男だが、熱心のあまり衣服がはだけ、裾から出た娘の白い脛を見たことで気抜けし、雲を踏み外してしまった。下界へ落ち、桑の枝に引っかかった男を見た娘たちはひどく惜しがった。娘たちの心を察した雷神は「あの男が可愛そうだから、今後は桑の木の辺りには落ちないようにしよう」と言った。雷鳴がすると桑の枝を軒に挿すようになったのはこのためであるという。
参考文献
アミューズメント出版部編『アニメ版ゲゲゲの鬼太郎妖怪事典』株式会社講談社2010年7月12日
『水木しげるvs京極夏彦「ゲゲゲの鬼太郎解体新書」』株式会社講談社1998年3月13日
水木しげる『水木しげる漫画大全集031 ゲゲゲの鬼太郎3』株式会社講談社2015年2月3
日
監修者:小松和彦『日本怪異妖怪大事典』株式会社東京堂出版2013年7月20日
佐藤清明『方言叢書第七篇 現行全国妖怪辞典』中国民族学会1935年5月5日
柴田宵曲『奇談異聞辞典』株式会社筑摩書房2008年9月10日
柳田國男『妖怪談義』株式会社講談社1977年4月10日
鈴木棠三『日本俗信辞典 動・植物編』株式会社角川書店1982年11月25日
石川一郎『江戸文学俗信辞典』株式会社東京堂出版1989年7月10日
高木敏雄『日本伝説集』株式会社筑摩書房2010年8月10日
津久見市『津久見市誌』津久見市誌編さん室1985年3月20日
酒井富蔵『大田村誌』大田村教育委員会1966年9月1日
臼杵妖怪共存地区管理委員会・臼杵ミワリークラブ『亀城下異談』2009年3月4日
日本放送協会『日本伝説名彙』日本放送出版協会1950年3月10日
日本放送協会『日本昔話名彙』日本放送出版協会1948年3月1日