硫黄山に行きました。摩周湖の時もでしたが、画像では伝えられないほどスケールが大きいです。そして、「え、ここまで行けるの?」っていうほど硫黄山に近づけます。そして、その辺に硫黄っぽい黄色いものがあります。
この時期は一般車で駐車料金が500円かかりますのでご注意を。
そんな硫黄山、実は鉄道が走っていました。しかも1887年というとんでもない早期にです。
ここには釧路鉄道という鉄道がありました。硫黄山の文字の通り「硫黄」を運ぶために作られた鉄道で、この川湯温泉の硫黄山から、現在の釧網本線、標茶駅付近までの40キロほどを結ぶ鉄道でした。釧路鉄道といいつつ、釧路にはつながっていなかったのは面白いところですが、開通が1887年…つまり幌内鉄道に次ぐ北海道で2番目の蒸気動力鉄道になります。
そんな釧路鉄道の2台のSLのうち「進善号」の模型が展示されています。
結局、硫黄の採掘で今でいう「労災」が多発したこと、硫黄の発生量と採掘が合わなかったことで釧路鉄道線はなんと1896年に事実上の廃止となりました。1900年以前に廃線となった路線はめったにないでしょうし、とんでもない例だと思います。
そんな釧路鉄道線のうち、標茶駅から摩周駅までの間は現在の釧網本線が30年後の1929年の開業時から引き継いでいるそうです。摩周駅から川湯温泉付近までの線路は、流用している区間があるかもですが、していない区間が多そうです。手がかりがあんまりないです…。
機関車は、最終的に鉄道省が引き継いで7000型となり 岩見沢・旭川で入れ替えや工事用の機関車として使われ、1920年前後に廃車になりました。
車両も線路もあまりに早い終焉となった鉄道のお話でした。
では、次回からまた保存車を見ていきます
ではまた次回です~(V)o¥o(V)

