鉄道が廃線となった跡としてそれなりに残りやすいのが踏切跡。国鉄以外の路線でも多くあります。
今回は、道道135号線の美唄側区間の動画撮影をしていくついでで見つけた踏切跡についての紹介です。
美唄鉄道は1914年に石狩石炭によって軽便鉄道として営業開始。1915年から三菱美唄鉄道として三菱系の炭鉱鉄道となりました。今回の踏切がある区間の開業は1924年。計画していた美唄炭山~二ノ沢間のうちの美唄炭山~常盤台間に該当します。
路線は他の北海道炭鉱系私鉄と同じ時代、1972年に廃線となっています。私鉄系はその多くが1960~70年代廃線が早いことも有、跡が残りにくい感じですが、案外探せば出てくるようです。
場所はこちら。すっかり山の中ですが、道道135号のの地図中心部あたりにくの字になっている部分があると思います。そこが踏切跡。
https://mapps.gsi.go.jp/maplibSearch.do#1
国土交通省の航空写真より引用してみました。赤丸の地点が今回の踏切のポイント。
当時は大都会だったんですねぇ…美唄の東側も。当時は、美唄は今の美唄の街中の他に、南美唄地区と東美唄地区が栄えており、南はその名残がありますが、東はだいぶ山の中に還っています。
この名称不明な踏切から北側…すなわち常盤台駅方向を見てみます。補助線まで引いてみましたが、さっぱり跡っぽい跡は見えませんね…。
南側、美唄駅方向を見てみます。もっとよくわかりません。
そんな美唄鉄道の踏切跡ですが、道道135号線が2022年までに全通するとのことで、線形改良等により消滅すると思われます。ということでの記録でした。
ちなみに、少し北側に行けば炭鉱メモリアル森林公園という名の廃ky…観光名所があります。
貴重な立坑が残ったままですので、お好きな方はセットでぜひ。こちらは道道135号全通後も残ることでしょう。
ちなみに、美唄鉄道線の廃線跡は、サイクリングロードとなっており、この関係で多くの鉄橋や線路跡がわかりやすく残っています
…が
そのサイクリングロード自体はいつの間にか廃止されており、立ち入り禁止となっているようです。
熊とか出て危険なうえに利用する人ほとんどいなかったのでしょうね…。あってもクモの巣とか多そう…
さて、こちらは有名な東明駅。美唄鉄道の跡としては一番立派で、保存車もあります。
それがこの美唄鉄道4110型。ドイツ輸入型の国鉄4100型機関車を国産で製造したタイプらしいです。
かなり珍しい動輪が5つもあるE型蒸気機関車で、払い下げ等急こう配がある美唄鉄道としての専用発注車両だったようです(4110型自体は国鉄でも使用されています)。というか機関車も三菱製だったのですね。
東明駅事態もホームがしっかり残っています。旅客ホームは1面2線と地方私鉄としては立派。
加えて、当時物と思われる線路も結構残っています。SLが置いてある場所から伸びています。
ただ、SLのおいてある場所だけはコンクリート枕木になっていたので、おそらくここだけは変えていると思われます。補強っすね。
このSL、中にも入ることができたのですが、ドアを開けたとたんにものすごい音量でSLの音が流れてきてびっくりしました。中はそこそこ綺麗といったところ。
というわけで、美唄鉄道の名残をちょっとだけ触れてみました。
道道135号の開通前は、当時物の意向が、開通後はそもそも行きやすくなると思われるので、ぜひ行ってみてください。
おまけは道道135号の車載動画です。
ではまた次回ですーーーー(/・ω・)/